2008/06/16 - 2008/06/16
95位(同エリア202件中)
カンゲンさん
急遽休みがとれ、事前ビザの必要がない南部アフリカに行ってきました。
参考文献 宮本正興・松田素二 「新書アフリカ史」(講談社現代新書
1日目 JL735 成田発 18:25 → 21:55 香港着
SA287 香港発 23:50 → 06:55 ヨハネスブルグ着
2日目 SA048 ヨハネスブルグ発 10:40 → 12:30 リビングストン着
ザンビアはかっての北ローデシア、東京オリンピックの閉会式当日、1964年10月24日イギリスから独立。
閉会式にはザンビア、開催式にはローデシアとして出席、勿論国旗も変わり珍しい例です。
銅の生産に頼るモノカルチャー国ですが、近年は農業にも力を入れておるそうです。
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アンゴラの発電所建設に行く中国水電の四川省出身の作業員(ヨハネスブルグ空港で)
中国のアフリカでの資源獲得の一端を見る思いです。 -
リビングストン行きの南アフリカ航空 SA048
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リビングストンに近ずくと飛行機からザンベジ川とヴィクトリの滝が見えます。
左側がザンビア、右がジンバブエ。 -
リビングストン空港で
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ザンベジ川畔で写真ストップ
リビングストンの郊外からも数キロ先のヴィクトリアの滝の水しぶきが見える。 -
第一次世界大戦の記念碑
英軍のドイツ領東アフリカ(現在のタンザニア)との戦闘の記念碑か? -
『 ヴィクトリアの滝 』
( 世界遺産:509 1989年 )
ヴィクトリアの滝の成り立ちは、1億5000万年前(ジュラ紀)火山活動で大量の玄武岩が噴出、台地が形成され台地にはジグザグ状に亀裂が出来る。
台地は湖底となり、後に干上がり砂漠地帯になる。台地には北から南に西にザンベジ川が、東端の台地の下にはマテッチ川が流れていたが、約200万年前にザンベジ川の下流部が隆起し東に流れを変えた川は、砂漠を横切りマテッチ川に向かい、合流する際250m下にあるマテッチ川に流れ落ち、滝が出来た。
滝は落下しながら玄武岩台地に堆積した石灰岩を侵食し、石灰岩が後退することにより滝も上流に向かい後退し、現在では最初に出来た滝より100?も上流にさかのぼったと言われている。
滝の幅は1.7?、ザンビア側が1.2?、最大高さは108m。スコットランドの宣教師で探検家であるデビット・リビングストンが旧大陸の人間として初めて、
この滝を見、当時のイギリスの女王に捧げる意を込めて「ヴィクトリアの滝」と名付けた。
現地名は、昔も今も「モシ・オヤ・ツンヤ」(雷鳴轟く滝)と呼ばれている。
東の滝 この一帯は「モシ・オヤ・ツンヤ国立公園」 -
リビングストン像
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友情の橋
ザンベジ川下流方向を見て、水しぶきの上がる右手が滝、橋の右はジンバブエ -
ここでカメラの水しぶき避けに傘を借りました。2ドル
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ずぶ濡れになりながら
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滝の侵食で出来た「ナイフの刃」と呼ばれるナイフズ・エッヂ島へ橋を渡ります。
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ここがザンビア側から滝を見られる最先端です
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友情の橋、水しぶきでよく見えません
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公園の駐車場脇にはお土産やさんが
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お客は殆どおりません
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楽器です
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白人が興味深そうに見ておりました
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