2008/05/18 - 2008/05/18
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ka-keikoさん
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大麻比古神社に駐車して大麻山登山。下山後に大麻比古神社、BANDOロケ村(2009年残念な事に閉村となってしまった)、ドイツ館へ立ち寄った。
- 交通手段
- 自家用車
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大鳥居。
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大麻比古神社の楠。このまま進んでも登山口へ行けるのだったが(この時は知らなかった)、人に教えてもらったのが神社横の道だったので下山後神社に立ち寄った。
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登山口の鳥居をくぐると、この先合流と書かれていたので左側の階段ではなく右側の道を選んで進む。
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合流した後は階段。
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見上げるとぞっとする階段。
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参道と真名井乃水の分岐。階段ではない方に賛成して右に進む。
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夫は先に行ってしまったが目の前に蛇が。マムシ?
初めは足元近くの枯葉が何故少し動いたのか分からなかった。蛇だと気づくのに時間がかかった。よく見ないと分からない。 -
マムシのようだ。
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真名井乃水。私は蛇がいたと夫に言っているのに夫は水が冷たいと返事している(近頃夫婦での会話の中身が時々ずれている)。先にさっさと行き過ぎるから私の前に蛇が出てくるのだと文句を言いたいが、どうせ私の話は聞いていないだろうと思い文句を言うのをやめた。お花を写している間に蛇が寄ってきたのだろう。
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階段の道と合流。
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表参道を行く。
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「九合目、頂上ちかし」と傾いた標識があったらすぐ神社だった。
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神社裏の大麻山(538m)頂上。登山口から1時間18分。私の後ろに女性が1人で裏参道を下りている(表参道は階段、裏参道は少し遠回り)。今日の出会った登山客は多い。70代の女性も1人で登っていた。凄い。
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神社裏から裏参道と反対方向へ山道を下る。標識が無かったのでこの道であっているのか不安になりつつ下り坂。ピンクの布を目印に1箇所結んでおいた。
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石ケルン。初め右に進み尾根に出て77番鉄塔へ。瀬戸内海の絶景が広がると書かれているから行こうと言うのでついて行く(今日は霞んでいるから見えないと言ったらこのまま下山しては時間が余ると言う。私はさっさと下山してBANDOロケ村に行きたいが---)。後でここに戻り来た道とは別の道に進む。
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鉄塔よりこの尾根道が好きだ。短いのが残念だけど。行きも帰りもワクワクした。
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大麻山頂上を振り返って見る。
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77番鉄塔。鉄塔の下にベンチがあったので休憩。
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瀬戸内海を見ているが---肉眼では微かに見える島も写真では全然分からない。
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2箇所目の石ケルン。「大麻山分岐700m」「卯辰越」の標識が近くにあった。
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大麻山分岐(頂上500m、登山口1、5Kmの標識)からさらに下山。
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望遠でBANDOロケ村を見て(中央)。
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下山後、舗装道路から右折してドイツ橋へ。
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神社裏にあるドイツ橋。
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第一次世界大戦の際、中国の青島で捕虜となったドイツ兵953人が大正6年から9年までの間 板東捕虜収容所に収容されていた。この間地元住民との間に”国境を越えた人間愛と友情”がめばえ、高い水準のドイツ文化が伝えられた。バターやチーズの製法、博覧会の開催、楽団による演奏会等地元の発展に大きく貢献した。帰国を前に記念として母国の土木技術を生かし近くで採れる和泉砂岩を使ってドイツ橋が造られた。---説明板より。
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めがね橋。
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大麻比古神社の御神木、楠。
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大麻比古神社。
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御神木の楠。樹齢約千年と書かれている。
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空洞?
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穴が開いているけれど元気な楠。
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木の支えはこれ1本だけ。垂れ下がっている枝は大丈夫なのかな?
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ここの名称は何なのだろう?「バルトの楽園」、「BANDOロケ村」、「歓喜の郷」と3つ書かれているが私は「BANDOロケ村」が分かりやすくて良いと思う。ネットで調べたときは一瞬何かなと思ったけれど。チラシには平成20年4月13日オープンと書かれている。
2009年このロケ村は閉村になってしまった。 -
係りの人が記念写真を撮ってくれるというのでパチリとおさまる。収容所の前というのがちょっと気になるが---。総工費3億円、6ヶ月の期間をかけて建設されたセット。実際の収容所は別の場所(ドイツ村公園)にあると書かれている。
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室内。プライベート空間を再現したもの。
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印刷所。この場所で所内新聞「ディ・バラッケ」を発行していたと書かれている。
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洗面所。奥に共同便所。
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製パン所。
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当時の製パン所の写真。
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ミルツ浴所。捕虜のミルツさんが作り、経営していた浴所。捕虜たちはお金を払って入る。
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酒保にて。捕虜たちはお金を払ってバーでお酒も飲んでいた。無料ガイドの方のお話をいろいろ聞かせてもらったが裏話が面白かった。
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集会所。写真禁止の所もあった。
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管理棟(右)。
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出口付近は当時の面影。
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神社へ戻っている所。
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ドイツ館、400円。写真撮影禁止。忘れっぽい私は少しは写させて欲しいのだが。 「1972年(昭和47年)に旧ドイツ館が建設され、1974年には鳴門市とドイツ・リューネブルク市との間で姉妹都市関係になった。1993年に新しいドイツ館が完成した。」---パンフレットより。 ロケ村でガイドさんから説明を受けた収容所の松江所長さんについても書かれていた。捕虜たちの中で何十人かは母国に帰らなかったと言う所が興味深かった。12月に日本を出て2月下旬に帰国出来たそうだ。それから世界第二次大戦になったのだから国へ帰ったドイツ人も日本に残ったドイツ人も、日本人でロシアで捕虜になり人道的扱いを受けずに亡くなった人も大変な時代を生きて来られた事になる。ドイツ館を去る時、無料で映画が上映されると教えてもらったが私達はもう疲れていたので残念だけれど帰ることにした。KUCHEN MEISTERのティラミスケーキ、チェリーリキュールケーキ、コアントロケーキを買って帰ることにした。結構美味しかった。
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今日の反省---マムシに要注意。
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