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<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />8月12日(土)Pedrouza 37km<br /><br /><br />今日の道も、なかなか厳しかった。<br />ここからは La Costa の道を歩いているので、ガイドブックがあるのだが、それでも今日もみんなで一緒に寄り添うように歩いた。<br />ロベルトが来て<br />「今またバレンシアから電話があってね、地元の知り合いの修道士が、バレンシアにあるホームレスの宿を貸してくれると言うんだ。どんなところだかわからないけど、とりあえずはキープができて安心したよ。」<br />Bio dance の教室の会場探しについてだった。<br />「えっ?そのホームレスの宿っていうの、ユリアが働いているところかもよ。」<br />偶然ユリアとオラヤもバレンシアに住んでいる。以前にユリアからそう聞いた覚えがあった。<br />「ユリアが働いているの?それは奇遇だなぁ。バレンシアにそういうところがいくつもあるわけじゃないから、もしかしたら同じ所かもしれないね。」<br />続けて<br />「でも、本当に不安なんだ。これからどうなるんだろう。」<br />「だいじょうぶだよ、ロベルトなら頭が良くて教えるのが上手だから、きっと大成功する事間違いないよ!」<br />単に励ましだけの言葉ではなかった。本当にそう思っていた。<br />交渉上手っていうのは、単に口が達者なだけではなかった。<br />説得力のある、それだけの知識を持っていて、それをどう伝えたらいいか、また、相手を敬いながら心をこめて接することが出来る人だからこそ、人を動かすことが出来るのだと思う。<br /><br />道はいよいよ、ラストスパートの「フランスの道」への道しるべが見えてきた!<br />この「北の道」を歩く人たちは一様に、「フランスの道」みたいに人がたくさんいる場所には行きたくないと言う。<br />人が多いことを嫌って「フランスの道」を選ばずにこの「北の道」を歩いている人も多いが、すでに「フランスの道」を過去に歩き、今度は静かな道を目指す人もいる。<br />後者の私たちのような巡礼者にとっては、そう言いながらも、いよいよなつかしい「フランスの道」に入るのは嬉しかった。<br />それはもう、サンティアゴが目の前に迫ったことを意味していたから、誰もが「フランスの道」に入ると大はしゃぎだった。<br />「オラー、カミーノ フランセス !」<br />飛び跳ねながら、踊りながら歩く。<br /><br />そして度々歌っていた、巡礼の歌を歌い始めた。<br />これは、ロベルトとラウラがリードして、みんなで歌った。(歌わされた)<br />ここまで来るあいだに、フランスの道に入ったら、みんなで歌うのだと特訓されてきたのだ。<br /><br />見覚えのある道に入ると、二年前の思い出が蘇ってきた。<br />その時は、この「道」で出会ったあけみさんと一緒だった。<br />歩いていた時のイメージが蘇る。あの日は雨が降ったり止んだりだった。<br />そして今日は良い天気。<br />あの時と同じく、サンタ・イレーネのアルベルゲは満員だった。<br />道を進めてペドロウサ。ここのアルベルゲも満員。<br />全く二年前と同じだ。<br />この町の外れには、大きな体育館がある。二年前と同様、今夜はそこに泊まるのだった。<br /><br />二年前よりは巡礼者の数は少ないようだ。<br />あの年は数年に一度の聖年だったので、大変な人数で、体育館の向かい側に大規模なテントが二つ並んでいた。<br />今はそこは更地になっていた。<br />あの時入ったbarもそのままあった。<br />体育館の中に入るとなつかしい思いの方が強かった。<br />あけみさんと一緒に寝た二階席。アレハンドロがいた場所。そこにあった小さなリュックの写真をこっそり写したっけ。<br /><br />Barに行くとここにもみんなが居た。<br />ドロータは一匹狼で、私たちとは仲良しだけど、一緒に歩くことはない。<br />ここにはドロータと、たまに見かけたイタリア人のマリア、一人で歩いているドイツ人のマリアがいた。<br />この三人はいつのまにか一つのグループになっていた。<br />イタリア人のマリアは二十歳くらいだが、スペイン語が上手で、どこへででも一人でいることを楽しみ、個性的な女性だった。<br />ドイツ人のマリアの方は、まるで反対で、地味で年齢もずっと上、彼女もスペインに三週間ほど語学留学をしたことがある。<br />大人しくて控えめな彼女とは、たまに町でみかける程度だったが、この時初めてBarのカウンターで、しばらく立ち話をした。<br /><br />Barのテレビでは山火事のニュース。<br />新聞には山火事の特集が組まれていた。<br />毎夏ここ、ガリシア地方を中心とした北部では山火事が発生する。<br />新聞には地図のイラストがあり、すでに鎮火した場所、今も燃えている場所が地図を埋めるように記されていた。<br />巡礼路の一部も火事があった。<br />数日前からこの話題は私たちの間で常に気になるものだった。<br />なぜなら、サンティアゴからフィニステーレにかけての巡礼路はひどそうだったから。<br />サンティアゴの後にフィニステーレに行くかどうか。<br />いつのまにか予定より早くサンティアゴへ着きそうだから、私にもそれは夢ではなかった。<br />もちろんフェィニステーレには行ったことがあるけれど、みんなと一緒ならもう一度行きたいと考えていた。<br />しかしこの山火事のニュースを聞くたびに、難しいことがわかった。<br />今は巡礼のルートが閉鎖されているとも聞いていた。<br /><br />そこで張り切っていたのはドロータだった。<br />みんなに止められているのだが、どうしてもフェィニステーレまで歩いて行きたいと言い張ってていた。<br />彼女は一途で情熱的だった。

