2007/08/01 - 2007/08/07
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フーテンの若さんさん
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久しぶりのサーフィンのためプーケットにやって来た。
パトンビーチからカロン、カタ・ヤイ、カタ・ノーイまで波の状況を確認して回ったが、残念ながら何処のビーチもコンディションは良ろしくない。
波の高さはセット肩・頭程度ある。しかし、風は強いオフショア。波はざわめき、面が出来る前にすぐに崩れてグシャってしまうのだ。
どうせ2ヶ月のブランクがあるので、文句を言ってもそんなに上手く乗れないはず。リハビリには丁度いいかも。そう思って、ボロいショートボードを借り、とりあえず海へ飛び込んだ。
ビーチブレイクなのでポイントまではそれほど離れていない。なのに漕いでも漕いでもなかなか目の前のポイントまでたどり着くことができない。
まず、ドルフィンでボードを押し込むための腕筋力が弱っていた。しっかり潜り込めていないため、スープ波に巻かれて、なかなか前へ進まないのだ。しかも、波数がやたらと多い。やっとポイントに辿り着けた時には腕が悲鳴をあげ、ぜえぜえ肩で息をしていた。ポイント上でもすぐに波を捉えることはできなかった。波が厚く、見た目以上に割れづらい。パドルで置いてかれてしまうのは、僕のパドルパワーが足りないせいもあるだろう。やっと乗れたと思っても、ダンパー波に乗ってしまい真っ逆さまに落ちていく。今度は波の選択ミスだ。
このように僕は、長いブランクによってあらゆる局面でのサーフィンの勘所を忘れてしまっていた。
ポイントから一旦離れると、休む間もなく押し寄せる激しい波のせいで戻ることができない。そのまま波に従い、岸に戻って休憩する。まだ何もしていないのに呼吸することすら苦しい。体全体の基礎体力がめっきり落ちているのが、たった数分でありありとわかった。
今使っているボードよりも楽なロングボードに転向しようかな〜(ボードが長いほうが浮力があり、テイクオフが楽になる)。あっちのボディーボードも楽そうだ。っていうか、今日はビーチでのんびり過ごすってのもアリだなあ。ボードを枕にして横にながら、早くも諦めモードが点灯する。
ちょっと待てよ。此処で諦めたら、これまでのサーフトリップでの苦労は何やったんや!?ってことになるで。ハワイ、オーストラリア、アメリカ東海岸、中米、南米、ポルトガル、スペイン、モロッコと荒波に揉まれながらも、これまで何とかサーフィンを続けて来たやないか!ここで諦めたら今までの苦労は水の泡となる。もう一度だけ本腰入れて、しっかりやってみようやないか!(何故か頭の中で考え事をすると、僕は関西弁になる)
一人自問自答を繰り返し、答えは出た。
そうや、プーケットの波がなんぼのもんじゃい。エルサルバドルの高波やポルトガルの荒波で、僕は死にそうになったちゅうねん(実際に怪我した)。それに比べれば、こんな波なんかお子チャマや。こんなショボイ波に負けていられるかっつーの。
打ち寄せる波に思い切りボードを叩きつけ、僕はポイント目指して勢いよく飛び込んだ。先程と違ってやる気マンマンの目を持って。
んが・・・しっかし、ものの数十分で僕は岸に戻っていた。気持ちとは裏腹に体が着いて行かないのだ。ぜえぜえ、はあはあ。もう息が続かない。
こりゃ、あかん。このプーケットの地でしばらくサーフィン修行しなければならんなあ。波に揉まれながら、体が思い出すのを待つしかないんとちゃうか。うん、そういうこって今日のところは早めに切り上げよか。本格的にやるための準備運動はこんなもんやろ。それがええ、それがええ。明日からほんまのサーフィン合宿ちゅうことで。明日の波は、もっと乗りやすいええ波が来るに違いない。そやから今日は早いとこ店じまいや。帰りにビールくいっと引っ掛けて、明日に備えて早めにぐっすり寝よー。
強化合宿はまだ始まったばかりである。鬼コーチが僕の頭にいる限り大丈夫やろ・・・。
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サーフィン強化合宿二日目。昨日たった1時間半のサーフィンが体に筋肉痛として残っている。特に腕が痛く、回すとピキピキ音がしそうだ。
