1999/09/19 - 1999/09/19
2718位(同エリア2833件中)
まみさん
第1日目:1999年9月18日(土)
成田出国〜アムステルダム経由〜マドリード到着
第2日目:1999年9月19日(日)
マドリード滞在第1日目
プラド美術館(鑑賞時間正味4時間)&雨の中のマドリード市内観光半日ツアー
<ひとことエピソード>
小雨ですが、ちらほら雨が降っていました。時々、晴れましたが、一日中ほとんどくもり空で、寒い一日でした。それでも暑がりの私は、館内や地下鉄の構内に入ってしまうと、半袖Tシャツ一枚っきりの真夏のかっこうで全然平気でした。
でも、まわりは、セーターにコート姿の人々ばっかり! 私はきっと、外国人という以上に浮いていたにちがいありません。
(写真は、マドリードの肉屋さんです。その名もMuseo del Jamon。ということは、ハム博物館!? 天井からずらりと吊り下がったハムが見事です。)
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第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目
プラド美術館(鑑賞時間正味4時間)&雨の中のマドリード市内観光半日ツアー
(写真は、マドリードの地下鉄、トレド広場(Puerta de Toldedo)駅です。このスペイン旅行で最初に撮った写真です。この地下鉄駅は、ホテルから5分足らずのところにありました。)
さて、今日は何をしようかな。
───えっ、旅行第2日目、これからスペイン観光が始まるという第1日目にして、何をしたらいいのか、もう途方に暮れてるの、私?
いやいや、実は、マドリードは行きたいところがありすぎるのです。日本で旅程を立てるにしても、間際にマドリード滞在日数を延ばしたくらいです。
だけど、何かしら行きたいところ、見たいところ、やりことがあるだろうと思って、いつ何をやるか、ということは具体的に決めませんでした。
これは、出発前に旅程を細かく具体的に立ててしまう私にしては、珍しいことです。
などと、一人で感心している場合ではありません。
一体、今日は、まずどこへ行こうかしらる
おお、そうだ、かの名高いプラド美術館があったではないですか。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(地下鉄がやってきたところを記念に1枚! ピントが甘いのはご容赦くださいませ。フィルム写真時代なので、現像前に撮り直しもきかず、どの写真もちゃんと撮れていると信じて帰国しましたからネ。)
ヨーロッパの多くの有名美術館・博物館がそうですが、プラド美術館も日曜日は入場料が無料で、平日より閉まるのが早いです(1999年現在)。
だから混まないうちにできるだけ早く行こう……と、開館時間9時ちょっと過ぎに美術館に飛び込んみました。
ほっ、思った以上に人がいません。
と思ったら、しばらくして日本人の団体客がどやどや……。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真は、はめ込みの絵のあるテーブル。プラド美術館にて。いかにも本物のトランプや絵があるようなだまし絵効果が面白かったので@)
1フロアだけでも50近くも部屋があるプラド美術館。
ガイドブックに案内図が載っているけれど、まず第一に、自分がいま、どこにいるか、わかりません。
入り口が二つある?
どっちから入ってきたかわかりません(泣)。
おっ、何か矢印で案内があります。ゴヤですって?
この美術館の目玉の画家の一人じゃないですか。
というわけで、矢印に従って最上階の3階から(ヨーロッパ式に勘定すれば2階)順に下へ降りていくことにしました。
それにしても、とにかく広いです。
案内図を見つけるたびに、今、自分はどこにいるのか、何号室にいるのか、そういうことがいちいち気になって仕方がありませんでした。
それもしょーがないですか。
だって徐々に徐々に思い出してしまったんですもの、プラド美術館には誰の何の絵があるか、っていうことを。
いわゆる「一見の価値あり」といわれる名画たちがプラド美術館にはたくさんあります。
だけど固まって展示されているわけではないのです。
それに美術館の中は一方通行ではありません。
何通りにも行きようがあるもんだから、見たことがあるような部屋に戻ってしまうたびに、あせります。
方向音痴の私、行き方を間違えたら、目当ての絵のある部屋へは永遠にたどりつけないような気がして……。
また途中、ブックショップに寄ってみれば、絵ハガキになってる絵を見て、ああーっ、これはまだ見てないーって気付きます。
自分で探すには、プラド美術館は広すぎます。
ここは人に聞いた方が早いでしょう。
「この絵はどこにあるんですか?」ってスペイン語で何と言うんだっけ?
