2007/11/24 - 2007/11/24
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ひま人さん
前回は摂丹街道をから入ったが、今回は能勢街道から入った。多田源氏により開発された地域だが、能勢妙見の北側には「日本三大歌垣の山」と知られる歌垣山がある。この山を過ぎると丹波亀山から篠山街道に行き会っている。古山陰道を利用した篠山街道だが、今回は一旦東へ取り、光秀寺の異名を持つ谷性寺、能勢街道から篠山街道亀岡市と南丹市の境界付近の普済寺に寄った。
篠山街道から別れて創建1200年の古刹九品寺を見学。街道歩きは、近世山陰道に入り観音峠を越える間近に、旅の無事を祈る観音堂がある。峠を下ると須知の宿場が観光整備はされていないものの、往時を少しは忍ばせてくれます。そして何鹿神社に参拝し、西岸寺の文芸の天才、和泉式部の終焉の地と言われている
五輪塔にお参りした。
写真は谷性寺(こくしょうじ)山門。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
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谷性寺(こくしょうじ)、明智光秀首塚。
真言宗大覚寺派、平安時代後期の創建。ご本尊は不動明王。光秀が信長襲撃を決意したとき、この不動明王に「一殺他生の降魔の剣を受け給え」と誓願をこらしその功徳を得て本懐を遂げたと伝えられている。山崎合戦後に、坂本に向かう途中、光秀を介錯した溝尾庄兵衛が、近臣に託して生前光秀公の信仰が篤かった当寺の不動明王のもとに手厚く葬るように命じたといいます。 -
普済寺(ふさいじ)、曹洞宗の名刹。創建は延文2年(1357年)、開基は足利尊氏の妹の千種姫で、夢窓疎石によって開山されたと伝えられている。
観音堂(重要文化財)には桃山時代の造像といわれる千種姫像が安置されているが、ご開帳は50年に一回で、前回は平成2年だった。観音堂は、足利氏が建立した創建当時の建築で、飛騨の匠の手になる檜皮葺入母屋造で唐様の美しい姿をしている。 -
九品寺(くぼんじ)大門、真言宗。弘仁元年(810年)に弘法大師により開基。観音様を本尊としていたので「船坂観音」と呼ばれていた。
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観音峠、九品寺から園部の町に入って山陰道と出会い園部川を北へ越えて観音峠へと向かう。
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観音堂、観音峠へと向かうトンネル手前、西側の谷にある小さなお堂が観音堂。その横を山陰道の旧街道が通っている。観音堂は峠を越える人の無事を祈って聖漢音像を安置し、建てられたが誰が建てたか不明。
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山陰道、須知宿あたり。観音峠を越えると船井郡京丹波町に入るが、須知盆地と呼ばれる一帯は農業が盛んで須知の宿場は物資の集積地となり商業も繁栄していた。
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何鹿神社(いつしかじんじゃ)本殿、創建不詳。祭神は大山祇命ほか2神、天武12年(683年)にはすでに社があったと伝えられている。
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西岸寺(せいがんじ)本堂、曹洞宗。寺暦は不詳。
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西岸寺境内にある和泉式部墓地、五輪塔。
当地では、長暦2年(1038年)に式部がこの地で亡くなったとしている。
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