2008/02/20 - 2008/02/20
14位(同エリア23件中)
nh155さん
- nh155さんTOP
- 旅行記325冊
- クチコミ87件
- Q&A回答0件
- 580,427アクセス
- フォロワー15人
「こめばか」ってどういう意味か知ってる?
Come=食べる、Vaca=牛ということで、第二外国語スペイン語の初めての授業でいかにも使われそうなお約束のネタですが、この「くえるなばか」という、日本人にとって様々な想像を掻き立てられそうな地名は「牛の角」という意味なのだそうです。それも本来は先住民の言葉で「森の入口」を意味する「クアウナワック」だったのに、発音しにくいという理由でスペイン人が改名してしまったとのこと(センスねぇ〜...)。
モローレス州の州都であるここCuernavacaは、20世紀初のメキシコ革命の際にサパタが農地革命を唱えた本拠地だったこともあり、今でもこの周辺は自作農が多い地域なのだとか。更には州都の名前にもなっているメキシコ独立戦争の英雄:ホセ・マリア・モレーロスが活躍した場所としても有名です。他にも公園、教会、遺跡など見どころが多く、出来れば滞在してゆっくり観光したいところでした。
驚いたのはなんと大阪府箕面市と友好都市提携を結んでいること(1990〜)。今でも毎年交流が続いているようです。知らなかった!
-
「クエルナバカ」って要はこういうこと?
-
まずはお目当てのカテドラルに直行。
-
この教会は1529年にコルテスによって建造された「新大陸」最古の教会のひとつ。
-
内装も古〜い感じが漂っています。
-
-
-
圧巻はこの壁画。慶長元年(1597)2月5日に秀吉の命によって処刑された日本人&外国人宣教師26聖人殉教の様子を描いたもので、上部に「Resivenen Japon...Emperador Taycosama Mando Martirizar Por...」(日本...皇帝太閤様が殉教を命じ...)との文字がはっきりと読み取れます。
-
秀吉は当時スペイン人にも「タイコーサマ」と呼ばれていたなんて!
-
メキシコの地方都市で「JAPON」の文字を見るのは感慨深いものがあります。
-
よ〜く見ると、壁画の右上に当時の日本人男性の姿が確認出来ます。
-
髪型からすると町の見物人?ちなみにこの壁画は長崎(西坂公園)の日本二十六聖人記念館(メキシコ人初の殉教者名から聖フィリッポ教会とも)にも飾られているそうです。あの有名な大浦天主堂は、1865年にフランス人宣教師がキリシタン殉教者の霊を祭るため、西坂公園に面して建てたものだとか。因みに上述の記念館は2007年にユネスコの世界遺産の暫定リストに加えられています(http://www1.bbiq.jp/martyrs/Japanese.html)。
-
マリア像。
-
鐘を鳴らすためのロープがずーっと下まで延びていました。
-
巨大なのでなかなかフレームに納まりません。
-
-
-
当時地元民の抵抗が強く、入植者・宣教師達は教会の敷地内に立てこもらざるを得なかったため、増築を繰り返して大規模になっっていったそうです。
-
-
-
同じ敷地内の別棟の教会。
-
その向い側にあった礼拝堂。日曜日にはマリアッチ・ミサが開催されるとありましたが、マリアッチ・ミサっていったい??
-
正門前のイタリアンレストラン。ちょい高め。
-
コルテス宮殿に向かう途中にこの像がありました。フンボルト(1769〜1859。ドイツ人博物学者兼探検家・地理学者)って、フンボルトペンギンの??と思って調べて見たら、彼は研究のためにクエルナバカに滞在していたことがあるとのこと。意外&納得。
-
カテドラル正門前の道を東方向に10分ほど歩いた突き当たりがコルテス宮殿。征服以前にあったアステカ神殿を壊し、その石を使って建てたとか。現在は“クアウナワック”博物館という昔の名前で出ています♪入場料:N$39。
-
夜のコルテス宮殿。
-
前庭にはソチカルコ出土の獣形祭壇が。
-
-
観光用市内循環バス。
-
メキシコ独立戦争の英雄:Jose Maria Morelos像。政治的理由で追放(撤去)→復活という運命を辿ったのだそうです。
-
遺跡コーナーではクエルナバカから35kmほど離れたソチカルコ遺跡の紹介・出土品をメインに展示。メキシコ中央高原では珍しくマヤの影響を色濃く残しています。写真は球技場のマーカー。
-
有名なケツァルコアトル神殿、の写真です。
-
-
これをつくる発想も技術も大したものです。
-
こうやって土器に模様をつけたんですね。
-
アステカ風?象形文字。
-
2階のテラスで一休み。向かって左奥には雰囲気の良いレストランが立ち並び、どこもセットメニューがN$40程度とオトクで観光客でいっぱいでした。
-
メキシコ革命の英雄、エミリアーノ・サパタ(1879〜1919)。「サパタノトチカクメイ」そう言えば高校の世界史の教科書で見た記憶が...。彼の半生は「革命児サパタ(1951)」という映画になっており、サパタ役の主役はマーロン・ブランド!20世紀FOX JAPANからDVDが発売されています。
-
東側テラスの壁面にはメキシコ三大画家の一人Diego Rivera(1886〜1957)作「モレーロス征服・革命の歴史」を描いた9枚の壁画があります(1929〜1930)。当時の駐メキシコ米大使のMorrow氏の寄付によって製作されたのだそうです。逆光で映りがイマイチなのが残念ですが全て紹介します。
1枚目:Tenochititlan(Mexico Cityにあったアステカの都)の征服。 -
2枚目:峡谷を渡る。4万年以上前の地殻変動が原因でクエルナバカをほぼ南北に走る深い峡谷が形成され現地の人は「峡谷の町」とも呼んでいるらしく、この壁画の題名はそういう意味もあるのかもしれません。
-
3枚目:Cuernavacaの征服。
-
4枚目:初めてのミサ。
-
5枚目:コルテス宮殿の建設。
-
6枚目:サトウキビ産業
-
7枚目(下部):新たな宗教、8枚目(上部):Cuernavacaのカテドラル建設。
-
9枚目:Emiliano Zapataの革命。当然ですが一貫して「メキシコ側」の視線で描かれており、強い「気持ち」が伝わって来ます。
-
裏手には州の裁判所。やはり今でもこの付近は街の中心なのでしょう。
-
スペイン人の服装、持ち込んだ農機具・武器・乗り物・服装など、征服以後の風俗習慣の展示も充実しています。
展示室の隅に座っていた職員のおぢさんがどうも携帯TVでサッカー中継を見ている様子だったので、国内リーグかと思ったらなんと欧州CL「Celtic vs Barcelona」の第一戦。後半の途中で2−2!私「ナカムーラは?」お「Si!」。展示そっちのけで一緒に観戦しているとTVから「ゴーーーーーーーーール」の絶叫が...メッシにトドメの勝越し弾を決められてしまい、応援空しくCelticはHomeで痛い星を落としてしまいました。テンション下がり気味の私におぢさんは「まぁ気にするなよ」という感じで優しく慰めてくれたのでした。たまたまその日はBarcelonaのシャツ(プロフ写真)を着ていたのがまずかったかな。結局この一点が重くのしかかって今年もCelticはBest8の壁に阻まれてしまいました。残念。 -
今日はほんまに冷えるわぁ。
-
そろそろ長袖着な風邪引くで。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
49