と頭の中でフレーズを復習しながら、販売員のおじサマに尋ねてみます。
ブックショップの中はものすごーく混んでいて、おじサマも忙しそうだったけど、私の必死の形相がきいたのか、わりと親切に受け答えしてくれました。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真は同じく、プラド美術館で撮った、はめ込みの絵のあるテーブル。このアングルではテーブルに描かれた絵だとばればれですが、きちんと席に着いたときのアングルが、もしかしたら一番、だまし絵効果が見られるのかもしれません。カップをとろうと思わず手を伸ばしたくなるくらい@)
そんなこんだで、体力の続く限り鑑賞し、正味4時間かけただけのことはあって、見たかった作品はほぼ網羅できました。
本でしか見たことがなかった数々の名画は、生で見るとやはり違います。
特にフランシスコ・デ・ゴヤの絵。
スペイン美術史というと、必ずといっていいゴヤについての解説があります。
でも正直言って私は、この画家のどこがそんなに魅力的なのか、よくわかっていなかったようです。
もっとも、初期の、庶民の生活場面を扱った明るい色調の明るい雰囲気の絵は、それが名画と呼ばれる由縁をあらかじめ知っていたから、「ああ、これがあの……」と注目しただけでした。
でも、この人の晩年の黒のシリーズは、もう何にも説明はいらないでしょう。
ほとんど黒一色で描かれた、めちゃくちゃ暗い絵。残忍だったり陰湿だったり不気味だったり……。
ゴヤの生涯の晩年は、スペイン中がナポレオンによる侵略で苦しんだ時代です。
そういう暗い現実社会で、事実、人間の醜い争いや悲惨な場面が日常茶飯事のようにゴヤの目の前で繰り広げられていたのかもしれません。
だから暗い題材はそこかしこにいやというほどあって、ゴヤ自身はそういうのに心を痛めて、自己の無力さ、無念さを画布にぶつけたのかもしれません。
だけど私には、ゴヤは、この一連の黒のシリーズを、明るい将来を思い描くことが難しく、何を考えるにも暗く後ろ向きでひねくれた考え方しかできない自己の「負」の感情をぶつけるために描いたように思えてきました。
負に向かう自己の感情は、社会情勢だけに影響されるとはいえません。原因の大半は己の内にあるものでしょう。
その源は、人との関係のせいだったり、自分が思うように他者に認めてもらえない鬱屈だったり、理想と現実のギャップに対する苛立ちだったり……。
そんな負の感情を少しでも自分の中から追い出したくて……昇華させたくて、ゴヤはこれらの絵を描いたのではないでしょうか。
だとすると、これらの絵は本当は、人に見せるためのものではなかったでしょう。
それでも、私はこれらの絵を見て、ゴヤの心境に自分の心境を勝手になぞらえて、傷をなめあう仲間を見つけたようなどこかほっとした気分を味わっていいます。
それがゴヤの本意であったかどうかか分かりませんが、これらの絵が公開されて、こうして直に見る機会に恵まれたことに感謝したいです。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真はまたまた、プラド美術館のはめ込みの絵のあるテーブルです。フィルムカメラ時代、室内に展示された絵画や美術品は写真を撮ってもまともに撮れたことがほとんどなくフィルムのムダだったので、控えていました。ただ、このだまし絵のテーブルだけは、失敗を覚悟で撮りたくなったのです。)
鑑賞時間正味4時間というは自分でもなかなか頑張ったと思いますが、美術館を出たのは閉館より30分前。
まだ30分ありました。
……だって疲れたし、お腹もすいたんだもん!
というわけで、ゆっくり見れずにほとんど素通りした部屋もいっぱいありました。
素通りした部屋には、ムリリョとかリベラとか、スペイン美術史では有名中の有名人の作品もありました。
また、イタリア絵画のティツィアーノとかヴェロネーゼとかの、本で見たことがある有名な作品もたくさんありました。
そういうのって、小さな美術館やどこぞの特別展で1、2枚紛れていたりしたら、これこそその美術館/特別展の看板作品だ!と言わんばかりにでかでかと宣伝されて、私を含めみんながありがたがってじっくり見るような作品ばかりだったはずです。
ところがいくら名画でも、これだけ何枚も何枚も続くとねぇ。
特にこれらの人たちって、画家として認められてから絵の傾向はあまり変わらないように見えるし、写真のようだ、とまで言わないけど、対象を忠実に再現した、実に写実的な絵を描いてますよね。
そういうのって、言っちゃ悪いけど4、5枚じっくり見たら、もういいやって気分になっちゃうんです。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真は、オリエンテ公園(Plaza de Oriente)のフェリペ4世と王宮です。午前中、雨が降っていたので、水たまりがあちこちにありました。)
午後、といっても2時すぎ、ホテルのレセプションで見つけたパンフレットを頼りに現地ツアー会社のオフィスへ行ってみました。
そして早速、今日の午後3時からのマドリード市内半日観光ツアーを申込みました。
それから明日のためにアヴィラとセゴビアめぐりの一日ツアー、そして明後日のために午後からの離宮エル・エスコリアルめぐりの半日ツアーも予約しました。
マドリード近郊のこれら3都市、これでバッチリ!
