2007/07/24 - 2007/07/25
1159位(同エリア1418件中)
ちゃおさん
第60座、御嶽山、3067m、2007.7.25.
記念すべき日本百名山60番目の山をどこにしようか思案していた丁度その時、毎日旅行会での御嶽山登山ツァーがあることを知り、今回の旅行に申し込む。
今から6年前の2001年、丁度55歳になる年の初め、還暦の60歳までに日本百名山の百山登頂を目標にし、毎年数を重ねてきたが、3年前の2004年、家庭内のこと、個人的な問題等に忙殺され、とても山どころではない状況におかれて、その年は僅か1座で終了。もうこの際山登りなどは放棄しようかとも思ったが、矢張り山の魅力は忘れられず、一昨年はやや数を稼いで9座を登頂、しかし昨年、今度は右膝を痛め、その痛みが激しくて近くの奥多摩の低山すら登るのが儘ならず、前の年の道東三山ツアー仲間の約束であったトムラウシ還暦登頂及び毎日旅行会の2座の合計3座で終了。結局昨年中に登れた山の合計は58座に留まった。
去年から今年にかけて、リハビリを兼ねて高尾山、奥多摩辺りを歩き始め、初夏を迎える頃より段々自信もついてきて、先月の四阿山に続き、60歳最後の月の締めくくりの山として、御嶽山は60座登頂を記念すべき名山となった。
60歳ギリギリの最後の月に60番目を記念する山として日光・男体山・女峰山の2座連続登頂も計画したが、まだ足に100%の自信も持てず、今回のツアー参加にした次第ではあるが、御嶽山も又信仰の山として、60番目を飾る山としては相応しいものであった。
7月24日、毎日旅行会主催の「御嶽山登山ツアー」は総勢32名の乗客を乗せ、10時30分、夜の新宿を後にする。台風4号が去ってからも、まだ数日鬱陶しい梅雨混じりの雨が続いていたが、当日は朝から快晴の夏空。気象庁もようやく東京地方にも梅雨明けが近いことを発表していた。明日も今日同様の好天が期待された。
新宿発の夜行バスは、11時出発と思っていたが、実際は10時半出発の予定で、時間つぶしの為吉田さんと新宿西口で10時過ぎまで飲んでいて、丁度10時半に集合場所に行ったところ、女性のガイドさんが当方を見て、ほっとし、胸をなで下ろす風に息せき切って話した内容は、今晩の予定は10時半出発で、自宅にも電話したが、留守になっていて、携帯の番号は分からず、後15分待って連絡がつかなければ出発するところだった、とのこと。いずれにしてもギリギリで間に合い、これで全員無事揃い、当方が乗車すると同時に発車する。
先月四阿山へ行った時と同様、今回も一番後部の座席を一人で占領する形になり、ラッキーではあったが、矢張りバスの中では寝られない。同じ様に窮屈な飛行機とか電車の中では、いつもうとうと出来、又先週行った駒ヶ根の高速バスでも行き帰りともうとうと出来たのだが、登山バスでは何故か眠れない。翌日への期待と興奮が神経を高ぶらせているのだろうか。今日の登山参加者は総勢32名、内男性15名、女性17名で、男女の比率はほぼ同じ程度。ガイドの戸村さんが今日一日の簡単な案内を行い、暫くして消灯となる。バスは中央高速道を一路西に向う。
夜行バスで良く寝入られるようにと乗車前に吉田さんとも飲み、電気が消えてからも、外の明かりを頼りに日本酒、焼酎、ウイスキー等、ちびちびやるが、無駄な努力のようだ。この思いは他の乗客も同じようなものだろうか、40分後最初のトイレ休憩、談合坂に到着した時、殆どの乗客が車内から降り、トイレに行ったり外の空気を吸ったりして、眠れない興奮を収めようとしているかのようだった。
深夜ゆえ高速も国道も渋滞はなく、中央高速・塩尻を下線したバスは国道19号線を一路木曽路に向かう。午前2時30分、国道沿いの道の駅にて小休止。ここでも又大半の乗客は談合坂と同じ様に下車し、トイレに行ったりしていた。眠れないのに苦労しているようだった。この様な状況の時もミームと言うかどうかは知らないが、同じ様な興奮状態がバス内を支配し、殆ど誰も寝ていないのではないか。
