2008/03/29 - 2008/03/30
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warajiさん
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岡山のYHが無くなる!それを聞いたのは今年のお正月、下関火の山YHに泊まった時にホステラーが教えてくれた。
もうびっくり仰天して慌てて泊まる計画を立てた。YHの内情は色々聞いてるのであるが、まあここで言う事でもないだろう。
消えていくYHの中には浜名湖YHもあった。歌のYHとして知られていた。3回ほど訪れた懐かしいYHだった。ここも想い出深いが、もう行く事もあるまい・・・・。さすがに泊まるのは無理があった。消えていくYHは数多くあるが、特にこうして想い出のある宿が消えていくのは寂しい限りだ。もうどれ位消えていったのであろうか?
そういえば金谷の小夜の中山YHも消えた。名物おばあさんも亡くなり、当時の人気YHだった面影はもう無い。
旅としては使った事はないが、仕事で2回泊まった事がある。
岡山県青年会館は一回の訪問だが、ここには特別な想いがある。
高校3年の夏、両親に勧められて思い出を作りなさいと一人旅に出してくれた。
一人旅はもう保育園の時にしているが、親戚のお姉さんに連れられての母の実家に泊まった。
旅は自分で行きたいとダダをこねて両親も折れて出させたようだ。このときの想い出はかすかに憶えている。国鉄の郵便車両が連結されている車両に乗った。弁当売りがいた。
当時は快速とか急行も走っていた。車内の扇風機、しっかりした木製の車内?までは憶えてないがそんな雰囲気だった記憶がある。
この頃からすでに旅人だったのかもしれない。家族旅行も小4まではあちこち出掛けた。それからは時たま出るくらいでそんな事はなくなったが、遊びのDNAは確実に育ったようだ。
行きなさい!と言われてもう有頂天になって旅の計画を立てたものだ。この頃、私は将棋指しの夢をあきらめて園芸の道を進んでいた。だからせめて将棋指しの夢である山形天童に行きたい!そう思って東北の旅を計画した。
こちらとしては一生懸命計画を作って親に見せたのであるが、見たとたんボツにされた。
あの時何泊にしたのか忘れたが、10万円を越える予算になってしまった記憶がある。無理も無い。
初めて時刻表を手にして新幹線やら特急を使いまくり、泊まりは高級かどうかは知らないがホテルや旅館を一生懸命探してパンフレットを集め、山形を中心にぐるりと東北を回ろうとしたのだから親も驚いたの何の。
その時父親がこんなでたらめじゃダメだ!日本にはユースホステル(YH)という安くて便利な宿があり、会員になってもう一度計画を立てなさいと言われた。それから改めてYHを使った旅の計画を練った。今は無くなったが、当時は毎月一回YH新聞が発行されていてちょうどタイミングよく夏の旅行特集をやっていた。その時、たまたま見たのびのび切符の旅特集に山陽山陰ぐるり城巡り旅が載っていて親もこんな旅ならいいんじゃないの?という事で、それを参考にオリジナルを混ぜて計画を親に見せ、OKが出た時の最初に初めて泊まった宿が岡山県青年会館YHだったのだ。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JRローカル
-
朝、浜松発の快速に間に合うように家を出た。時間的にはまあ余裕があったのでのんびりしたが、浜松駅構内で少し時間をつぶしたのが運のツキ。構内をブラブラ見学したのは良かったが、車内は人であふれていた。しまった〜!
まさかまさか・・・・。そのまさかが現実に。。。
それでもなんとか途中から座れてホッとしたが。
浜松駅は静岡よりずっと大きい。まあ産業の中心だしね。自然といえば自然なのかも。
今日は大阪の友達が伊豆へ向かう。お花見らしい。
たぶん岐阜辺りですれ違うだろうな〜?と、お互いメール。
こんなやり取りは楽しい。 -
大阪の友達とは岐阜辺りですれ違ったらしい。お互いに自分達の住んでいる方向へ旅。不思議な関係です。
友達の住む尼崎は昼前に通過。岡山まで一直線に向った。思ったより桜がきれいだった。天気は今イチ。静岡は良さそうなのになぁ〜。
夕方、懐かしの岡山へ。まだ寒かった。桜は固い蕾み。逆に梅が咲いていた。かつて旅した頃とイメージが全然違う。当たり前だが、まったく別の旅だ。
初めて出会ったYH。そして初めて出迎えてくれたのは中卒でヘルパーをしていた元気なお姉さんだった。歳は同じくらいだった気がする。
今、その面影は全く無い。宿に着いたとたん雨が降り出した。土日はどうやら雨のようだ。
早めに記念写真を撮った。イメージが違う。
やはり少しは変わった。 -
初めて訪れた頃の想い出がよみがえってきた。
集団部屋、多くの旅人、ミーティングに自己紹介。全てが懐かしかった。建物も中身も何も変わってなかった。
変わったのは人間と環境。今回、ほとんどいないだろうなと思っていたらとんでもない!