今日は色々とビーチの情報を仕入れた。まず、プーケットでサーフィンができるビーチはカロン、カタ・ヤイ、カタ・ノーイ、カマラ辺りがメジャーだという。
その中で比較的穏やかな波で一番簡単だと思われるのが、カタ・ヤイビーチの左側だと聞いた。迷わず僕はその場所を選んだ。朝夕は大きめの波が来るらしいので、昼間に行くことにした。そしてボードは昨日より大きく厚めのファンボードを選択しよう。これなら大したパドルは必要ない。
しかし、今日の昼は波そのものがほとんどなかった。さらに強風の影響で昨日より波はグシャている。コンディションが悪いので、サーファーの姿は少ない。
それでも時折のセットで波に乗れなくもない。少し迷ったが、サーフィン合宿は海に入らなければ始まらない。とりあえず、人気のないカタ・ヤイビーチにザブンと飛び込んだ。おりゃ!うん、やはり昨日と同じくものの数分で腕が回らなくなってきたぞ。やばい・・・。こりゃ昨日以上に体力が持ちそうにないかも。そこで、僕は体力を温存するため、いい波だけに絞って、パドルをすることにした。
サーフィンにおいて波の選択は非常に重要である。
上手な人というのは必ず波のピークを見極める目を持っている。何処で波が割れるのか、どちらに崩れるのか、ダンパーになるのか。それらをいかに早く的確に見極めるかが、サーフィン上達のポイントの一つであることは間違いない。
去年、僕はオーストラリアのゴールドコーストで通ったサーフィンスクールで耳が痛いくなるほど、そのことを授業で学んだ。それまでの僕は目の前に来た波、何でもかんでもパドルをしていた。しかし、それは非常に無駄で非効率だった。そう、大事なのは波の見極め。今こそかつて学んだその選択眼を発揮するときなのだ!
「写輪眼!」
僕は来た波を見極めるとき、心の中でこう叫ぶことにしている。「写輪眼」とは、知る人ぞ知る少年ジャンプ連載中「NARUTO」という漫画に出てくる忍法の一つで、この掛け声を掛けると、波の未来が完璧に見極められるようになれると僕は思えるのだ。
ところが、波にはうまく乗れなかった。波は見極められても、僕の腕が言うことを利かなかったのだ。腕が痛くて、腕を回すパドルの力が明らかに足りず、ピークの波までパドルが追いつかない。その結果、いくら「写輪眼」を活用しようと、波に取り残されて呆然とすることをただ繰り返すばかり。
くそっ。波の見極めが出来ても、その波を捉えられなければ何の意味もないやんけ!(また関西弁)
今回の合宿の重点課題が決まった。まずパドル筋をつけること。そのために、波に乗れなくとも、ひたすら漕いで漕ぎまくることが大事だ。そして、瞬間に全ての力が出せるよう、そのときに発する掛け声を決めた。
その掛け声とは、
「千鳥!」(これまた「NARUTO」に出てくる忍法の一つ。サスケの必殺技だ)
派手な掛け声虚しく、すぅーーーーとまたもや波に置いていかれる。
今はこれでいい。この鍛錬が必ずや良き結果を導き出すだろう。 -
「ドルフィンスルー」というサーフィンのテクニックがある。
押し寄せる波に対して、直前になってボードを水中に押し込み、波の下に潜って、うまく波をかわすテクニックのことをいう。
アウトで波待ちするためには必須のテクニックで、波が高かったり、波数が多い場合などは、うまく「ドルフィンスルー」していかなくては波に巻かれてしまい、一向にポイントに辿り着くことはできないのである。つまり、サーフィンをする上では最低限必要なテクニックだといえよう。スクーバダイビングに例えるなら、「耳抜き」と同じくらい避けては通れない重要な技なのだ。
頭ではそう理解しているのだが、僕は未だに「ドルフィンスルー」がうまく出来ないでいた。そして、「ドルフィンスルー」の練習をこれまでサボってきたツケが、まさか今日になってまわってくるとは思ってもみなかった。
サーフィン強化合宿を始めて五日目。今日のカタビーチの波は、いつも以上に荒れていた。モンスーンの影響だろうか、コンディションははっきり言って良くなかった。
