2023/04/14 - 2023/04/16
2位(同エリア27件中)
mishmishさん
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2023年2月6日のトルコ・シリア大地震から2か月経って、久々の旅行。
たくさんの心配をいただきましたが、私達家族は元気にやってます。
未曽有の大災害が起きて最初の1か月はとにかく落ち着かず、被災してない私ですら精神が極限状態にあったように思います。ハタイ在住の大好きな友人家族が2度に渡って被災・避難し、しばらく悲惨な状況に置かれていたことも大きかったです。
また、同じ頃、息子が体調を崩してちょっとした手術を受けることになり、そのことでも少し落ち着かない日々が続いてました。
地震のことはまた別に書けたらと思いますが、とにかくトルコ人の行動力や連帯感、助け合いの精神には目を見張るものがあり、怒りや絶望の中にもかすかな希望を見出すことができた日々でした。それでも、助けられる命がどんどん失われていったあの頃を思い出すと、今でも大きなストレスを感じます。
さて、今回は大好きな友人と行く、トルコ東部辺境の旅。お目当ては、トルコで一番高い山で、ノアの方舟伝説が残るアララト山。そしてアナトリア唯一の宮殿であるイサクパシャ宮殿。
この地の雄大な自然と、独特の文化と歴史、優しい人達との交流に癒される、思い出深い旅になりました^^
- 旅行の満足度
- 4.5
-
今回の旅のメンバー
夫、3歳息子、私の3人家族と、
友人
の計4人!
私がトルコに来て以来の友人ですので、もう5年半のお付き合い。
アララト山を一目見たい!とずっと言っていた友人。
「春に一緒に行こう!」と漠然と話してはいたのですが、急遽友人の本帰国が決まり、「今しかない!」と珍しく夫婦の意見が一致。知らせを受けたその日のうちに友人を口説き、2週間後にアララト山方面への旅行が決まったのでした。 -
我が家における友人の存在は絶大で。
我が家の偏食男児は、友人が作る絶品シフォンケーキでタンパク質を摂取しているといっても過言ではないくらい笑。
息子は友人を「ふわっふわケーキのお姉さん」と呼んでます。
病気がちな息子の治療に関して、突破口をくれたのも友人。
私にとっては、何でも教えてくれる先生であり、いつだって明るく前向きな気持ちにさせてくれる友人。
あと、私に鼻うがいのやり方を授けてくれたお方。鼻うがいオススメです笑 -
今回の旅の舞台は、トルコ東部。
イラン、アルメニア、ナヒチェヴァン(アゼルバイジャンの飛び地)と国境を接する地域です。
今回はアール県(Ağrı)から入って、同県のドウバヤジット(Doğubayazıt)を中心にアララト山周辺を観光し、ウードゥル県(Iğdır)から発つというルートを取りました。(結論から言うと、ウードゥルの方がドウバヤジットに近いので、ウードゥルIN/OUTでも良かったです^^;) -
今回の旅の目的は、アララト山をあらゆる角度から眺めること。
そして、アララト山をバックにアシュレを食べること!
アララト山と言えば、ノアの方舟が漂着したとされる場所。
そして、デザートの「アシュレ」!
アシュレは、ノアの箱舟プディングとも呼ばれ、大麦などの穀物、白いんげんやひよこ豆などの豆類、ドライフルーツ類など様々な材料をたっぷり入れて砂糖で煮たデザート。ノアの方舟がアララト山に漂着した時に、最初に作ったとされる料理です。
写真は数年前トルコ人の友人が作ってくれた絶品アシュレ。
オレンジで上品に香りづけしてありました。 -
さて、旅の初日は金曜日、ラマダーン(断食月)の23日目。
行きはアール(Ağrı)に降り立ちました。
実は、今回の3日間の旅、すべての行程でドライバー付きの車をチャーターすることに。あまり観光開発されてない辺鄙な地域なので、、、その方が安全かなということで。(しかも、2日目は英語ガイドさん付き!)
ドライバーさんと空港で落ち合い、そのままホテルがあるドウバヤジットに向かいました。(アール市内には立ち寄らず笑)アール空港 (AJI) 空港
-
アールからドウバヤジットまでは東に約100km、1時間半の道のり。
途中、ドライバーさんが「あれがアララト山だよ!」と教えてくれて、一同大興奮!
この日は曇り。アララト山の頂にも厚い雲が覆われていて、荒々しい雰囲気。 -
1泊目のお宿は、ドウバヤジットのTehran Boutique Hotel
https://goo.gl/maps/bh3NY8qfjHBMhZqm9
ドウバヤジットだと、このホテルが一番良さげ。お湯がぬるめだったのが残念でしたが(地方の中級ホテルあるある)、全体的にこぎれいで良かったです。
遅めのお昼ごはんは、ホテル到着後にいただきました。
なんと友人お手製のおにぎり!
これがすごくすごーく美味しくて!!!
旅のお供におにぎりって最強ですね。 -
ホテルはドウバヤジット市内中心部。
すでに夕刻ですが、ちょっと街をぶらぶら。
が、この辺りから息子のテンションがハイになっちゃって・・・、道端で寝転がるは、濁った水たまりでじゃぶじゃぶするは、植木の土を掘ろうとするはで・・・
大変すぎたので、息子と私はホテルでお留守番。
夫と友人に夕食をテイクアウトしに行ってもらうことにしました。 -
ガイドさんが開口一番教えてくれたのが、「この街の住民はほぼ100パーセント、クルド人」だということ。
私「クルド文化、興味ある!クルド料理って食べられる?」
夫「アブディギョル・キョフテが名物みたいだけど。」
ガイドさん「アブディギョル・キョフテはクルド料理だよ。」
えー!食べたい!!食べたい!!
というわけで、この街はほぼクルド人なわけですが、結論から言うと、良い人ばかりで、旅行中嫌な思いはしませんでした。息子が道端で寝転がると、無口なイケメン兄さんズがさっと起き上がらせてくれるし、道の反対からお店のおじさんたちが手を振ってくれるし。
メインの通りでは、子供の物乞いが多い印象はありましたが。
エキゾチックな顔立ちの美男美女が多いです。
まぁ、クルド人の多い街に来ていつも思うのが、「私の街にもこういう顔の人普通にいるよね」ということですが。 -
ここからは、夫と友人が街歩きで買ったもの。
まずはラマザン・ピデ!
ラマダーン(断食月)の時期限定で販売されるパンです。
この時期は色々なお店のピデを食べ比べるのが楽しみ。
イフタール(日没後の食事)前に買う焼きたては、たまらなく贅沢ですよね。 -
お兄さん達がせっせと焼いてます。
美味しそう~!
実際焼き立てを持って帰ってきてくれたのですが、ふわふわで美味しかったです!
焼き立てが食べられる幸せ・・・。
子育て中って意外と難しいですよね。夕方にパン屋に行ったり、イフタールに行ったり・・・そういうこと、しばらくできてないですもん。 -
メインは、ウルファ料理のお店で。
ウルファは、南東部の街シャンル・ウルファのこと。トルコのスタンダードなケバブといえば、ウルファですよね。つまり、私達にとっては、いつもと同じ外食笑。
このお店は特に活気があったようで、実際にとても美味しかったです。
クルド料理は何処?って感じですが・・・
この地域のラマダーンが想像より厳しくて。レストランもイフタール(日没後の食事)から開店というところが多くて、非ムスリムの旅行者には結構不便。ガイドさんが調べてくれたのですが、結局今回の旅でドウバヤジット名物やクルド料理にありつけませんでした。 -
ウルファ料理屋さんにて。
ラフマジュンを作る風景。
一人が機械で生地を薄く延ばして、もう一人が肉と野菜を細かく刻んだ具を載せて、もう一人が窯に入れます。
夫が動画を撮ってきてくれたのですが、いつまでもうっとり見ていられます。 -
炭火で焼くケバブも美味しいですよね!
