第6弾 城めぐり〜6県めぐり 福岡/佐賀/長崎/大分/島根/山口〜(4泊5日) 3/6page(長崎):のん太さんの旅行ブログ
2008年の城めぐりは北部九州の福岡/佐賀/長崎/大分と中国の島根/山口。
今回の旅は、
福岡空港→佐賀県→長崎県→福岡県→大分県→福岡県→山口県→島根県→山口県→福岡県→佐賀県→福岡県
というルートです。
県ごとに分けて旅行記を作成しました。
福岡(旅行記本編) → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10283782/
佐賀 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10283803/
長崎 → この旅行記
大分 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10305500/
山口 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10310410/
島根 → http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10310420/
++1日目++
旅行1日目、福岡空港→佐賀→長崎平戸城に到着
初日、羽田空港から福岡空港まで空路できたあと、
福岡空港からレンタカーで佐賀県を横断。
虹の松原、唐津城、名護屋城跡と見て回った後、長崎県に上陸。
まずは、平戸城へ。
▼平戸城(1599〜1871)
別名亀岡城。梯郭式平山城。松浦鎮信築城。遺構は櫓、門、石垣。3層5階。鉄筋コンクリート造模擬。
江戸期の城。長崎県平戸市亀岡公園にある。
1599年松浦鎮信が築き、これを日之岳城というが、鎮信は1608年最愛の嗣子急死の悲しみのあまり火を放って廃城し、一時白狐山の中腹に中の館を築いて居住した。
のち1704年、棟のときに、幕府から新城築城の許可を得て山鹿素行とともに縄張りを行い新しく城を築き、これを亀岡城とよんだ。
日之岳城も亀岡城もともに平戸城の名でよばれる。
亀岡城は平山城で、山上に本丸、二の丸、海岸に三の丸を置き、松浦氏6万石の城として幕末に至る。
1962年/S37、天守閣が復原された。
平戸城から1時間15分。九十九島を眺めるために船越展望所にやってきました。
▼九十九島
長崎県北松浦半島の西岸のリアス式海岸に散在する大小200余の島嶼群。
陸上からは弓張岳、石岳、冷水岳などからの展望が優れている。
最初石岳展望台からの眺めをと思っていたけど、駐車場から結構歩くらしいので、船越展望所に変更。
船越展望所は道路脇にある展望所なので、駐車も展望もラクチン。
ボリューム満点の佐世保バーガー。
いろんなソースがたくさんかかってるし、ベーコンあり、チーズあり、卵あり…う〜ん最高。
仲良くふたりで半分こ。
ゆきおじさんのハンバーガー
スペシャル佐世保バーガー 500円
小腹を満たした後は、再び船越展望所へ。
おぉ。さっきより沈んでてきれいなオレンジになってる。
もちろんカメラおじちゃんもまだいたよ。
長崎市内に到着。
早速夜ご飯は、横浜中華街・神戸南京町とともに日本三大中華街と称される新地中華街へ。
やってきたのは会楽園。
ここに行こうと決めていたのはのん太だけど、偶然にも友人KTの修学旅行でご飯食べにきたところと一緒だった。
じゅう○年ぶりの再会。
すごい気になっていた東坡肉(トンポーロ)。
角煮のようなもので、割包で包んで角煮まんにしていただきます。
これが期待以上に美味でした〜!
