2007/05 - 2007/05
734位(同エリア1886件中)
yokoさん
ユーレイルグローバスパスを使って、ヨーロッパ周遊・女一人旅&安宿探しをしてきました。
モンサンミッシェルは、8世紀始めに、アヴランシュの司教であった聖オベールが、夢の中で大天使ミカエル(サン・ミッシェル)のお告げを聞き、建設した修道院でした。その後、聖地として多くの巡礼者が訪れるようになりましたが、百年戦争中は英仏海峡の要塞としての役目を果たし、また、ナポレオン1世の頃には牢獄として使われました。そのような紆余曲折を経たモンサンミッシェルを見学してきました。
今回の旅で訪れた国は、ルクセンブルク→ベルギー→オランダ→ドイツ→オーストリア→スイス→フランス(ニース、アルル、ナンシー、モンサンミッシェル、サンマロ、パリ)です。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
-
昨日の夕方にはいなくなっていたのに、また羊の群れがいます。
夜はどこにいるのかな? -
モソモソ草を食べていて、かわいいです。
顔が黒い羊もかわいいですね。 -
モンサンミッシェルと羊たち。
-
こんなにたくさん草があるから羊が育つのでしょうね。
島と対岸を結ぶ道路ができたため、潮流をせき止めることとなり、急速な陸地化が島の周囲で進行しているそうです。そのため、2009年には地続きの道路が取り壊され、2010年には潮流をせき止めることのない新たな橋がかけられることが計画されています。
新しい橋ができることで、島の周囲の陸地化が止まると、この青々とした草はどうなるのでしょうか。 -
島と対岸を結ぶ道路の側面に咲くお花。
島と対岸を結ぶ道路は、1877年に造られたそうです。道路ができたため、潮の干満に関係なく島へと渡れるようになりましたが、道路によって潮流をせき止めることとなり、100年間で2mもの砂が堆積してしまったのだそうです。 -
こんなところにも綺麗に咲くなんて、強くて美しい花ですね。
-
今日も潮位が低いようです。
海水があまり来ていません。 -
モンサンミッシェル付近の海水と干潟。
あまり綺麗ではありませんが、なんとなく海の香りがします。 -
今考えてみると、私がモンサンミッシェルに訪れた日は、小潮の日(半月の頃)でした。
最も大きい潮が押し寄せるのは、満月と新月の28〜36時間後だそうです。 -
モンサンミッシェルを含む、サン・マロ湾は、ヨーロッパでも潮の干満の差が最も激しいところとして知られているそうです。
引き潮により沖合い18kmまで引いた潮が、猛烈な速度で押し寄せるため、かつては多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落としたという言い伝えがあります。 -
メモリがありました。
こんなに高いところまで、潮が来ることもあるんですね!