もうすぐイフタールの時間。
断食明けのお客さん達のために、せっせと焼いてます。 -
煮込み料理も、美味しかったです!
Yeni Urfa Kebap Salonu
https://goo.gl/maps/RJsnDY13Dnc2E2xN7 -
2日目(土曜日)の朝、ほぼ快晴。
ホテルの朝食会場から見えるアララト山。
絶妙な位置に建物がありますが。
友人は朝早くに起きて、アララト山と朝日をセットでキャッチ!
(気合いが違う笑)
アララト山がチラ見できるという意味でも、このホテルはオススメです。
Tehran Boutique Hotel
https://goo.gl/maps/bh3NY8qfjHBMhZqm9 -
9時にガイドさんと合流して、出発です。
早速見えました、アララト山!
アララト山(トルコ語では、アール山、Ağrı Dağı)
大アララト山(標高5,137m)と小アララト山(3,896m)の2つの山から成ります。富士山(標高3,776m)よりも高いんですね。
ノアの方舟が漂着したと言われる山。
そして、トルコで一番高い山です!
この辺りは歴史的にはアルメニア人が居住していた地域で、アララト山はキリスト教以前からアルメニア人にとって信仰の対象でした。1921年に最終的にトルコ領となった後も、アルメニア人にとって聖なる山であり、民族的象徴であり続けています。それが他国の領土にある・・・というのは何とも複雑ですが。
アルメニア側から望むアララト山も格別でしょうね。
今回の観光中には、かつてアルメニア人の住んでいた村を訪れる機会もありました。 -
アララト山が見えたところで、車が脇道へと入っていきました。
ガイドさんの提案で、軽くハイキングすることに。
「アララト山のエネルギーを直に感じて欲しいんだ!」とのこと。
わ~そういうの好き!
ちなみに、アララト山に入山するには許可証が必要。私達が歩くのはそのもっと手前です。 -
ごろごろとした黒い石は、玄武岩(bazalt)という火山岩。
この地域の遺跡や歴史的建造物に良く使われる素材。この日訪れるイサク・パシャ宮殿にも使われています。
本来こういう高いところに登る冒険が大好きな息子。
でも、この時は嫌がって、抱っこ攻撃。「砂利って砂のことだよぉ~」と泣きながらパパに抱っこしてもらってました笑。子連れ旅は修行なり・・・ -
少し歩いて開けたところに出てきたタイミングで、アララト山はすっぽり雲に覆われてしまいました。
山の天気は変わりやすいですもんね。
ガイドさん曰はく、アララト山が快晴なのは年間60日程で、それ以外は曇りなのだそう。 -
玄武岩
お土産に持って帰っていいよということで、一つ持たせてもらいました。 -
岩にへばりついてる白い物質。
これを水で溶かすと、白髪染めのヘナ(ヘンナ)になるのだとか。普通、ヘナは植物を原材料としてますけどね。
ガイドさんは、アララト山登山のガイドもされている方。
夏は、幾つもの登山グループとアララト山に登頂するそうで、外国からも登山客が多く訪れるそう。
確か、麓の村から2000km地点までは車で行って、そこからテント泊をしながら登っていくのだとか。登って下りてくるまで5日~1週間程?の行程。ロバさんが食糧などの荷物を運んでくれるそうです。聞けば聞くほど本格的・・・。
この記事によると↓
2022年は2万人もの登山客が訪れ、そのほとんどが外国人だったそう。
https://www.dailysabah.com/turkey/turkiyes-scenic-mount-agri-draws-climbers-from-around-the-world/news
(ちなみに、富士山は16万人) -
アララト山があるトルコ東部は豪雪地帯。
でも、この冬は積雪が極端に少なかったようで、夏は水不足になるだろう・・・とガイドさんも懸念していました。
この地域の主な産業は、牧畜や農業ですので、尚更。
家畜の糞を乾燥・圧縮して燃料にするなど、この地域の村々では今でも昔ながらの生活が営まれているそう。
素人目に見ても、牧畜以外の目立った産業はなく、開発が進んでいない地域だなという印象は受けました。 -
続いて、イラン国境へ向かって車を走らせます。
巨大な隕石が落ちてできたメテオ・ホール(Meteor Çukuru)が目的地ではありましたが、ガイドさん曰はく「10年近く閉鎖されているため、見れないだろう」とのこと。一応、手前の軍の検問所まで行きましたが、許可が下りませんでした。
どうやら軍事施設が近くにあるようです。 -
イランとのギュルブラク国境(Gürbulak)まで10km!
たくさんの輸送トラックが行き交う一本道。現代版シルクロードですね。
時間もたっぷりあるので、ガイドさんの提案で、国境見物をすることに。
別に国境マニアでも何でもないのですが笑。
20代前半のお金がなかった頃は、よく陸路で国境越えをしてましたので、たまたま居合わせた人達と乗り合いタクシーに乗って国境を越える(私を置いていかないでね!的な)ドキドキ感は、何気に青春の思い出だったりします。 -
トルコからイランへ向かうトラック、ものすごい数です。
ギュルブラク税関を通過するために、長蛇の列を成しています。
イランナンバーもたくさん。
イランから来るトラックには、アフガニスタンやパキスタンのものもあったような。 -
私達も車を降りて、イランの国境手前までお散歩することに。
意外と何も言われずに通過できました笑
たまたま人がいない時に撮った写真ですが、両チェックポイントを結ぶ道。
両手に黒いビニール袋や黒いスーツケースを持ったおじさん達が徒歩で国境越えをして、ひたすらモノを運んでいるんです。不思議な光景。
イランからは、野菜やお菓子を運んで、トルコで高く売り、トルコからはタオルなどのテクスタイルを運んで、イランで高く売る。その売り上げで生計を立てる人達がドウバヤジットの村にはたくさんいるとのこと。
国境ならではのビジネスですね。 -
パスポートコントロール。
反対側にはイランの国旗が見えます。
このまま入国したい衝動に駆られますが、我慢我慢。
ビザ申請しなきゃですしね、オンラインでできますけど。
ギュルブラク(Gürbulak)
https://goo.gl/maps/RPQNroRVPhhKHMdw5?coh=178571&entry=tt -
検問所のトイレが綺麗じゃなかったので・・・
ギュルブラクの村にあるモスクのトイレをお借りすることに。
管理人さんがいたので、少しだけモスクへの寄付を置いて行きました。最初なかなか受け取ってもらえませんでしたが。
3歳2か月の息子。え、トイトレ?なんでしたっけ、それ・・・?笑
ということで、息子のオムツは車で替えさせてもらいました。車があるって便利ですね。
最近の会話で目から鱗だったのは・・・
私「うちの子、全然トイレに行きたがらないので、トイトレが始められません」
幼稚園の先生「この子が自分から行きたがることは絶対ないので(笑)、親が覚悟を決めて始めるしかないわよ。『もうオムツがなくなっちゃったからトイレでしてね』と伝えて、パンツにしてみて」
で!その通りにしてみたら、小の方はすんなりトイレでしてくれるようになったんです!(最初の3日はカオスでしたけど笑)
「オムツはもうないよ」は魔法の言葉。
幼稚園の先生、ほんとすごいです。 -
次にやってきたのが、ノアの方舟が埋まっていると言われる場所。ビジターセンターとなっています(でも営業しておらず)。
そう、この地域には、大洪水でノアの方舟がアララト山に漂着した説と、ドウバヤジットのこの場所に漂着した説があるのです。
Nuh'un Gemisi(トルコ語で「ノアの方舟」)
https://goo.gl/maps/HfTSf3tHwpjrzHxP9?coh=178571&entry=tt
余談ですが、イラク国境に近いシュルナク県(Şırnak)でも、同県のジューディー山にノアの方舟が辿り着いたという伝説が残っており、街の名前もSehr-i Nuh(ノアの街)と呼ばれていたことから、後々Şırnakになったそうです。
コーランでは、ノアの方舟は「ジューディー山」に乗り上げたとなっています。ノアの方舟 史跡・遺跡
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ビジターセンターからの眺め。
地滑りによってできた地形ですが、隆起した部分が舟の形に見えることから、ここがノアの方舟が漂着した場所なのでは?という議論があります。
1959年に航空写真によってこの興味深い地形が発見され、それ以降アメリカや世界中からたくさんの研究者が調査を実施。1987年に自然保護地区・野外博物館として保護されました。
舟の大きさは、約165m×50m×13m
形状も、聖書の記述に似ているのだとか。地滑りが絶えず続く場所ではありますが、舟の隆起だけ歪むことなく残っている点も、神秘的であり、地質学的にも注目される理由となっています。
地底レーダーが船体を検出、みたいな記事も。
https://www.aa.com.tr/en/culture/3d-images-of-noahs-ark-to-be-shown-in-documentary/1645952ノアの方舟 史跡・遺跡
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私としては、「でもでも!ノアの方舟が漂着したのは、アララト山の方だよね???」とつい聞いてしまいましたが^^;
ガイドさんの見解としては、アララト山は標高が高すぎて、人が住むのは困難だから現実的ではない、とのこと。
世界中に残る大洪水伝説とその舞台の候補地。その筆頭が旧約聖書の「ノアの方舟」ですが、なんせ紀元前数千年前の話ですので、科学的根拠を探すとなると相当無理がありますよね・・・
観光開発が進んでいないことをガイドさんが嘆いていましたが。
近々この辺りに「ノアの方舟ミュージアム」ができるようです。
https://www.dailysabah.com/arts/noahs-ark-museum-to-be-opened-in-turkiyes-historic-city-of-agri/newsノアの方舟 史跡・遺跡
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アララト山もばっちり拝めます!
