2008/02/19 - 2008/02/19
4位(同エリア5件中)
早島 潮さん
平成20年2月19日(火)
デーレゾーレに到着したが砂塵が舞いだしユーフラテス川の見晴らしが良くないとの情報が入ったので、予定を変更してホテルに荷物を置いた後、先にマリ遺跡と隊商都市のドウラエウロポスへ赴いた。
マリ遺跡はイラクとの国境近くにある5000年前の古代都市国家の跡である。BC2900年頃バビロニアと地中海を結ぶ重要な貿易の拠点としてマリ王国はメソポタミアで最も栄えた。
BC2000年頃にアモリ人が移住してきて人口が増え、王国の勢威はレバノンやキプロスにまで及んだ。
ジムリ・リム宮殿の豪華さは当時の王国の繁栄ぶりを今に伝えている。BC19世紀に建造されたこの宮殿は泥煉瓦で構築されており、広さは25,000・。中東で最大規模であった。主要な部屋は美しいフレスコ画で装飾されていた。この遺跡の出土品はアレッポやダマスカスの博物館に保存されている。
紀元前1758年バビロニアのハムラビ王がこの町を攻め放火によってマリの町は破壊された。
1933年から発掘が進み、楔型文字で書かれた2万枚以上の粘土板が発掘された。粘土板にはマリ王国の外交や貿易の様子が詳しく記述されている。旧約聖書の研究の上でも大きな光を与える重要資料であり「マリ文書」と呼ばれている。この粘土板はダマスカス博物館に保存され展示されている。
ユーフラテス川とハブール川に挟まれた逆三角形の地帯をジャジーラと呼び、「島」という意 味で古来肥沃な土地として知られる。またユーフラテス川から南の地帯はシャミーヤと呼ばれ「笑窪」という意味でありここも肥沃な農業地帯である。
ユーフラテス川周辺にはテルという名の冠された地名が多い。これは、集落や都市が時代を経て破壊や建設を繰り返し、何層にも集落や都市が積み重なって建設されたため小高く盛り上がった地形になっている箇所を意味する。日本で言えば大きな古墳のような概観を呈している。
マリもテル・ハリリという地名で知られており、遺跡を発掘すると建物が何層にも積み重なっていたことが判明した。
シリア全土に亘ってテルと冠のつく地名は沢山あるのでその地を発掘すれば必ず遺跡が発見されるといわれている。シリアはまさに遺跡の宝庫なのである。
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
13