スペイン巡礼「北の道30」8月12日(土)Pedrouza 37km

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2006/08/12 - 2006/08/12

155位(同エリア163件中)

0

52

night-train298

night-train298さん















8月12日(土)Pedrouza 37km


今日の道も、なかなか厳しかった。
ここからは La Costa の道を歩いているので、ガイドブックがあるのだが、それでも今日もみんなで一緒に寄り添うように歩いた。
ロベルトが来て
「今またバレンシアから電話があってね、地元の知り合いの修道士が、バレンシアにあるホームレスの宿を貸してくれると言うんだ。どんなところだかわからないけど、とりあえずはキープができて安心したよ。」
Bio dance の教室の会場探しについてだった。
「えっ?そのホームレスの宿っていうの、ユリアが働いているところかもよ。」
偶然ユリアとオラヤもバレンシアに住んでいる。以前にユリアからそう聞いた覚えがあった。
「ユリアが働いているの?それは奇遇だなぁ。バレンシアにそういうところがいくつもあるわけじゃないから、もしかしたら同じ所かもしれないね。」
続けて
「でも、本当に不安なんだ。これからどうなるんだろう。」
「だいじょうぶだよ、ロベルトなら頭が良くて教えるのが上手だから、きっと大成功する事間違いないよ!」
単に励ましだけの言葉ではなかった。本当にそう思っていた。
交渉上手っていうのは、単に口が達者なだけではなかった。
説得力のある、それだけの知識を持っていて、それをどう伝えたらいいか、また、相手を敬いながら心をこめて接することが出来る人だからこそ、人を動かすことが出来るのだと思う。

道はいよいよ、ラストスパートの「フランスの道」への道しるべが見えてきた!
この「北の道」を歩く人たちは一様に、「フランスの道」みたいに人がたくさんいる場所には行きたくないと言う。
人が多いことを嫌って「フランスの道」を選ばずにこの「北の道」を歩いている人も多いが、すでに「フランスの道」を過去に歩き、今度は静かな道を目指す人もいる。
後者の私たちのような巡礼者にとっては、そう言いながらも、いよいよなつかしい「フランスの道」に入るのは嬉しかった。
それはもう、サンティアゴが目の前に迫ったことを意味していたから、誰もが「フランスの道」に入ると大はしゃぎだった。
「オラー、カミーノ フランセス !」
飛び跳ねながら、踊りながら歩く。

そして度々歌っていた、巡礼の歌を歌い始めた。
これは、ロベルトとラウラがリードして、みんなで歌った。(歌わされた)
ここまで来るあいだに、フランスの道に入ったら、みんなで歌うのだと特訓されてきたのだ。

見覚えのある道に入ると、二年前の思い出が蘇ってきた。
その時は、この「道」で出会ったあけみさんと一緒だった。
歩いていた時のイメージが蘇る。あの日は雨が降ったり止んだりだった。
そして今日は良い天気。
あの時と同じく、サンタ・イレーネのアルベルゲは満員だった。
道を進めてペドロウサ。ここのアルベルゲも満員。
全く二年前と同じだ。
この町の外れには、大きな体育館がある。二年前と同様、今夜はそこに泊まるのだった。

二年前よりは巡礼者の数は少ないようだ。
あの年は数年に一度の聖年だったので、大変な人数で、体育館の向かい側に大規模なテントが二つ並んでいた。
今はそこは更地になっていた。
あの時入ったbarもそのままあった。
体育館の中に入るとなつかしい思いの方が強かった。
あけみさんと一緒に寝た二階席。アレハンドロがいた場所。そこにあった小さなリュックの写真をこっそり写したっけ。

Barに行くとここにもみんなが居た。
ドロータは一匹狼で、私たちとは仲良しだけど、一緒に歩くことはない。
ここにはドロータと、たまに見かけたイタリア人のマリア、一人で歩いているドイツ人のマリアがいた。
この三人はいつのまにか一つのグループになっていた。
イタリア人のマリアは二十歳くらいだが、スペイン語が上手で、どこへででも一人でいることを楽しみ、個性的な女性だった。
ドイツ人のマリアの方は、まるで反対で、地味で年齢もずっと上、彼女もスペインに三週間ほど語学留学をしたことがある。
大人しくて控えめな彼女とは、たまに町でみかける程度だったが、この時初めてBarのカウンターで、しばらく立ち話をした。

Barのテレビでは山火事のニュース。
新聞には山火事の特集が組まれていた。
毎夏ここ、ガリシア地方を中心とした北部では山火事が発生する。
新聞には地図のイラストがあり、すでに鎮火した場所、今も燃えている場所が地図を埋めるように記されていた。
巡礼路の一部も火事があった。
数日前からこの話題は私たちの間で常に気になるものだった。
なぜなら、サンティアゴからフィニステーレにかけての巡礼路はひどそうだったから。
サンティアゴの後にフィニステーレに行くかどうか。
いつのまにか予定より早くサンティアゴへ着きそうだから、私にもそれは夢ではなかった。
もちろんフェィニステーレには行ったことがあるけれど、みんなと一緒ならもう一度行きたいと考えていた。
しかしこの山火事のニュースを聞くたびに、難しいことがわかった。
今は巡礼のルートが閉鎖されているとも聞いていた。

そこで張り切っていたのはドロータだった。
みんなに止められているのだが、どうしてもフェィニステーレまで歩いて行きたいと言い張ってていた。
彼女は一途で情熱的だった。

  • おいしいパン

    おいしいパン

  • もう一息でサンティアゴ!

    もう一息でサンティアゴ!

  • あれ?ここって2年前にも泊まった体育館!

    あれ?ここって2年前にも泊まった体育館!

  • ちょっとなつかしい!

    ちょっとなつかしい!

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