左が大アララト山(標高5,137m)、右が小アララト山(3,896m)。
トルコ語ではアール山(Ağrı Dağı)、アルメニア語では伝統的に「マスィス」と呼ばれてきました。旧約聖書に登場する「アララト山」にちなんで、中世からヨーロッパの人々がこの山をアララト山と呼んできたように、ノアの方舟の終着地点がアララト山だと信じるキリスト教徒は多いようです。
2010年には、アララト山の山頂付近でノアの方舟の残骸らしき木片が発見されたとのこと。
https://www.afpbb.com/articles/-/2722397
これに否定的な学者もいますが。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3514/
多くの人にとってロマンを搔き立てられる場所であることは事実。ノアの方舟 史跡・遺跡
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というわけで、アララト山を望む絶好スポットで、ノアの方舟に思いを馳せながら、トルコのデザート「アシュレ」をいただきます!
何気に、この旅のメインイベント。
ドウバヤジットの街中では入手できない可能性を考えて、旅の前日に近所のケーキ屋さんで購入しておいて正解でした。(こういうことだけは用意周到笑。)
タッパーに入れておいたアシュレを皆で分けて、いただきまーす!ノアの方舟 史跡・遺跡
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旧約聖書の『創世記』第6~9章に登場する「ノアの方舟」
トルコ語だとNuh'un Gemisi(ヌフン・ゲミシ)
関係ないですが、写真は息子お気に入りの「ノアの方舟」パスタ。動物の形が可愛くて、お土産にもオススメ。
ここからはメモ。
聖書では、神が地上に満ちた暴虐に怒り、大洪水をおこします。聖書の記載はすごく具体的。
(神はノアに)「あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。その作り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビトとし、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。わたしは地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。」
「あなたは子らと、妻と、子らの妻たちと共に箱舟に入りなさい。」
「あなたはすべての清い獣の中から雄と雌とを七つずつ取り、清くない獣の中から雄と雌とを二つずつ取り、また空の鳥の中から雄と雌とを七つずつ取って、その種類が全地のおもてに生き残るようにしなさい。」
神が正しいと認めたノアと、その妻、子のセム、ハム、ヤペテと、その妻たちが箱舟に入り、雨は40日もの間振り続けました。150日経ってようやく水が減り始め、箱舟は「アララテの山にとどまった」とのこと。水が引いたか確かめるために、ノアが箱舟からハトを放ち、そのハトがオリーブの若葉をくわえて戻ってきたのも有名な話ですね。
アララテという名前は、旧約聖書に4回出てくるようです。
ワン湖を中心に栄えたウラルトゥ王国(BC850~BC600年頃)とも関係ありそう?
※聖書の引用は、日本聖書教会の口語訳から。 -
ちなみに、ガイドさんは断食中。
敬虔なムスリムのガイドさん、イスラーム教の話になると一段と熱が入ります。
旧約聖書に登場する「ノアの方舟」は、コーランにも登場します。
イスラーム教にとっても重要な話で、ノア(ヌーフ)は預言者の一人。
コーランでは、ヌーフが説く一神教を否定する者たちを罰するために、アッラーが洪水を起こしたということになっているようです。
興味深いのは、ヌーフは、たとえ家族でも、アッラーを信仰しない妻や長男夫婦は舟に乗せなかったということ。(最後まで説得しましたが)
究極的には血縁より信仰ということでしょうか。イスラーム教では、動物達の他に、方舟に乗り込んだ約80人の信者が救われたとされています。
「それでわれはかれに啓示した。われの啓示に従って、われの目の前で舟を造れ。われの命令が下って、釜が滾り溢れたら、かれらの中で宣言が既に下された者を除き、あなたは凡ての(生き)もの一番と、あなたの一家を乗り込ませなさい。悪を行った者のために、われに嘆願してはならない。かれらは必ず溺れるのである。」(第23章27節)
http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran023.htm
(ヌーフの)息子は(答えて)言った。「わたしは山に避難しよう。それは(洪)水から救うであろう。」かれ(ヌ-フ)は言った。「今日はアッラーの御命令によってかれの慈悲に浴する者の外は、何者も救われない。」その時2人の間に波が来て、息子は溺れる者の1人となった。
(第11章43節)
御言葉があった。「大地よ、水を飲み込め。天よ、(雨を)降らすことを止めなさい。」水は引いて、事態は治まり、(舟は)ジューディー山上に乗り上げた。また仰せられた。「不義を行う民を追い払え。」
(第11章44節)
http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran011-2.htm
本当のアララト山はジューディー山??説↓
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20120423_062739.htmlノアの方舟 史跡・遺跡
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「ノアの方舟」ビジターセンターのお隣は、昔ながらの村が残っており、そこは元々アルメニア人が住む村だったそう。この地域は過去にアルメニア人とクルド人が共存していたエリア。
現在アルメニア人は残っていませんが、ここに移り住んだクルド人の村の生活を垣間見ることができます。
ガイドさんが、「家の中を見せてもらう?」と提案してくれましたが、何となくビビって断わってしまった我々。でも、見せておいてもらえば良かったかな。ノアの方舟 史跡・遺跡
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その直後、村の近くで、羊の群れと遭遇。
今度はガイドさんが、「子供を遊ばせてみる?」と息子の放牧タイムを提案してくれたので、車を降りてみることに。
羊に興味深々の息子。
羊飼いのお兄さんが子羊を触らせてくれて、母(私)がキュンキュン。 -
羊飼いのお兄さんについていきます。
杏畑で放牧中の羊たち。
この時期は、杏の花が満開で本当にきれいでした。 -
自ら群れの中に入っていって、モフモフさせてもらう息子。
やーんきゃわいいよー、うちの子も羊も!
