2008/09/10 - 2008/09/13
626位(同エリア1068件中)
ニーコさん
中国に1人旅をするのは初めてなので、初心者にも優しそうな大連に行ってみました。
「坂の上の雲」の影響で、日露戦争の激戦地であった旅順にぜひ行ってみたかったということもあります。
最初は少し不安もあったのですが、行ってみれば大連って都会だし、3泊4日と長めの滞在でしたが、快適に過ごせました。
中国、結構好きかもー。
なんというか、気が楽。リラックスして過ごせました。
次はどこの町に行こうかな、と今から考えてしまうくらい。
ご飯は美味しくて安いし、マッサージも安い。
買物はイマイチかもしれないけど、日本からも近いし、
もっと若い女性に人気があっても良い気がするけど…。
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成田空港第1ターミナル。
こんなシャレた(笑)スペースがあるなんて知りませんでした。
穴場なのか、全然人もいないし。
近くにはなかなか美味しそうなデリ風の和食屋さんもありました。 -
成田→大連の飛行機は多分90%ぐらい埋まってたと思います。予想より混んでいて、びっくり。
年配のツアー客 20%、ビジネスマン 70%、その他中国人など 10%、って感じでしょうか。
日本人ビジネスマンの多いこと。
なので、男性の比率が異常に高い。
フライトは約2時間30分。
到着してみたら、大連はなんと雨…。
またもや雨女の本領発揮しちゃったかしら。
空港からホテルまではタクシーで32元(約550円)でした。
ホテルに近づくにつれて渋滞がひどくなり、所用約40分くらい。最後には渋滞に対して運転手が怒りを爆発させていたので、「ここから歩くからいい」と言って、降りて少し歩きました。
中国人って怒りっぽいなぁ。
でも、怒りの沸点が低いけど、そんなに怖いもんじゃなくて、「あー怒ってる、怒ってる」って感じ。
ホテルは「スイスホテル大連」。
中国語だと「大連瑞士酒店」。
日本の某宿泊予約サイトで予約しました。
1泊15000円くらいでした。
高かったけど、何せ「ヴァカンス」なので、快適なホテルで寛ぎたかったので、ここにしました。
シングルで予約したのですが、ダブルのお部屋で広くて良かった。 -
バスルームはこんな感じ。
まぁ、普通ですが、きちんとはしています。 -
アメニティ。
自分のものを全部持ってきてたので、使いませんでした。
しかし何よりもショックを受けたのが、後ろにある赤い箱…。
何だろう?と見てみたら、なんと避妊具でした!
使用したらチャージされるんだって。
…ここは5ツ星ホテルなのに…。
飛行機の中や、ホテルのロビーにたくさんいた日本人ビジネスマン達の為のものなのでしょうか? -
部屋は31階。
目の前には労働公園とテレビ塔が見えます。
ナイス・ビュー!!!
(雨だけど…) -
【友好広場】
まだ雨は止みませんが、出掛けてみることにしました。
町の距離感をつかむ為に歩いていたら、意外とすぐに友好広場という場所に来ました。
広場って言うか、ジャンクションみたいな感じで、真ん中にでっかいミラーボール状のものが置かれてます。友好広場 広場・公園
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銀行の前に門番のようなライオンの像。
「あ」 -
「うん」
…って、これって西洋風の狛犬だったんだ。
阿形、吽形。 -
この分だと「中山広場」まで歩けちゃうな。
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【大連賓館(旧ヤマトホテル)】
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【中国工商銀行(旧大連市役所)】
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【中国工商銀行(旧大連市役所)】
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機内食食べて以来、何も食べていなかったので、小腹が空きました。
ちょうど、中山広場の近くにガイドブックに載っていた海鮮料理の店があったので、行ってみました。
「天天漁港」
水槽の中の海産物を選んで、調理してもらいます。
お店の人が片言の日本語を話したので、なんとか注文できました。
写真はシャコを揚げて、ピリ辛の味付けをしたもの。
美味しい!
けど、殻を剥くのが大変。 -
これが最高に美味しかった!!!
帆立のニンニク蒸し。
今、この旅行記作成中も、思い出すと唾が湧いてくる〜! -
これは、よくわからない魚の醤油煮込み。
これまた日本の煮付けとは違い、濃厚で美味♪
水槽から食材を選んで調理してもらうなんていう贅沢な食べ方に慣れていないもんで、お勘定を見るまではちょっとドキドキだったのですが、飲み物も入れて(3品で)97元でした。
日本円にすると、約1650円。
安い〜!!!
