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画家のエル・グレコが愛してやまなかった街(らしい)トレド。マドリッドの同じ宿で知り合った日本人旅行者2人と、日帰りでこの街を訪れることになった。<br /><br /> Tさんは32歳。旅して8ヶ月目。彼の真っ黒に焼けた顔が、長いこと暑い国に滞在していたことを思わせる。僕と同じく南米からスペインに渡ってきたという。群馬出身の割には綺麗な標準語を話す。対して、博多弁丸出しのS君は21歳。博多で美容師見習いをしていたが、1年で辞めてきたという。ヨーロッパをこれから周る予定で、まだ日本を離れて10日目。180センチ近い長身の男前で、俳優の大沢たかおに少し似ていた。彼とは、一回り以上も歳が離れていたが、まだ独身で、会社を辞めて旅をしているというでは3人とも同じだった。<br /><br /> 「エル・グレコって誰?サム・グレコっていう元K1ファイターなら知っているけど」<br /> 芸術やら歴史やらには疎いタイプというのも3人一緒だった。列車の中で初めてガイドブックを広げ、こんな低レベルな会話をしながら、30分ほどでトレドの駅へ到着した。<br /><br /> 目の前を走る市内バスに乗りかえ、街の中心へ向かう。終点地である広場から、とりあえず一番目立つ建物であるカテドラルに向かって、歩いてみることにした。しかし、街中は迷路のように複雑に入り組んでおり、すぐに迷子になった。しかも、登り坂が所々に点在し、高配も急でかなりしんどい。散々迷いながら、何とか辿り着いたものの、建物の中に入る入場料が高い(6ユーロ)。3人ともカテドラルとか教会とかにも、さっぱり興味が無いので、結局パスすることに。お金が掛からず、のんびりできるところへ行こうということになり、街外れのパラドールへ向かうことになった。<br /><br /> また、市内バスに飛び乗り、橋を超え、対岸にある丘をずんずん登っていく。高台にある景色のいい適当な場所で、運転手に声を掛け、そこで降りる。有名な画家さんのことはよくわからないが、外から眺めるトレドの街の景色は確かに素晴らしかった。トレドは小さな街だったけど、家、橋、川、教会、路地、広場、門と細部に至るまで、一つ一つ歴史を感じさせ、色といい、装飾といい、うまく全体の調和がとれていた。画家でなくても、絵を描きたくなる。<br />    それに天気もいいので、日向ぼっこするには最高の場所だった。<br /><br /> 「植物が光合成するのわかりますよね。人間も太陽の下、気持ちいいですもん。」<br /><br /> S君が喜んで叫ぶ。<br /><br /> 「そうやね。人間も光が大事やんな。なんかこう明るくなれるもんな。」<br /><br /> と僕が同意する。<br /><br /> こうして3人とも上半身裸になって、しばらく日向ぼっこを楽しんだ。<br /><br /> 1時間ほどして、また同じバスに乗り、街の中心に戻った。帰りの列車まで、まだ少し時間があるのでバルで軽く酒をつまむ。<br /><br /> 一番若いS君が切り出した。<br /><br /> 「俺、これからどうしていいかわかんないっす。これから何でもできる気がするし、何にもできない気もするし。」<br /><br /> 彼が美容師を辞めたのは、何か複雑な理由があるようだ。日本に戻って復職するか、それともまったく別の仕事をするのか、かなり悩んでいるようだった。<br /><br /> 口数少ないTさんが返答する。<br /><br /> 「なに言ってんだよ、その歳で。そんなこといっていたら、32歳の俺とか34歳の若さんはどうなるんだよ。長い人生、何でもできるし、どうにでもなるさ。特に若いんだから、何度でもやり直しがきくよ。<br /><br /> 俺だって、日本へ戻っても、何も決まっていない。でも心配なんかしてないぜ。」<br /><br /> Tさんは車関係の技術者をしていたらしく、かなり熟練工だったようだ。彼は実績があるので、日本に帰っても食いっぱぐれる心配はない。だからS君よりも少し余裕があっての発言だろう。<br /><br /> 僕も同意していたものの、最後にこう付け加える。<br /><br /> 「もしかして、S君は、僕やTさんみたいに、このまま30歳過ぎても放浪している人間みたくなっちゃうのかなって、心配してるんじゃない?反面教師的に。」<br /><br /> それは違いますよと、S君は必死に否定する。まあ、そう思われていても仕方が無い。20代の頃の自分は、30代の長期旅行者を見てそう思っていたのだから。<br /><br /> 「でも、日本にいるとよく見えないけど、外から眺めると見えてくるものがいっぱいあると思うよ。今日のトレドの景色のように、中にいるとわからないけど、外から眺めると色々気付く部分が出てくるんだよ。それがわかるだけでも、海外に来た意味があるんじゃないかな。そういうのを考える時間って、すごく大事な気がするよ。」<br /><br /> と、自分の考えを付け足そうと思ったが、説教臭くなるので止めた。オヤジと思われるのもイヤだし、たぶんS君はそんなこと言わなくても、自然に何かを感じていくに違いない。<br /><br /> 外から眺めるている分には、日本って、安全で、快適ですごく暮らしやすいように見える。だけど、旅から戻るといつもなぜだか息苦しく感じてしまう。日本の常識や管理社会という目に見えない深い迷路に迷ってしまう。だから、僕はいつまでたっても逃げまくっている。日本に帰らないといけない。でも帰るのが、正直怖いというのが本音のところなのだ。そう思うと、僕はTさんみたいに自信のある発言はできなかった。<br /><br /> S君は話題を変えて、これからの旅の予定について話し出した。<br /><br /> 「明日は何処へ行けばいいのか悩んでいるんです。早く行かないといけないという気持ちが募る反面、あちこち動くのもシンドイし。」<br /><br /> また、Tさんが答える。<br /><br /> 「そんなの、風が吹くままさ。明日のことは明日決めればいいのさ。先のことを深く思い悩む必要なんかない。思い立ったらを明日旅立てばいいし、イヤだったしばらくその場にいればいい。」<br /> この言葉は、S君ではなく、何だか僕に向かって言われたような気がした。<br /> <br /> バルを出たのが20時前。それでも、太陽は眩しいばかりに燦燦と照りつけていた。5月のスペインの日の入りは遅い。日本でいう夕方16時過ぎが今の時間帯に当たるだろう。<br /><br /> 僕ら3人はほろ酔い気味に、その太陽が照りつける方角の駅へ向かって歩いていくことにした。Tさんが先頭、少し遅れて僕、最後にS君がトコトコついて行く。背中から感じる日差しから判断するに、まだたっぷりと光合成をする時間はあるようだ。ただ風だけはどちらから吹いているか、僕にはわからなかった。太陽が示す方向をただひたすら歩いていった。

