2008/10/09 - 2008/10/13
3184位(同エリア4255件中)
のん太さん
2008年の城めぐりは北部九州の福岡/佐賀/長崎/大分と中国の島根/山口。
今回の旅は、
福岡空港→佐賀県→長崎県→福岡県→大分県→福岡県→山口県→島根県→山口県→福岡県→佐賀県→福岡県
というルートです。
県ごとに分けて旅行記を作成しました。
福岡(旅行記本編) → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10283782/
佐賀 → この旅行記
長崎 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10304412/
大分 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10305500/
山口 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10310410/
島根 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10310420/
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー スカイマーク
-
++1日目++
旅行1日目、福岡空港→佐賀へ
初日、羽田空港から福岡空港まで空路やってきた。
福岡空港でレンタカーを借りて佐賀方面に向かう。
この旅最初の目的は虹の松原。
三保の松原(静岡清水市)、気比の松原(福井敦賀市)に並び、日本三大松原のひとつ。
鏡山という山に車で登り展望台へ。
これが結構な山道です。カーブがたくさん。
駐車場について展望台まで10分弱歩く。
車椅子の方なども通れるようになっているし、もっと展望台に近いところまで車で入れるようになっている。
▼虹の松原
日本三大松原のひとつに数えられる景勝地。
5km に及ぶ砂浜と松原は、約400 年前初代唐津藩主寺沢広高が防風防潮のため、海岸線の砂丘に黒松を植林したのが始まり。
植林当時は、その幅も狭かったが、砂丘形成及び海岸線の前進に伴い人工造林と自然播種によって規模が拡大した。 -
一帯が公園になっていて、池があった。
-
池にはカメさんが!泳ぎ方がかわいらしい。
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鏡山西展望台から松原を望む。
松原広い!!
端から端までカメラに収まり切りません。
松原の左端の方には小さく天守閣が見える。唐津城だ。 -
鏡山西展望台を後にして、松原の中をドライブ。
見事な松林です。 -
松原からすぐ近くの唐津城へ。
この旅で最初のお城です。 -
このお城は平山城なんですが、なんと、下から本丸まで傾斜エレベーター(片道100円)があるのです。
おじいちゃん、おばあちゃんがたくさん来ていらしたけど、これがあれば便利ですね。
ってわたしたちももちろんエレベーター利用です(笑) -
▼唐津城(1602〜1871)
別名舞鶴城。連郭式平山城。寺沢広高築城。遺構は石垣、堀。5層5階、地下1階。
唐津藩初代藩主寺沢志摩守広高が、慶長7年(1602年)から7年の歳月を費やして築城。
現在の天守閣は昭和41年(1966年)に完成したもので、天守閣を中心に西に西の浜松原、東に虹の松原を鶴の両翼に見立て、別名「舞鶴城」とも呼ばれている。 -
唐津城。
-
唐津城石垣の様子。
-
城に踏み入れると、唐ワンくんがお出迎え。
彦根城のひこにゃんを意識しているのでしょうか?ここも築城400年記念とかだから?
どことなく似ている…結構かわいいです。 -
天守最上階からは回廊に出られるので、気持ちいいし、眺めがとてもきれい。
右の島は高島。
高島には宝当神社があって、お参りすると宝くじに当たるという有名な神社だそう。
…ほんとかよ!?
いや、信じてあやかりたいです。 -
虹の松原と鏡山。
でもやっぱり模擬天守は味気ないなぁ。
コンクリ造りだからしょうがないけど、あの公民館みたいな雰囲気はどうにかならんのかね。 -
唐津城から名護屋城跡に向かいました。
途中呼子付近を通っているときの「いか」と書かれた看板、旗たちをすべて無視するのが悔しい!