もっといっぱい頼めば良かった。 -
食事を終えて、外に出てみたら雨が止んでいました。
【中国工商銀行(旧大連市役所)】
上の四角い塔は、祇園祭の山車をモチーフにしたんだとか。 -
【中国銀行大連分行(旧横浜正金銀行)】
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おじさんと鳩たち。
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【郵政局(旧関東通信局)】
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【中国工商銀行(旧朝鮮銀行大連支店)】
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郵便ポストが、なんだか素敵。
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再びホテルの近くまで戻ってきました。
ホテルのすぐ隣にある「大連商城」の1階の半分ぐらいが食料品売場になっていて、結構ローカル色もあって、見ていておもしろい。
そこで行列のできている肉まん屋さんを見つけたので、思わず並んでみました。 -
大きめの肉まん、2つでなんと3元(約50円)!
安い〜!
…でも、残念なことにあまり口に合いませんでした。
奥にあるのは、サントリーの烏龍茶。4元(約70円)。
中国製でした。
味は日本のものとは少し違うような…。
他の飲み物(コーラとか水とか、ジュース)はもうちょっと安いのかも。
基本的にこの烏龍茶は日本人向けのようです。 -
ホテルの部屋からの夜景・その1。
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ホテルの部屋からの夜景・その2。
テレビ塔がライトアップされてます。
夜はおとなしくホテルでまったり。
しかも、連日の早起き&1時間の時差の為、早くに寝てしまいました。 -
翌朝、ホテルでの朝食。
ここスイスホテルの朝食は、私的にはちょっとイマイチ。 -
信号無視する人々。
中国では、基本。 -
この日は日本から1日「旅順・大連1日観光」のツアーを申し込んでおいたのですが、まだ待ち合わせまで時間があったので、ホテルの目の前の労働公園をお散歩。
太極拳ではなく、音楽に合わせて不思議なダンスを踊る人たち。 -
こちらは多分、太極拳。
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…あらよ、っと。
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こちらは腰と手を動かすだけのダンス。
近くの木にみんな鞄をかけているのが、かわいい。 -
こちらは本格的。
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武術の稽古?
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洋服がカラフルでいいですね〜。
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再び、健康不思議ダンス。
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ホテルのロビーで8時半に待ち合わせて、「旅順・大連1日ツアー」に出発します。
参加するのは私だけなので、プライベートツアー(笑)日本語のできるガイドさんと運転手さんが付きます。
大連には旅行会社がたくさんあるようです。
今回は、某旅行会社にお願いしましたが、結論としては、ちょっと納得のいかない部分もあり、すごく良かったとは言い難いです(他社と比べたわけではないですが)。
ちなみに、1日ツアーの料金は930元(約15800円)でした。(食事代別)
【水師営会見所】
まず最初に訪れたのは、こちら。
日露戦争時、旅順の戦闘において、203高地の陥落を受け、1905年1月1日ロシア軍旅順総司令官ステッセル中将から降伏の申し入れがあった。
翌2日、日本側がこれを受け入れ、旅順での戦闘は終了した。
1月5日、ここ水師営において乃木将軍とステッセルが会見を行った。水師営会見所 史跡・遺跡
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「会見の場所は、水師営である。水師営とは村の名であり、その会場として指定されたのは劉という百姓家であった。戦闘中この家は日本軍の野戦病院として使われていた。」
