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そう、日本の象徴である富士の頂に立ったのだ。<br />山頂には殆ど人がいなかった。<br />風はそれなりに強かったが、澄み渡るオリンパスブルー。<br />が、おかしい事に登頂したこと自体には思ったほどの感動はなかった。<br />富士山は眺めて良しの山だった。<br />僕の中で過剰な思いが募っていた美しい山。<br />登ってしまった後でも遠目に望む富士はいささかもその美しさを失ってはいない。<br />いつ見ても綺麗だと言う思いは全く消えない。<br /><br />今回の帰国では春に会えなかった人、日本に戻ってきている人にフォーカスして会った。いささかハードスケジュールだった。<br />連日そういうのを繰り返し、時差ボケに睡眠不足までが相まってかなり弱ってはいた。<br />でも、自分の中でどうしても富士山は登っておきたいテーマだった。<br />天気予報で天気ガ崩れるといわれている直前の11月4日にアタックした。<br /><br />相棒の両親は、最近冠雪していた点、ハードスケジュールなので無理はいけないだろうとの観点から、富士山の中途、宝永山をすすめてくれていた。<br />しかも、その為に富士宮登山口まで連れて行ってくれるという。<br />一瞬迷った。僕は日本の山をほとんど知らない。<br />11月の富士の風の強さもイマイチ理解していない。<br />宝永山ならハイキング程度の話だ。<br /><br />が、僕はかつて富士の裾野に来た時に思っていたはずだ。<br />(「次回は登る」と。)<br />その為に今まで欧州の山で鍛えてきたのだ。<br />僕は今やアルピニストなのだ。<br /><br />「やっぱり富士山に登ります。」<br /><br />6時過ぎに函南を出発し、富士宮口へ。<br />途中コンビニへ寄って、おにぎりという最高の行動食を手に入れた。<br /><br />自衛隊の演習中なのか、時々ズシンと響くBGM。<br />富士宮口に上がる途中では、鹿を目撃した。<br />熊に注意!なんて標識もあるが、僕はまだ野生の熊と遭遇したことがない。<br />(ドイツの熊とスイスの穴熊は見たけど…)<br />熊に殴られたりするのはごめんだな、などと思っているともう2400mまで来てしまった。<br /> (出発時はソフトシェルのみだった・・・)<br />裾野には軽い靄がかかっているが、山頂に向かっての視界は良好だった。<br />数分を相棒&義父と歩き、宝永山側と富士山頂行きへの分岐点で別れた。そう、相棒と義父は宝永山へ向かうのだ。<br /><br />火山灰で出来たようなほぼ砂の道であるこの登山ルート。膝には悪くないが予想以上にエネルギーを奪うかもと、のっけから考えた。9月の駅伝以降、脚力を全く鍛えていないが大丈夫だろうか、などと少し小心者モードが入る。<br />でも、ベルグラやアイスバーンは怖くない。アイゼンもピッケルも持ってきているのだ。<br /><br />北斎の書いた赤富士の秘密を少しずつ理解した。面白いトーンで斜面は彩られている。<br />登らないとわからないことがあるのはドロミテの山々も富士山でも同じだ。<br /><br />(この辺りから微妙に高度障害だったような・・・)<br /><br /><br /> <br /><br />プルトップやガラス片が結構落ちている。<br /><br />僕は最近、テーマに上がってきている「富士の入山料案」を考えながら先へ進んでいた。究極的には『世界遺産』というブランドを手に入れるために清掃管理の名目で入山料制度を検討すれば、ということらしいが、僕はこの場で反対の意を唱えたい。<br />こういったなんでも金で解決するというやり方は間違っているのではないだろうか。<br />少なくとも、そうまでして世界遺産登録を掲げても仕方ないと思う。<br />裾野までのドライブウェイ料金を復活させてもいいし、小屋が乱立しているのも僕がとやかく言うことではないが、山の下から上に歩いて行くという行為に対して、「支払が生じる」というハードルはいかがなものかと思う。<br />山はあらゆる人にとって公平でなければならない。そう思う。<br /><br />ご神体に対して拝観料。これはあるいはし方ないのかもしれないが、『山に登る』『里山で子どもとカブトムシを捕りたい』にたいして、つまりは自然と接したいというかなり普通の行為(あるいは思い)に対して、<br />「はい、ここからはお金払ってね。」は違うと思う。<br />富士山はすでにポピュラーだ。毎年、何万人もの人が登っている山なのだ。世界遺産などに登録されなくとも、人々の心の中に生きているではないか。多くの人から愛されている山だ。<br />僕はボランティアに定期的に参加している人たちや不法投棄を目の当たりにしてきた人々の気持ちを分かっていないかもしれない。<br />入山料を通して、通行を制御し、清掃管理費用に充てるのは論理的な解決方法かもしれない。でも、山の愛し方としては決定的に間違っていると思う。山はディズニーランドのように人工的に創造されたものでもないし、経営の文字が見え隠れするテーマパークでもなかろう。こんなところで管理社会というのも変だ。<br />ヒマラヤあるいはアメリカ大陸では入山料を取るようだが、それは実際的に必要な予算。つまりは国家予算、あるいはその地域の人々(や動物を主とした生態系)が暮らしていくのに必要とする『糧』的な色あいが強い。<br /><br />「では、富士に散らばるこれらのゴミをどうすればいいのか。」<br />そこのところは確かに難しい。<br />だけど、実際のところ綺麗に山を登りましょう!という活動を続けていくしかない。<br />エコバッグの使用だって、日本は今まで何度も頓挫している。だが、今やエコバッグの使用はいたって普通のことだ。ひと時、問題になっていたゴミの分別にいたっては恐ろしいまでに細分化が進んでいる。<br />そう、きっかけさえあれば、こういうことは一気に前進できるのだ。<br />そのためには山を本当に好きな人を増やしていけばいいと思う。<br />みんなが富士山を愛する。<br />その結果として『世界遺産』に登録されたらいいのではないか。

