2008/01/26 - 2008/01/26
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hirootaniさん
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今回は週末を利用してリスボンを訪れた。2つ日間でリスボンとロカ岬、シントラに行ければと考えた。
リスボンはヨーロッパ大陸最西端の首都。ギリシア神話の英雄オデッセウスにより築かれたという。「7つの丘の都」と呼ばれ、起伏が激しい。人口は約66万人。冬でも比較的温暖。今日は14度ぐらいとのインターネットでの予報。
ブラッセルの自宅を5時45分に出発。6時ちょっと過ぎに空港でチェックインをしようとして、パスポートがないことに気が付き、青ざめた。飛行機の出発は6時50分。シェンゲン内なのでなんとかボーディングパスは発行してくれた。しかし、帰途を考えると不安なので、ぎりぎりになるのを承知で家にパスポートをとりに帰ることにした。
冷や汗をかきながら全速で車を飛ばし、空港に戻ったのは出発の20分前。セキュリティまで走りこんだところ、なぜか引っかかってしまった。ようやく出発のゲートに着いたのが出発の10分前。何とかぎりぎり間に合った。パスポートを忘れて家にとりに帰ったのはこれが2回目だが、今回は本当に危なかった。これがまず第一の失敗。
で
リスボン空港に到着してから、リスボンカードを購入。2日間で25.5ユーロ。そのカードでバスに乗ってマルケス・デ・ボンバルへ。その近くにあるホテルへ直行。ホテルはインターネットで予約したVIPマドリッドホテル。朝食込みで50ユーロととても安いが3つ星のホテル。
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<リベルダージ通り周辺>
【ボンバル侯爵広場】
ホテルに荷物を置き、早速リスボン市内の観光に出かけた。まずは、ボンバル侯爵広場へ。ボンバル侯爵は1755年の大地震のあとリスボン再建計画をはじめ色々な分野での改革を行い、近代ポルトガルの基礎を築いた。 -
【エドゥアルド7世公園】
ボンバル侯爵公園の北東にはエドゥアルド7世公園が広がる。春には美しい花が見られるそうだが、今はとても殺風景。
この公園の前でシティライン社の乗り降り自由のシティツアーを購入。15ユーロ。これが後で2つ目の失敗とわかった。
とりあえず、このバスに乗ってリベルダーデ通りを南下し、レスタウラドースレ広場で降りた。 -
【レスタウラドーレス広場】
16世紀末からスペインに60年間支配されてきたポルトガルは愛国者達の蜂起により、1640年に再独立を勝ち取った。レスタウラドーレスとは「復興者たち」という意味。広場中央に勝利と独立の精神を表す30メートルのオベリスクが達。 -
<バイシャ周辺>
【ロシオ広場】
レスタウラドーレス広場の南にはロシオ広場が広がる。正式名はドン・ペドロ4世広場だが、リスボンッ子はロシオ(公共の広場)の愛称で呼んでいる。中央の円柱には初代ブラジル国王となったドン・ペドロ4世が広場を見下ろす。 -
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この広場周辺には洒落たカフェやみやげ物屋が並ぶ。クラッシックなカフェ・ニコラでカフェオレを頼んだら、わずか1.2ユーロだったので驚いた。パリなら5ユーロは下らない。
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【花売り】
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【フィゲイラ広場】
ロシオ広場の東側にはフィゲイラ広場がある。かつては巨大な市場があったが、今は市電やバスの拠点となっている。 -
【ドン・ジョバン1世の騎馬像】
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【サンタ・ジェスタのエレベーター】
ロシオ広場の西に少しはいるとサンタ・ジェスタのエレベーターが見える。このエレベーターを登るとバイロ・アルトへの連絡橋に通ずる。エレベーターの上のらせん階段をのぼると展望台に通じる。 -
展望台からはリスボンの街並みとサン・ジョルジョ上が一望できる。
【ロシオ広場】 -
【サン・ジョルジェ城】
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【アルファマ地区】
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【アウグスタ通り】
歩行者天国のアウグスタ通りは、勝利のアーチを抜けて、コメルシオ広場につながる。 -
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【勝利のアーチ】
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【コメルシオ広場】
アウガスタ通りの突き当たりは別名宮殿広場とも呼ばれるコメルシオ広場。1908年にカルロス1世と皇太子が暗殺された場所。
中央に建つのはドン・ジョゼ1世の騎馬像 -
<アルファマ周辺>
【サント・アントニオ教会】
次にバイシャ地区を東に向かい、アフファマ地区を訪れる。最初に目に入ったのはサント・アントニオ教会。リスボンの守護聖人、サント・アントニオ誕生の地に建てられた教会。 -
【カテドラル】
サント・アントニオ教会の少し先にカテドラルが見えてくる。この教会は1147年にイスラム礼拝堂跡地に建てられたもの。ロマネスク様式のカテドラルだが、後にバロックの祭壇などが付け加えられた。バラ窓が有名。 -
【バラ窓】
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【くちばしの家】
