2002/10/21 - 2002/10/23
14位(同エリア27件中)
しきんさん
2002年10月、ガイドブックの「トルコの東の果ての町」という言葉と「アナトリアの大地を疾走する」イメージに魅かれて、ドウバヤズットを訪れることにしました。
ドウバヤズットは、トルコ東部、ノアの方舟で有名なアララト山(アール山)の麓にあるイラン国境に近い人口1万人余りの町です。
近郊にあるイサク・パシャ宮殿は、知る人ぞ知るになりますが、見ごたえのあるものです。
イスタンブールからは直通のバスが走っていて、その時間さえ厭わなければ、ひとたびバスに乗ってしまえば乗り換えることなく22時間(定刻)のまさしくトルコを横断するバスの旅で行くことができます。
西の大都会イスタンブールから東端の田舎町へと経済的にはどんどん貧しくなっていくことになるのですが、雪を頂いたアール山と人々の明るい笑顔が迎えてくれました。
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
-
イスタンブール・エミノニュからアジア側のハレム・ガラジュへ行くフェリーの船内。
イスタンブールにあって、もうすでにこの段階で心寂しいモードです。フェリーの料金は、850,000TL。レートはイスタンブールの空港で10,000円を両替して130,000,000TL(1,000,000TLが80円弱)でした。 -
到着が近くなると、みんな船首に向かいます。ヒュンダイのバンが並んでいます。トルコに工場があるんですね。
-
ハレム・ガラジュ(ガラジュとかオトガルというのは長距離バスターミナルのことです)には、たくさんのバスとたくさんのバス会社のブースが並んでいて、たくさんの人でごった返しています。大きな荷物を持った人、大勢の家族を連れた人、仲間を呼ぶ人、急ぐ人。雰囲気に呑まれてもたもたしていると、「オトガルでも旅行者がうろちょろしていれば、バス会社のおじさんがやって来て、目的地を言えば、該当する会社のブースに連れて行ってくれる。」と『地球の歩き方』に書かれていたとおりになりました。
実際にはおじさんが目的地を大声で告げて、周りにいた人がそれに応えて、自分を引き取ったのですが、このときのおじさんの「ドウバヤズット」というかけ声が、今でも鮮明に残っています。
残念ながら、そこのところの写真はありません。写真は、連れて行かれたブースでチケットを買って落ち着いた後のもので、ブース内でバスを待つ同乗のお客さんです。やっぱりイスタンブールの人たちとは雰囲気が違います。英語では話が通じませんでした。 -
カウンター
-
バスのチケット。「METEOR」というバス会社がドウバヤズット線を走らせています(2002年)。バス会社名として意味をとれば「流星」が適当でしょうが、ドウバヤズットには「メテオ・ホール」という隕石による巨大な穴があります。また、トルコには「METRO」という大手のバス会社があるので、それともかけているのでしょう。なかなか秀逸な名称だと思います。料金は40,000,000TLでした
-
バスターミナルの光景
-
15:00にバスは出発しました。イスタンブール郊外に立ち並ぶ高層住宅です。
-
人口が増え続けるイスタンブール
-
料金所。高速道路は有料です。
-
バスの車内。終点までのためか、後ろの席になりました。
車内には、調子のいいトルコのポップスが流れ続けています。 -
車掌さんというよりはキャビンアテンダントにあたる人が、車内を回り、まずコロンヤ(レモンの香りのするアルコール)をめいめいの手にかけてくれます。そしておつまみに配られたひまわりの種です。これはくせになります。メモ用紙で箱を折っていれました。周りはまったく英語は通じません。
-
右手にはマルマラ海が見えてきました
-
隣席の女の子。カメラを向けると向こうを向いてしまいます。ナザールボンジュの髪留めがかわいい
-
2時間半ほどで休憩です。もう戸外で食事をするには涼しすぎます。
-
ドライブインの建物
-
この後すぐに寝入ってしまい、目を覚ましたときは、夜が明けるところでした。
-
アナトリアの大地を進みます
-
-
空き地(広場?)に人が集まってきています。市でも立つのでしょうか
-
会話集とカメラのおかげで車中の人たちとも少し話ができました。
-
-
-
-
イスタンブールを出発して18時間。みんなお疲れです。
-
-
石のブロックを積んで家を建てていました
-
サングラスをつけてようやく写真のお許しがでました
-
大きなオトガルに着きました
-
バスから降りた多くの人と一緒だったのでのんびりしていたのですが、ふと見ると、バスが動き出しています。慌てて走っていって乗せてもらいました。彼らは休憩に降りたのではなく、ここまで、またはここで乗り換えだったのでした。多くの人がここで降車しましたがエルズルムだったのでしょうか
-
再び出発です
-
携帯電話は禁止のマークがちゃんと車窓に貼られていました
-
-
乗客が減って、席を前に移動させられました。
前方にいよいよはっきりとアララト山(アール・ダーゥ=山)が見えてきました -
定刻より1時間ほど早く、12時過ぎにドウバヤズットに到着しました。オトガルを出たところから見たアール山。手前は学校のようです。
-
ドウバヤズットのオトガル。ドウバヤズットは小さい町なので、オトガルが町なかにあるので、乗り換えが要りません。
-
写真を撮っていると、下校中の子供たちが撮って欲しいとやって来ました。兄弟でしょうか。
-
ここにも兄弟が
-
みんな素敵な笑顔です
-
街角からもアール山。帽子をかぶった男性が目に付きます。
-
ホテル ギュル。こちらにお世話になりました。
-
ロカンタに入って昼食をとります。
-
食堂のショーケースです。何も書いてありませんし、説明してもらってもこちらが解らないので指差して装ってもらいました。
-
サーデピラウ(バターライス)と肉と野菜の煮物(Parmak kebap:書いてもらったものを直訳すると「指ケパブ」?。何の指?)