秋の富士登山 日本のアイコンに登る!

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2008/11/04 - 2008/11/04

1826位(同エリア1843件中)

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アルピニスとし

アルピニスとしさん

そう、日本の象徴である富士の頂に立ったのだ。
山頂には殆ど人がいなかった。
風はそれなりに強かったが、澄み渡るオリンパスブルー。
が、おかしい事に登頂したこと自体には思ったほどの感動はなかった。
富士山は眺めて良しの山だった。
僕の中で過剰な思いが募っていた美しい山。
登ってしまった後でも遠目に望む富士はいささかもその美しさを失ってはいない。
いつ見ても綺麗だと言う思いは全く消えない。

今回の帰国では春に会えなかった人、日本に戻ってきている人にフォーカスして会った。いささかハードスケジュールだった。
連日そういうのを繰り返し、時差ボケに睡眠不足までが相まってかなり弱ってはいた。
でも、自分の中でどうしても富士山は登っておきたいテーマだった。
天気予報で天気ガ崩れるといわれている直前の11月4日にアタックした。

相棒の両親は、最近冠雪していた点、ハードスケジュールなので無理はいけないだろうとの観点から、富士山の中途、宝永山をすすめてくれていた。
しかも、その為に富士宮登山口まで連れて行ってくれるという。
一瞬迷った。僕は日本の山をほとんど知らない。
11月の富士の風の強さもイマイチ理解していない。
宝永山ならハイキング程度の話だ。

が、僕はかつて富士の裾野に来た時に思っていたはずだ。
(「次回は登る」と。)
その為に今まで欧州の山で鍛えてきたのだ。
僕は今やアルピニストなのだ。

「やっぱり富士山に登ります。」

6時過ぎに函南を出発し、富士宮口へ。
途中コンビニへ寄って、おにぎりという最高の行動食を手に入れた。

自衛隊の演習中なのか、時々ズシンと響くBGM。
富士宮口に上がる途中では、鹿を目撃した。
熊に注意!なんて標識もあるが、僕はまだ野生の熊と遭遇したことがない。
(ドイツの熊とスイスの穴熊は見たけど…)
熊に殴られたりするのはごめんだな、などと思っているともう2400mまで来てしまった。
(出発時はソフトシェルのみだった・・・)
裾野には軽い靄がかかっているが、山頂に向かっての視界は良好だった。
数分を相棒&義父と歩き、宝永山側と富士山頂行きへの分岐点で別れた。そう、相棒と義父は宝永山へ向かうのだ。

