2007/09/23 - 2007/09/23
16967位(同エリア23016件中)
tomofukiさん
- tomofukiさんTOP
- 旅行記193冊
- クチコミ0件
- Q&A回答1件
- 467,459アクセス
- フォロワー12人
今年は、石見銀山が世界遺産となり 訪問する人も多いと思いますが、 開鉱山1200年の生野銀山で、銀谷祭りがあり、行って見ました。
生野銀山は、昭和47年に閉山されととの事ですが、明治以前の生産量も含めて、1723トンの銀を生産したとのことです。
坑道も総延長350Kmあるとのことです。
今年は、猛烈な暑さで、9月23日も30℃を越える温度でしtが、坑道の中は、非常に涼しかったです。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
-
生野町の商店街。
古い町並みが残っている。当日は、結構な人でがあった。 -
レトロな雰囲気を出す為か、昔のポスターが展示してあった。
-
民家の土間に各家の骨董品を展示してある。
どこの家でも、あった様な者であるが、40年以上も
昔のものも、いまとなれば、貴重である。 -
昔のテレビ。
まだスイッチも入り何とか映像がうつる。 -
キリンビールの空き瓶。
これだけそろえば、すばらしい。 -
通りには、生野銀山が活況だった頃の写真を展示してある。
昔の繁栄が、読み取れる。 -
生野の街から、2.5km離れた、生野銀山に車でいく。
坑道内は、年間 13℃程度であり、前に立つだけでも
寒い風が吹く。 -
昔の銀採掘の様子を再現。
人がやっと通れるだけのあなを移動していた様です。 -
人が、やっと通れる穴が縦横に掘られている。
-
近代の採鉱の様子を再現してある。
ダイナマイトの設置の状況 -
鉱石をローダーで集めて居る様子。
-
坑道内の移動の様子。
-
生野銀山の坑道の模型。
アリの巣と同じ -
山に露出した銀鉱脈のほったあと。
慶寿の堀切と言われている。
銀鉱脈を取り出す様にほってあるので、山をのこぎりで切った様な形になっている。 -
慶寿樋 説明看板。
-
徳川時代の坑道入り口。
ここも、徳川幕府の直轄地であったとのこと。 -
鉱山出口の鉱山館では、砂金取りの体験ができる。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
17