2007/08/21 - 2007/08/22
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megmeguさん
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青春18きっぷでムーンライト九州に乗って山陽・山陰の行きたかったところをまわってきました。
島根では世界遺産の石見銀山。
この旅は、
成田−香港−(台北)−関空−京都−新大阪−門司港−下関−岩国−宮島−広島−石見銀山−足立美術館−境港−三朝温泉−三徳山三佛寺投入堂−岡山−羽田
という11日間の一部です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
広島からバスで石見銀山に向かう。
広島そごうの入ってるビルの3階がバスセンター。
バスに乗れないと困ると思うて30分以上前に着いて、切符を買うた。
待合所には喫茶店や売店があったけど、時間まで暇やった。
10:15 広島バスセンター → 12:35 大森代官所 石見交通大田市行き特急バス 3000円。
乗ってみるとバスはガラガラで、40人以上乗れるのにお客さんは8人しかおれへんかった。
途中、田所でトイレ休憩。
ここには道の駅、瑞穂がある。
ブルーベリー300円、さくらんぼジャム、お寿司などおいしそうなもんを売ってた。
そろそろ石見銀山に着くというころ、雨が降り出した。 -
バスが石見銀山(いわみぎんざん)の大森代官所跡バス停に着いたら、雨もやんだ。
広島からのバスのお客さんがあまりにも少ないんで、石見銀山もガラガラかと思うてたら、そんでもない。
ほとんどの人が車で来てはるみたいやった。
パーク&ライドシステムをとってて、1キロほど離れた駐車場に車を停めて、路線バスでここまで来なあかん。ツアーの観光バスも駐車場の予約をせな停められへんそうや。
ここから銀山の坑道に行くには、バスに乗り換える。
その人たちが停留所にあふれてた。
とりあえず荷物をコインロッカーに預けて、行列に並んだ。
ちょうど私の前でバスが満員になって、15分待って次のバスで龍源寺間歩バス停まで。
13:00 大森代官所跡 → 13:10 龍源寺間歩 石見交通 200円。 -
受付で、石見銀山散策チケットっていう5つの施設に入れる共通チケットを1500円で買うた。
バラバラに買うと2100円するねんて。 -
さっそく坑道に入ると、ひんやりと寒いぐらい。
年間通して16、7度ぐらいやそうや。
高さは1.6〜2.1メートル、幅は0.9〜1.5メートルと細い通路。
かがまな通れんとこもある。 -
ノミ跡の残る左右の壁には、銀を掘り出すためのさらに細い穴がいくつもある。
ここでの作業は、空気を取り入れることと、排水、灯りが重要な問題やったそうや。
苛酷な環境の中で命を削って、銀を掘り出してはっったんやなあ。 -
もともとは600メートル続いてたそうやけど、今は150メートルぐらいの所までしか行かれへん。
そこから平成になってできた栃畑新坑が120メートルほど鍵の手に延びてて外に出られる。 -
新抗の壁には石見銀山絵巻のパネルがあって、当時の様子が伺えた。
ここの銀山のおかげで、16世紀半ばから17世紀前半には、世界の銀産出量の3分の1を日本が占めていたそうや。
外に出ると、私までホッとした。 -
龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)を出て、銀山遊歩道を歩いていく。行きは登りやったんでバスに乗ったけど、歩いていろいろ立ち寄りながら戻ることにした。
まずは清水谷精錬所跡に向かうた。
清水谷製錬所跡は、明治時代に大阪の藤田組が当時のお金20万円(今なら100億円以上か?)かけて造った一番新しい遺跡。
どこが精錬所なんやと思うけど、9段の石垣がその名残りやそうや。この精錬所はなぜか1年半で操業を中止したらしいけど、昭和10年ぐらいまではこのあたりに発電所や社宅があったそうや。 -
銀の固まりがごろんと出てくることはめったになくって、銀を多く含んだ鉱石を掘り出しそれを精錬せなあかん。
石見銀山は戦国時代の1526(大永6)年、博多の商人、神屋寿禎(かみやじゅてい)が日本海を航行中に光る山を見つけて、発見・開発されたそうや。
最初は銀鉱石のまま船で博多に運んで精錬してたそうやけど、1533(天文2)年朝鮮半島から連れてきた技術者の指導で、日本で初めて石見銀山で灰吹法による銀精錬が開始され、その場で銀を作り出せるようになってんて。
銀と鉛がくっつきやすい性質を利用して、銀鉱石と鉛を溶かして貴鉛(きえん)っていう合金をつくる。
それを灰の上で熱すると、溶けた鉛が灰に染み込み、最後に灰の上に銀だけが残るそうや。 -
石見銀山には梅の木が多い。
この梅は鉱山で働く人たちの健康管理にも使われたそうや。食べて疲れた体を癒すだけやなく、粉じんによる鉱毒を防ぐために、梅肉を布で挟んだマスクを着けてはったらしい。
朝ごはんを食べてへんかったので、お腹ペコペコ。
感じのよさそうな古民家を利用したカフェに入ってみた。 -
Cafe 住留(じゅーる)はジャズが流れ、とっても居心地のええ空間やった。
カレー、カツカレー、冷やしうどん、冷やしかけそばなどもあったけど、牛すじトロトロハヤシ600円を注文。
旨味たっぷりのハヤシライスに、マカロニサラダ、オレンジまでついておいしかった。 -
元気が出たので、羅漢寺に五百羅漢を観に行った。