火山灰で出来たようなほぼ砂の道であるこの登山ルート。膝には悪くないが予想以上にエネルギーを奪うかもと、のっけから考えた。9月の駅伝以降、脚力を全く鍛えていないが大丈夫だろうか、などと少し小心者モードが入る。
でも、ベルグラやアイスバーンは怖くない。アイゼンもピッケルも持ってきているのだ。

北斎の書いた赤富士の秘密を少しずつ理解した。面白いトーンで斜面は彩られている。
登らないとわからないことがあるのはドロミテの山々も富士山でも同じだ。

(この辺りから微妙に高度障害だったような・・・)


 

プルトップやガラス片が結構落ちている。

僕は最近、テーマに上がってきている「富士の入山料案」を考えながら先へ進んでいた。究極的には『世界遺産』というブランドを手に入れるために清掃管理の名目で入山料制度を検討すれば、ということらしいが、僕はこの場で反対の意を唱えたい。
こういったなんでも金で解決するというやり方は間違っているのではないだろうか。
少なくとも、そうまでして世界遺産登録を掲げても仕方ないと思う。
裾野までのドライブウェイ料金を復活させてもいいし、小屋が乱立しているのも僕がとやかく言うことではないが、山の下から上に歩いて行くという行為に対して、「支払が生じる」というハードルはいかがなものかと思う。
山はあらゆる人にとって公平でなければならない。そう思う。

ご神体に対して拝観料。これはあるいはし方ないのかもしれないが、『山に登る』『里山で子どもとカブトムシを捕りたい』にたいして、つまりは自然と接したいというかなり普通の行為(あるいは思い)に対して、
「はい、ここからはお金払ってね。」は違うと思う。
富士山はすでにポピュラーだ。毎年、何万人もの人が登っている山なのだ。世界遺産などに登録されなくとも、人々の心の中に生きているではないか。多くの人から愛されている山だ。
僕はボランティアに定期的に参加している人たちや不法投棄を目の当たりにしてきた人々の気持ちを分かっていないかもしれない。
入山料を通して、通行を制御し、清掃管理費用に充てるのは論理的な解決方法かもしれない。でも、山の愛し方としては決定的に間違っていると思う。山はディズニーランドのように人工的に創造されたものでもないし、経営の文字が見え隠れするテーマパークでもなかろう。こんなところで管理社会というのも変だ。
ヒマラヤあるいはアメリカ大陸では入山料を取るようだが、それは実際的に必要な予算。つまりは国家予算、あるいはその地域の人々(や動物を主とした生態系)が暮らしていくのに必要とする『糧』的な色あいが強い。

「では、富士に散らばるこれらのゴミをどうすればいいのか。」
そこのところは確かに難しい。
だけど、実際のところ綺麗に山を登りましょう!という活動を続けていくしかない。
エコバッグの使用だって、日本は今まで何度も頓挫している。だが、今やエコバッグの使用はいたって普通のことだ。ひと時、問題になっていたゴミの分別にいたっては恐ろしいまでに細分化が進んでいる。
そう、きっかけさえあれば、こういうことは一気に前進できるのだ。
そのためには山を本当に好きな人を増やしていけばいいと思う。
みんなが富士山を愛する。
その結果として『世界遺産』に登録されたらいいのではないか。

同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
  • お鉢めぐりは割愛。旧火口部は迫力の空間。

    お鉢めぐりは割愛。旧火口部は迫力の空間。

  • ところどころ雪あり。だが、アイゼンが必要なほどではない。

    ところどころ雪あり。だが、アイゼンが必要なほどではない。

  • 赤土が入り混じって不思議なトーンになっている。

    赤土が入り混じって不思議なトーンになっている。

  • 富士宮登山口。ここから7時間弱で山頂へ行って戻ってこれる。

    富士宮登山口。ここから7時間弱で山頂へ行って戻ってこれる。

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