私「大きくなったら何になりたい?」
息子「バン!(車)」
はい?
そんな我が家の3歳児、車にしか興味がないと思っていたので、意外。
こういう経験が子連れ旅の醍醐味ですね。 -
毛並みがとても綺麗な羊たち。
優しいお兄さんに大切に育てられてるのが分かります。
こういう時、ついつい思い浮かべてしまうのが、ラマダーン2か月後の犠牲祭ですが・・・ -
なんと前日に生まれたばかりの赤ちゃん子羊。
抱っこさせてもらいました。
尊すぎる・・・!
お腹の大きいお母さん羊もいました。いつ出産してもおかしくないそう。 -
赤ちゃん子羊と駆け回って遊ぶ息子。
息がぴったり。精神年齢一緒なのかな笑。
羊飼いのお兄さんにお礼をと思いましたが、「これは仕事じゃないから」と全く受け取ってくれませんでした。
こんな感じで、この地域の人達は誇り高く、観光客の私達に群がることもなく、普通に優しく接してくれる人が多かったです。 -
そして、雲が流れて、ついにこの時が!
左が大アララト山(標高5,137m)、右が小アララト山(3,896m)。
アララト山が快晴なのは年間60日程。私達って相当ラッキーなのでは。
車を降りて、アララト山の方に向かって、広い大地をふみふみ。
ご家族にビデオ通話をして、この感動を伝える友人。
来られて良かったね、見れて良かったね、としみじみ。
素晴らしい巡り合わせに感謝せずにはいられない、そんな絶景でした。 -
さてさて、少し遅めのお昼タイム!
営業中のお店が限られる中、ガイドさんが事前に調べて、お店を選んでいてくれました。観光客向けのお店ではありましたが、お料理が美味しくて満足度高かったです。
息子はちょうどお昼寝タイム。お店の方が気を利かせてスペースを作ってくれて、そこに着地成功です。
幼稚園でも自力でお昼寝できた時は(先生が格闘の末)「ママみたいに上手にねんねできたネ!」と報告してくれます。ママのイメージ・・・笑
Ararat Restaurant ve Kahvaltı Salonu
https://goo.gl/maps/rQYHhyQynsERabJd7?coh=178571&entry=tt -
Gırar çorbası
ヨーグルトスープで、トルコ東部の郷土料理。
Gırarはどうやらクルド語由来のようです。
東部のヨーグルトスープ、大好物なんです。
ヨーグルト、麦、ひよこ豆、ミント、野草などが入っているスープ。
東部に来たら、ヨーグルトスープはマスト。臭みもなくて、外れなしの美味しさです。 -
Kavurma
牛肉をソテーした料理でトルコ各地にありますが、郷土料理として出されていたので、何か特徴があるのだと思います。普通に美味しかったです。 -
Ararat karşık
お店の看板料理的なミックスケバブ。
これがですね、すごーく美味しくて、感激でした。
真ん中のナスのケバブが、ナスの皮ごと食べられて絶品でした。
やはり、空気の美味しいところで育つ羊さん達は、美味しいですね!
ちなみに、このお店は、ドウバヤジット名物でクルド料理のアブディギョル・キョフテがメニューにありました!ラマダーン中だったので、提供なしで残念でしたが。 -
レストランの隣は、クルドの女性達が作ったものを売ってる場所(いわゆる生協的な)と聞いていたので、顔を出してみたのですが・・・
ガチな絨毯屋さんでした。
(騙したな!とこの時だけ、ガイドさんを恨みました笑)
店主は、「絨毯はクルドの女性達が織ったもの。クルドの女性達の生活を助けたくないのか!?」と圧がすごかったのですが、どう見てもアンティークの絨毯・・・柄を見ても、イランから入ってきたものも多いんじゃないかな・・・と推測。
でも、コレクションとしては見応えがありました。
私も負けじ「現在のクルドの女性が作ってるものを買いたいんだけど。手編みの靴下とか、キッチン用品とか、もっと小さいものを期待してたんだけど」と反論笑
まぁこういうことありますよね笑。今回の旅でモヤモヤしたのはこの時だけかな。
この後「ママー!」と寝起きの息子が迎えにきてくれました。ママのヒーローですね笑。 -
この日、最後に訪れたのが、イサク・パシャ宮殿。
İshak Paşa Sarayı
オスマン帝国時代に建てられた宮殿としては、トプカプ宮殿に続き2番目の大きさで、アナトリア唯一の宮殿。
この地を統治したクルド人の知事イサク・パシャの時代に建設が始まり、99年の歳月をかけて、1784年に完成。
イランやセルジュークの影響を受けた建築様式ですが、バロック、ゴシック、ロココなど当時流行した西洋建築の影響も見られる、唯一無二の美しい建造物です。
保存状態は良くありませんが、元々は3階建てで、366もの部屋があったそう。
露土戦争や第一次世界大戦(アルメニア人との対立(虐殺?反乱鎮圧?))などを経て廃墟となり、街の中心が移動、宮殿は人々が寄り付かない、忘れ去られた場所となったそうです。廃墟の状態で発見された当時は、家畜小屋として使われていたとか。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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宮殿のお隣には、ウラルトゥ王国時代(ワン湖を中心にBC850~BC600年頃に栄えた王国)のものとされる要塞が残っています。
Doğubayazıt Kalesi
https://goo.gl/maps/c7vZSHfFZ6pFSRcz9?coh=178571&entry=tt
もっと注目されても良いのでは?
本来こちらも相当歴史的価値の高いものだと思います。 -
イサクパシャ宮殿
ムカルナスが目を引く正門は、セルジュークの影響を受けています。
宮殿に使われているクリーム色の石は石灰岩(limestone)、黒色の石は玄武岩(bazalt)。朝のハイキングでガイドさんが教えてくれましたが、どちらもアララト山周辺で採れるものです。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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この宮殿の見どころは、随所に見られる美しくて繊細なレリーフたち。
イスラーム的なものも、ヨーロッパ的なものも、どちらも美しいですし、ガイドさんからモチーフの説明を聞けたのも貴重な体験でした。(ほとんど忘れましたけど)
イサクパシャ宮殿では、ガイドなしで見学しているところを警察に見つかると罰金となる・・・みたいな話を聞いて、ガイドを付けることになったのですが。
実際には、たくさん観光客いましたし、私達以外ガイドを付けている人は恐らくいませんでした笑
ちゃんとチケット売り場もありますし、観光地として整備されてますし。この前情報、なんだったんだ・・・。いまだに謎ですが、備えあれば患いなし
ですね。
とても優秀なガイドさんのおかげで、素晴らしい旅になりましたので、結果オーライです。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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「ミルクの泉」と呼ばれる泉。
一方からはミルクが出て、もう一方からは水が出ていたとか。
また、宮殿内は、熱した水を土管に循環させて、内部空間を暖める、セントラルヒーティングのような暖房システムがあったとのこと。その構造や原理が現在とほとんど変わらないことも注目すべきポイント。
そして、快適なトイレ空間を設けていたことも重要なポイント。同時代のヨーロッパの宮殿にはほとんどトイレは存在しなかったのだとか。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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イサクパシャには主に二つの中庭と、その周りを囲むようにハレム(女性の居所)とセラムリク(男性の居所)があります。
中央の特徴的なドームは、モスク部分。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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中庭で一番目を引くのは、美しいお墓。
八角形で、側面に「生命の木」が彫られています。
確か、イサクパシャのご両親が眠ってるんだったけな・・・
せっかくガイドさんを付けたのに、全然思い出せません。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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複雑な模様のこのレリーフ。
ガイドさん曰はく、オスマン朝時代の建築によくあるモチーフとのこと。
広大な領土に様々な民族が暮らしたオスマン帝国。
このレリーフは、多種多様な民族の統一を意味するそうです。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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ハレムの門。
遠路遥々やって来て良かったと思える、溜息レベルの美しさです。
両端の2頭のライオンがお出迎え。そこから生命の木が形作られています。
ムカルナスの下の碑文は、確かオスマン語、アラビア語、クルド語、あとなんだっけ・・・ペルシャ語かな、複数の言語で彫られているとか言ってたような。
民族的にいかに多様であったかが分かります。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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ハレム門の隣のレリーフ。
とても立体的!