(司馬遼太郎「坂の上の雲」より)
この建物自体は1996年に当時の資料に基づいて再建されたものだそうです。 -
「部屋は中国風の土間で、そこにアンペラが敷かれている。
机がある。
幅は腕の長さほどで、長さは1.8mほどの粗末なもので、この民屋が野戦病院であったときの手術台であった。この手術台が手術に使用されていたとき。しばしば弾が窓から飛び込んできた。その弾痕があちこちについていた。それが見苦しいというので、白布がかけられた。ステッセルとその幕僚は、この机の周りの椅子に腰を下ろし、乃木を待った。」
(司馬遼太郎「坂の上の雲」より) -
水師営会見時の両国代表の集合写真。
中列左から、参謀長レイス大佐、乃木大将、ステッセル中将、伊地知参謀長。 -
ステッセル中将が乗ってきて、会見後乃木将軍に贈られたというアラブ産の白馬。
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【203高地】
203高地は、旧市街地から北西2kmほどのところにある一丘陵。。海抜203メートルであることからこの名が付けられた。
旅順の戦闘の中でも勝敗を分けることになる重要かつ最大の激戦地となった。
日露戦争の開戦前、ロシアは旅順に要塞と軍港を建設して極東艦隊を配備した。開戦後は東郷平八郎率いる海軍がこの極東艦隊を攻撃し、ロシアの艦隊に打撃を与えていた。しかし、極東艦隊は旅順港内に入り込んでしまい出てこない。極東方面に向かっているバルチック艦隊を待ち、総力を挙げて東郷艦隊に向かうつもりであった。
海軍からの強い要請もあり、陸軍(乃木希典将軍率いる第3軍)は旅順攻略に取り組むが、強固な要塞がそれを阻み、多大な被害を受け、戦闘は困難を極めた。
1904年12月5日についにこの203高地を日本軍が占領し、陸上からの砲撃で極東艦隊を壊滅させた。
これ以降、旅順要塞側の抵抗は衰えていき、1905年1月1日、ロシア側の司令官ステッセルは降伏し、旅順を開城することになる。203高地 文化・芸術・歴史
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いやげもの・その1。
これちなみに、掛け軸です。
このお土産屋さんで、日本人観光客は昔日本占領時代に日本語の教育を受けたという88歳(とか言っていたと思う)のおじいさんに旅順、そして203高地の戦闘について説明を受けます。
説明が終わるとすかさず「日露戦争」という写真入の本が配られ、「買え」という強いプレッシャー。
日本人ってこういうのに弱い…。
私は他の日本人の団体さんと一緒に説明を聞いていたので、この時は逃げやすかったですが。 -
いやげもの・その2。
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乃木将軍の次男、乃木保典が戦死した場所に建つ記念碑。
乃木将軍はこの日露戦争で2人の息子を2人共失いました。 -
【爾霊山の記念碑】
日露戦争後、乃木将軍は高地に散乱していた砲弾などを集め(日本で記念碑に作り上げ)、203高地の山頂にこの記念碑を建てて、戦死者の魂を弔った。
「爾霊山(にれいさん)」は、203高地にかけて、爾(なんじ)の霊の山という漢字を乃木将軍があてたもの。この山で、ひいては、激しかった旅順の戦闘で亡くなった無数の霊への鎮魂の意味をこめた。
先刻の203高地の入口のお土産屋さんのあるところから、この山頂までは徒歩で5〜10分程だと思いますが、専用車で行くこともできます(有料)。
私はもっと遠いのかと思って、車をお願いしたところ、100元(約1700円)でした。
実質車に乗っていたのなんて、往復で5分ぐらいだったのに…高過ぎる。
これはガイドさんがリベートを取っていたからか?
もしくは、1人だったので割高だったのか?
どちらにしても歩いても大した距離じゃなかったみたいなので、ちょっと悔しい。 -
乃木将軍の記した「爾霊山」の詩
(元は漢詩)
爾霊山嶮なれども豈攀じ難からんや
男子功名 艱に克つを期す
鉄血山を覆うて 山形改まる
万人斉しく仰ぐ 爾霊山 -
晴れているのですが、もやっていて、あまり視界はよくありません。
視界が良ければ、「旅順港」が見渡せます。
日本軍はこの203高地を占領した後、ここに観測所が設置され、28サンチ砲で旅順港のロシア軍艦を撃沈させた。
