2008/10/12 - 2008/10/12
2038位(同エリア10354件中)
るりさん
宗像大社の近くに所用があり、さわやかな秋の風とともに、あちらこちらと寄り道しながらドライブを楽しんできました。
平尾台を後にして中津市伊藤田地区の古要神社で奉納される古要舞と神相撲の奉納を見て帰途に着きました。
写真は西の横綱の住吉さまが東方に立ち向かっている場面です。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
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古要神社
3年に1度、10月12日に古要神社で傀儡子(くぐつ、木製の人形)による舞と相撲が奉納されます。
(国の重要無形民俗文化財に指定されています) -
くぐつの舞人形の大きさは体長27cm〜40cm位で、腕だけが動きます。
相撲人形の体長は、最大の“祇園さま”が65.7cm、最小の”住吉さま“が33.2cmでこちらは腕と片足が動きます。
その起源は古く、養老4年(720)の大隈・日向の隼人の乱の鎮圧に、宇佐の八幡神は薦神社の三角池の薦で作った枕を御神体として神軍を率い、戦場で傀儡子を舞わせ見物している隼人たちを攻めて勝利を得たと伝えられています。
宇佐神宮の方丈会は、この戦いで死んだ隼人たちの霊を慰めるため始められたもので、昔は古要神社の傀儡子も奉納されていました。 (掲示板より) -
拝殿の四周にめぐらせた高さ1間の青竹に、青地に白く染め抜いた剣花菱の紋の幕を張った内側で人形まわしが傀儡子を操ります。
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神楽の囃子方が舞台の中央に陣取りいよいよ始まります。
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見物人は舞台に上がって見ますが、舞台は狭く上がれない人は周辺で立ち見です。
(手持ちの撮影でしたのでぼけていますが雰囲気だけでもごらんください。) -
初めに獅子頭と小豆童子(あずきどうし)が舞いをして両端に控えます。
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笛・太鼓の囃子に合わせてかわいらしい舞いを披露して退場します。
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入れ替わり立ち代り静かでおごそかな舞がつづきます。
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相撲がはじまりました。
初めは1対1で激しく取り組みます。
控えているのが獅子頭と小豆童子です。 -
激しい動きなので触れ合う木の音がします。
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東方の祇園さまは強く5人で向かっても勝てません。
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西方は負け続けます。
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東方の横綱、祇園さまの喜びの動作に笑いと拍手が起こります。
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そこへ西の横綱、小さな住吉さまの登場です。
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住吉さまは強く、次々に東方を倒していきます。
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8人でかかってきましたが、東方は負けてしまいました。
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東方は総がかりでぶつかって来ました。
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小兵の西の横綱・住吉さまは強くて圧勝です。
大勢の見物客は大喜びで拍手が起きました。 -
喜ぶユーモラスな動きにまたもや笑いと大きな拍手が続きます。
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隼人のゆかりの地を訪ねました。
百体神社
制圧された隼人の霊を鎮めるために造られたのが百体社です。 -
凶首塚
隼人の乱の時、百人もの隼人の首をもち帰って葬ったとされています。
宇佐神宮より西約1キロの所にあります。 -
化粧井戸 現在は空井戸です。
古要神社のご神体であるくぐつ人形の化粧をする為の井戸である。ちなみに此の神社のくぐつは隼人征伐に参加し、隼人等は此のくぐつにみとれている間に討たれたと伝えられている。「掲示板」 -
呉橋 県指定有形文化財です。
鎌倉時代より前からあった橋だそうです。
西参道にあるこの橋は昭和初期までは表参道で、朝廷より派遣された宇佐使と呼ばれる勅使が通ったため勅使街道とも呼ばれていました。
今では10年に一度の勅使祭の時にのみ使用されています。 -
屋根付きで朱塗りの優美な橋です。
上部は木造で、3基ある橋脚は石造、屋根は向唐破風造で桧皮葺(棟は銅瓦葺)です。 -
平時は、こちらの橋を使用しています。
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勅使街道に立つ鳥居。
宇佐神宮は方丈会でした。
相撲はユーモラスで大変面白く、特に小さな住吉さまが東方をなぎ倒す場面には見物人から歓声があがり大喜びでした。
相撲の時間は30分くらいでしたが本当に楽しい神相撲でした。
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