2007/04/01 - 2007/04/01
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ぱんぱーすさん
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まずは船で北朝鮮まで接近した俺!でもこれじゃあちょっとだけまだ不満足。ここはやはり自らの足で謎の国との国境線まで歩を進めねば!
という事で丹東放浪記、後半戦です。多少名所も増えて、ぱぁと1よりは旅行記らしくなってるかな?それでは、海洋王国日本では決して味わえない、国家間の緊張状態の真髄を、どうぞ!
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「中朝友誼橋」と銘打たれた鴨緑江大橋。一応友好状態にはあるらしい。最近は六カ国協議やミサイル問題もあって、一概に仲がいいとは言えないようだが。
どうも北朝鮮という国は、国の弱みを隠して(隠し切れてないが)対外的には強いフリをし、何かをしてやらない限り自発的には何もしない(軍事的行動のみは別)、都合のいいように話し合いなどの内容を改変して合意を守らない(昨今のBDAの問題はどうなのかまだわからないが)、常に裏でぺろりと舌を出してそうな、そんなイメージがあります。 -
鴨緑江断橋のたもとにて。記念碑というか、説明文が彫られている。どうもこの橋は旧日本軍が造ったらしい。この橋の凄いところは、大型船(軍艦?)が通る際に、橋がいくつにも分かれて縦になり、橋桁の間を船が通過することができるよう設計されていたという事だ。こんな橋、世界中探してもそうそう無いのではないだろうか。惜しむらくは、第2次世界大戦中にアメリカ軍の爆撃を受けて、建設中の橋の先端が吹っ飛んでぐにゃりと曲がってしまった事。これ以降、計画は頓挫してしまったんだとか。だから、断たれた橋という事で、断橋の名が付いたそうです。
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中国軍抗日戦線が使ったらしいトーチカの跡が残っていた。銃痕らしき跡も沢山残っていて、どうやら共産党が国威高揚のためにわざと造ったものではないようだ。
中に入ると意外と狭い。ただ頑強そうではある。でもこんな中に何日も入って、張り詰めた精神状態の中で生きるか死ぬかの銃撃戦をやってたんだろうから、発狂してもおかしくなかったんだろうなぁ。 -
続いては戦車の残骸。もう勝手にして下さい。
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「平和のために」と銘打たれた銅像のようだが、戦争は何も生まないって事は古今よりさんざん見せ付けられてると思うのですがねぇ。軍隊指揮して何が平和だコンチクショウ。かつては日本の軍隊もそうだったとはいえ、この欺瞞に満ちた考え方には正直うんざりさせられます。
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鴨緑江断橋。観光客も結構多い。中国人だけでなく、欧米人の姿も見かけた。
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連ね鳥居のように続く橋。今はもう橋を分ける機能は作動しないようですが、分かれる場合はどこが割れて分かれていたのだろう。
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断橋の終点。この先には橋桁は続いているものの、橋自体はここで完結している。だから断橋。
アメリカ軍の爆撃の跡を、ペンキを塗ってそのまま残してあります。これだけぐにゃぐにゃにひしゃげられたら、さすがに修復はしんどそうですね。
戦争っていやですね。 -
断橋の突き当たりで売られていたのは、北朝鮮グッズ。金ちゃん親子の自伝のような本や、北朝鮮のコイン、タバコ、お札など。銃弾を組み合わせて作った戦車や軍用機の模型なんかもあった。たとえ使用後のものであっても、銃弾のお土産なんてとても日本に持ち帰れたモンじゃない!
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橋の下には、歯車やらレバーやらがいくつも取り付けられていて、この橋を実際に動かす事ができた跡が残っています。
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断橋の突端から、鴨緑江大橋を撮る。
手前側の、幅を広く取って上部に三角の吊り鉄骨が付いているのが中国側、その向こうの、幅が狭く飾り気も全くないのが北朝鮮側のようです。鉄橋の境界線上には人が入れるブースが付いており、中国側の兵士がそこを見張っているようです。
夜になると、中国側の部分のみライトアップされ、綺麗な姿を見せてくれるそうです。北朝鮮には、同様のことをするお金がどうもないようです。 -
さて、そろそろ鴨緑江を離れましょうか。
丹東の住宅街。結構発展している。大型マンションを幾つも並べた団地を造るのが、今の主流のようだ。
でも、貧困層の住む地域と富裕層の住む地域が混在するというのはどうも……犯罪増加・犯罪率上昇の一役を買ってしまってるのではないかと心配である。 -
鴨緑江の上流に向け、国境沿いの道を走る。
だんだん川幅が狭くなってきたようだ。対岸の工事の様子も近くに見えてくる。あまりにのんびりとした空気なので、ここが本当に国境線なのかと疑いたくなってくる。 -
でもやっぱり何もない対岸。
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更に車を走らせること30分。前方に何やら城壁の跡が見えてきた。中国で城壁の跡といえば、あれしかない!