ちなみに、現在の旅順は中国の海軍基地がある為、一部の観光スポット(203高地、水師営など)を除き、基本的に外国人が自由に市内を歩くことは禁止されているそうです。(旅順港も見学することはできません。)
なので、交通の便を含め、旅行会社のツアーに参加するのが無難です。 -
視界が良好な時の背景との合成写真が撮れるということだったので、撮ってもらおうと思ったら、この日は機械が故障してるので、普通の写真しか撮れないんだって。
残念。
こういう合成写真とか、記念写真大好きなのに。 -
ちょっと前までは、先程の見晴らしのいいところに置かれていたロシアの大砲ですが、なぜか裏側に移動されていました。
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ロシア軍の塹壕跡。
203高地は最初ロシア軍にとっても盲点だった為、大規模な堡塁は造られていなかった。 -
二十八サンチ榴弾砲(レプリカ)。
本物は多分もっと大きくてすごいんだと思います。
というのも、二十八サンチ榴弾砲というのは、本来沿岸防備用のもので、「海岸要塞に恒久的に据えておくという目的に沿って、その移動は普通不可能に近い」ものだった為。 -
【東鶏冠山北堡塁】
「東鶏冠山北堡塁は水師営会見所の南東に位置する東鶏冠山に築かれたロシア側防御要塞跡。当時は24、25門の大砲が配備され、1904年8月19日から24日の第1回旅順総攻撃では、攻撃した日本軍が全滅した。その後、トンネルを掘り、敵陣を地下から爆破し、肉弾戦に持ち込み、かろうじて陥落させたが、死傷者は日本側で9000人を超え、ロシア守備兵もほぼ全滅したという激戦地。」(「地球の歩き方」より) -
コンクリートで堅固に造られた堡塁。
日本軍は攻撃に苦労した。 -
無数の弾痕。
生々しい…。 -
日本軍が爆破した開口部。
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一部爆破により破壊された堡塁。
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砲弾の形をしたゴミ箱。
気が利いたデザインというよりは、悪趣味?
でもこういう中国的キッチュなデザインは、嫌いじゃない。 -
ロシア軍の機関銃(実物らしい)。
最近のTVや映画などで見る、米軍のハイテク兵器とかと比べると、単なる筒のようなプリミティブな印象。 -
「東鶏冠山北堡塁」の石碑。
戦後、1916年に「満州戦跡保存会」が造った。
日本の鮫島重雄中将が命名した。 -
兵隊の宿舎跡。
かなりしっかりとしていて、立派な建造物です。
当時、ロシア軍が相当強固な要塞を築いていたことが伺えます。 -
「(12月)15日、戦闘指揮所にいたコンドラチェンコは、問題の東鶏冠山北堡塁から電話連絡を受けた。
『日本軍が妙なものを投入しました。有毒ガスが発生し、苦しくてなりません。』
この程度のことなら、普通将軍自らが前線へゆかず、たれか幕僚をやるか、あるいは若い将校でも走らせるところであろう。が、コンドラチェンコほど、戦場の面倒見のいい男はいない。
コンドラチェンコは現場を見ようとした。このためまず堡塁の咽喉部に入った。
このとき日本の二十八サンチ榴弾砲陣地で大きな発射音がとどろき、巨弾が空を飛んでこの窖室の天井を突き抜け、内部で大爆発したのである。
コンドラチェンコの肉体は四散した。」
(司馬遼太郎「坂の上の雲」より) -
戦後建てられた、「コントラチェンコ少将の死亡地」の石碑。
日本軍はその勇猛果敢さを称えて、わざわざ敵将の石碑を建てた。
(「コントラキンカ」と呼ばれていたみたい。) -
【旅順日露戦争陳列館】
第3軍司令部の様子と、乃木希典将軍の写真パネル。
ここの陳列館にも、日本占領時に日本語の教育を受けたというおじいさんがいて、「私はボランティアで説明をしています。もしよければ後から本を買って下さい。」と言われました。
嫌な予感はしましたが、「本を買うつもりはないので、説明は結構です。」って最初から言うのもなんだかなぁ、と思って説明を聞きました。
説明自体は特に目新しいこともなく…こちらからの質問にはいまいち答えが得られないし。 -
ポーツマス講和会議(日露戦争講和条約)の様子。
ロシア全権セルゲイ・ウィッテと日本全権小村寿太郎。 -
日露戦争当時の旅順の模型。
-
自称ボランティアガイドのおじいさんと、売り物の本と、実際に使われた砲弾。
この後、悪い予感は的中。