この時間帯の道の駅、駐車しているのは大型トラックばかりで、運転手は皆車中で仮眠している。売店も閉まっていて、静かなものだ。当方眠れないに任せ、少し飲み過ぎたきらいもあり、喉が渇く。水を飲み、神経を収め眠りに落ちるのを待つ。ここから更に小1時間、木曽福島の町を通り過ぎ、木曽川を渡ってからは山道に入り、3時半、登山口である田の原駐車場に到着する。薄暗い中、駐車場にはもう既に白装束に身を固めた数人のグループが登山を開始しようとしている。良く見ると、山の中腹に光りが見える。この真っ暗な中、登っている人もいるようだ。見ると登山道は真っ直ぐ頂上に向っているらしい。
バスの中で暫く仮眠し、5時、辺りが明るくなると同時に登山開始する。今日のガイドは森林局の西村さん。この辺りには詳しく、昨日もトラピックスのツアー客を案内したとのことである。到着した1時間半前は、曇り空でライトの光りが山の中腹辺りまで見えたが、出発の今の時間、霧は更に深くなり、とうとう小雨混じりの霧雨になってきた。皆、雨具を着込んでいるが、当方何を勘違いしたのか、緊急用のツエルトと形が似ていて雨具を忘れてきてしまった。防水用のジャンパーを上に着て、傘を差して歩く。風も無く、雨脚も激しくなく、今のところ傘でしのげそうだ。
信仰の山だけあって、未明に見た白装束姿の行者さんの数が多い。平坦道を500−600m程歩くと、奥社遥拝所に至る。ここまでは平坦だが、この先真っ直ぐの登山道が垂直に頂上に向って伸びている。身体が不自由な人、或いは冬山で登れない時などは、ここから遥拝するのだろう。以前登った石鎚山にも同じ様な遥拝所が中宮社の前に建っていた。正面に石鎚の尾根があり、その先方に神社奥社があって、遥拝するには最も相応しい場所であったが、ここ御嶽山も同じ様な状況で、奥社を真正面に拝する場所にあった。勿論ここからは社自体が見える訳ではないが、敬虔な気持ちになるには違いない場所であった。
毎年何十万か何百万人かの信者、登山者が登る道、良く整備されていて歩き安い。駐車場から山頂までの高度差は約900m、距離にして3.8キロ。約3時間の行程である。今日は高齢者のメンバーもいる為、休みを多くして4時間の予定で登るが、当方一人だったら3時間も掛からない距離に違いない。
山道のあちこちに社、祠等があり、賽銭箱が置いてある。以前はこの賽銭箱には鍵が掛けられていなかったそうだが、近年、行者以外にも一般の登山者が入りこむようになり、鍵をつけたとのことである。以前は行者が仮に賽銭箱から幾らかお賽銭を拝借しても、翌年の参詣にはその倍の額を持ってくる仕来りになっていて、鍵の必要はなかったが、今時の登山者はその様な礼儀風習も知らず、失敬したままになるとのことで、鍵を付けたようだ。
立派な社の大江神社を過ぎる辺りから硫黄の臭いがしてくるが、この霧雨では100m先も見えない。ただ足元の山道と路傍の高山植物の発見に喜びを見出すのみ。この辺りの森林限界は2400m付近。白樺からダケ樺に変わり、五葉松は這い松に変わって、石ころだけの山道になる。
8合目、富士見石堂で小休止。7時半、昨夜準備したサンドイッチを食べる。皆それぞれ朝食を食べている。天気の良い日はここから富士山も見えるとのことで、この富士見の名前が付けられているが、実際は見えることはめったに無く、年に数回程度とのこと。大体この御嶽山は雨が多く、降水量は尾鷲市と同じとのことである。それでも時々霧のはれ目から下の駐車場が見えたりして、登ってきた高度差が良く観察できる。
唐松草、御前立花、コイワカガミ、マイズル草、こけもも、等を観察しつつ、9合目石堂を過ぎた頃より硫黄の臭いが強くなり、頂の稜線が霧の中にうっすらと現れ、山頂小屋のヂーゼル音が遠く響いて来る。残り30分、漸くにして王滝頂上、2936mに到着する。ここには大きな施設の頂上山荘と王滝神社が鎮座している。