外から眺める風景@トレド

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2007/05/30 - 2007/06/01

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フーテンの若さん

フーテンの若さんさん

画家のエル・グレコが愛してやまなかった街(らしい)トレド。マドリッドの同じ宿で知り合った日本人旅行者2人と、日帰りでこの街を訪れることになった。

 Tさんは32歳。旅して8ヶ月目。彼の真っ黒に焼けた顔が、長いこと暑い国に滞在していたことを思わせる。僕と同じく南米からスペインに渡ってきたという。群馬出身の割には綺麗な標準語を話す。対して、博多弁丸出しのS君は21歳。博多で美容師見習いをしていたが、1年で辞めてきたという。ヨーロッパをこれから周る予定で、まだ日本を離れて10日目。180センチ近い長身の男前で、俳優の大沢たかおに少し似ていた。彼とは、一回り以上も歳が離れていたが、まだ独身で、会社を辞めて旅をしているというでは3人とも同じだった。

 「エル・グレコって誰?サム・グレコっていう元K1ファイターなら知っているけど」
 芸術やら歴史やらには疎いタイプというのも3人一緒だった。列車の中で初めてガイドブックを広げ、こんな低レベルな会話をしながら、30分ほどでトレドの駅へ到着した。

 目の前を走る市内バスに乗りかえ、街の中心へ向かう。終点地である広場から、とりあえず一番目立つ建物であるカテドラルに向かって、歩いてみることにした。しかし、街中は迷路のように複雑に入り組んでおり、すぐに迷子になった。しかも、登り坂が所々に点在し、高配も急でかなりしんどい。散々迷いながら、何とか辿り着いたものの、建物の中に入る入場料が高い(6ユーロ)。3人ともカテドラルとか教会とかにも、さっぱり興味が無いので、結局パスすることに。お金が掛からず、のんびりできるところへ行こうということになり、街外れのパラドールへ向かうことになった。