本を買え。買わないなら私はただで説明をしたことになる。280元(約4760円)のこの本を売れば、私に20元が入ることになっている。説明を聞いたのになんで買わないんだ。特別に200元(約3400円)でいいから。…などなど。
説明はボランティアって言ったでしょう?私は本は欲しくないし、そもそも値段が高い。
と、結局買いませんでしたが、言い合うこと自体にげんなり。最後にはおじいさんは怒ってどこかに行ってしまいました。
80歳を超えたじいさんだけに、後味悪いなー。
ガイドさんは横にいて、最後には一緒におじいさんをなだめてくれましたが、いつもいつもこういうやり取りが行われているのって問題だと思う。わかっているんだったら、おじいさんに説明させなければいいのに。
ガイドさんもグルなのかとちょっと思っちゃいました。 -
日露戦争時、実際に使われていた銃弾。
旅順では、水師営会見所、203高地、東鶏冠山北堡塁跡、の3ヶ所を見学しました。
「坂の上の雲」で読んだその実際の舞台を訪れることができた、という感動。
そして、何万という命が落とされた戦争のこと、その後日本が中国の人々に与えた苦痛、などを考えると胸が痛く、色々考えさせられる旅となりました…。
「ヴァカンス in 大連(2)」に続きます…
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この旅行記へのコメント (6)
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- makkoさん 2008/09/16 17:35:03
- 懐かしや、大連
- ニーコさん、こんにちわ。
大連が気に入られた様子、何よりです。
小生は仕事で2004年9月に1週間行きました。仕事とて、泊まりは大連講郊外のホテル、終わってそのまま日本に帰るのも勿体無いので、現地日本人スタッフに無理を言い、帰国前日の土曜は市内のホテルに泊まり、明くる日曜は市内見物が出来ました。
市内まで送ってくれた中国人スタッフは貴方の泊まられたスイスホテルが良いと言い、予約の電話を入れてくれたが満杯で、大連駅に近いホテルになりました。名前は忘れました。いや、中山大飯店だったかな?
レストランが回転展望台になっているホテルでした。赤い箱は洗面所にありませんでしたがね。
私の泊まったホテルにも見るからにいやらしい顔をした(人のことは言えないか)日本人男性数人のグループが居ましたので、ひょっとしたら有ったのかも知れませんが、いずれにしても小生は使うことはなかった。
中山広場へもホテルから近く、早朝散歩に行きました。大和ホテルの中も、フロントに断って見せてもらいました。クラシックな内装で、こういうところへ一回泊まって見たいものです。
この広場では、中国人の若い男性に携帯電話のことで、何か聞かれました。縁の塗装の剥げた眼鏡をかけていましたので、中国人に見えたのかしら?勿論中国語は出来ませんので、質問には答えられません。
丁度仲秋節だったようでホテルの周りは賑やかで、あちこちで月餅を売ってました。贈答用のパッケージ品は高いので、ばら売りを買いましたが、向こうは個数ではなく目方売りなんですね。餃子もそうでした。(半斤、一斤と)
月餅は中の餡の種類が大変に多く、中身は忘れましたが、家族は「日本で買うそれと違って大変に美味しい」との評価でした。
その後、上海、天津、広東と仕事で行きましたが、中国はどことも良いところですよ。ニーコさんならずとも、はまります。
では、これからも良い旅を!!
以上 makko
- ニーコさん からの返信 2008/09/16 18:01:04
- RE: 懐かしや、大連
- makkoさん、こんにちは。
はじめまして。
ご訪問&書き込み、どうもありがとうございます。
大連、予想以上に楽しめましたし、居心地が良かったです♪
最初は司馬遼太郎の「坂の上の雲」(来年NHKでドラマが放映されるようです!)
を読んで、大連、旅順に興味を持ったのがきっかけではあったのですが、
ロシア時代、日本統治時代の古い建物見物、食事、マッサージなど
色々と楽しめました。
同じ職場の中国人に「今度大連に旅行に行くんだ。」と言ったところ、
「とても良いところだし、日本人が好きな街だよ。」と教えられました。
アカシアの花が咲く頃は、またとても良さそうだなぁと思います。
> 中山広場へもホテルから近く、早朝散歩に行きました。大和ホテルの中も、フロントに断って見せてもらいました。クラシックな内装で、こういうところへ一回泊まって見たいものです。
私も、次回大連に行く時には、ぜひ「大連賓館」に泊まってみたいと思っています!