万里の長城、東の終点へのご案内です。これで、万里の長城については、西の終点嘉峪関&第一墩、北京の八達嶺長城、そして東の終点であるここ虎山長城と、東西を制覇した事になります!わーぱちぱち。
え?制覇するなら東から西まで歩け、と?
……………………
すみません、言い過ぎました。 -
「万里長城東端起点 虎山」と書かれています。
ところで彼らは龍の子太郎(松谷みよ子作)ですか?いくらありがたい龍でも、使いすぎるとありがたみが薄れますよ。 -
ぬおっ、こ、これは!何か思った以上の迫力だ。まさに城門といった感じだ。上から俺を見下ろすかのように威圧してきやがるぜ。ここをくぐったら閻魔大王でも待ち構えてそうだな……へ、へへ、武者震いしてきやがったぜ!
という事で、門はくぐらず、横の階段からさっさと城壁の上へ逃げる(爆) -
山肌に敷かれた虎山長城。雄雄しく猛々しく山の斜面を駆け上がっている。
ただ、ここはほぼ完全に復元物であって、もともとの長城の跡はどこにも見つからなかった。時の流れを感じさせるというか、ちょっと寂しいというか…… -
虎山長城風景。中央やや右寄りに見えるのが先ほどまでいた城門。ここまで来るのにおよそ10分といったところか。
長城周辺は田んぼが広がっているのどかな田園風景。やや遅めの時間に訪れたため、日も少し傾き始めている。急いで踏破しないと! -
途中からはこんな急坂。でもここはまだマシな方で、一番キツイところは手をつきながら上るところもある。
上の方に頂上が見える。到着はもうすぐだ! -
頂上到着!はぁはぁ息をつきながらあたりを見渡すと、素晴らしい風景が広がっていた。思わずパチリ。
と、ここで思わぬ事が発覚。今撮ったこの写真の方向、何と北朝鮮なのだ!な、なにーー!?
じゃああの山の裾野に見える小さな街みたいな部分は北朝鮮の街なのかーー!? -
広大な平原に点在する家屋、これが北朝鮮。まぁこんな中州のようなところじゃあ、ちょっと川が氾濫すればたちどころに家が流されそうですけど。
いやぁ、ちょっとよく見てみると、この平原、長城のすぐ下を流れる川の部分まで続いている。という事は、足元の川の対岸は北朝鮮なのか?!こ、これもまた国境というのか?! -
あのトーチカのような建築物は一体何だ?銃眼らしき穴も開いているようだし。狙われるのはやーよ。
何か中国との関係が悪化したら、自分の立場や力量もわきまえずに噛み付いてきそうな印象がある、北朝鮮。 -
川がいくつも入り組んで流れている。
この写真、撮った時は何の気もなかったが、後でもっとも手前の川が国境線だったことを知った。日本にいては体験できない、国境体験。国と国を隔てているのは、こんな小さな小川なんです。 -
そのまま一気に向こう側へ下る。
やってきたのは「虎山長城博物館」。何でまたこんなしんどいところに建てるねん。虎山長城の入り口でええやんか。お前コレ、博物館見てからまたこの長城上って降り直せっちゅうんかい!うぇーん、しんどいよー(><) -
博物館前から隣の山を見上げると、石塁が1つ建てられていた。どうやら長城はまだ復元途中で、この先も延ばしていくらしい。
をいちょっと待て〜〜。まさか適当に造って「ハイ長城〜♪」なんて公開してるんじゃないだろな?ちゃんと史実に則って復元してるんだろーなぁ? -
博物館内にて。
これはどうやら万里の長城の建築された場所を記した地図らしい。こうやって、虎山長城を無理にでも長城として認めさせ、世界遺産顔をしたい訳だね。でもね、お兄さん気づいちゃったんだ……
この長城の地図によると、長城はどこからどう見ても北朝鮮国内(旧高句麗?)まで続いてるんじゃねぇのか?板門店のあたりまで延びてるじゃねぇか。これが仮に間違っていないとするならば、この虎山長城はあくまで「中国国内における長城の東端」であって「長城東端」にはならないんじゃねぇんかい!!墓穴掘っとりますがな(・ω・) -
何故かは知らないが、劉備・関羽・張飛の銅製の像が立っていた。えーと、ここは彼らとどのような関係が?KOEI版三国志の知識でいっても、ここ丹東は公孫瓚のいた北平なんかより遥かに東ですぞ。公孫瓚といえば趙雲、趙雲といえば劉備軍の五虎大将、五虎といえば虎山長城……はい、無理ありすぎですね、どうもすみませんでした。
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えーと、丹東付近での抗日解放戦線の様子を再現したもののようですが、これと虎山長城と一体何の関係があるのでしょうか。そこまでして反日とくっつけたいのですか?中国さん。もううんざりです。いい加減にして下さい。
地面に「わざと」うち捨てられた日の丸が哀しすぎる。 -
将軍顔の兜らしいのですが、一体どこから外を見るのですか?目の部分に穴が開いてる訳でもないですし……
後世の創作だなんていったら、がっかりですぞ。 -
今度は日露戦争についての記述のようです。学生時代には、日露戦争といえばバルチック艦隊を破った日本海海戦と、「突撃」以外の攻撃方法を採らなかった乃木希典の二〇三高地突破作戦、それにポーツマス条約くらいしか知りませんが、ここでも戦いがあったようですね。このあたりは、日本でもきちんと教えた方がいい歴史の1つだと思いました。
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最後にようやく出てきた虎山長城の建造の様子。普通こーゆー展示物がメインになるんじゃないの?何で反日やら抗日やらばっかりメインになってんのよ。ほんっとに頭にきちゃう!
