2007/10/11 - 2007/10/12
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ANZdrifterさん
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芭蕉は1689年に奥の細道の旅に出た。5月8日に塩釜に着いて藻塩焼きの釜を見て一泊。9日には塩釜神社に詣でて500年前に奥州藤原氏が寄贈した宝灯に昔をしのんでから、船で松島に向かった。
松島からは、石巻、登米に一泊、一関は二泊して中尊寺を拝観、岩出山一泊、堺田は雨で二泊という旅程で尾花沢に5月17日に着いて9泊。ここですすめられて予定になかった山寺を27日に訪ねて一泊した。以後大石田に二泊、新庄に二泊して6月3日に最上川を船で下った。
なお、これは以前の旅行記を奥の細道の一部として書き直したものです。
第1日:東京発8時ころの新幹線で仙台へ。朝早く新幹線に乗るときは「東京弁当」を買うことにしている。今半のたけのこ牛肉、魚久のサーモン粕漬け、青木の玉子焼きに、大増の野菜煮物まで入って1600円だから、絶対おすすめ。売り切れていたら同じおかずが入っている幸福弁当1000円が良い。
仙台駅前のサンルートホテルに荷物をあずけて仙石線で松島海岸へ。すぐ瑞巌寺を目指す。
まず円通院。見事な庭はガイドブックに任せるとして、庭の小さな池に珍しい(天然記念物の)鉄魚が泳いでいた。色は黒、赤、赤白などだったが、50年も前から名前だけを聞いていた幻の魚をみて感激した。
ついで瑞巌寺。おそらくガイドブックに載っていないと思う発見は、本堂の階を登った孔雀の間の透かし彫り欄間左上に、なんとタンポポが彫ってあったこと。瑞巌寺全体としては桃山から江戸までそろっていて見事の一語につきる。
芭蕉は雄島をおとずれて、雲居禅師のあとをしのんでいる。曾良の「松島や鶴に身をかれほととぎす」の句碑がある。
昼食は水主屋敷を移築した「とんじき茶屋」のざる蕎麦と団子。何れも500円前後。味も acceptable。
夕食は仙台にもどって駅地下、エスパルの洋風居酒屋「バル・デ・カンテ」でとったが2008年に店を閉めてしまったのが残念。
第2日:朝食はホテルのビュッフェ。洋風も和風も結構おいしい。特筆ものは牛乳で、すばらしく美味。
仙台駅から9時半ころの仙山線で山寺駅に10時半ころ着。芭蕉は立石寺のいり口の宿坊に泊まったが、現代人は1015段の石段を上って奥の院まで直行した。途中の芭蕉翁のセミ塚で帰ってしまう人もいたが、セミ塚からは木の葉隠れに山門が見えるので頑張ることを勧める。このセミ塚の句碑はふもとの表門の近くにあったものを、昭和11年に中腹に移したとのこと。
句碑には「静けさや岩にしミ入蝉の声」とあるが奥の細道の本文は「閑さや岩にしみ入る蝉の声」とあり、これが正解。(「井本:奥の細道をたどる」による)
山内はきれいで、シュウメイギクの赤と白がそこかしこに咲いていた。
帰路、坊塔を巡って下山。ゆっくり歩いて麓からの往復でちょうど2時間だった。
遅い昼食は橋のすこし上のそば屋。5種野菜のさいの目浅漬け(「だし」と呼ぶ)がたっぷり載った だしそば(1050円)を食べて、アケビの味噌焼き(450円)山寺まんじゅう(8コ720円)を買って13時40分の電車に乗り、17分で山形駅着。
駅西口の霞城タワー23F、24Fの展望室から市内を一望して15時の始発新幹線の自由席で帰京した。
かなり充実していて、満足できる旅でした。
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