チューリップはアッラーへの愛を、薔薇はムハンマドへの愛を象徴するそうです。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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どこへ行っても、平たい顔族の子供は人気者。
一緒に写真を撮ったお兄さんが端正な顔立ちのイケメンで、お星さまで隠してしまうのがもったいないくらい!!
宮殿見学そっちのけで、息子を追いかけるお姉さんには、ひたすらチュッチュされてました笑。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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ハレム内の大宴会場。
柱やアーチにヨーロッパらしさが感じられる美しい造り。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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宴会で出た食べ残しは、息子が座ってるところの窪みに入れてたらしい。
他にもキッチン、ハマム、トイレ、食糧貯蔵庫などなど見どころがたくさん。
ハレム(女性の居所)とセラムリク(男性の居所)は大体似たような造りになっていて、その中央にあるモスクにはそれぞれからアクセス可能となっていました。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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モスクはセルジューク様式。
宮殿内の金目のものは大体ロシア軍によって持ち去られてしまったそうですが、それでもモスク部分は無傷だったとか。
敬虔なムスリムのガイドさん、お祈りの仕方をレクチャーしてくれました。
そんなガイドさんを見て我が子、自分もヨガする!と笑。
幼稚園で毎週水曜日はヨガの日。隣でせっせと得意のポーズを披露してました笑。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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宮殿からの眺めも絶景です!
話が変わりますけど、、、
ガイドさんもクルド人。
本当に本当に優秀な方なんです。政府公認のガイド資格を有してますし。
外交官になるのが夢で、相当な努力をしてきたのですが、身分証に記載されている出生地(出身地?)だけでクルド人であることが分かってしまい、公務員系の就職はかなり不利なのだそう。
クルド人の村で育ち、小学校入学を機に、街の中心部に移り住んできたそうなのですが、それまでクルド語しか知らず、小学校に入って初めてトルコ語を学んだのだとか。お母さまは今でもクルド語オンリーだそう。
「今は公の場でクルド語を話しても大丈夫だよね?」と私が聞いても、「今でもそれは難しい」とのことでした。
私と同年代の30代半ばですが、普通に年上に見えるんですよね。
「ここでの暮らしは苦労が絶えないんだ」とのことでした。イサク パシャ宮殿 城・宮殿
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イサクパシャ宮殿のすぐ近くには、アフメド・ハニ(1651-1707年)というクルド人知識人でありイスラーム指導者の霊廟があり、多くの人々が訪れる場所だそう。
クルマンジー語(クルド語の一つ)の叙事詩「メムとズィン」の著者として有名で、クルド・ナショナリズムを興した人物とされています。
Ahmed-iHani Türbesi
https://goo.gl/maps/UDsUBJzhK8h9f1DF8?coh=178571&entry=tt
偶像崇拝が禁じられているイスラーム教で、廟にお参りして願掛けをする行為自体に少し違和感があったのですが。
廟に行くという行為は、(廟に眠っている)アッラーに認められた人物を介して、アッラーを近くに感じる意味合いがあるようです。ガイドさんが話していた感じだと。 -
さて、ここでガイドさんからのクイズ。
イスラーム教徒の墓石に書かれている生年と没年。
たとえばこの人は1329年生、1981年没。あれれ。
普通に計算すると600年ちょっと生きてたことになるのだけど、そんなことあり得るのでしょうか!?
答えは、生まれた時はイスラーム暦が使われていたから。亡くなる時は西暦。
1329年はイスラーム暦で、1981年は西暦。
ややこしいですけど、興味深いですよね。
こういう墓石が、霊廟の墓地にはたくさんありました。
一日の観光が終わり、ガイドさんとはここでお別れ。
ガイドさんからはコーランとアフメド・ハニの書籍の英語訳、ブレスレットのプレゼントがありました。
トルコ政府公認のガイドとしてトルコ全国で活躍してるガイドさん。私達が住む街にも仕事で来ることがあるそうなので、いつか再会できたら良いです。 -
ガイドさんと別れて、次は、ウードゥル県(Iğdır)へ移動。
ドウバヤジットからウードゥルまでは車で約1時間の距離。
ホテルにチェックインして、友人と私で夕食を調達しに行くことに。
歩いていると、だいぶお店が閉まってきて、アザーンが聞こえてきました。
飲食店を覗くと一斉に食べ始める地元の人達。
イフタール(断食明けの食事)の時間ですね。早いです!
東の果てですから、日没が私達の住むアンカラより40分程早く、この日は18時48分開始。
モスクに杏の形の電飾が見えますが、ウードゥルは杏が名物のようです。 -
チーキョフテ屋さんを見つけたので、サンドイッチを注文。
挽き割り小麦、トマトペースト、玉ねぎ、香辛料などを捏ねて作るヴィーガンな一品。野菜たっぷり、安くて、ヘルシーで、友人も私もハマってるトルコ料理。
(ちなみに、南東部に行くと、生肉が入ってることも。本来チーキョフテは、「生のミートボール」の意。)
イフタール中の店員さん達、今注文するの?って顔で苦笑いしながら、食事を中断して作ってくれました。申し訳ない・・・。
隣のケーキ屋さんで、ストラッチ(ライスプディング)を買って、スーパーで買い物して、ホテルに戻りました。 -
ホテルに戻る途中に見かけたモスク。
この街のウル・ジャーミィです。
内装が綺麗なので、覗いてみたかったです。
https://goo.gl/maps/BKgFqY4uNYC9pJNw5
ホテルはHotel Dedemin 2
https://goo.gl/maps/2kWTrGCwaYivnzT89
地元系中級ホテルで。値段も良心的で、お湯も出て、良かったです。というか、ここくらいしかホテルの選択肢ありません笑。 -
3日目の朝。
ウードゥルのすごいところは、ドウバヤジット以上に、大体どこからでもアララト山が見えること。
この日は天気も快晴! -
ドライバーさんと合流して、午前中だけウードゥル市内&近郊を観光します。
ウードゥルもLeylek(コウノトリ)が有名なんですね。 -
まずは、ウードゥル近郊の塩の洞窟に向かいます!
すぐ向こう側はアルメニア。
アラス川に沿って国境となっています。 -
道端で牛が放牧されてるのどかな町トゥズルジャ(Tuzluca)にやってきました。
赤い屋根が可愛い小さな町です。 -
与党AKP支持者のおじさん達の集まり。
こんな感じのがこの小さな町だけでも3カ所ほどありました。
翌月の5月は大統領選挙でしたからね。
県ごとの結果を見ると、アールやウードゥルなどの東部は、野党候補者のクルチダルオールの圧勝でしたけど。 -
塩の洞窟に到着です!
Tuzluca Tuz Mağarası
https://goo.gl/maps/QXE37PzVQrS2Biwy5
55エーカー(約22万平方メートル?)もの広大な土地に広がる岩塩の採掘場です。 -
塩の洞窟の中。
ひんやり涼しいです。
岩塩の層は、2,400~3,700万年前に形成されたもので、ヒッタイトの時代から使われていたそうです。
トンネル内の空気は、呼吸器疾患に効くのだとか。
なぜこの場所を選んだかと言うと、「冒険」好きな息子が喜ぶかなぁと思ったから。
でも、砂利石が敷かれてて、この一時期だけなぜか砂利石恐怖症だった息子は、歩くことを拒否し、ずっとパパが抱っこしてました。修行・・・。
わざわざこんな辺鄙なところまで来たのに!
