2004/02/18 - 2004/02/22
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ナーザさん
「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道となるのだ。」(『故郷』より)
私は、作家魯迅と、彼が生きた1930年代の上海に出会いたくて、この都市を訪れた。はじめに宿泊したのは、「上海大厦」。バンドと対岸の浦東地区を一望できる好立地。租界時代当時は、ブロードウェイ・マンションという名で営業していたクラシックホテルだ。ホテルの予約は、どんな部屋でもいいから、と出発前日に急遽頼んだものであったが、あてがわれたのはなんとスイートルームだった。孤独な貧乏旅行人にはとても似つかわしくない豪華な内装。くわえて、深夜便の飛行機を利用したので、チェックインしたのは午前1時すぎ。贅沢さを堪能するには、あまりに限られた時間であった。翌日に寝床を変えることを決心して、ベッドに入った。
翌朝。ホテルで朝食をとり、バンドをぶらぶら散歩しあと、宿を変える。「金門大酒店」。ここも1926年創業のクラシックホテル。簡素で小さな部屋を選んだのだが、妙に落ちつく感じがし、人民広場の前という交通至便さもあって、結果として、残り3泊のお世話を受けることとなる。
さて、魯迅記念館を訪れた日の話であるが、館内を見学し、帰ろうとしたところ、おみやげを買わないかと、館長らしき人物が声をかけてきた。いろいろ話を聞いていたのだが、どうも自分の気に入る物はない。それを伝えると、彼が一喝。「俺は昼食の時間を割いて、お前に話をしてやった。俺の昼食代を返せ!」。訳のわからない言いがかりを吹っかけられ、それをつっぱねて出てきたのだが、とても気分を害した。
その帰り道でのこと。私は魯迅故居へも足を運ぼうとしたのだが、道に迷ってしまった。すると、高校生くらいのグループが声をかけてきて、親切に道案内をしてくれた。最後に礼をいうと、彼らは笑顔で手をふった。
この2つの出来事を通じて思った。もし魯迅がいう「希望」を、日中交流という大儀なキーワードに置きかえるのなら、館長の不遜な態度では叶えられない。それは、次世代の優しい心にこそ託したい。もちろん、私たち日本人の側にもいえることである。そうしてはじめて、未来への「道」も築かれるのだと思う☆
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この旅行記へのコメント (2)
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- スーポンドイツさん 2008/09/26 23:26:32
- 吶喊
- まさか4トラ旅行記で「吶喊」に会うとは思ってもみませんでした。
今は春秋戦国時代や清時代に興味があり小説を読んでいますが、これだけは別格、しまっておきたい思い出です。
中国でのふたつの体験・・うーん、そういう国なんですね。
すーぽん
- ナーザさん からの返信 2008/09/27 02:01:43
- 中国の作品
- 魯迅の「故郷」は学生時代、国語の教科書に出てきて衝撃を受けた作品です。
彼の作品はどれも重いので、とっつきづらいですよね。
春秋戦国や清時代の小説ですか。時代的に面白そうですね。
私は三国時代の曹植の詩が好きです。
そしてトラベラー名のナーザは、
上海アニメーションの主人公の名前からとったものなんですよ。(・∀・)
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