2008/09/10 - 2008/09/10
370位(同エリア633件中)
一歩人さん
湯島聖堂で、孔子像を何回か見ましたが、
いつ見ても、その大きさに驚くばかりです。
ある日、台座が気になり、「台北」の文字を発見。
戻って、孔子像建立の由来記を拝読したところ、
台北のライオンズクラブ寄贈とあるではありませんか。
マイブームに火がつき、台湾へGO!
3年前のお話で恐縮ですが、
現在、マイブームも下火、いや、鎮火。
そこで、これまでの総括と旅行記をしたためる次第。
最近、その大きさをアピールしようと写真を取り直しに参りましたが、孔子像も健在。
古くて新しくもあり、ご一読下さいませ。
ありがたき幸せと存じます。
-
01 孔子像
とにかく、おおきい!
丈高約4.6m、重量2tで、世界最大とか。
唐の呉道玄(ごどうげん)が描いた孔子像がもとになっているとか。
ふ、ふ、幾度なく撮りましたが、でっかさを表現しようと、
過去の蔵出し写真すべてを破棄して、今回のために撮り直して見ました。
ああ、無念!?でも、でっかいどうは、伝わりますね。 -
02 おや?台北から寄贈!
像の台座に、台北・・・・・と。
ふ、ふ、その昔、ここからミステリーハンターとなりましたとさ。 -
03 孔子像建立由来記
そばの「孔子銅像建立の記」には、昭和50年、台北のライオンズクラブから、
寄贈されたとあります。 -
04 そこで、台湾へGO!
台湾の故宮博物院にもありました。
(撮影2005年2月24日) -
05 どこか違う。故宮博物院の孔子像
何が?
ふ、ふ、手の結び方。
どうして?
よく、わかりませんが、唐呉道玄の絵画にも。
(撮影2005年2月24日 台北 故宮博物院) -
06 日本の「先師孔子行教像」
頭巾を被った孔子像。
このスタイルは、行教像(こうきょうぞう)の中で最もポピュラーとか。
但し、絵は存在せず、写本や拓本を通して広く普及したとか。
(撮影2004年6月26日)
(参考:孔子祭復活百周年記念事業「草創期の湯島聖堂」) -
07 台湾の孔子廟の「先師孔子行教像」
同じく、唐呉道玄の絵画です。
(撮影2005年2月24日 台北 孔子廟) -
08 湯島聖堂 正門
由来に曰く「寛永9年(1632年)林羅山、上野忍ヶ丘に先聖殿を造営、
将軍綱吉之を今の地に移して、大成殿と称せり」と。 -
09 湯島聖堂全景
大正12年(1923年)9月1日、
関東大震災の為、入徳門・水屋等を除き、焼亡せし、
昭和10年(1935年)4月4日、鉄筋により、原型に復旧したと。 -
10 台北孔子廟入り口
台湾には、この台北と別に台南にも孔子廟がある由。
台北の孔子廟は、台北市直轄で、毎年政府主催の
祭事が開催される由。
(撮影2005年2月24日 台北 孔子廟) -
11 台北孔子廟全景
やはり、大成殿が真ん中にあります。
が、日本と違い、孔子様の神像は安置されておりません。
孔子と弟子の位牌と孔子様の位牌の上に『有教無類』の額が
掲げられています。
人に区別はなく、教育の違いだけだとの意だとか。
(撮影2005年2月24日 台北 孔子廟) -
12 湯島聖堂の『有教無類』
ふ、ふ、そこで、どこ、どこと大成殿を探しましたが
見つけられませんでした。と、
孔子像の隣の建物「斯文会館」の講堂側外に風雨をしのぐように
通路に『有教無類』の額がありました。 -
13 「延宝己未忍岡図」
延宝7年(1679年)湯島に移転する前の上野忍岡の先聖殿(大成殿)の様子を描いたもの。
左側に不忍の池が広がっている。
(撮影2004年6月26日)
(参考:孔子祭復活百周年記念事業「草創期の湯島聖堂」)
おしまい。次は、孔子神像の行方ミステリー、こうご期待!
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