走り回って欲しかったなー笑 -
拾い洞窟内には、木製の円形劇場もありました。
広い舞台で地方CMの歌を熱唱してくれました。
「OSN、OSN、お部屋探しはニッショー♪」
「ありあけ~のハ~バ~♪」
友人に「おいしいシューマーイ、き~よ~けん~♪」
を仕込まれてました。持ちネタ増えたね笑
O-Zoneの「マイアヒー、マイアフー♪」、「ノマノマ、イェイ」の歌もこの頃よく口ずさんでました。 -
塩の洞窟の見学を終えたら、再びウードゥル市内中心部へ。
車から見えるアララト山。
この日は本当に良い天気。
お昼まで時間があったので、もう一カ所ウードゥルの名所に立ち寄ることに。 -
Şehit Türkler Anıt Müzesi
https://goo.gl/maps/AAsuCSt6soc6xCHU9
立場が変われば見方も変わる訳ですが・・・
1915年~1920年にかけて、この地に暮らすアルメニア人によって殺害されたトルコ人殉教者の記念碑と博物館があります。
ここは、トルコ側の主張を象徴する博物館。
トルコ人の住民や兵士達の証言が記録されています。
一般的には「アルメニア人虐殺」として知られていますよね。
第一次世界大戦中に、オスマン帝国内のアルメニア人やキリスト教徒が強制移住・大量虐殺されたとする歴史問題。 -
この殉教者記念碑は公園になっていて、そこから見えるアララト山も格別でした!
-
まだ少し時間があったので、ドライバーさんがもう一度アララト山が綺麗に見える場所に連れて行ってくれました。
ここで撮った記念写真が最高でした。
ドライバーさんはとても穏やかで気が利く人。
また機会があれば、彼の運転で東部を旅行したいです。
息子は、いまだに、何色のバンで、どこを観光して、ガイドさんとドライバーさんの名前は何で、ふわっふわケーキのお姉さんと一緒に行った、みたいな話を昨日のことのように話します。彼にとって過去はすべて「昨日」なんですけど笑。 -
空港に行く前に昼食をいただくことに。
レストランのあった通りから見えるアララト山。
ウードゥルは、ドウバヤジット以上に、色々なところからアララト山が見えました。
Şanlıurfalı Halil Ustanın Yeri
https://goo.gl/maps/j5qdH4wB8p39SJp78 -
昼食をいただいたレストランで。
(ここも初日に続き、ウルファ料理屋さん笑)
じっとしてられない息子を店員さんが構ってくれて、アイスを選ばせてくれました。
私も息子も日々トルコ人の優しさに支えられています。 -
何かウードゥルらしいものを・・・と最後に購入した、桃と杏のジャム。
お砂糖控えめで、ナチュラルなテースト。
友人が買ってくれて、半分こしました。
お肉の赤ワイン煮にどばっと混ぜたら、とっても美味しかったです。
ジャムも酒とごったにされてびっくりだったでしょうが。
杏のコロンヤなんかも売ってました。 -
ウードゥル空港から見えるアララト山。
市内から空港までは車で20分程。
近くて便利です。
アララト山もよく見えますし、ドウバヤジットにも近いですし、結論としては、ウードゥルIN/OUTでも良かったかなと。 -
飛行機に乗る直前に見えたアララト山、見納めですね。
タイミング
体調
天候
素敵な旅仲間
すべての条件に恵まれて実現した今回の旅。
もはや奇跡です!
叶えてくれた夫にも、一緒に旅を盛り上げてくれた友人にも、体調をキープできた息子にも、感謝の気持ちでいっぱいです。
家族同然の友人と一緒に旅行できたこと、旅先でたくさんの人と触れ合えたことは、息子にとって良い刺激になったのではないかと。
親だけでなく、色々な人との関わりの中で、成長して欲しいなと思います。 -
後日談ですが、アララト山を望む絶景スポットで食べたアシュレが美味しすぎて、感動した私達。
旅の翌日の雨上がりに、「旅の余韻に浸りたい!」と夫がアシュレを買いに行ったら、そこで同じことを考えていた友人に出くわすという!笑
どんだけ気が合うんだという話。
ちなみに、色々なお店のアシュレを食べてきた私達ですが、群を抜いて美味しいと思うのが、FUNDAのアシュレ!
(FUNDAはアンカラのカフェチェーン)
具沢山で食感が良く、さっぱりしていて日本人好みだと思います。今のところトルコで一番美味しいアシュレ。
アンカラに遊びにいらしたら、ぜひぜひお試しいただきたいです。
ちなみに、本来アシュレを食べるのは、犠牲祭から1か月後、イスラーム暦ムハッラム(1月)の10日前後です。今年2023年は7月28日。
お店によっては、この時期しかアシュレを置いてない所もあります。
トルコ人の友人からも「アシュレの材料を買ったよ!」と連絡があったばかり。お裾分けしてもらう気満々です! -
さて、ここからはおまけの徒然日記。
テーマは「春」です。
旅行の後は、ラマダーン明けのお祭り。
シェケル・バイラム(砂糖祭)です。
連休が始まる前日に、息子と一緒に市場デート。
冬は魚屋さんがある場所が、量り売りのキャンディー屋さんになってました。これもバイラムならではの光景。 -
市場を闊歩する息子、意外と良い子にしてくれてました。
まぁ彼は、大好きなバスやドルムシュ(ルート内なら好きなところで乗り降りできる乗り合いバス)に乗るのが目的ですが。
そういえば、先日、レストランに行ったとき、「Bir tane ayran(=ヨーグルトドリンクを一つ)」と勝手にウェイターさんに注文してた我が子、笑。
パジャマは、トルコ語の発音で「ピジャ~マ~」と言ったり。
幼稚園の先生(英語の園ですが)の真似をしてか、「ネ・ヤピヨルスン(なにしてるの?)」、「ハーディ・バカルム(さあ~しましょう的な)」と独り言を言ったり。
時々こちらがびっくりさせられます。
心配が尽きない海外育児。私もかなり精神すり減らしてますが笑。
息子も息子なりに頑張っています。 -
春の訪れを告げるグリンピース。
旬のグリンピースは臭みがなくて、豆ごはんにすると絶品です。
勝手にさやむきの内職をしようとする息子。
春が来たことを実感します。 -
そして、新ニンニク!
フレッシュで、匂いも強烈です笑。
新玉ねぎと並んで、春の風物詩。
毎年大量買いしちゃうやつ。
素材が美味しい春、酒飲みには心躍る季節です。
ニンニクの産地と言えば、カスタモヌ県のタシュキョプル(Taşköprü)。肉厚で、とっても美味しいんです。基本ここ産のものしか買いません。 -
生のザアタル(ハーブ)も春限定。
乾燥ミックスハーブとしてのザアタルが有名ですが、生をオリーブオイルなどに漬けたものも、香り高くて美味しいです。
基本、南東部アンタキアの商品を扱うお店でしか入手できないであろう代物。 -
春といえば、みんな大好きアスパラ!