意外なほど宿泊者がいた。やはり私と同じく無くなる前にという一人旅と、外国人。それにグループの合宿らしき人たちがいた。 -
初めて泊まったのがこの部屋だったと思う。懐かしくてついつい色々探検してしまった。
当時もかなり人がいたけど、今日も多い。私の泊まった部屋はかつての(いや、今も現役の)旅人ばかりが満室状態で集まった。
おかげで色々旅情報を交換できた。ただYHに泊まる!という目的だけの今回の旅。それでも面白かった。昔はYHはメンバー次第宿次第と言われたものだが、今日は充実している。 -
各部屋に通じる廊下を撮った。大きいので部屋もたくさんあり、外国人も多かった。
-
昔はここで食事の後皿洗いをし、ミーティングをやっていた。なつかしい。
ミーティングの自己紹介のとき、朝早く電話を掛けたのでその時の事で注意を受けた。初めての旅だったからよく覚えている。
旅に出る当日、台風で富士川が決壊して東海道線が不通になった。
新幹線は動いていたが、朝早く乗る予定だった電車は当然動かない。朝6時頃だった。
行く行かないで討論したあげく、予算はかさむが新幹線で予定の電車に乗れるところまで行き、そこからのびのび切符を使って旅を再開する事になったのだが、そのときに親にYHへ電話を入れてもらっていたのだ。
その時の事をペアレントさんは言っていたのだ。
とにかく旅はここから始まった。
今となっては全てが懐かしい。 -
食事の時間になった。その頃の記憶はもうあまりないのだが、悪くはなかった。
今も昔もここはもともと食事では評判がよかった。
配膳からやった記憶は無いので、これはその後のシステムだろう。 -
夕食。思った以上に上品できめ細かく、おいしい食事だった。まあここの食事は元板前さんが作るから当たり前か・・・・。
来る人も多く、食事も良い。弱点は古い!ということだけ。でも手入れも掃除もきちんとしてるし木造としてはとても希少価値が高い宿だと思う。
なのになんで止めるのかなぁ?と聞いてみたら、別に辞める理由は無いのだそうだ。むしろ人も来るし赤字でも無いらしい。YHの裏事情でもなく、単にここの経営のバックについていた団体が解散してしまうので自動的に消える運命なのだという。
まさしく最後の晩餐。2度の訪問でついにここのYHとはお別れになった。
でも最後、ここに来れて本当に良かった。元をただせばKさんに出会ったことがそもそもの始まり。
いろいろ出会う人生の中で、本当にいい出会いが出来た。他にもいろんな出会いと別れがあったが、大抵は別れ時に巡り会うなんてそんな事は滅多に無い。
まして初めて泊まった宿に最後お別れが出来て嬉しかった。 -
最後のお別れ朝食。朝食は大した事無かった。
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玄関からフロント、食堂兼ミーティングルームへと通じる廊下。すべて木造。
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お風呂とトイレに通じる廊下。
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お風呂を撮って見ました。ハッキリ言って小さいし掃除はしてるとはいえ小汚く感じるのは仕方が無い。
当時はあまり考えなかったなぁ〜。記憶もあまり無かった。でもきっとこんな感じだったのだろう。昔とちっとも変わっていなかった。 -
お風呂の脱衣所。さすがに年期が入っていた。ノレンの反対奥手前がもう湯船。仕切りはカーテンのみになっていた。
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帰る日の朝からずっと雨が降り続いていた。今回も含めて私のような旅人が数多く訪れてるそうだ。掲示では土日は今日で営業が終わる。31日のYHとしての営業ももうすぐ終わりを迎える。実質的にはゴールデンウィークまではやってるそうだ。でもおそらくもう来る事も無い。
ありがとう、青春!ありがとう、岡山県青年会館!私の旅はここから始まり、受け継がれ、そして今日、旅立ちの幕は閉じた。
雨の降る中、寂れた商店街を歩きながら岡山駅へ足を運んだ。もうここにも来る事は無いだろう。
岡山駅周辺は今、大開発が行われている。その影でひっそりと消えていく旅の風景も実は多くあったのだ。これだけはしっかりと胸に刻んでおきたい。訪れる事も触れる事もなくなるだろうこの街の風景だけはせめて旅人として語り続けたい。 -
岡山をあとにして一路神戸へと向った。神戸元町に「ベニマン」といういい店があるよ、と教えられていてお昼をそこでとる事にしていた。
よくわからなかったが、とりあえず近くらしい駅で降りてあとは歩いて適当に探した。
何とか見つけた。男一人で入るのは勇気がいたが、ここまで来たら行くしかない。
ここは果物屋さんが本業だった。副業として喫茶店をやっている。
そして唯一ここだけが本店として食事を出していた。それもお昼のランチだけ。値段は一つ一つは高いが、どれも本物で人気は高い。ランチセットは唯一安く食べれた。(1575円)
しかし・・・・神戸って本当におしゃれだなぁ〜♪
歩いていて飽きない。店もいいところが多い感じ。 -
ほとんどがカップルや女性、年配の女性グループといった感じ。男性もまず間違いなく女連れ。野郎同志もまず無い。やるとしたら私くらいか・・・・。
店内は人で一杯だったが、一人だったこともあり、何とかすぐに座れた。予約も出来るが、グループや人数がいるときに限るようだ。それもお昼の混む時間帯のみで、あとは順番待ちになる。
これがランチの内容。気に入った!!パンも美味しかったし、スープがよかった。 -
食後にデザートまで選べる。今回フルーツ系のサッパリしたものばかり頼んだのでちょっと甘いものが欲しくなった。これなら納得。みんな来るはずだ。
食事のあとは三宮から一気に帰った。
途中大阪の友達からメールが入って新所原で一緒に食事とれそうだから夕食食べよう!ということになり、再び再会した。
この前会ったばかりだけど・・・・。それにしてもよく調べたなぁ〜!感心してしまった。
伊東の桜も良かったようだ。青い風YHも人が多くて常連や再会した旅友もいたようで、一緒に大室山を回ったようだ。私はさすがにそれだけだと行く気がしないが・・・・。
新所原にある天竜二俣鉄道の駅に美味しいうなぎ屋があり、駅の休憩室でゆっくり食べれるのだそうだ。本当によく知っている。
今回、時間が遅かったせいか、お弁当のみの販売だった。仕方なく駅のロビーで二人で食べた。ちょっと寂しい。
食事をとって少し話しをして再び別れた。彼女は大阪へ、私も一路静岡を目指す。
END
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