▼名護屋城(1591〜98)
郭式平山城。豊臣秀吉築城。国特別史跡は現存石垣、空堀。
名護屋(古くは名久野)は海岸線沿いに細長く広がる松浦郡の北東部の小さな湾内に位置し、中世には松浦党の交易拠点の一つであった。
ここにはもともと松浦党の旗頭・波多氏の一族である名護屋氏の居城であった垣添城跡があり、豊臣秀吉は大陸への進攻を企図した際、ここを前線基地として大掛かりな築城を計画した -
城のしおりには載っていないけど、秀吉が築城したお城を見ないわけにはいきません。
大手口から三の丸、二の丸と通って、本丸。 -
ここが天守閣跡。
右奥に見える大きな橋が呼子大橋。 -
眺めがすごいきれい。
お城はもうないけど、広い土地をまだ保存してあって、緑が多く、海も見える。
石垣だけでも素敵な景色。
玄界灘が見渡せます。 -
入口から左手には大きな池が。この奥にきっとお茶室があるんだな。
この後、長崎方面へ向かいました。 -
++5日目++
旅行1日目、福岡空港→佐賀→長崎、長崎泊
旅行2日目、長崎→福岡柳川→大分、湯布院泊
旅行3日目、大分→福岡→山口、岩国泊
旅行4日目、山口→島根→山口→福岡、中洲泊
旅行5日目、福岡→佐賀吉野ヶ里歴史公園に到着
日本100名城には吉野ヶ里も含まれていて、日本最古の城郭といわれています。
1970年ころからいろいろ出土していたらしいけど、本格的に調査したのは1980年代。
工業団地にしようとしてたけど、事前調査で広範囲に遺跡が広がっていることが判明したみたい。
当時はすごいニュースだったみたいね。
ちなみに、弥生人の衣装をレンタルしています。
布袋みたいなものに首と肩の部分に穴が空いているような感じ。
ざくっとかぶって、腰ひもを結んで、このまま公園内を回れます。
こうゆうのすごい楽しい♪
笠もレンタルしている。
公園内は日陰もあまりなく、この日はお天気がよく日射しが強かったから役立った。
まずは、入口にあるシアタールームで吉野ヶ里の説明ビデオを見てから勉強。
すごいいろいろ考えられてこの遺跡が大事に保存されているのかがわかった。
よかったね、吉野ヶ里遺跡。
▼吉野ヶ里歴史公園
弥生時代最大規模の環壕集落跡を復元整備した公園。
神埼市・吉野ケ里町にまたがり、多数の竪穴住居跡や高床倉庫跡、甕棺墓どが出土。
集落の様子が、『魏志倭人伝』に記述された邪馬台国に似ているので話題になった。
見学できるのは、北内郭・倉と市、北墳丘墓、出土品の展示室など。
高さ10m 以上の物見櫓、直径40〜50cm の柱を使った巨大な主祭殿など、その規模に驚かされる。 -
これが遺跡への入口。
鳥がかたどられた飾りがある。かわいい。
杭は外敵から守るためのもの。 -
掘りもあります。
水掘ではないけど、ほんとお城みたい。 -
吉野ヶ里遺跡ひろーい!!
建物(竪穴、高床など)もたくさん。 -
しし汁がふるまわれていました。
クセがなくて、食べやすいし、とてもおいしいしし汁。 -
竪穴住居内で毛虫が手について、ブチブチができ痛痒かった。
竪穴住居はこれ以降こわくて入れなかった。
途中休憩エリアには自販機などもあったけど、竪穴住居の中にある。
なんか、現代的な機会はすべて隠されていて、全体的にとても楽しいいい雰囲気。
弥生時代にタイムスリップ気分をずっと味わえる。 -
再現されているお墓と棺。
写真はないけど、歴代の王が埋葬されていたという北墳丘墓。
外に再現されるお墓は実物じゃないけど、この北墳丘墓内の展示はすべて実物。
見せて保存するという素晴らしい発想。
一部の人だけが見られるっていうんじゃ、みんなも興味わかないよね。
この展示室はできたばっかりですごいきれい。
中は保存のため温度管理されていてちょっと肌寒い。 -
主祭殿。
一番大きな建物です。
卑弥呼はここ(この地)にいたのかな。 -
物見櫓。
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物見櫓からの眺め。
こうやって敵がこないかどうか見ていたんだね。 -
物見櫓からの眺め。
主祭殿が見えます。 -
王の住まい。
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中広い。王とその奥さんがお家の中にいました。
ちゃんと顔は弥生人。 -
気がついたら2時間以上も公園内を歩いていました。
歩いたあとはソフトクリーム。 -
食べる時間はなかったけど、お食事もおいしそうだった。
佐賀牛コロッケ、食べたい!
このあとは太宰府天満宮に向かいました。
佐賀編おわり
本編(福岡)はこちら→http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10283782/
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