カテドラルの坂を下ると変った建物に出会う。「くちばしの家」と呼ばれるこの建物は1522年に第2代インド総督アフォンソ・アルプケルケの息子が建てたもの。鳥のくちばしのような尖った石で覆われている。 -
【アルファマ地区】
アルファマ地区はリスボンで最も古い街並みを残す。 -
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初めて市電に乗って、サン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会に向う。この教会はルネサンス様式の2つの鐘楼を持つ。
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【サン・ヴィンセンテ・デ・フォーラ教会】
この教会はルネサンス様式の2つの鐘楼を持つ。 -
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【泥棒市】
サン・フィンッセンテ・デ・フォーラ教会の横を抜けていくと泥棒市に着く。ここは火・土と新品、中古の色々なものが並ぶ。盗品ということではなく安価な衣服やガラクタが多い。 -
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【サンタ・エングラシア教会】
ガラクタ市の裏には1864年に着工し300年もかけて閑静したサンタ・グラシア教会が建つ。このバロック様式の教会は、エンリケ航海王子やバスコ・ダ・ガマなどポルトガル史上の人物を祀る国立のパンテオン(霊廟)となっている。 -
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【ヴァスコ・ダ・ガマの棺】
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ドームに登ると、テージョ川やリスボンの街並みが一望できる。
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【サン・ジョルジェ城門】
坂を下ったり、登ったりしてサン・ジョルジョ城に向う。この城はユリウス・カエサルの時代にローマ人が建設し、その後、西ゴート族、イスラム教徒、キリスト教徒と数百年にわたり居住者が変ってきた。 -
ここからはリスボンの町やテージョ川が一望できる。
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【サン・ジョルジョ城】
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城を一歩でると、庶民的な町が広がる。旅行者向けに小さなレストランが数件あるが、値段が随分安い。
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家の窓には花が生けられている。
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【バイシャ周辺】
再び、バイシャ地区に戻る。朝は誰もいなかった名物カフェ、パステラリタ・スイッサのテラスは人で一杯になっていた。1月の終わりだが、リスボンは既に春の陽気だ。 -
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【サン・ジョルジェ城】
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【花売り】
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【トラム】
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【リスボン市役所】
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【リベイラ市場】
次に東に足を向ける。リスポンの市庁舎を経て、リベイラ市場に向う。ここは1876年以来のリスボン市民の台所。入った時間が遅かったのかお店はすでに閉まっていたが、何かの音楽イベントが行なわれていた。 -
【ビッカのケーブルカー】
次にリスボン名物のケーブルカーに乗ろうとビッカ線に向う。ケーブルカー乗り場はビルの中。 -
ケーブルカーに乗り込むと線路の上を人々が歩き回っているのに驚いた。よくよく考えてみると、路面電車と同じで通常の道路の扱いと同じだとわかった。ケーブルカーはゴトゴトとほんの短い距離の急坂を登っていく。それでも歩くことを考えれば随分楽だ。
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帰りは坂を自力で降りる。途中でケーブルカーの登りと下りがすれ違うシャッターチャンスをまった。ケーブルカーの出発のインターバルがかなり長く、随分またされることになった。
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【コメルシオ広場】
夕方ぎりぎりになってしまったが、リスボンから6キロほど西にあるベレンに向かうため、シティライン社のバス停を探す。コメルシオ広場を横切り、テレイロ・ド・パソ駅に向う。探せども見つからない。なんの目印もないのは腹立たしい。結局、シティライン社のバスにはほんの一区間乗っただけで、15ユーロも損したことになった。
やむを得ず、バスに乗って東にもどりカイス・ド・ソドレ駅に行く。さっきのケーブルカー降り場に程近い。30分近く時間をロス。日暮れが刻々と迫る。 -
初めて列車に乗る。ベレンまでの電車賃はわずか1.2ユーロ。急行は止まらない。ただし、どの列車が急行かそうでないかわからず、乗客にこの列車はベレンに止まるかと英語で聞くと、怪訝な顔をされ、ポルトガル語でそうだと答えてくれたようだ。今日はリスボンの公共交通機関を自在に乗りこなしていると内心満悦だった。