 また、市内バスに飛び乗り、橋を超え、対岸にある丘をずんずん登っていく。高台にある景色のいい適当な場所で、運転手に声を掛け、そこで降りる。有名な画家さんのことはよくわからないが、外から眺めるトレドの街の景色は確かに素晴らしかった。トレドは小さな街だったけど、家、橋、川、教会、路地、広場、門と細部に至るまで、一つ一つ歴史を感じさせ、色といい、装飾といい、うまく全体の調和がとれていた。画家でなくても、絵を描きたくなる。
それに天気もいいので、日向ぼっこするには最高の場所だった。

 「植物が光合成するのわかりますよね。人間も太陽の下、気持ちいいですもん。」

 S君が喜んで叫ぶ。

 「そうやね。人間も光が大事やんな。なんかこう明るくなれるもんな。」

 と僕が同意する。

 こうして3人とも上半身裸になって、しばらく日向ぼっこを楽しんだ。

 1時間ほどして、また同じバスに乗り、街の中心に戻った。帰りの列車まで、まだ少し時間があるのでバルで軽く酒をつまむ。

 一番若いS君が切り出した。

 「俺、これからどうしていいかわかんないっす。これから何でもできる気がするし、何にもできない気もするし。」

 彼が美容師を辞めたのは、何か複雑な理由があるようだ。日本に戻って復職するか、それともまったく別の仕事をするのか、かなり悩んでいるようだった。

 口数少ないTさんが返答する。

 「なに言ってんだよ、その歳で。そんなこといっていたら、32歳の俺とか34歳の若さんはどうなるんだよ。長い人生、何でもできるし、どうにでもなるさ。特に若いんだから、何度でもやり直しがきくよ。

 俺だって、日本へ戻っても、何も決まっていない。でも心配なんかしてないぜ。」

 Tさんは車関係の技術者をしていたらしく、かなり熟練工だったようだ。彼は実績があるので、日本に帰っても食いっぱぐれる心配はない。だからS君よりも少し余裕があっての発言だろう。

 僕も同意していたものの、最後にこう付け加える。

 「もしかして、S君は、僕やTさんみたいに、このまま30歳過ぎても放浪している人間みたくなっちゃうのかなって、心配してるんじゃない?反面教師的に。」

 それは違いますよと、S君は必死に否定する。まあ、そう思われていても仕方が無い。20代の頃の自分は、30代の長期旅行者を見てそう思っていたのだから。

 「でも、日本にいるとよく見えないけど、外から眺めると見えてくるものがいっぱいあると思うよ。今日のトレドの景色のように、中にいるとわからないけど、外から眺めると色々気付く部分が出てくるんだよ。それがわかるだけでも、海外に来た意味があるんじゃないかな。そういうのを考える時間って、すごく大事な気がするよ。」

 と、自分の考えを付け足そうと思ったが、説教臭くなるので止めた。オヤジと思われるのもイヤだし、たぶんS君はそんなこと言わなくても、自然に何かを感じていくに違いない。

 外から眺めるている分には、日本って、安全で、快適ですごく暮らしやすいように見える。だけど、旅から戻るといつもなぜだか息苦しく感じてしまう。日本の常識や管理社会という目に見えない深い迷路に迷ってしまう。だから、僕はいつまでたっても逃げまくっている。日本に帰らないといけない。でも帰るのが、正直怖いというのが本音のところなのだ。そう思うと、僕はTさんみたいに自信のある発言はできなかった。

 S君は話題を変えて、これからの旅の予定について話し出した。

 「明日は何処へ行けばいいのか悩んでいるんです。早く行かないといけないという気持ちが募る反面、あちこち動くのもシンドイし。」

 また、Tさんが答える。

 「そんなの、風が吹くままさ。明日のことは明日決めればいいのさ。先のことを深く思い悩む必要なんかない。思い立ったらを明日旅立てばいいし、イヤだったしばらくその場にいればいい。」
 この言葉は、S君ではなく、何だか僕に向かって言われたような気がした。
 
 バルを出たのが20時前。それでも、太陽は眩しいばかりに燦燦と照りつけていた。5月のスペインの日の入りは遅い。日本でいう夕方16時過ぎが今の時間帯に当たるだろう。

 僕ら3人はほろ酔い気味に、その太陽が照りつける方角の駅へ向かって歩いていくことにした。Tさんが先頭、少し遅れて僕、最後にS君がトコトコついて行く。背中から感じる日差しから判断するに、まだたっぷりと光合成をする時間はあるようだ。ただ風だけはどちらから吹いているか、僕にはわからなかった。太陽が示す方向をただひたすら歩いていった。

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