ほんと、ここ数年でしょうか、トルコ産の太っちょアスパラが、春の数週間限定で出回るようになりました。
輸入物の半分の値段で買える幸せ。
いつからか、トルコ産のブルーベリーも出回るように。
これも春の数週間限定! -
断食明けの連休の後は、いよいよ大統領選挙の季節。
何か起きるのではないか・・・とハラハラドキドキでした。
選挙(5月14日)前の繁華街。
各党の選挙ブースが設置されます。
警察があちこちにいて、装甲車みたいな厳ついのも配備されてて、やや異様な雰囲気。
用事がある時も、なるべく中心は迂回するようにしてました。 -
各政党の選挙ポスターもあちこちに出現します。
こういうスローガンは、結構簡単な単語を並べるので、トルコ語学習者的にも楽しかったり。
写真は現職のもの。
英語で言うと、The right man at the right time的な感じでしょうか。 -
選挙が近くなってくるにつれて、ポスターも張り替えられたり。
野党CHP候補者のスローガンは、
Sana Söz!((再び春が来ると)あなたに約束!的な)
写真は、HAYDİ KAZANALIM!(さぁ勝ちましょう!的な)。
選挙っぽくない、おしゃれな感じ。
人気を支えるイスタンブール市長とアンカラ市長(ともにCHP出身)が脇を固めてます。 -
そして、選挙が近くなると出現するこれも風物詩?
投票用紙に「EVET(YESの意)」の印を押して投票するのですが、この候補者と政党だよ!と間違えないように教えてくれます。
ちなみに、大統領選挙、議会議員選挙がセットでした。
投票用紙はこんな感じ↓
https://www.trthaber.com/haber/gundem/secmene-adim-adim-secim-gunu-rehberi-765302.html
政党数、多くてびっくりです。
5年ごとに行われる大統領選挙。
我が家はまさかの2回目です。外出しづらいこの日は飲み会日和ですが、当日はお酒の販売が禁止なのも選挙あるある。 -
報道のとおり、一回目の選挙で決まらず、決戦投票を経て、現職が勝利。
アンカラに関して言えば、野党CHPの候補者が51.23%で勝利しました。
与党がオレンジ、野党が赤ですが、地図で見るとこんな感じで興味深いです。
https://www.dailysabah.com/elections/may-28-2023-presidential-election-results/
決選投票の投票率も驚異の84.15% -
そんなこんなで、季節は初夏に向かっていますが、今年は連日のにわか雨というかゲリラ豪雨で、天気はずっとジメジメ。
私の住むアンカラでも、ゲリラ豪雨の度に、冠水の被害が出ています。
これも気候変動でしょうか・・・
魚屋だったところが、キャンディー屋になって、次は苗屋さんになりました。
アンカラは、アヤシュ(Ayaş)のトマトが有名。主にその苗が扱われてました。 -
ぶどうの葉っぱも、この時期は生のものが手に入りますね。
長期保存用に塩漬けにされてしまうので、生は貴重。
ヤプラック・サルマスという、お米をブドウの葉っぱで巻いて煮た料理に使います。(私は作れませんけど。) -
あと、この子が私の一押し!
生のひよこ豆。
やーん、会いたかったよー!
6月初旬前後でしょうか、ほんの短い期間だけ出回る気がします。
さやを取るのがちょっと大変ですが・・・
乾燥ひよこ豆とは風味も食感も異なり、旬のありがたさを感じます。
塩、料理酒、昆布を足して、豆ごはんにすると、ホクホクしててとっても美味しいです。
グリンピースよりも、癖がなく、崩れにくい気がします。 -
そして、ニンニクagain
もちろんタシュキョプル(Taşköprü)産。
先程の生のニンニクを乾燥したものが、この時期(6月初旬)、トラックの荷台に積まれて販売されます。
大粒で新鮮なニンニクが手に入るのは、この時期+数カ月だけだと思います。
ですので、トラックを見つけたら、買いです!
一気に冷凍保存しちゃいましょう。この時は1kg=25リラ(150円)でした。 -
チェリーも出てきましたね!
チェリーをたらふく食べられる幸せ、トルコ生活ならではです。
お隣の杏も良いですね。
この夏は、余ってるウォッカを使って、杏酒に挑戦しようと思います。 -
蟠桃(バントウ)も、美味しいですよね。
日本だと高級品ですけど。
トルコ語だとYassı Şeftali(=平たい桃)ですが、この店主は「UFO桃」という名前で売ってました。 -
トルコでも、5月14日は母の日。
幼稚園で息子が作ってきた、パスタのネックレス。
先生とパスタに色を塗って、ラメを付けたようです。
息子も「パスタで作ったよ!」と喜んでました。
好きな男の子からジュエリーをプレゼントされると、こんなに嬉しいなんて!と私も久々の感覚に驚きでした笑 -
幼稚園で日本の文化紹介をすることになり、子供相手ですけど、久々のプレゼン(離職して以来6年ぶり)頑張ってきました。
息子のクラスは、2歳半から4歳前半くらいの子供達が16人在籍。
トルコ人の子供と、外国人の子供が半々くらいです。
私としては、読み聞かせと箸の練習をしたかったので、試行錯誤してこんな感じに。
①平仮名の紹介と「こんにちは」
子供一人一人に名前のシールをあげたのですが、嬉しそうな顔にほっこり。
②五味太郎の「きんぎょがにげた」
日本語と英語で読み聞かせ。子供達が身を乗り出して、金魚を探してくれて、思った以上に盛り上がりました。
③箸の練習
絵本のような金魚の池を用意して(フェルトで夜な夜な笑)トレーニング用の箸を使って、魚釣り。箸を装着してあげたら、意外と一発でできて、難易度的にもぴったりでした。
④「ありがとう」と「さようなら」
慣れないことでも、挑戦してみるもんですね。
てか、こういうことを毎日やってくださってる先生方、ほんと頭が下がります。
私は1回でへとへと、しかもなぜか筋肉痛になりました笑。 -
最後に、夫がシリア人街で買ったシリアパン。
トルコ人にとってのエキメッキ(バケット)に相当する、シリア人が(レバノン人も?)日常的に食べる薄いピタパン。ホンムス(ひよこ豆のペースト)などをディップしたり、サンドイッチにしたり、揚げてサラダにのせたらファットゥーシュですね。
これをですね、最近、息子に初めてあげたら、「美味しい!」とパクパクと頬張るではありませんか!
そんな息子に、ポテンシャルを感じずにはいられない母親です笑。
というわけで、徒然日記もおわり。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (8)
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- Kediさん 2023/09/03 09:00:03
- トルコ東部、海外子育て、大統領選挙の盛り沢山
- 今日、久しぶりに(半年ぶり?)4travelを覗いてみたらmishmishさんの新旅行記を発見!やったー、と独り笑いしてしまいました。
期待通りの充実した読み応えのある旅行記を読みながら、地震や、可愛い息子さんの手術も含めた海外子育てなど、大変なことはありながらも、”mishmishさん健在!”を確認したできが気がします。よかった。。。
私はこの夏は3週間ほど南コーカサス(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア)を旅行し、その後10日ほどアテナで観光ゼロの”ゴロゴロ怠け者滞在”をしていました。アルメニアの首都エルバンからみたアララト山はとても美しく、今日mishmishさんのトルコ側からのアララト山レポートをみて、旅行前に読んでいたら。。。とちょっと後悔しました。
ここで一つ。
mishmishさんは既にご存知かもしれないのですが、ジョージアの首都トビリシに、とてもユニークなモスクがあって、なんとスンニ派とシーア派が合体(笑)しているのです。両派に使われるようになった歴史的経緯も”ジョージアならでは”なのです。
リンクを貼ってきますね。
https://youtu.be/_2gsJztOiOE?si=UfBoKrs3sqVWXYpx
mishmishさん、これからもトルコローカルなレポートをお願いします!
楽しみにしています!
- mishmishさん からの返信 2023/09/28 05:36:00
- RE: トルコ東部、海外子育て、大統領選挙の盛り沢山
- kediさん!こんにちは!
メッセージをくださっていたのに、ちょっとバタついてしまって、なかなかお返事を書けずにいました。すっかり更新頻度が減ってしまった旅行記ですが、こうしてkediさんが見に来てくださって嬉しいです^^
kediさんの旅はこの夏も盛りだくさんでしたね!
