2007/07/25 - 2007/07/25
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フーテンの若さんさん
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僕たちはまたカイロに戻ってきた。友人のT君は、一足先に明日のフライトで日本へ帰るのだ。彼がお土産物を買いたいというので、バザールが集まるハーン・ハリーリへ向かった。
エジプト人との値段交渉はかなりハードだ。定価などもちろん存在しなくて、店によって値段は全て異なる。観光客と見るや、平気で3倍〜5倍、時には10倍近い値段を吹っかけてくるから交渉は困難を極める。その点、T君は関西で10年間営業マンをしているだけあって、その交渉術はかなり巧みだった。まず欲しいものを見つけたら、それが売られている店に数多く飛び込み、値段の相場を知る。比較的安く、品揃え豊富な店を見つけたら、大幅値引きさせるためそこで一気にまとめ買いをするのだ。もちろん相手の言い値など無視し、その10分の一ぐらいの最低金額を提示する。百戦錬磨のエジプト商人も負けてはいない。その金額ではビジネスにならないと笑い飛ばす。しかし、彼はここからが強かった。相手を飽きさせるほど、ひたすら粘りに粘って粘りまくるのだ。さすがの相手も疲れ始めてきた頃、「やっぱりもういいや」とあっけなく帰る素振りをみせる。すると、長い交渉にうんざりした店側の方から「待ってくれ。もうその金額でいいよ」と折れて来るのだった。
充分買い物を楽んだ後は、荷物のパッキングを行うため、早めに宿へ戻った。これでT君と一緒だった2週間のエジプト旅行は終わり。ベットで仰向けになって、「もう男だけの海外旅行もこれで最後かなあ」などと、今にも外れて落ちてきそうな古ぼけた天井のファンの動きをぼんやり追いながら、僕がしんみり話しかけた。
そろそろ僕らも結婚を真剣に考えなければいけない年頃だと思っての発言だった。他の同年代の友人たちはすでに結婚し、家庭を持っている。結婚後に休暇が重なったとしても、男だけで旅行に行くなんて奥さんがまず許さないだろう。そう考えるとこれが最後の男二人旅になってもおかしくはない。
「そうやろか。俺も結婚すんのかなあ。うーん、わからんわ。先のことはさっぱり」
エジプトで買った安タバコの煙を不味そうに吸いながら、T君は答えた。彼には一応、彼女らしき人がいるという。でもその人と結婚するかどうか先のことはわからないらしい。
「なんで、結婚せえへんの?」と僕。
「・・・なんでやろな。俺らぐらいの歳になると、やっぱり高望みしてしまうんかもしれんな。もしかして、もっとエエのとこれから巡りあえるかもしれへん。そう思って、ずっと先延ばしにしているところがあるかもしれん」
それは確かに僕もそうだった。歳を取っている分、色々な女性を見てきた。若いときは簡単に許せたことが、歳を取る毎に基準がシビアになっていく。完璧な女性などそう簡単には見つかりっこないことは判っているのに、それを許せない頑固なもう一人の自分が頭の中にいる。やっかいなことにその頑固な奴の存在感はますます大きくなるばかりなのだ。
「でもなぁ、いつまでもそんな理想ばかり追っていてもあかんのやと思う。いつかはどこかで妥協せなあかんのや。その辺の『折り合い』をつけんとな。」
僕に向かって言ったのか、自分に対して言ったのか。T君は天井のファンに向かって煙を吐いてから、こうつぶやいた。
『折り合い』。あんなにエジプト人との土産物交渉に関しての折り合いが上手なT君でも結婚の折り合いとなると話は別なのだ。相手は感情のある人間だし、これからの人生を変える一大選択である。「ほな、この折り合いでぼちぼち決めましょか」てな訳にはいかないものなのだ。
T君は続けて言う。
「その『折り合い』をつけること自体が難しいねんけどな。それには相当のキッカケが必要や。例えば子供が出来ちゃったとか、取り返しのつかへんことや。そういうよっぽどの踏ん切りがつかない限り、『折り合い』には簡単に至らんやろう。」
なるほど。彼の言う『折り合い』とは妥協であって、諦めるほどの大きな原因が必要なわけだ。そう考えると、結婚とはやはり妥協の産物なのだろうか。結婚には明るい薔薇色の未来が待っていて欲しいけど、それはあくまで理想に過ぎないのだろうか。でも、僕だって彼の考えを否定できない。高望みしているのは同じだし、歳を取れば歳を取るほど、その『折り合い』をつけるタイミングが難しくなってきていることを痛いほど実感しているからだ。
「うーん。『折り合い』かあ。難しいな〜」
「『折り合い』なあ・・・」
会話の進展が尽きたと同時に、突然電気が消えた。老体に鞭打ちながらも、勢いよく周っていたファンの動きがゆっくり弱まっていく。目で追えるほど動きが遅くなり、そして完全に止まってしまった。間違いなく停電であろう。ちなみに7月のカイロの夜は、ファンがなければ汗ばむように蒸し暑い。今日はまったくの無風で窓を開けていても、そよ風すら感じさせない。心配したとおり、ドライヤーのような熱気の渦が体にねっとり纏わりつくようにものすごい速さで襲ってきた。
僕らは暑くて一言も会話ができなくなった。そのとき僕はふと思った。いつしか僕は、このファンのごとく『折り合い』とかウダウダ言っている間に、老人となって、突然止まってしまうのではなかろうか。こんな唸る様な暑さのある日、もがき苦しみながら、一人寂しく死んでいく。もうそのときでは、全てが遅いのだ。
これ以上、この暑さに耐えられない!!死んでたまるか。まだやりたいことは残っている!!
ガバッと勢いよく起き上がった瞬間、再び電気は何事もなかったかのように回復した。ファンはゆっくりと、しかし今度は着実に加速度を増しながら動き始めた。びゅんびゅんと外れそうになるくらい勢いをつけて。ファンが止まったのはたった数分だったが、僕たちは汗びっしょりになっていた。
独身男二人で語り合った『折り合い』トーク。突然襲った停電と共に、この夜の記憶を忘れることはないだろう。
しかし、近い将来、また世界の何処かの安宿でT君とこうしてファンを見ながら語っているような気がしないでもない。いつまでも『折り合い』つけられぬ二人が、いつしか『寄り合い』所帯となっている可能性は大いにありうると思うのだ。
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