現地ツアーは、事前に行き方を調べて頭に叩き込む、という作業をしなくても、ガイドにちゃぁんとそれぞれの観光目玉に連れていってもらえるんだから、ラクチンです。
行き方を調べて、迷いながらも自分で目的地に向かう、というのも一人旅の醍醐味ですが、今回の旅行は3週間と長いんだから、何日かはそんな風に「手抜き」をしたいです。
だけど、すごく楽しみにしているトレドへは、ツアーだとゆっくり自分のペースで見ることはできないので、これまた有名な観光地ゆえ現地ツアーが必ずあるものですが、自分で行くことにしました。
この旅行社にはナイトツアーでフラメンコとかミュージック・ショーを見るコースなんかもあってちょっとひかれましたが、結局やめました。
実は今回の旅行では、フラメンコ・ショーは見られなくてもいいと思っています。
日本で見たことがあるし、なによりもフラメンコの上演は深夜にわたるため、多くの日本人の例にもれず昼間に観光予定をぎっしりこなしてしまう私には、ショーを子守歌にしてしまわないという言い切れる自信はありません。
高い金を払ってぐーすか寝てしまうんなら、もったいないし、ダンサーに失礼ですよねぇ。
とはいっても、絶対、見ない、と決めているわけでなくて、例えば数日後に行く本場のアンダルシア地方などでは、どこのホテルでもフラメンコのチケットを扱っているらしいので、機会があったら見てもいいかな、と思っています。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
午後のこの半日ツアーの最中は、ときどき晴れましたが、雨が降っていて寒かったです。
せっかく降りて見学するポイントに来ても、雨のせいでバスから降りない人もいました。
私は、もちろん降ります。カメラのレンズに水滴がかからないようにかばいながらも、ちゃんと写真を撮ます。
一人旅は、自分が入った写真を撮りたければいちいち人に頼まなければならず、適当な人を見つけるのが結構大変ですが、その点、同じツアー客の人には頼みやすいです。
寒さで少々顔がひきつりましたが、無理やり笑顔を作って、はい、チーズ。
ツアーでは、車窓からですが、アラブ風の赤いレンガ造りの闘牛場を見ることができて、すごく良かったです。
闘牛場の建物があんな風だなんて、全く予想していませんでした。驚きました。
正面の字が読めなかったら、闘牛場だなんて信じられなかったと思います。
(ほら、こういうツアーって、走行中の説明は、右手に見えるは何とかでぇ、左手に見えるは何とかでぇ……って先へ先へと進んでしまって、どれがどれだか半分も見極められないってこと、あるでしょ。)
それで急に闘牛が見たくなってしまって、この旅行社のパンフレットをもう一度、ひっくり返して見たところ……闘牛ツアーは、今日のこのマドリード半日ツアーとのペアのみです。
うーむ、なら自分で行くしかないか、どうしようかな。
別にマドリードで見なくてもいいかな。
確かバルセロナの闘牛場の方がチケットをとりやすい、ってガイドブックに書いてあった気がします。バルセロナに期待しますか。
(写真は、マドリード市内めぐりツアー参加中、バスの車窓から撮った闘牛場の写真。アラブの宮殿かと思った闘牛場。「Plaza de Toros」とあったので闘牛場と気付き、慌てて撮りました@
そのあとでツアーガイドさんも気付いて教えてくれました。 これがラス・ベンタス闘牛場ですね。ベスト・シーズンは5月だそうです。) -
マドリード市内めぐりツアーで訪れたコロンブス広場(Plaza de Colon)の、どこかシュルリアリステックなアメリカ大陸発見記念碑(Monumento al Descubirimiento)
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第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真はマドリード市内めぐりツアーで訪れたコロンブス広場のアメリカ大陸発見記念碑。なかなか気に入りました@)
反対にこのツアーでつまらなかったのは、最後に訪れたHard Lock Cafe。
ロック好きにはたまらないものがあるかもしれませんが、私にとってはねぇ、店の中にいろんなポスターが貼ってあろうと、歌ってる人の写真が飾ってあろうと、猫に小判、ブタに……いや、このたとえはやめておきましょう。
食べ物なんて、見てるとマクドナルドのメニューと大差ない気がしてきましたし、売ってるグッズだってねぇ、Hard Lock Cafeのものってことで、プレミアムがついて高くなってるみたいだし。
といっても、実はジーンズの上着にはちょっとばかり食指が動きました。
なにしろ、雨がやんだのはいいけど、夕方になって風が出てきて、ものすごーく寒くなってきたから。
9月のスペインがこんなに寒いなんて予想外でした。
というわけでHard Lock Cafeはさっさと出てしまい、集合時間までそこらを散歩することにしました。……寒かったけど。
ちょうど場所は、かの「コロン広場」のすぐ脇。
といっても悪名高きコロン広場が危ないのは、大型車の駐車場やバスの停留所がある地下のはずですよね(1999年現在)。