どうやらここ虎山長城は明代に建造された城壁のようだ。蒙古や元などの北方騎馬民族が北へ逃れた後も、漢民族は北方からの侵略を恐れていたんですねぇ。 -
博物館を出た後は、服務員に教えてもらった、専用のルートを通って表まで戻る事にする。長城の背後から城門まで一気に抜けるのだ。しかし……
右手の草むらの向こうには鴨緑江が広がっています。そしてその向こうは……北朝鮮です。 -
こんなトコ通らにゃあならんのかぁ!懐かしのたけし城ジブラルタル海峡じゃないんですから!まぁ、手すりはありますけど。ここで谷隼人さんあたりがピーッとホイッスルを吹いて「行けぃ!」とか命令してくれたら、俺は喜んで猛ダッシュするんだけどなぁ。小さい頃はあの番組に出るのが夢だったなぁ。
話が脱線しましたが、川の対岸は北朝鮮です。すでに川幅は10mを切ってます。 -
「一歩跨」という場所に到着。文字通り、1歩跨げば北朝鮮です。これが国境なのか……?ここには記念碑があるのですが、撮影し忘れるという失態をしでかしました。
この川には、遊覧ボートが出ています。今回は乗りませんでしたが。国境の川をゆっくりと流してくれるそうです。でも対岸には絶対にタッチしないそうですが。 -
どれくらい1歩かというと、この写真くらいのたったの1歩です。こんな小さなせせらぎが「国境」なのです。たった1歩先には、未知の国北朝鮮が広がっているのです。今まで自分がイメージしてきた「国境」とはかなり様子が違います。関所も無ければ入国審査官もいない。パスポートチェックの必要すらない……これが、世界中どこにでもある「国境」なんです。
ちなみにココには係員(監視員?)のおばちゃんがいて、あまりに川に近づきすぎると注意されます……はい、俺は注意されました。勿論、ここから向こう岸へ渡る事や向こうからこちら側へ来る事は、重大な国際法違反になります。こんなせせらぎなのに…… -
数百m先には北朝鮮の人が住んでいるのに、触れ合う事も許されないようです。
中国側には前述のおばちゃんが監視員として24時間常駐していますが、北朝鮮側にはいないのか?一見すると向こうの建物からこちら側までは何の障害もなく来れるように見えます。しかし、ここまで辿り着く僅かの距離の間にいくつも穴が掘られていて、北朝鮮の保衛部員が息を潜めて周辺の状況を伺っていたり、脱北しようとする者が罠にかかるのを待っている(らしい)。自国民をまるで信用していない様子がありありと伺える国、北朝鮮。何て国だ…… -
帰り道。北朝鮮側にしては珍しく色のついた家屋を発見。車を止めて撮ってみる。家の前にはボートが泊まっており、中国側へ行きたければ10秒かからずに不法越境できそうな状況が整えられていた。きっとたびたび不法越境しては、中国外貨を獲得して生計を立ててる、このあたりじゃあ裕福な北朝鮮人が住んでいるのだろう。
やはりというか当然というか、丹東からのテレビやラジオの放送は北朝鮮側でもバッチリ受信できるらしい。これを利用してお金を稼いでる連中も多いそうだ。どうやってるのかは知らないが…… -
玄関口美化政策でも施行されてるのだろうか。水色が眩しい北朝鮮の家屋。でもまだ造りかけのようで、窓にはガラスがはめられていなかった……ちょっと待て、中国でも貧しい家には窓ガラスすらないトコを俺はたくさん見てきてるぞ。もしかすると、もうあそこに誰か住んでるのかもしれない。
冬場寒すぎるぞ、このへん。 -
団地が造り始められているようだが、何分家屋数が圧倒的に足りない上、丹東側にあるマンションのような高層建築物なんて全く建っていないので、非常に寂しい印象を受ける。例えれば、西部開拓時代の小集落のよう。スティーブ・マックィーンあたりが馬に乗ってパカパカやってきてもあんまり違和感無いかもしれない。
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さて、それでは瀋陽に帰るとしますか!
丹東放浪記 ぱぁと2 おしまい♪
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