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しばらく列車に乗っているとどうも様子がおかしい。路線図をみると、とっくにベレンを過ぎていた。つまり急行に乗っていたわけ。
ベレンから2駅ぐらい先の駅で降りて、折り返しの列車を待つ。どんどん日が暮れて心ぼそい。リスボンはUKと同じ時間帯なのでブラッセルより早く日が暮れることにも気が着いた。 -
それでも何とかベレンに到着。まずは発見のモニュメントをめざす。駅から意外に遠い。日没と競争しながらテージョ川沿いを走る。今日は本当によく走る日だ。
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テージョ川にかかる4月25日橋とクリスト・レイが見える。
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なんとか日没前にモニュメントに着いた。夕暮れに映えてとてもきれいだ。このモニュメントはエンリケ航海王子の600回忌を記念して1960年に造られたもの。
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モニュメントの周辺にはキャンピングカーがたくさん停まっていた。ナンバーを見るとスペインのものが多い。スペイン人は物価の安いポルトガルによくバカンスに来るらしい。
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【ベレンの塔】
次に向ったのはベレンの塔。この塔は16世紀のはじめにマヌエル1世の命により、船の出入りを監視するために建てられたもの。これも夕陽に映えてとても美しい。このベレンの塔の前には公園が広がり、子供達がサッカーをしていた。 -
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最後に世界遺産のジェロニモス修道院に向う。また駅のほうに戻る。途中、ライトアップされた発見のモニュメントを横目に足早にすすむ。すでに日は落ちてしまった。
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【ジェロニモス修道院】
ジェロニモス修道院はライトアップされた噴水の向こうに優雅に横たわる。あまりの横幅に写真には到底収まらない。 -
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【ジェロニモス修道院】
この修道院はエンリケ航海王子がヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓を記念して建てた礼拝堂の跡地に、マニュエル1世が1502年に着工したもの。 -
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南門の繊細な彫刻が特にすばらしい。残念ながら、すでに閉館時間で中にはいることはできなかった。
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再び列車でリスボンに戻る。今度は終点なので間違えない。ただし、ポルトガルの列車は車と異なり、左側通行だということに気づいた。
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<バイロアルト地区>
リスボンでは最後に残ったバイロアルト地区に向う。カイス・ド・ソドレ駅で地下鉄に乗り換え、バイシャ・シアード駅で降りると、すぐにガレット通りに出る。ここのアルマ・ゼンス・ド・シアードというショッピングセンターの2Fのフードコートで夕食をとる。サラダとスープ。ポルトガル人はスープが大好きなようで、どこのお店にも大皿のスープがおいてある。 -
【ガレット通り】
ショッピングセンターの前はガレット通り。この通りには高級ブティックが並ぶ。また、途中にカフェ・ア・ブラジレイラという老舗のカフェがある。ここにはかつてリスボンの著名な詩人フェルナンド・ペソアも通ったという。 -
自分も一杯カフェをいただく。なんとわずか50セント。
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【カモンイス広場】
ガレット通りの突き当たりはカモンイス広場。ここはポルトガル最大の詩人カモンイスをたたえたもの。 -
ガレット通りの突き当たりを今度は北上
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【サン・ロケ教会】
この教会は1584年、苦難の航海の末にリスボンに着いた日本の天正遣欧少年使節が1ヶ月滞在したイエズス会の教会。 -
【ケーブルカー・グロリア線】
サン・ロケ教会のすぐとなりには、ケーブルカー・グロリア線の駅がある。夜遅くにもかかわらず、ケーブルカーが運行しており、結構お客さんも乗っている。 -
【サン・ジョルジョ城の夜景】
バイロ・アルト地区は小高い丘の上にあり、向かい側にあるアルファマ地区の美しい夜景が望める。
この写真はサンタ・ジュスタのエレベーターのバイロ・アルトへの連絡橋から撮ったもの。
本当は、サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台から写真を撮りたかったのだが、なぜかこの展望台は閉鎖されていた。 -
最後にサンタ・ジュスタのエレベーターを降りてホテルに向かった。
今日は朝早くブラッセルを出て、一日でリスボンのほぼすべての見所を歩き回ることができた。
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