2008/08/21 - 2008/08/21
7138位(同エリア8875件中)
tsunetaさん
- tsunetaさんTOP
- 旅行記7427冊
- クチコミ109件
- Q&A回答19件
- 5,293,296アクセス
- フォロワー79人
8月21日、午後3時頃、所用のついでに北茨城市の五浦〔海岸〕を訪問した。
初めての訪問であるが、此処は近代日本を代表する文明思想家岡倉天心が日本美術院研究所を創ったところであり、日本画の近代化を目指した美術活動が展開されたところでもある。
また、岡倉天心がこの地のダイナミックで変化に富んだ五浦の景観に魅了されて邸宅と六角堂を作り、此処で天心の創意の奇抜さを示しながら、多様な活躍をした天心の思想が育まれた。
現在この地は五浦美術文化研究所として茨城大学が管理している。
五浦海岸
小五浦、大五浦、椿磯、中磯、端磯の五つの浦(磯)を称して五浦。高さ約50mの断崖絶壁が連なり、崖の上にはクロマツ林があり、日本の音風景100選、日本の白砂青松100選でもある。
*写真は五浦と六角堂
-
-
五浦海岸
-
太平洋の荒波が押し寄せる
-
茨城大学五浦美術文化研究所の近くにあつた。
-
茨城大学五浦美術文化研究所で管理されているものが登録有形文化財となっている
-
天心記念館
「岡倉天心と五浦」という題名で常設展示されている -
平櫛田中作「岡倉天心先生像」昭和6年作者寄贈
-
天心は明治39年に日本美術院を再編成して、四人の愛弟子、横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山を呼び寄せ、日本画の近代化を目指した美術活動が展開された。
-
平櫛田中作 五浦釣人
-
ウォーナー像及び覆堂・・・案内書による
天心の教えを受けた美術史家ラングドン・ウォ−ナ−は第二次大戦中、爆撃対象から奈良、京都などの日本の都市を外す文化財リストをアメリカ政府に提出したとされています。その功績を称えようと日立製作所から胸像建設の計画が起り、各方面からの寄付によって、昭和45年3月ウォ−ナ−博士功績顕彰会がこれを建設しました。肖像は平櫛田中が製作、美術史家矢代幸雄が台座の賛分を草しました。覆堂は、天心ゆかりの日本の文化財の象徴として、法隆寺夢殿を模して設計されています。 -
-
近くに可憐に咲いている百合の花
-
ウォーナー像
-
五浦海岸の風景
-
-
遠くに福島県の小名浜港が見える
-
-
天心邸と「亜細亜は一つ」石碑
-
「亜細亜は一つ」石碑
-
-
-
天心邸
-
天心邸
-
六角堂
-
明治38年6月に天心の設計により建設された。
-
-
-
-
-
六角堂
-
-
-
-
六角堂
-
筑波大学五浦美術文化研究所の長屋門
-
-
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
PR
0
37