歴史的な建物に泊まることができるのは、素晴らしい体験になりそうです。
> 丁度仲秋節だったようでホテルの周りは賑やかで、あちこちで月餅を売ってました。
私もまさに中秋節の時期だったので、どこもかしこも月餅だらけでした(笑)
私も試しに少し買ってみたのですが、私が買ったのは完全に失敗でした(泣)
両親にお土産で渡したのですが、あまりに美味しくなく、結局ゴミ箱行きに…。
どの月餅が美味しいか、地元の人に聞いてみるのがいいのかもしれません。
> その後、上海、天津、広東と仕事で行きましたが、中国はどことも良いところですよ。ニーコさんならずとも、はまります。
瀋陽、ハルビン、広州、杭州…とこれから行きたいところがいっぱいです!
ニーコ
-
- worldspanさん 2008/09/15 20:09:49
- はじめまして
- ニーコさん
はじめまして。
私は一時頻繁に大連に訪れていましたが、欧州のバイヤーが大連に宿泊する時はスイスホテルよりもシャングリラの方が人気があり、日本人ビジネスマンには日航ホテルやフラマホテルが人気あるんですよー。
因みに私は大連市内から少し離れた開発区の4つ星ホテルに泊まっていました。向こうでとって貰えれば、金額が一泊朝食コミで4,000円もしないんですよ。
- ニーコさん からの返信 2008/09/15 20:54:56
- RE: はじめまして
- worldspanさん、こんばんは。
初めましてm(_ _)m
…と言いましても、ご存知かとは思いますが、今回大連に行くにあたり、
worldspanさんの旅行記に何度かお邪魔させていただきました〜。
色々参考にさせていただきました。
ありがとうございました。
そして、今回大連に行ってみて、中国の他の都市にも興味がわいてきました。
worldspanさんも行かれているハルビンにはぜひ1度行ってみたいです。
あと、瀋陽も!
スイスホテルは、大連に旅行に行ったことのある知人に勧められて、決めました。
ちょっと高かったですが、観光には立地が便利で良かったかなぁと思います。
スイスホテルも日本人ビジネスマン、多かったです。
なんだかそういう意味ではちょっと居心地悪かった気もします。
朝食の時とか、同じエレベーターに乗っちゃった時とか…。
気のせいかもしれませんが、日本人の女1人でこいつは何者なんだろう?
って思われている気がしちゃって…。
って自意識過剰ですね(笑)
色んな場面で、あ〜ぼられてるのかな〜と思うことが多い中国でしたが(笑)
意外と中国人て親切!と思うことも多くて、
中国好きかもーと思いました。
またworldspanさんの旅行記にお邪魔させていただきます。
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
ニーコ
- worldspanさん からの返信 2008/09/16 12:54:36
- RE: RE: はじめまして
- ニーコさん
こんにちわ。
私のブログがニーコさんの旅の少しでもお役に立てたこと、嬉しく思います。大連は中国の中でももっとも日本語が通じる町ですし、日本人の特性も良くわかった人が多いので、旅行もしやすかったと思います。中国の中では中国東北の人というのは、真面目で実直な人が多いといわれているのですが、言葉や振る舞いは粗暴だとも言われてるんです(笑)。確かにハルピンまで行くと粗野な人が多いかなーとは思いました。中国語の堪能な人の話では女の人は男っぽいしゃべり方で巻くしたてるのですって(笑)。
女性一人でホテル・・・、でも結構そんな方いますよ。私の同僚はアメリカからのバイヤーに工場を見せる為にシャングリラに一人で泊まったりする人もいますし、開発区では日系工場が多いので、ホテルの宿泊者は圧倒的に日本人が多いのですが、中には女性一人で宿泊している人も見かけましたし(笑)。
ハルピンに行かれるのであれば、1月2月がお勧めです。寒いですけど氷雪祭りは良いと思いますよ!
- ニーコさん からの返信 2008/09/16 14:13:26
- RE: RE: RE: はじめまして
- worldspanさん、こんにちは〜。
たしかに、大連はとても滞在しやすかったです。
日本人とは関連の深い街なのだということも実感しました。
「言葉や振る舞いは粗暴」なんですね?!
…と言っても、私には中国人はみんな同じに見えますが(笑)
繊細で優雅っていうイメージはあまりありませんよね(笑)
> ハルピンに行かれるのであれば、1月2月がお勧めです。寒いですけど氷雪祭りは良いと思いますよ!
相当寒そうですが、どうせ行くのなら本場の寒さを体験してみるのもおもしろそう(!)ですよね。
氷雪祭りもおもしろそう!
寒いのは苦手なんですが…。
ニーコ
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