それでも必ず毎日海に入ることを合宿中の取り決めとしていたから、不安ながらも海に飛び込んだ。今日もボードは6.8と長めのファンボードを選択。連日のサーフィンで腕と肩が痛むので、まだ普通のショートボードに乗れる自信はなかった。
波数が思った以上に多く、なかなか沖まで出れないでいた。「ドルフィンスルー」が上手く出来ない僕は、ロングのように回転して、押し寄せる波をやり過ごしていた。これだと腕に負担が掛からないため楽なのだが、波の力を完全にやり過ごすことはできない。今日のように波数が多い日はちっとも前に進めないでいた。
苦労の末、アウト近くまで出て波待ちをする。やはり今日の波は荒れている。たまに来るセット波の高さが、これまで見たことないくらい半端なくデカイのだ。果たして僕のレベルで乗りこなすことができるのだろうか。
考える暇などなかった。
気が付くと、特大のセットが目の前に押し寄せていた。頭の高さなど軽く超えている。「ドルフィンスルー」するのが怖いくらい大きな波。回転してやり過ごすことなど到底できそうもない。
恐怖のあまり僕はボードを捨てて、身一つで海中に潜った。
しかし、リーシュコードにくっ付いたボードが波に巻かれ、ものすごい勢いでその波に体が引き摺りこまれる。
ゴボボボボボッツツツ〜。
海面に上がりたくても上がれない。波の力で洗濯機のように体が、波に巻かれているのだ。海中を彷徨ったのは、実際にはたった数秒かもしれないが、僕にとってそれは永遠かと思えるぐらい長く続いた。
やっとのことで海面に上がり、大きく呼吸をする。はあはあ、ぜえぜえ。マジ、死ぬかと思った・・・。
「っもsdじぇうぇwf!!!」
地元サーファーが僕に対して怒っていた。彼はあの波に乗っていたのだ。そして、僕の離したボードにぶつかりそうになったに違いない。素直に謝る僕。僕は、サーフィンする上で明らかなルール違反を犯していた。ボードを最低限コントロールできないのであれば、沖に来るべきではないのだ。
ここで反省して岸に帰るべきだったのだ。
懲りずに僕はまたアウトに戻っていた。このときは「次こそきちんと乗りこなす」という情熱が恐怖に勝っていた。しかし、サーフィンは、根性だけでどうにかなるスポーツではない。
気が付くと、先ほどよりもさらに一回り以上デカイセットの大波が押し寄せていた。頭2つ、いや3つ以上あるかも・・・。
今度は下に潜るでも回転するでもない。波が落ちて崩れる前に、パドルして乗り切ってしまおうと考えた。そのためには猛スピードでのパドルが必要だ。大丈夫、まだ間に合うはずだ。
必死でパドルする僕。ところが、僕の想像以上に腕は早く回っていなかった。ま、間に合わない・・・!!!
一瞬、体が宙に浮いた。
後から思えば、そのときの僕はまる波の上を舞う小さな木の葉のような状態だったのだろう。高波の影響をまともに受けて、僕の体はボードごと空中に放り出されたのである。つまり、最悪の状況で僕は波に巻かれたのだ。
後は、無重力空間に放り出されたように、恐ろしい勢いで回転していった。早く、早く、早く・・・海面に上がらなくては。もう息が続かない。
何かが絡まって僕の足をぐいと引っ張っていた。海面に出たくても、ソイツが邪魔で上がれない。もがけばもがくほど、深く絡まっていくソイツ。そろそろ呼吸が苦しくなってきた。
一体なんなんだ!?
・・・ソイツは別のサーファーのリーシュコードであった。
僕と同じように完全に波に巻かれたサーファーが近くにいて、お互いのリーシュコードが絡まってしまっていたのだった。早くリーシュを解かなくては!
しかし、押し寄せる後発の波たちが、僕たちに休む間を与えなかった。二人とも波が来る度に揉まれてしまい、ボード同士が激しくぶつかった。離れたくてもリーシュは複雑に絡まっているようでなかなか解けない。混乱すればするほど、気持ちが焦ってしまう。こいつは危険だと頭ではわかっているものの、体が思うとおり動かない。
僕はすでに溺れかけていた。このまま一生海中に沈んでしまうのではなかろうか。意識が遠のいていく・・・そのとき、絡まっていたリーシュが偶然、解けたのだった。
勢いよく海面に上がって空気を吸い込む。
そのとき見えた空は、海より青く感じた。空気がうまい。呼吸できることが嬉しい。僕はまだ生きているぞお!!はははは、生きているんだあ!!!