ついに、南コーカサスの旅を実現されたのですね。アテネのように、じっくりのんびり一つの場所をというのも羨ましい限りです。
NYという魅力的な場所に住んでいながら、休暇の旅にこちらの方面に遊びに来てくださる物好きな(笑)kediさんに、親近感が湧きまくりです。もはや里帰りですね^^
Kedi Channelも久々にお邪魔させていただいて、一緒に街歩き&グルメを楽しんでいます。kediさんとは興味関心が似ていて、一緒に旅をしたら楽しいだろうなといつも思います^^
南コーカサスは未上陸で、知らないことばかりなのですが、kediさんの動画を拝見してすっかり魅了されてしまいました。トビリシのモスクが、スンナ派、シーア派の両方に使われているとは!その背景も含めてとても面白いですね。ついつい、左右どちらがどちらの宗派だろうかとガン見していたら、ちゃんと動画の冒頭に答えがあってすっきりしました^^シーア派のミフラーブにあるDu'a al-Farajはシーア派のお祈りなんですね。
ペルシャの影響を受けたマリア様の天井画も素敵です!目力が強いですね笑。
エレバンからのアララト山も本当にくっきり見えて、美しいです。エレバンも麓の街なのだなと実感します。
次のkediさんの旅の行先がとても気になります^^
これからも動画楽しみにしています!
mishmishより
-
- ちゅう。さん 2023/06/16 17:43:47
- アララト山
- mishmishさん、こんにちは♪
アララト山が快晴なのは、年に60日ほどなのですね!
いつか、アルメニアのエレバン近郊、
アララト山を背景のホルビラップ修道院を見に行くのが夢なんです^_^
生活者としてのトルコ、いつも興味深く拝見しています。
小さなお子さんとの異国生活はいろいろとご心配ごとも多いでしょうが、それ以上に、得難い経験や親切に出会え、充実した滞在になりますね。
そうそう、またトルコの猫さんたちのレポートも楽しみにしています!
ちゅう。
- mishmishさん からの返信 2023/06/20 07:29:43
- RE: アララト山
- ちゅう。さん、こんにちは!
旅行記を読んでくださりありがとうございます。
猫撮り旅と近代建築でお馴染みのちゅう。さん、私も大好物の分野ですので、いつも旅行記楽しく拝見してますし、コメントいただけて嬉しいです。
トルコに来る前、少し関西に住んでいて、その時に近代建築やレトロ建築と言われるものにハマりました(にわかですが)。地元は愛知ですが、ちゅう。さんの旅行記で、愛知にもたくさんの建築があることを再発見し、いつかゆっくり巡りたいなと考えてます。
ホルビラップ修道院ですか!写真を見てみましたが、ここからもアララト山が間近に見える絶好のロケーションですね。とんがり帽子の屋根が美しいです。グレゴリウスが投獄されていた場所としても有名なんですね。私も興味が湧いてきました。
子供がいると、今まで以上にトルコ人が絡んできて(笑)くださるのも、子連れ旅の良さで、(修行ではありますが^^;)これからも色々なところに一緒に行けたらと思います^^
これからも猫仲間としてぜひよろしくお願いいたします!
ちゅう。さんの旅行記も楽しみにしてます^^
mishmishより
-
- バモスさん 2023/06/15 04:48:47
- イサクパシャ宮殿☆
- mishmishさんへ
こんばんは☆
息子さん成長されましたね!
イサクパシャ宮殿へ1987年に訪れましたが
イスタンブール⇒アンカラ⇒カイセリとバスを乗り継ぎ、しんどかった(≧▽≦)
当時は改修中で現場の職人さん達にチャイをご馳走になりました。
青春がよみがえってきた気持ちで旅行記を拝見しました。
どうもありがとうございましたm(__)m
バモス
- mishmishさん からの返信 2023/06/20 07:01:18
- RE: イサクパシャ宮殿☆
- バモスさん、こんにちは。
旅行記読んでくださりありがとうございます!
そうでしたね、バモスさんが35年前に訪れたイサクパシャ宮殿、私達もついに行くことができました^^
今でもそこまでアクセスの良くないエリアではありますが、バモスさんの頃はもっと秘境感があったのでしょうね。バスを乗り継いで行き(まさに横断ですね!)、街中から宮殿まで歩いて行くという!(結構坂道だったと思います・・・!)バックパッカー時代の青春ですね。
今では綺麗に修復されてしまっていますので、バモスさんが訪れた修復当時のお写真というのはとても貴重ですし、ご馳走になったチャイも格別だったでしょうね。
地元の人達も素朴で親切で、私達もとても楽しめました。
バモスさんの次の旅行記も楽しみにしてますね。またトルコにもぜひぜひ^^
mishmishより
-
- スイカさん 2023/06/14 16:10:20
- 御無事で
- お久し振りです。
先ずは、ご無事でなによりです。
旅行記には記載なかったですが、皆さん地震よりアンカラの洪水(Yahoo!ニュースや中国テレビでも放映)が心配だったのではないでしょうか。
でも旅行は四月ですが、旅行記投稿は今日ということでアンカラ住居はご無事だったと理解しました。
さてトルコ東部の旅行、いいですねここ。
私は中国(新彊)からカザフスタン(もしくはキルギス)→ウズベキスタン→カスピ海→アゼルバイジャン→イラン→トルコ...と陸路行くのが夢でルートなどは何度か検討済で、つい数日前も地図とネットでシミュレーションしていました(残念ながら、まだコロナ後、中国→カザフスタンの国際列車は止まったまま...バスや白タクでは越えられるかもしれませんが)。
そんな時、ギュルブラグ国境が出てきて嬉しかったです。
(イラン入国は日本人はビザも必要ですが、72時間以内のPCR陰性証明も未だ必須です。因みに中国人はビザ不要(^_^;))
バックパッカーだったとは予想外、平たい顔のキッズもそのポテンシャルが垣間見えてきたのかもしれません。
スイカ
- mishmishさん からの返信 2023/06/19 07:23:54
- RE: 御無事で
- スイカさん、ご無沙汰しております!
あまり4traでゆっくりできない日々が続いてましたが、その間にスイカさんが一時帰国を実現されたと知り、こちらまで胸が熱くなりました^^
コロナとの戦い、長かったですね。。。
憧れの玉ちゃん(すみません、スイカさんの旅行記で初めて知りました^^;youtube見てみます!)と酒を飲み交わし、酔いつぶれてしまったエピソードもほっこりしましたが笑、くれぐれも愛しのMaさんを心配させないでくださいね!
アンカラの洪水、ニュースになっているんですね!
ここ2か月ほど、晴れの日が少なく、常にジメジメしてます。こんなこと今までなかったので、異常気象です。
ここ数週間はにわか雨と言うかゲリラ豪雨(しかも数時間)が連日続き、その度に冠水被害が出ていて、大変なことになっています。特に繁華街や庶民的なエリアは。首都なのに、排水溝が整備されていないんですよね。
外国人が住むようなエリアは高台にあるので、そこまで被害はないのですが、、、天気予報や警報と睨めっこの毎日です。
スイカさんの陸路での壮大な旅の計画、いつか実現すると良いです!
新疆から出発、ロマンがありますね。トルコまでたどり着いたら、ぜひカルスから寝台特急Dogu Ekspresiでアンカラまでいらしてください。
私はバックパッカーになれるほどの社交性と体力がなかったタイプです笑。息子は・・・いつか自分のアイデンティティを探しにトルコを再訪してそうですね笑。
スイカさんもそろそろ海外旅行解禁でしょうか。
次の旅行記も楽しみにしておりますね。
mishmishより
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