-
ストラッチ(ライスプディング)。
全部で3,000,000TLでした。もちろんパンは食べ放題です。 -
食堂の価格表
-
ドウバヤズットの大通り。ずいぶんにぎやかです。レンガで舗装されているのですが、わだちに水たまりができています。
-
イランへ抜ける街道。先の広場にタクシーが並んでいます。
-
建物の壁の装飾がきれいです
-
八百屋さんの店先。豊かで色鮮やかです。
-
アール山
-
靴磨きの少年たち
-
オトガルのそばにある旅行会社「MEFSER TUR」。ワンからイスタンブールへの航空券を手配してもらいました(83USD)。
-
タクシーでドウバヤズット観光のハイライト、イサク・パシャ・サラユへ向かいます。
-
イサク・パシャ・サラユに着きました。どれくらい時間がかかるかわからないし、歩いても帰れるようなので、タクシーには帰っていいと言ったのですが、待っているとのことで、そうしてもらいます。
-
-
-
-
-
-
-
-
窓の外は涸れきった世界です。ここに暮らした人たちにとって景色とはこういうものだったのでしょうか。
-
-
-
-
-
-
-
-
ドウバヤズットの町を望みます
-
荷物を積んだトラックが走っていきました
-
フランス人のアベック。新婚旅行で、これからイランへ抜けていくとのことでした。
-
タクシーで町へ戻ります。牛飼いの列を追い越しました。
-
タクシーの運転手さん。料金は往復で9,000,000TLでした。
-
ホテルの部屋です
-
-
-
シャワーはヘッドが固定です
-
窓からはアール山が見えます
-
ツインのシングルユースで1泊6,000,000TL
-
夕食を食べに出ました。
夕食をこの写真の店で食べたか、昼食と同じ店で食べたかあいまいになってしまっています。 -
スープ
-
やはり食べ放題のおいしいパン
-
全部で5,000,000TL
-
デザートは別のパスタネでとりました。
-
紅茶とケーキで1,250,000TL
-
パスタネの主人。明日の朝も来いって。
-
ホテルの部屋へ戻って、シャワーを浴びておやすみなさい。
-
翌日も好天で部屋の窓からアール山がきれいに見えました
-
朝食前に町を散歩します
-
空地で牛が朝食をとっていました
-
アララト山ツアーの車に声をかけられました。
また街道を歩いていたときには、通りがかりの車にイランまで乗せていくぞと声をかけられました。 -
巨大なキャベツの山
-
青果商の父子
-
ジャーミー近くにあるアタチュルク像
-
昨晩のパスタネでバクラワをとって朝食としました。750,000TL
-
郵便局で切手を買いました
-
雑貨屋の店先。ピカチュウがこんなところにも来ていました。
-
焼きたてのパン。とてもおいしそうです。ロカンタへ届けます。
-
右側がパン屋さんです。ドウバヤズットの子どもたちはよく働きます。
-
ホテルをチェックアウトしました。また来いといってくれました。
自分はアール山が見えることだけを基準に安い部屋に泊まりましたが、ホテルにはもっときれいな部屋もあるようです。 -
ミニバスでワンへ向かいます。ワン行きミニバス乗り場
-
ミニバスのチケット。11:30発。6,000,000TL
-
出発まで、表で時間をつぶしていると、また靴磨きの子供が来ました。
-
彼も靴磨きの少年です。11歳。まだ学校へいっているはずの年齢です。
ドウバヤズットの靴磨きの値段は彼らの言い値で払ったのですが、100,000TL。イスタンブールで子供の靴磨きはその10倍の1,000,000TLでした。彼らの経済感覚を壊してはいけないのでそのまま払いましたが、日本円では8円足らずです。そして、2007年再訪したイスタンブールでは、EUからの圧力で学齢期の子供の労働への取り締まりが厳しくなったのでしょうか。靴磨きの少年の姿をみませんでした。地方ではどうなっているのでしょう。 -
出発が近づきミニバスに乗り込みました。
-
隣席の男性
-
出発してしばらくするとアール山と小アール山がよく見えました。
-
この景色が遊牧の民のものでしょうか
-
遠くの山麓に集落が望めました
-
みんな衛星テレビのアンテナを立てているのが印象に残った集落。一般の住居ではなく、キャンプなのでしょうか。
-
バスは峠を登っていきます。峠を越えると、アール山ともさよならです。
(ドウバヤズットは『地球の歩き方』2002年版では「人口10,000余」であったのが、2007年版では「人口5万余」となっており、統計が新しくなったこともあるのでしょうが都市への人口流入が激しいことを伺わせます。)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドゥバヤジット(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
112