2008/05/24 - 2008/05/24
933位(同エリア1909件中)
みにくまさん
2週間前に大阪城を観光した時、近くに「大阪歴史博物館」というのがあるということを知り、何があるのか分からないまま見学に行ってきました。
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建物入り口
大阪歴史博物館とNHK放送会館がくっついたような建物です。
もしかして、大阪歴史博物館の運営はNHKが行っているのでしょうか。 -
大阪歴史博物館
建物の外観です。
上の方がちょっと変わった形になっていました。 -
博物館の案内図
10階建てです。
開館時間 9:30〜17:00
金曜日は20:00まで -
NHK大河ドラマ特別展
天璋院(てんしょういん)篤姫(あつひめ)展
4月19日〜6月1日まで
6階の特別展示室で開催していました。
入場料は1000円で、博物館のチケットと一緒に購入すると割引があります。
私は時間が無かったので、こちらは見られなかったです。
「徳川家に伝わった天璋院篤姫に関する衣装や調度品、幕末・維新期の歴史情勢を示す資料など約250点(うち国宝8点、重要文化財2点)を通して、天璋院篤姫の波乱に満ちた生涯を紹介します。」
だそうで、なかなか見応えがありそうですね〜。 -
難波宮(なにわのみや)跡
この遺跡の発掘調査が始められたのは昭和29年です。
およそ半世紀にわたる調査の結果、重なった前後2期の宮殿跡がみつかりました。
前期難波宮は7世紀中ごろに造営され、「大化の改新」の難波遷都に伴う孝徳天皇の「難波長柄豊崎宮」と考えられます。
後期難波宮は8世紀前半に聖武天皇によって造営されました。 -
博物館ロビーから見える遺跡
床がガラス張りになっていて、下の難波宮遺跡がみられます。
地下の難波宮には見学ツアーが一日数回開催されており、ボランティアの方に説明をしていただけます。
私は16時からの最終ツアーに参加しました。 -
昔の大阪城周辺地図
大阪城と難波宮の位置関係を表示しています。 -
1928年当時の大阪城航空写真
難波宮跡は、博物館建物の地下に遺跡があります。
以前は自由に出入りできましたが、9・11の同時多発テロ以降、セキュリティの問題でツアーのみ見学可能となりました。
ちなみにこの回のツアー参加者は5名でした。
定員20(30だったかな?)人なので、少し寂しいです。
集合時間になり、1階の集合場所から地下の遺跡跡に移動します。 -
難波宮跡
前期難波宮の倉庫跡だそうです。
良く考えたら、ここに来るまで難波宮の存在すら知りませんでした。
いや〜勉強不足ですね〜。 -
丸いのは、柱の跡です。
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ボランティアの方が一生懸命説明してくれている中、私だけが撮影に忙しいです。
他の方、カメラ持参ではないようで。 -
南北塀
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白い柱は元々柱のあった位置で、今は上から繋がれた照明器具になってます。
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倉庫郡
当時は食料が権力の象徴だったので、とても大切に保管されていたそうです。 -
良く見ると、かなり奥行きがあります。
ちなみにここは、駐車場の下だとか・・・。 -
当時の砂がそのまま残してあるそうです。
とても細かくサラサラしてそう。 -
南北塀
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一日に一回、水利施設跡の見学も兼ねたツアーが開催されますが、雨が降った時は中止になるようです。
この日も雨が振っていたので中止でした。
さて、約20分間の難波宮ツアーはこれで終了です。
この後本館の方に移動して見学を続けました。 -
本館10階 難波宮の時代
この時、閉館前ということで、見学者が私一人しかいませんでした。
少し怖いです^^; -
1フロアを全て使ったくらいの大きさで宮殿の様子が再現されています。
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等身大の当時の格好をした人形?が多く配置されています。
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ご覧の通り、天井もしっかり作られています。
定期的に窓のブラインド上がり、儀式の模様?を再現していました。 -
展望スペースからの景色
写真がブレました・・。 -
難波宮跡
大極殿・八角殿などが再現されています。
雨が降ってきました。 -
本館9階 中世・近世
高廻二号墳船型埴輪 -
宮城南門(朱雀門)
このフロアには、ジオラマの展示物がたくさんありました。 -
宮城南門(朱雀門)
前の写真と同じ宮城南門(朱雀門)のジオラマです。
形状から察するに、こちらの方が後から改築されたものと思われます。 -
昔の街並みの様子
とても細かく忠実に再現されています。 -
大坂本願寺御影堂
大坂本願寺は1533年から1580年まで存続した浄土真宗の本山寺院です。
これは現在の大阪城の位置にあった石山本願寺のことですね。1580年に信長により炎上させられることとなった建物です。 -
建物の天井が半分欠けており、内部が見られるようになっています。
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柱などが細かく再現されていて凄いです。
宗祖親鸞の木造を安置する堂舎とあります。
写真左手の祭壇のようなものがそれでしょうか。 -
館内には写真のような橋が作られていました。
橋の上の人はハリボテです(^_^;) -
港の様子
これは、作成途中ですか?
奥の方は建物が配置されていません。 -
住友銅吹所
長崎貿易で最大の輸出品であった銅を純度99%にまで精錬するのが銅吹所です。 -
内部の様子
銅は大坂の主要な産業だったそうです。 -
建物内で働いている人の様子
住友という名前は江戸時代からあったんですね〜。現在の住友と関係があるのでしょうか。 -
御座舟地車(ござぶねだんじり)
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結構大きな船
寛政年間(1789〜1801)に作られたものだそうです。 -
結構大きくて迫力があります。
祭りの時にこの船を担いで練り歩いたんでしょうね〜。
昭和30年くらいまで現役だったそうです。 -
何かの看板?
とても古そうで大きな看板でした。
大坂の街並みが書かれているような感じ。 -
船場の街並み
船場は商業の中心地だったそうです。 -
街並みの様子
豪商の邸宅でしょうか。内庭や蔵などがあります。
建物の一部の壁が欠けているので、内部が見られます。
何やらミーティング?をしているような・・・。
本当に良く出来てますね〜。 -
かなり大きな模型でした。
街の中にいろいろな人がいます。 -
士農工商
道行く人々 -
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角の芝居
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芝居小屋の内部
当時の娯楽の中心だったのでしょうね〜。 -
舞台中心に侍?が、左の方から浪人?が近づいている様子が見て取れます。
それを見物している人の表情もとてもよく出来ています。 -
芝居劇場の入り口
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道行く人々
屋根の上には猫もいます。 -
7階 大大阪の時代(近代・現代)
八百屋
こちらはジオラマではなく、実物大です。 -
洋服屋
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芝居劇場
実物大です。
当時の役者はスターだったんでしょうね〜。 -
演目の様子を書いた張り紙なども
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上の方まで作りこまれてました。
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旧梅田駅停留場
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大正15年当時
この後6階では特別展示室でイベントをやっていたのですが、今回は時間が無くここまでにしました。
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