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上海には1998年を皮切りに何度も行き 北京にも何度かいった。。今度は今月から西安洛陽鄭州にいくことにした。。<br />中原ははじめてである。中国の歴史が好きである。いろいろ他の人のブログを読んで参考にしている。<br /><br />-上海チンチン(名前)<br /><br />君は貧しい家にすんでいた<br />君の家の近くでラーメンを食べた思い出は<br />いまも鮮明に残っている<br />貧しさの中から<br />君はわずか20元のために歩き<br />上海クラブに通っていた<br /><br />なにが食べたいと聞いた時<br />君は実に質素で粗末な食卓に僕を誘った<br />そんな質素な生活の中で<br />ラジオを聞きながら君の覚えた日本語は<br />とっても流暢であった。<br /><br />口紅とファンデーションを百貨店で買ってあげたとき<br />君はとっても素直に喜んでいた<br />私はまったく君の演技だとは思わない<br />本当に君は夜の食事も昼の買い物も<br />まったく質素で金品などの要求はなかった<br /><br />君はきっといい女性になったろう<br />上海の薄汚れた空気にまみれない<br />そんな君がいることを信じたいのだよ<br />http://blogs.yahoo.co.jp/asayama55/folder/175894.html?m=lc&amp;p=9

上海北京独り旅

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1998/02/10 - 1998/02/18

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浅山 (あさやん)

浅山 (あさやん)さん

上海には1998年を皮切りに何度も行き 北京にも何度かいった。。今度は今月から西安洛陽鄭州にいくことにした。。
中原ははじめてである。中国の歴史が好きである。いろいろ他の人のブログを読んで参考にしている。

-上海チンチン(名前)

君は貧しい家にすんでいた
君の家の近くでラーメンを食べた思い出は
いまも鮮明に残っている
貧しさの中から
君はわずか20元のために歩き
上海クラブに通っていた

なにが食べたいと聞いた時
君は実に質素で粗末な食卓に僕を誘った
そんな質素な生活の中で
ラジオを聞きながら君の覚えた日本語は
とっても流暢であった。

口紅とファンデーションを百貨店で買ってあげたとき
君はとっても素直に喜んでいた
私はまったく君の演技だとは思わない
本当に君は夜の食事も昼の買い物も
まったく質素で金品などの要求はなかった

君はきっといい女性になったろう
上海の薄汚れた空気にまみれない
そんな君がいることを信じたいのだよ
http://blogs.yahoo.co.jp/asayama55/folder/175894.html?m=lc&p=9

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この旅行記へのコメント (3)

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  • 浅山 (あさやん)さん 2007/06/20 15:47:37
    上海独り歩き


    わたしは以前よく上海に出かけた。北京にも出かけ街を歩き、バスに乗り旅した。
    上海の街並は表通りでは明るく、高層建築物が建ち並び、明るい市民の顔があふれていた。
    残念ながら今年はいまだ諸般の事情で行くことができないが、少なくともいろいろな見聞記や話を聞いてみると、ここ数年の発展は実に著しい。
    旅行はツアーとか団体で行き名所や観光地を訪ね、グルメを味わい、買い物をしたりして楽しむもので有ろう。
    けれど、わたしは連れといくことも有るが、現地に着けばそれぞれが思い思いの場所を自由に訪れ、いろいろいろな人と話すことができる旅が楽しみである。
    旅と旅行はわたしの中では少しだけ区別しているので有ります。
    かと言って言語を十分に話せるわけでもない。
    わたしは旅に行けばその地で新たな連れをつくり、彼等彼女たちに案内してもらい、行きたいところに行き、歩きたいところを歩き、時には深夜遅くまで飲み歩くのである。
    と言っても日本的スナックやクラブなんてないと思う、わたしはいつもカラオケバーのようなところに行くのである。そこで場合によっては彼女たちと知り合いになり、翌日は案内してもらうのである。
    中国の政治や不動産のこと、人の暮らしや意識、生活のこと、さまざまのことを自分なりに学び血と骨にしたいからである。たまにはその人の家を訪ねることもあります。