岩をくりぬいて造った石窟の中にいはった。
温泉津(ゆのつ)の石工(いしく)さんが20年以上かけて彫りはったそうで、色は鮮やかに残ってるし表情も豊かやった。
境内には三百水っていう湧き水があった。
この水を汲んで水のないお城や銀山まで運んで一荷300文、今のお金で5、6000円で売ってたそうや。 -
大森の街並みに入っていく所に、レトロな自動販売機があった。
ていねいに商品が見えるところやお金を入れるところを除けて、木の細工で作ったカバーがかぶせられてた。 -
石見銀山(いわみぎんざん)の町並み地区を歩いていく。
1526年に博多商人、神屋寿禎(かみやじゅてい)が見つけた石見銀山の支配権をめぐって、出雲の尼子氏、周防(山口)の大内氏、安芸(広島)の毛利氏の間で争奪戦が繰り返された。
慶長5(1600)年に関ヶ原の合戦で西軍大将に担ぎ出された毛利輝元が負け、勝利した徳川家康が毛利の領国であった大森銀山を直轄領とする。
この時の「徳川憎し」の感情が長州藩内に残り、江戸幕府打倒、明治維新へと向かうそうや。
翌、慶長6(1601)年に幕府奉行大久保長安(おおくぼ ながやす)によって大森代官所が設けられ、石見と大森銀山を260年間も支配することになる。
大久保長安は武田信玄の家臣やってんけど、その経理の才能を評価され、生前は家康に重用されたそうや。 -
旧街道沿いには、代官所に勤めていた役人の家、岡家・柳原家・三宅家・宗岡家・渡辺家などが点在している。今も住んではるんかなあ、公開されてへん。
旧河島家が唯一公開されてる武家屋敷。禄高(ろくだか)は30俵、3人扶持(ふち)で当時の平均的武家やったそうや。こざっぱりとしたシンプルな佇まい。
土間から急な階段を上がると女中部屋があった。
武家と町家が混在してるんが、大森の町並の特徴やそうや。
もう一軒公開されてる熊谷家は大森一の豪商。
鉱山業、酒造業、掛屋(銀の検査・管理などを行なう金融業)、郷宿(公用で代官所に出頭する人々のための宿)を務めてんて。
邸内には30の部屋と5棟の土蔵がある。居間の床下には地下蔵まであって、一揆や盗難など非常時に備えた隠し金庫として使われてたそうや。幅2メートル、長さ4メートル、深さ2.5メートルもある。
最近まで熊谷家の人が実際に使ってはった、婚礼道具や食器、衣服も展示されて興味深い。見ごたえがあった。 -
中村製パン所でよもぎ餅が丸ごと入った銀山パン160円を買うた。
おはぎが丸ごとパンの中に入ったおはぎパンもあった。お味はそのまんまで、パンとよもぎ餅を一緒に食べてるようやった。 -
銀行もあったけど、とても銀行に見えへん。
山陰合同銀行大森代理店やそうや。 -
勝源寺にも寄ってみた。
ここは、石見銀山散策チケットに入ってへんから、パスしようかとも思うたんやけど、なんとなくお寺の人と話をすることになってしもた。拝観料400円。
2代奉行竹村丹後守(たけむらたんごのかみ)によって建立されたお寺やそうや。
徳川家康の信任が篤く、裏山には東照宮があって、本堂には徳川家康から12代将軍までの位牌が祀られてた。
水飲みの龍や棟方志功が絶賛した阿吽の獣、隠れキリシタン地蔵など見どころも多い。
銀山に来るお客さんがこのお寺まで足を延ばしてくれへんので、このままやったら廃れてしまうって嘆いてはった。
散策チケットに組み込んでくれるように頼んでも、なかなか埒があかんらしい。
私の勝手な想像やけど、関ヶ原の合戦の「徳川憎し」が今も尾をひいてるんかなあ。 -
大森代官所跡(石見銀山資料館)と城上神社にも寄った。
鳴き龍もあったけど、東照宮のほど鳴かへんかった。 -
石見銀山をひと通り歩いたので、バスで大田市に向かうた。
17:30 大森代官所 → 大田市駅17:50 石見交通大田市行き特急バス 560円
ここの大田は「おおだ」って読む。
駅のすぐ横に立派な島根県立男女共同参画センター あすてらすがあって、そこの5階が宿泊施設になってる。 -
1泊4900円を1階の守衛さんのところで払って部屋へ。今回のひとり旅のなかでは一番立派な部屋やった。お風呂も広々としてる。
でも困ったのが、ツインを一人で使う場合は、ベッドは1台しか使ったらあかんっていうこと。
寝るだけやなく腰掛けても物を置いてもあかんって書いてある。
ベッドメーキングの手間を考えるとわかるけど、つい座ってしまう。
直しといたつもりやけど、あかんかったかなあ。
2階にはPCが数台置いてあって夜7時ぐらいまでは自由に使える。 -
ちょっとネットを見てから買い物にでかけた。
すぐそばにパルっていうショッピングセンターがあってスーパーも入ってる。
ざる豆腐155円、きゅうりのぬか漬け3本208円、お刺身盛り合わせが閉店間際の半額で249円、白いご飯169円、木次牛乳84円、ぶどう248円が晩ごはん。
できるだけ島根産のものを選んだ。
レジで後ろに並んだおばさんが、おいしそうなお刺身選んだなあって、話しかけてきはって、旅行者やっていうたら、うちでごはんぐらい食べさせてあげるのにやて。気さくで優しい人が多そうな町やった。
お刺身はアジとカンパチでとってもおいしかった。
今回の旅のご飯で一番印象に残った食事やった。 -
ぶどうは食べきれないんで、守衛のおじさんの持っていったら喜んでくれはった。
夕焼けがきれいやった。
次の日は足立美術館と境港の水木しげるロードに向かいます。
次の旅行記に続く。
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