モン・サン・ミッシェル観光局のページに、月別の潮の満ち引きが掲載されています↓。今度は大潮に近いときに訪れてみたいです。
http://www.ot-montsaintmichel.com/horaires_gb.htm -
高い潮が来たら、ここはきっと水浸し。
-
今日は小潮なので、干潟を乗馬する人達もいました。次に来たら馬に乗ってみたいです。
-
島の入り口を通り抜けると"王の門"があります。
鎖で吊った跳ね橋スタイルは15世紀末のものだそうです。 -
王の門の上部は"観光案内所"とモンサンミッシェルの役場として使われています。
-
"サンピエール教会"です。
入り口には"ジャンヌ・ダルク"の銅像があります。
"サンピエール教会"は11世紀から建設が始まり、17世紀までかかって完成したそうです。 -
階段を上って、修道院へ向かいます。
壁と壁の間に小屋のようなものがあります。敵に侵入された時、ここから熱湯や石などを落として、進入を阻止する目的で造られたそうですが、実戦で使われたことはないそうです。 -
教会の入り口の西のテラスまで来ました。
慎ましやかなファサードです。
ここでちょっと一休み。 -
"西のテラス"から、見張り塔"ガブリエル塔"が見えます。
15世紀にできた塔の中でも、最も後期に造られたものだそうです。 -
モンサンミッシェルと同じく世界遺産になっている湾内が見渡せます。干潟が砂漠のように見えます。
昨日も今日もほとんど潮が来ていないです。 -
修道院付属の礼堂拝です。
ミサが行われていました。ミサを一部始終、見学してきました。他の教会と違って、観光客が見学するための席があるのが珍しいです。
この旅の中でミサに参加したのが2回(ルクセンブルクとパリ)、ミサを見学したのがここ1回でした。 -
礼堂拝の天井は、軽量化のため木造です。
ノルマンディー地方に上陸したバイキングの船底技術を応用したものだそうです。 -
最上階にある13世紀に作られた"回廊"です。
2列に並んだ円柱が、瞑想にふさわしい神秘的な空間となっています。 -
"回廊"の中庭です。
-
円柱が交互に立っているのは、修道士の歩くリズムに合わせたものだそうです。
-
中庭と礼拝堂の建物。
-
回廊にある慎ましやかなステンドグラスです。
-
石造りの建物の中に、このような緑の空間があるとホッと和みます。
修道士の方達も同じ気持ちでこの中庭を造ったのでしょうか? -
回廊の隣は、修道院時代は"食堂"につかわれた部屋です。
食事中は私語厳禁。静寂の中で修道士達は、質素な食事を食べ、祈ったのだそうです。
天上は礼拝堂と同じく木造です。 -
聖ミカエルのお告げを受けるオベール司教の彫刻です。
-
"迎賓の間"です。
巡礼にやってきた王や貴族たちを迎える部屋だったそうです。ゴシック最盛期の美しい様式です。 -
"太柱の礼拝堂"です。
上階の重さに耐えられるように太い柱になっています。 -
この複雑な構造の天井も、上階の重さに耐えられるようになっているそうです。
-
地下の礼拝堂です。
アーチが美しいですが、非常に素朴で、装飾がありません。壁がとても厚いです。 -
"大きな車輪"は、モンサンミッシェルが牢獄として使われていた1820年、囚人用の食物を上階に運搬するために設置されたものです。
車輪の中に入った囚人が、ハムスターのように歩いて滑車を動かしたそうです。 -
ロマネスク様式の"散策の間"です。
-
建設当初の石が見えるような気がします。
-
修道士が写本や細密画の制作をしたといわれる"騎士の間"です。
柱は上階(回廊)の重みを支える構造になっています。 -
"騎士の間"は、ミカエル騎士団が集まったという言い伝えがあるそうですが、歴史的な事実はないそうです。
-
"大天使ミカエル像"
新約聖書においてミカエルは、ヨハネ黙示録に登場し、悪魔の象徴である竜と戦い、打ち倒します。
この像は、モンサンミッシェルの先端にある金色の"大天使ミカエル像と同じ大きさだそうです。 -
塔の先端にある"大天使ミカエル像"。
-
ここです!。
数年前、この塔の先端にあるミカエル像の修復が行われました。ヘリコプターで像を交換したのだそうです。 -
サンマロへのバスに時間を気にしながら、1888年から続く"ラ・メール・プラール"で昼食をとりました。
-
もちろん、オムレツを頼みます。プレーンオムレツをオーダーしました。
出てきたのは、フワフワもオムレツ。
美味しいんですけど、これとデザートで30ユーロっていうのは、ちょっと納得できません・・・。観光地の値段なのかなぁ。 -
こちらはデザート3点セット。
何だったか忘れてしまいました(^ ^;)
これを食べたら、モンサンミッシェルの駐車場から出発する、サンマロ行きのバスに乗ります!
最後まで見ていただいてありがとうございます。
次は、フランス・サンマロに行きます。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
モンサンミッシェル(フランス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
45