おいしいものを食べるって本当に幸せです。
中華街のあとは、稲佐山展望台へ。
終了時間ギリギリでしたが、急いで行って、長崎ロープウェイに飛び乗りました。
ロープウェイは2人だけの貸し切り状態。
お姉さんにいろいろ質問して絡んでしまいました(^^;)
夜景を楽しんだ後は、本日の宿へ。
ホテルモントレ長崎
とてもお得だったスタジオツインを予約していましたが、
この日、空室があるとのことでスタンダードツインにアップグレードしてくれました。
やったね。
お部屋広々快適空間。
こちらは洗面ルーム。
モントレ系のホテルに一度は泊まってみたかったの。
しかも長崎の街にうってつけと思って予約してみました。
とても安かったし。
ちょっと年季入ってましたけど、かわいらしいホテルでした。
移動距離も長かったし、初日だけでかなり満喫してしまった。
急きょ昨晩行程に組み込んだ大浦天主堂。
洋風建築初の国宝だなんて前日まで知らなかったんだ。
とりあえず、見るだけ見に行きました。
外からでも荘厳は雰囲気が伝わってきます。
▼大浦天主堂
長崎市南山手町に残るカトリック教会堂。
1864年フランス人宣教師フューレは、大浦にフランス人居留民のための教会堂を建立し、翌年2月、長崎で殉教した日本二十六聖人に献げた。
創建当時は3基の塔をもつゴシックとバロックの混合様式であったが、1975年改造され、塔は中央の1基のみとなった。
開国当初の洋風建築、ことにゴシック様式建造物としてはもっとも古いものである。
大浦天主堂の前は長崎名物?!坂です。
まだ7時前なので誰もいなくてひっそり。
日中は観光客とかでにぎわってるのかな?
大浦天主堂から通勤ラッシュの道路を運転すること15分。
平和公園に到着。
目的はもちろん北村西望作の平和祈念象を見るためです。
▼平和祈念像
神の愛と仏の慈悲を象徴し、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は原爆の恐怖を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っている。
修学旅行で訪れた学校から花束が。
この像の前で同じポーズを取って楽しんでしまいましたが、そんな目的でこの像があるわけじゃないことに気付く…
大人として恥ずかしかったです。
像は力強くてほんとにすばらしかった。
戦争のない平和な世界が訪れますように。
さて、温泉に入りましょう。
小地獄温泉館へ。
露天はなくて大浴場だけでしたが、この温泉はすごかった。
お湯はとても硫黄のにおいが強くて効能がかなりありそうだし、白濁湯!
ほんと効きそう。
ここで会った地元のおばちゃんは、よく来るって言ってた。
うらやましぃ〜。
硫黄のにおいをぷんぷんさせながら、30分ちょっとのところにある島原城へ。
ちなみにこの島原城の櫓の一つは北村西望(平和祈念像を作った彫刻家)をの作品が展示されている西望記念館になっています。
外にたくさんの像がおかれていて、ちょっとびっくりした。
▼島原城(1624〜1871)
別名森岳城。連郭式平城。松倉重政築城。遺構は石垣、堀。5層5階。RC造復興。
江戸期の城。長崎県島原市城内にある。
キリシタン大名の有馬氏にかわってこの地に入った松倉重政によって、1618年から25年にかけて築城された。
1937年に起こった島原の乱では一揆勢の攻撃を受け大手門を一時破られたが、もちこたえた。
乱後松倉氏は改易となり、松平、戸田、ふたたび松平と城主をかえて明治維新に至った。
1960年/S35、天守閣が復原されたほか、西櫓、巽櫓が復原されている。
城入口には鎧が飾ってあるのかと思ったら、これ、着てことができるっていうんです!びっくり!
もちろん着てみました。レプリカといっても結構重いし、着るのも友人KTに着せるのも一苦労。
でも苦労して着ただけあっておもしろい写真がたくさん撮れました。
しかも、その正面には忍者の変身衣装も置いてあるじゃないですか!
こっちももちろん着てみました(笑)
伊賀忍者に大変身できましたよー。
城内の観光が終ったあとは島原城の遠景撮影。
この位置からの方がきれいに撮れるな。
城近くだと余計なものが入ってしまうのだ。
このフェリーとても居心地がいいです。
なんせマッサージチェアがあるの。
運転疲れした体に優しい。
しかもマッサージチェアで寛ぎながらテレビも見れちゃう。
最初は小学生の団体がいて、うるさいなーと思っていたけど、この中には小学生が入ってこなくて快適でした。
フェリーに乗る前に、運が良ければスナメリ(イルカの仲間)が見られるって書いてあったけど、
到着する直前くらいにほんとにスナメリ発見できました(^^)/
一瞬だったから写真には収められなかったけど、ちょっと嬉しかったな。
長洲港到着後は、柳川(福岡県)へ向かい、定番の川下り。
そしてそのあとは、本日の宿泊地、湯布院へと向かいます。
長崎編おわり
本編(福岡)はこちら→http://4travel.jp/traveler/nonta/album/10283782/
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