2007/04/28 - 2007/05/04
333位(同エリア376件中)
りいいさん
5日目:シェムリアップ最終日
前日の壮大な遺跡の後は、少し離れた所まで。アンコールより古いこじんまりとした遺跡群へ。途中の道は土煙もあり、バスでなければかなりしんどそう。
この日でカンボジア観光は終わり。
カンボジアでは内戦があったり、今だ地雷も数多く残っていて、遺跡の中にも地雷が除かれて、やっと行けるようになった所もあるということは知っていた。でも、実際の体験者から話を聞いたり、色々な現実を目にすると、こんな風に気軽に旅行して楽しんでいていいのかなとちょっと気になってしまった。
-
1時間30分赤土の道を通りバンテ・アイ・スレイへ。バイク・車などでたくさんの人が向かっていた。
-
今までの遺跡と違って、さらに彫刻が細かい
-
繊細な細かい彫刻が多く、彫りも深くて立体的。
-
-
規模は小さいが、全体的に見渡すことができ「女の砦」というだけあって女性的で赤くてきれい。前日までの黒っぽい寺院とは明らかに違う。フランス人が盗掘してしまったのも仕方ないかも。
-
ヒンドゥー教のモチーフが多く、これはガルーダ。ここだけちょっとバリみたい
-
東洋のモナリザは現在では中まで入れないので、見られなくなってしまい写真を見せてもらった。他のも近くで見られず残念
-
顔の欠けたデヴァターもあったが、ほぼきれいに残っている。これでアンコール・ワットより古いとは
-
-
-
-
入り口はこんなに狭くても、この奥に繊細な彫刻の遺跡が残ってた
-
遺跡への道端には小さな村が点在していた。家は高床式になっている
-
この家は4人兄弟のよう。ポル・ポト時代には国家の教育システムが破壊されてしまい、教師の90%がポル・ポト政権の下で死んだという報告もあり、いまだ小学校も義務教育ではないそう。内戦で多くの学校が破壊され、多くの知識層が殺戮にあい教える教師も少なく、午前午後で働く子供も多いため学校は2部制(午前・午後)に分かれている。ガイドさんも「農村ではほとんどの子供達は学校に行けず、行けたとしても高学年になると家の働き手として学校を辞めさせられてしまう。中学への進学率も低く、教育を受けられる子供達が少ないため、カンボジアの将来が心配だ」と語ってくれた。
-
ロリュオス遺跡へ。ここでも自然と融合している遺跡が。空の青と緑と遺跡の赤茶のコントラストがきれい。
-
周りは木々に覆われている。敷地内にはお坊さん達が暮らす家も。
-
-
牛がいるのはプリアコー。聖なる牛の意味でシヴァ神の乗り物。これが一番きれいに残っていた。
-
かなり崩れかかってたので修復中。アンコールの遺跡のなかでも古いもので、両親を奉るため建てたらしい。
-
最後はバコン。ロリュオス遺跡の中では大きい
-
上からの眺め
-
-
裏からも見てもきれい
-
ここにも蛇が
-
ツアーの最後は影絵のスバエク作り。まずはお手本を見せてもらう。さすがに日頃からしているので上手。
-
作品の出来上がり。
私はただ叩いていただけだったが、それらしくなった。 -
窓に飾られていたスバエク。結構大きく模様も細かい。
-
これは神様?
-
ここの子供達は親がおらず、こうやって仕事をしながら学校へ通っているとのこと。みんな笑顔がかわいくて、一生懸命手伝ってくれた。
子供達だけでなく、カンボジアの人はみんな笑顔がとてもチャーミングだった。無表情で初めはちょっと機嫌悪いのかなと感じた人でさえ、声をかけるとニッコリと表情が変わる。ちょっと他では見られない心が和む優しい笑顔だった。 -
朝日も夕日も見れなかったが、最後の空港で何とか夕日が。
-
世界遺産ということだけでなく、中身の濃い2日間だったように思う。
観光地には必ずいる物売り。ここでは特に子供達が多かった。それは子供だったら観光客が大人より買ってくれるかも、ということなのか、大人がお店をしている間に子供達が売っているのか。確かに1ドルなんて観光客から見ればたいした額じゃない。でも、全員に払うわけにもいかない。結局、彼らからは何も買わなかったけど、買わなくてもバスが出るときには、あの笑顔で手を振って見送ってくれた。
ここに来て、初めて日本も色々と支援していることを知った。帰国後にも、せっかく日本が支援して作った浄水施設が、政府の一存で韓国の民間企業に売られるというニュースを見た。現地の人達は困惑していた。
チャンヤさんと話をしていたときに「日本人はいいですね」と言われた。カンボジア人が外国に行こうとするとパスポート、ビザを取るのも大変でなかなか取れない。せいぜい行けるのは回りのアジアくらい。特に日本は保証人も提示し調べられ身元が保証されないと行けないくらい厳しい。ただ、外国に行くのは少数で、国内旅行もなかなか行けず、死ぬまでその土地で暮らす人のほうが多いとのこと。
また、空港に向かうバスの中で、最後に穏やかに語ってくれた。「自分の父親も2歳の時に殺された。親のない子供達もみんな頑張っている。国も小学校の義務教育化を目指しているというから、これからのカンボジアに期待して欲しい。まあ、いつも約束は未定だけど」と。
最後まで笑顔で見送ってくれ、「また来て下さい」の言葉に思わず「絶対また来ます」と言って握手をして別れた。個人では何かをするのは難しいと思うが、ここに来るだけでも何か支援になるのだろうか。今までの観光旅行と違って、来る前と後とでは何か変わった気がする。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
カンボジアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
カンボジア最安
112円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
31