地上は見通しのいい小さな広場だし、コロンブスの新大陸発見のメモリアルは現代彫刻っぽくってなかなか興味をそそります。
ところで、早めにバスのところまで戻った私に、ツアーのバスの運転手が話しかけてきました。
「日本人? 一人で旅行してるの?」
おいおい、私はこのツアーの客なんですけど。
困惑した私の顔を見て、勘違いした運ちゃん、
「大丈夫、ボクはあやしい人じゃない。このバスの運転手なんだよ。この旅行社のツアーの途中なんだ」
そしてその後はほとんどお決まり(?)のセリフが続きました。
「ボクは日本が大好きで、日本人の知り合いがいっぱいいるんだ。日本語も少ししゃべれるよ。こんにちは、ありがとう、さよなら。もうかりまっか? ぼちぼちでんな。いろはにほへとちりぬるを、わかよたれそつねならむ、ういのけふやまきょうこえて、あさきゆめみしよひもせず」
───拍手する以外、私に何ができたでしょーか。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真は、ツアーの後で撮った、ソル広場前のマドリードのシンボルの熊ちゃん。1999年のスペイン旅行記(1)の表紙の写真の熊ちゃんと同じですが、反対側から撮ったものです。)
関連の旅行記
「1999年秋のスペイン旅行22日間(1)日程とプロローグとお土産一覧」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10031435/
市内観光半日ツアーが終わったのは5時過ぎでした。
まだ明るかったので、地下鉄を乗り継いで繁華街の中心であるプエルタ・デ・ソル(太陽の門)広場に向かいました。
ここには、マドリード市の紋章にもなっている、モモの木に寄りかかってハチの巣のハチミツを狙っているクマちゃんの像があるのです。
やはりそういうものは、写真に収めねば。
さて、さすがに観光の中心地だけあって、広場はなかなかの混みようでした。
どうやらクマちゃんの像のある場所は、格好の待ち合わせポイントらしいです。
クマちゃんの写真を撮って、そこらの人に写真を撮ってもらった後、今度は地図を片手に、もう一つの観光中心地であるマヨール広場へ歩いて向かいました。 -
ソル広場からマヨール広場へ
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ソル広場からマヨール広場に向かう途中で見かけたハム屋さん。
Museo del Jamonとあったので、「ハムの博物館?」、と思って入ったら。 -
天井に向かって両脇に肉@
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圧巻@
Museo del JamonのMuseoって、「博物館」というより「陳列」の意味の方かしら。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(写真は、マヨール広場(Plaza Mayor)のフェリペ3世騎馬像と、フレスコ画で装飾された一番華やかな一角、Casa de la Panaderiaのあたりです。)
マヨール広場、その名も「一番大きな広場」というだけあって、その名の広場は実はスペインのどこの街にもあります。
だけど、マドリードのマヨール広場がこんなにステキな場所だとは思いませんでした。
四方を3階建の宮殿で囲まれた広場。規則正しく並んだ窓と窓の間には装飾が施されていますが、全体的にすっきりしています。
(こういう建物を、スペイン風ルネッサンス様式こと「エローラ様式」といいます。)
いやはや、広角レンズでなければこの広場のすばらしさは絶対再現できっこありません!
と思っても、やはり写真は撮ります(この当時は、自分も含めたふつうの記念写真も撮っていました@)。
どうせ広場の一部しか写らないでしょうけど、写真を撮ってくれるように頼める観光客はそこらにぞろぞろいるもんね。
フェリペ3世の騎馬像の前で写真を撮ってくれたアメリカ人の青年は、とってもハンサムでした。写真の2、3枚こっきりで別れてしまったのがちょっと惜しかったくらい。 -
マヨール広場、94mX122m。
17世紀風の建物とフェリペ3世の騎馬像。 -
アトーチャ通りをゆく
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マヨール広場へ続く門をふりかえって
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タデオのユダ教会(Iglesiade San Judas Tadeo)のルハンの塔、15世紀のムデハル様式
※スペインで楽しみにしていた1つが、キリスト教とイスラム教の文化が融合した、アラブ風なエキゾチックさが漂う様式の建物を見ることでした。 -
第2日目:1999年9月19日(日)マドリード滞在第1日目の日記のつづき
(空にそびえるルハンの塔を見上げて)
今日一日、朝、起きた時には何をしようかと途方に暮れてたくせに、終わってみると、なかなか盛りだくさんでした。
さすが、海外旅行先では1分も無駄にしたくない、という根性の私は、やはり典型的な日本人?
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