リーシュが絡まっていたサーファーも無事なようだった。近くで、同じように呼吸を整えている。僕は彼に向かって微笑んだ。僕たちは生きているんだよおと彼に言ったつもりだった。
城ミチルの「イルカに乗った少年」を知っている中年の僕は、いい歳であることをそろそろ自覚しなければならないことを今日悟った。頭では理解できていることが、体ですぐに反応できなくなっているのだ。
そして、サーフィンをこれからも続けていくには、やはり「ドルフィンスルー」は避けて通れないものであることを身を持ってして理解した。
イルカになるための練習を、今度こそきちんとしようと思う。 -
新鮮な素材と豊富なスパイスで多彩な味を生み出すタイ料理。
パミー・ナーム(タイ風ラーメン)、カーオ・パット(タイ風チャーハン)、ケーン(タイ風カレー)と何を食べても外れなく、どんなタイ料理も美味かった。そのなかでもパット・タイ(タイ風焼きそば)が僕の一番のお気に入りで、それこそ毎日食べても飽きないほど好きだ。
美味しい屋台を探しては、プーケットの町を歩き回った。同じ料理でも屋台によって味が異なるので、味比べするのは楽しいのだ。
ある日の夕食には、宿の近所の屋台でソムタムを注文した。
ソムタムとは、未熟のパパイヤをささがきにし、臼を使ってトマトやニラ、ライム、ニンニク、唐辛子等、それらスパイスとあえたものである。
その屋台は料理を待っているお客さんで、既に混雑していた。他にも焼き鳥などのサイドメニューがあったのだが、僕が注文したときには全て売り切れていた。ここは人気店であろう。
料理を作っているのは、僕と同い年ぐらいと思われる夫婦だった。忙しいけど、顔はそれを喜んでいるように笑みを浮かべている。ソムタムは東北地方の郷土料理だから、南のリゾート地プーケットまで夫婦出稼ぎでやって来たのかもしれない。素朴で真面目な二人の顔つきから、そう勝手に想像してみた。
彼らの料理を作る手際の良さは素晴らしいものであった。臼を挽く力仕事は夫の役目。その間にニラやトマトを切ったり細かな作業をするのは嫁の役目。夫が臼を挽き終えた合間に、嫁がスパイスを適度に放り込む。二人に会話はないが、無駄な動きは一切なかった。お互い全ての行程を、あうんの呼吸で覚えているのだ。完璧に息の合った夫婦の共同作業は、何だか歴史ある伝統芸みたいに思えるほどであった。
間もなく出来上がったソムタムは、期待した通りなかなか美味しかった。あの夫婦のハーモニーが、料理そのものの味といえよう。パパイヤとスパイスがうまく混じり合っていてやさしい味になっている。そして、全体に素朴な温もりが感じられた。
料理は出来たものを単に味わうだけではない。作った人の個性は必ず味に出るものだ。その料理人に会って、料理過程を眺めた上で食せば、味の理解は更に深まるものだと僕は思う。
だからこそ僕は、わざわざ屋台に出向いてタイ料理を食べる。屋台であれば、どんな人が作り、どんな作業をし、何を語るのかをじっくり見つめることができる。時には、そこから料理を作った人の人生や背景を勝手に想像し、それを自分なりのスパイスとして添加することもできる面白さがあるからだ。
さあ、今日はどんな味と料理人に出会えるのだろうか。そして、今日も食べる毎にタイ料理の底知れぬ奥深さを知り、感嘆の溜息を吐くのであろう。 -
サーフィン強化合宿6日目を迎えた。
連日のサーフィン。そして昨日は大波に巻き込まれたこともあって、朝起きると体中が軋むように痛かった。特に、腕が肩より上に上げられない。今年35になるオッサンの肉体は、もはや体力の限界点に達しているに違いなかった。
そこで、タイマッサージを受けてみることにした。
痛がりの僕はツボ押しが苦手なので、ずっとこれまでマッサージを避けてきた。しかし、そんなことを言っている場合ではない。この調子のままではサーフィンなど出来そうもない。なんとか体を治さなくては。意を決して暇そうにしている店内に飛び込んだのだった。
ぽぎぃー。むぎゅー。じょえぇー。ぐふぅー。
まるで「のだめ」のような擬態語を発して、1時間のタイマッサージは終了した。
マッサージはかなり痛かったが、あれだけ重たかった体が嘘のように軽くなっていた。恐るべし、タイ数千年?伝統のマッサージの効果。今の調子ならサーフィン問題なくできそうだ。勢いよくカタビーチの海に飛び込んだのだった。
ところが、海に入ってすぐに、朝起きたときと同じくらい腕が痛み出した。腕を回すたびに関節がピギピギ音をたて始める。おかしい?マッサージで直ったのではなかったのだろうか。
ぽぎぃー。むぎゅー。じょえぇー。ぐふぅー。
結局、腕がほとんど回らず、波に揉まれただけであった。まるで「のだめ」のような擬態語を発して、わずか20分でサーフィンは終了した。
岸に上がると、朝よりも更に痛みが激しく、体は重くなっていた。こりゃすぐにでもマッサージに行かなくちゃいけないな。
こうして6日間のサーフィンの合宿は全日程を終えた。強化されたかどうかはまったく自信がないけれど。
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