丁度午前9時。ここから更に30分程の行程で、剣ヶ峰3067mに到達できる筈であるが、霧雨と強風、途中に馬の背もあり、吹き飛ばされる危険があって中止となる。この程度の風であれば、自分一人だったら行けないことは無いと思えたが、団体行動、安全第一のガイドの指示で引き返すことになる。霧の為、100m先の剣ヶ峰自体も見えないが、そこに建っている御嶽神社も、王覚堂も何もかも全く見えない。次回に期すしかない。
王滝神社の社の中で朝食の残りを食べ、20分程の休憩を取って下山する。霧は時々はれたりするが、遠方の山並まで見えることもない。本来なら南北アルプスのほぼ中央に位置し、周辺一体の山並が見える筈だが、残念である。随分以前にこの山の麓の開田高原の山道を通って高山へ抜けたことがあったが、まだ子供達も小さく、今思うと随分昔のことになったが、その思い出の高原も見ることは出来ない。楽しい思い出の1頁として自分の胸だけにしまって置こう。
下山は一度8合目で小休止を取った以外は、ちょこちょこ花を見ながら立ち止まる程度で、2時間足らずで元の駐車場まで戻る。途中、何グループかの講中に行き違ったが、名古屋方面からグループが多いようだ。霧の中から「六根清浄、六根清浄」と聞こえ出し、続いて先達の大きな声で「おお山晴天、サンゲ、サンゲ」とリードすると、それに唱和して子供達の大きな声がこだまする。子供達は皆元気そうに登山を楽しんでいる。毎年来ていて慣れっこになっているのか、「サンゲ、サンゲ、オオヤマ晴天、六根清浄」と講中の姿が見えなくなって後も遠くから響いてくる。実に信仰のお山に違いない。
田の原駐車場で買物等済ませ、山を下りる。昨夜は夜で見えなかったが、2200mの駐車場はかなり高い場所である。バスはどんどん坂を下る。下るに連れ、大きな石碑、記念碑があちこちに立っている。それぞれ講中、先達を記念したものだ。数えれば、数百を下らないだろう。江戸時代、或いはそれ以前から続いているお山信仰の歴史が凝縮されている感じである。この田の原コース自体、江戸時代に秩父の講中が開いたとのことである。途中、新滝、清滝の行者場を通り過ぎる。先達になる為にはこの滝で何日も行をしなければならない。夏なら良いが、冬はさぞかし凍る思いだろう。
バスは20分程で、山中にある温泉「うしげの湯」に寄る。冬のスキーシーズンと違って、お客は我々ツアー客のみ。露天で外の山の空気、緑を吸ってゆっくり疲れを癒す。60座を記念すべき山。先日読んだ内田康夫の「還らざる道」はここ王滝村が舞台で、隣町の上松森林管理事務所なども出てくる。道中木曽美林を見ることは出来なかったが、遠く平安の時代より伊勢神宮ではこの木曽の檜を切り出して20年遷宮の造営をしていて、長い歴史を感ずる。
「還らざる道」のモチーフは木材の横流しであり、ガイドの西村さんに聞くことは出来なかったが、内田氏もこの広大な樹林帯を実地検証して着想を得たのかも知れない。温泉の後、隣に新築されたソバ屋で、お昼にソバ定食を頂くが、店内はふんだんに使用された檜の木目が清々しい。ソバに生ブールは合わないが、風呂上り疲労を癒すにはこれが一番。皆とソバを食べ、1時半、東京に向う。
木曽大橋を渡って木曽福島のバイパストンネルを過ぎた辺りから、昨夜の睡眠不足がやってきて、うとうとしだす。眠れるのは本当に気持ちよい。木曽八景の一つ、徳音寺(木曽義仲の菩提寺)や巴淵のある宮の越も知らないうちに通り過ぎ、桟のある奈良井の宿もうつつの中。途中、諏訪湖と石川で起こされはしたが、帰りは気持ちよく転寝が出来、バスは午後6時無事新宿に到着する。
< 六十座 御嶽お山 雲の中 >
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
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