    わたしが行き始めた頃は、今の南京東路などはまだ全く未開発で、夜などは真っ暗な路地と
    くすんだ壁色をした古い家並みが続いている。
    全く闇の路上で襲われたとしても誰も助けてはくれない。
    だから、結構ひやりとした場面に遭遇したこともある。
    おそらく警察でさえ、助けを求めるのは困難である。
    しかし、死を賭していれば意外と冷静になれるし、それほどの危険性は感じなかった。
    少なくともわたしは万一を想定しているからで、
    いつ命をなくしても決して文句も言えない。だから旅に出るときは遺書をしたためものだ。

    しかし、中国にも日本にも悪も有れば正義もある。
    いろいろな人がおりいろいろな考えをもっているから当然である。

    それでもまだわたしはまったくわからいことばかりである。
    何十年日本国民をしながら、理解できない日本、それがたまに行く程度で
    中国の実態や国民性を理解できるとは思ってはいない。
    民はいま公式には13億と言われているが、地方の農民地帯を含めれば
    実数以上かも知れない。
    日本の民はわずか1億2000万足らずである。

    今回の反日運動の結果、旅行者が激減したという。
    ガイドを生業とする者、地方でしぇんしぇんと言って観光客に品物を売りつける低所得者層、
    旅行社に勤める者、レストラン、タクシー運転手等々、
    観光客を収入源とする、彼等彼女は間違いなく減収である。
    貧富の格差はますます拡大助長している。それらを日本国内にいて理解できるので有ろうか。
    その彼らのひとりが言った。
    「いまの政治は皇帝政治と一緒だよ。幹部ってすごいよ。」と声を落としてつぶやいた。

    わたしには今の上海事情はよく理解できない。
    テレビの報道や人の話を聞くだけではなかなか理解できない。
    「百聞は一見にしかず」
    それでも私が理解出来るのは、実に些細なとるに足りない小さな断面にすぎない。

    誰しも平和を望む。
    しかし、たとえば刑法的に言えば「急迫不正の侵害ある時、これは正当防衛の成立する構成要件であるが、この場合死を賭しても戦い、守らなければならないものも存在するのである。侵略や攻撃ではない自衛である。

    どうも話が脱線してしまったようだが、わたしの上海見聞記は、またおりを見て話す事もあるかも知れないし、ないかも知れない。
    今はわたしの胸中奥深く眠っていれば幸いでありましょう。

    ただこれからの激動の時代を迎えることはある意味必死である。
    平和を望めばそれなりの思考、言動は自ずと限られてくるのである。
  • 浅山 (あさやん)さん 2007/06/20 15:42:29
    10,年前 初めての上海


    わたしがはじめて上海に言ったのは約10年前である。まだ真っ暗い路地が幾つもの通りにあった。
    あの有名なシーザースも暗い路地道のビルにあった、
    ワイタンのちかくであった。
    それが数年後、南京東路に生まれ変わった、
    広い通り、明るいネオン、にぎやかな人出、、これが高成長を続ける上海であった。
    もはや上海に古き昔のよさはない、
    ビルと人の群れと車の洪水、、旧正月の上海駅のあの大群衆、
    現在の治安の悪化。。
    広がり続ける貧富の差、、
    月収わずか1万から2万の層、、かたやデパートには日本の価格とまったく変わらない電気製品の陳列
    恵まれたそうだけが贅沢を極め、大多数の国民の不平や不満は充満している。

    にもかかわらず反政府運動は過酷で残酷な法と武力によって弾圧される。
    報道は真実を知らせず、共産主義は悪質な宗教とまったく変わらない。。

    日本在住の中国人はどう思うのだろうか。
    不法滞在の中国犯罪人は「なぜ日本国民から強奪してはいけないのか。彼らも強奪しではないか。
    」と過去の歴史を盾に横暴を極めている。
    中国でも日本の犯罪人は処刑される。
    日本でも重大な中国人犯罪者は死刑を持って厳格に対処しないのか。。
    強制送還などといつまでもなめられるような法律は施行しないことだ・・
  • 浅山 (あさやん)さん 2007/06/20 15:06:48
    天山北路の旅 刺繍の道07/5/30 3時23分30秒
    天山北路の旅 刺繍の道07/5/30 3時23分30秒
    チンギスの軍団かける大草原
    敦煌に刻まれし洞窟画
    朽ち果てた砂漠を抜ける砂嵐
    世界民族博物館のような多様民族
    少数民族を訪ねる司馬遼太郎
    珈琲飲まず馬乳酒あおる
    長安、、敦煌 ハリ イリ河の4000キロ
    天山北路は天馬の故郷である・
    人は馬の肉を食い乳を飲み皮をはぎ馬に乗り
    800年前にチンギスの軍団がかける

