2007/12/02 - 2007/12/02
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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<呉市YAMATOミュージアム>
■「YAMATOミュージアム?」 ※画像修正2009.1.24
戦艦「大和」は,昭和16(1941)年12月,呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で,当時の最先端技術の集大成でありながら極秘裏に建造された世界最大の戦艦です。
しかし昭和20(1945)年4月7日,沖縄特攻作戦に向かう途上,米艦載機の攻撃を受け沈没,乗員3,332名のうち3,056名が大和と運命を共にしました。 パンフより
【手記】
呉の街は格別な想い出があります。
近きて遠きもの…男女の仲だけではなくて、すぐ傍の名勝・名跡もまさにその通り。
先週同様、日曜日にも関わらずお昼までお勤めがありました。今回も午後からの出動と相成りました。まっ、いつものことですが・・。10/21からもう1ヶ月半近く‘休みナシ’でなんとか生きています。おそらく今度のフル休日は1月2日になると思います。
2ヶ月半休みナシなんですねーェ。(神の声;おまえが好きでやっているんだろ! 返事;イエッサーッ)
・・・と言うことで、少ない時間を使って、脳内気分転換作業?のためスーツ&ネクタイの勤務スタイル(^^;)のまま、紅葉本番の「縮景園」へ職場から直行しました。
縮景園散策後、呉市まで足を延ばして、ここ海事博物館「大和ミュージアム」を見学してきました。
-
呉市「YAMATOミュージアム」
2005年4月23日にオープンした呉市海事歴史科学館(画面左側、通称:大和ミュージアム)は、11月5日、開館から半年余りで来場者100万人を突破した広島でHOTなスポットです。
正面の潜水艦は「鉄のくじら館」です。次ファイルでアップ予定です。 -
呉市「YAMATOミュージアム」
太平洋戦争終結まで海軍工廠があった呉港に面して建てられた博物館です。
戦艦「陸奥」の錨鎖がミュージアム入り口に展示してあります。 -
「YAMATOミュージアム」
その呉海軍工廠で建造された最大の船であった「戦艦大和」を中心とした展示がされています。
10分の1スケールの戦艦大和の模型がちょっとプラモデル調ですが、すばらしいです。 -
呉市「YAMATOミュージアム」
<大和ひろばYamato Hiroba>
(◎_◎;) おっ!
10分の1スケールの戦艦「大和」 -
呉市「YAMATOミュージアム」
10分の1スケールの戦艦大和。
全長が263mですから、この大きな模型の全長は26m。 -
呉市「YAMATOミュージアム」
実際の諸元は、全長263m、全幅38.9m、満載排水量は72,800tとされ、150,000馬力の蒸気タービンで最高速度約27.3ノットを出しました。
世界最大の戦艦であり、乗員数は3,300人でした。 -
「YAMATOミュージアム」
舷側の最大装甲厚さは410mm、そして、水平中甲板部で最大230mm、主砲塔防盾部(正面部)で650mmもの装甲厚がありました。 -
「YAMATOミュージアム」
4基の巨大スクリュープロペラ -
「YAMATOミュージアム」
戦艦大和は46センチ砲塔三基を積むために特別に設計せられ、従って鑑は異様なまでに幅が広くなり、排水量は69000トンを越えましたが、それでもなお、二七・五ノットの高速艇でした。 -
「YAMATOミュージアム」
最尾部に2基の水偵用カタパルトが並んでいます。 -
「YAMATOミュージアム」
煙突においては、直径約180mmの穴がたくさん開いた「蜂の巣装甲」と俗称される厚さ380mmともされる装甲を施していました。 -
「YAMATOミュージアム」
艦橋後部の煙突を中心とした多数の対空火器類。
12.7センチ連装高角砲は両舷で12基が備えられています。 -
「YAMATOミュージアム」
高角砲、そして25mm3連装機銃にシールドが付けられているものが多いですが、防弾上以外に、主砲発砲の爆風から兵員を保護する目的もありました。 -
「YAMATOミュージアム」
針山のような多数の対空火器類。 -
「YAMATOミュージアム」
<戦艦大和の3連主砲塔>
最大仰角45度。46センチ主砲…正式名称94式45口径46センチ砲。
当時世界最大の主砲、射程距離は実に42キロメートルというもので、砲弾は、長さ約2メートル、重さは1.46トンという巨大さでした。 -
「YAMATOミュージアム」
10分の1戦艦「大和」に零式観測機(水上飛行機)が設置されました。
※〔零式観測機〕
戦艦「大和」主砲の着弾地点観測用として搭載されていた航空機で、昭和19年10月のレイテ沖海戦後、昭和20年2月末まで3機が常時搭載されていました。 -
「YAMATOミュージアム」
前方より写。
戦艦大和は、戦艦陸奥の竣工から約20年の後、太平洋戦争が始まった直後の昭和16年12月16日に竣工しました。 -
「YAMATOミュージアム」
後部より写。
それ故、それまでの戦艦とは艦橋なども橋脚構造からモノコック構造へと大きく異なっています。
最上部は海面から45mの高さがあり、エレベーターも備えられていました。 -
「YAMATOミュージアム」
展示フロアの様子。 -
「YAMATOミュージアム」
<零式水上偵察機> -
「YAMATOミュージアム」
<巡洋艦「最上」>
15.5cm3連装主砲5基の軽巡から20.5cm連装5基の重巡となり、事故損傷を機に写真の航空巡洋艦に改装されました。
20cm連装主砲3基、全長201m、最大幅20.5m、12,300t、最高速度34.7ノット、搭載飛行機数11機。 -
「YAMATOミュージアム」
戦艦金剛型の蒸気ボイラー実大部分模型。 -
「YAMATOミュージアム」
展示フロア。戦艦大和以外の帝国海軍や艦艇の説明・展示も行われています。 -
「YAMATOミュージアム」
NISSEI MARU 模型 -
「YAMATOミュージアム」
<93式魚雷>
回天の元になった魚雷です。 -
「YAMATOミュージアム」
<特殊潜水艇「回天」>
魚雷に人が乗って敵艦に突入する特殊攻撃兵器。
420基が製造され100名以上が犠牲となったそうです。 -
「YAMATOミュージアム」
<特殊潜行艇「海龍」>
水中を飛行機のように自由に運動できることを目指して開発され、操縦装置も飛行機用のものが使われた。
●特殊潜航艇「海竜」
旅行記<江田島海上自衛隊>↓をどうぞ。
http://4travel.jp/traveler/godzilla/album/10207277/ -
「YAMATOミュージアム」
<特殊潜行艇「海龍」>
しかし生産後期では先頭部に600kgの爆薬を備え、両脇に抱えた2本の魚雷を発射した後、目標に突っ込む特攻兵器となりました。
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