    西安から列車に乗り2日でハミ駅へ
    ハミ瓜を食べて600年前に永楽帝が瓜を食べ
    いかなる瓜ヤ、、と尋ねて ハミ瓜と答える
    ハミから西へ200キロ。。岩塩の故郷は7月8月は最盛期を迎える

    天山の北側へ向かう 長安をでてハミから3つのロード
    標高3000メートルから5000メートルの山脈

    隋の歴史書゛西域記」は記す 天山をいでローマにいたる
    騎馬民族のバッサク族が駆け抜ける
    パオがいたるところにあり、パオにて歓待
    手を洗うが手の水を切ってはいけない
    最上のもてなしの羊の肉がだされ耳を聞く
    パザックのしきたりに戸惑いながら
    鷹匠が一言いった「天山は恵みの大地」
    幼い娘か馬から乳を搾りチーズを作る
    冬には酷寒の季節、、馬は大事な友達
    馬羊牛、、らくだの放牧。。
    そしてその肉を食い皮をはぎ馬たちとともに生きる
    史記にめんめんと語り継がれる

    偉大なるポエムが聞こえる 天山の大地
    雪解け水か岩を伝いほとばしるように流れ出る
    豊かな水源豊かな緑豊かな家畜に囲まれ
    遊牧民族たちの末裔たちはたくましく生きる

    ばりこん湖の傍に狼煙台が5キロごとにつながり
    漢書は伝える いにしえの軍隊常駐
    チンギスの長男ジュチたちの末裔の血が残る

    天山の奥深い天池の湖、、天山の雪を欺く花の園

    走ること風のごとくかすめること狼のごとく騎馬民族は馬をはせる
    ハザックの男たちの戦い、、勝つと思えば進み負けると思えば退く
    退くことを恥とせず 水がなければ馬の血をすする

    花婿と花嫁を祝う草原の民、、チーズと馬乳酒を振る舞う
    花嫁は顔を見せず長老は花嫁に言う
    「汝は両親を敬い、汝は夫をいたわり汝は馬を大切にする。」ことを誓うか・・
    パオの下座にひっそり座る花婿、、くうゃん追いで愛が芽生えゴールイン
    うれしかな楽しかな 奏でる楽器の音色か草原に広がる

    ハミから西へ1000キロのイリ河。。。
    ウソン族の名馬を求めて武帝は旅す、、
    史記はいう。。張騫は西から名馬1000頭を連れて帰還す
    ウサンははかない少数民族 人口63万 兵士19万の民
    長安を去ること8000里。。。中国王朝の姫とつぎて歌う
    「願わくば白鳥となりて故郷にかえらん」

    ウィグルの民が集うセリム湖畔、、
    遠く上海から運ばれる絹、レースが広がる数々の市場
    絹馬交易の今日の姿。。レースは羊6頭分の200元。
    民と語る今は亡き司馬遼太郎。。モンゴル語を流暢に使い
    少数民族とかたらう大ロマン。。
    どうして彼は語るのだろうか 引かれるのだろうか
    タジク族。ダボール続。ウィグル族。バサック続。。の生きる大空間
    2000年前の暮らしのままに今日を生きる姿に胸が震える。。

    天山の秋が深まり天山の民は山を降り何千里も移動する。。

    だが西安から西へ4520キロの地点に中ソの国境がある
    公安は難く通行を禁じる眼に見えない巨大な壁。。

    世界大国を築いたチンギス軍団は遠くヨーロッパに至る。。 出演司馬遼太

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