2007/04/18 - 2007/04/20
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shayajiaさん
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長距離バスで商丘から3時間、鄭州から1時間の所にある
古都、開封。4000年の歴史をもつ。
これまで何度も都が置かれ、特に戦国時代の魏の都である
大梁として、また後梁、後唐、後周、北宋、金の王朝の
都としても栄えた。さらに北宋時代の繁栄振りを描いた
「清明上河図」は有名…とガイド本の受売り。
私が開封を訪れた4月19日は農暦3月3日にあたり、
この日は古代伝説上の人物、黄帝の生誕の日とされている
そうだ。黄帝は鄭州の隣町、新鄭市出身で、国家平定という
武力面での偉業と同時に、医薬、文学、音楽、暦算を創始
したとして崇められ(たとえば医薬品では「ユンケル黄帝液」
というように商品名に使われていたりする)、また炎帝と
共に中華民族の祖として伝えられている。そのため春秋時期
からこの黄帝の出生の日、農暦3月3日には拜祖活動が
各地で行われ、特に新鄭市では今も中国の政治家も参加する
大々的な式典が開かれる。この日、開封市でもたくさんの
人たちがお寺などに参拝に来ており、この黄帝が伝説上の、
つまり実在しなかった人物であるにしても、それを崇め、
熱心に跪いてお参りする人たちの姿が見られ、この日何も
知らずに開封を訪れた私は、中国の精神文化に触れられた
ラッキーな1日を過ごした。
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- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
-
商丘から到着後の18時、まずは宿泊先を探す。
このサイトでよく紹介される開封賓館へ行くと
受付の女性が1泊240元の部屋しか空いていない
という。この人、態度が悪い上に、方言がキツくて
何を言っているのか分かりづらい。他のフロントも
同じような感じで、隣の中国人団体が「聞き取れ
ない…」とからかっていた。
ということでこんな所に240元は出せないと
仕切りなおし、探しだしたのが鼓楼街にある
「大金台賓館」。カタログの写真と実状に格差が
あるのはご愛嬌として、部屋はまあまあ。
従業員はみんな標準語が話せるのが助かった!
単人房と標準房の表示価格は共に130元、
単人房は値引き後100元になる。この辺りは水が
きれいなようで、お風呂あがりの肌はつるつるに
なる。難点をあげれば、朝食をとる隣接のレストラン
「又一新飯店」の朝食がいけてないこと。朝食は外で
小吃を探したほうがよさそう。 -
夕食を求めて賓館の外に出てみると、何やら賑やか。
屋台が並んでいた!実はこの辺りは鼓楼街夜市と
いうちょっとした夜のスポットだったらしい。
いやぁ、知らずに付近のホテルを取った私、違う
ホテルを取ってたら、危うくおもしろスポットを
見逃す所だった。他の場所に泊まった場合にも
夜はぜひこの辺りに行ってみてください。 -
南書店街に曲がっていくと、驚きの景色。
昔風の街にやはり屋台が並んでいた。
かなりおもしろい!
ちなみに手前の屋台で売られる「落生ガオ」は
この地の特産品。ピーナッツ味のサクサクとした
お菓子。千葉県出身者として“「落花生味」のもの
は好まず、ピーナッツはそのまま食べたい”派の
私でもこれは気に入った。崩れやすくもろいので
持ち運びは難しいが、開封に行った際はお試し
あれ。 -
雑貨などいろんなものが売られる。
-
上のおじいさんは絵ではなく、立体的に
頭がかなり前に突き出ていてかわいい。 -
屋台でいくつか買って持ち帰りした。
(屋台のそばにあるテーブルで食べてもOK)
開封名物?炒凉粉
しょうゆ味で意外と味が濃かったがなかなか
おいしい。 -
開封名物?黄メン魚
回族系の濃い顔のおじさんが聞き取れない
中国語で話しながらパックに入れてくれた。
一度揚げてから煮るようで、イスラム系の味。
魚の大きさは店によるようだ。 -
開封名物?小篭包
これはやばい。肉汁がかなりおいしい!
あー、写真を見ていても倒れそうになる。
ホテルの部屋で食べたが、この通りは夜10時を
過ぎても夜市の音が聞こえてきた。 -
4月19日朝8時前から大相国寺に行くと、
既に門の前にはお香を両手に参拝するたくさんの
人の姿が。
ここは555年創建の、開封で最も歴史のある
仏教寺院。(30元) -
この日が拜祖日であることを知らない私は、開封の
どの観光地でも入り口でチケットを買わずに
身分証だけで入ろうとする人と係員が言い争う
異様な雰囲気を見て、その日が普通の日ではなく、
また彼らが観光客ではないことに気づいた。
彼らの容姿はどう見ても観光を楽しもうとする
旅行客とは異なる。 -
敷地内にはいくつかのお堂があり、その中に
それぞれ仏像などが置かれている。
この日は地元の人たちが全てのお堂を順に
参拝していた。 -
大雄宝殿。
大相国寺は唐と宋の時代に栄え、特に宋の時代には
その改修工事が絶え間なく続いたとのこと。
当時、中国最大規模のお寺として、敷地面積は今の
18倍(!)、僧侶の数も1000人に上っていた
そうだ。現存する大相国寺の多くは清の時代のもの。 -
大雄宝殿の中に置かれる仏像。中では撮影禁止
だったので、入り口の外から撮ってみた。
仏像ももちろんだが、地元の人の熱心な姿に
目がいってしまう。 -
これが八角堂こと羅漢殿。屋根が八角。
-
そしてこれが見所の八角堂の中にある四面千手
観世音菩薩(千手千眼仏)。
1767年古代芸術家が58年の歳月を掛けて
完成。1本のイチョウの木を彫ったものだそうだ。
高さ7m、翼のように見える部分は全て手で
全1048あり、このひとつひとつの手に眼が
描かれている。さらに四面というだけあって
4体の菩薩像が背中合わせに立ち、金箔も
貼られてあり、周りにはこの菩薩を前にしばらく
止まって、あっけに取られている姿が見られた。 -
大師堂。
参拝者はこの前にあった象の置物を触り、その後に
自分を触るという動作を繰り替えしていた。
ところでこの大師堂とは何かというと、日本の
弘法大使、空海を祀った場所。空海は唐の時代
遣唐使のメンバーとして中国に来て、長安に
向かう過程でこの開封大相国寺にも身を寄せた。
その説明を読んでいて、気になる部分を発見!
「日本の片仮名の創始者、空海」…ん?「日本史
しか分かりません」とか平気で言ってきた私、
こんなことも知らなかった!調べると、中国で
仏教を学び、それを日本で伝えていく上で、仏経の
梵字(サンスクリット語)の発音を表す文字が必要
と考えたとのこと。この空海創始説を否定する人も
いるが、どちらにせよ他の国から伝わってきた
もので溢れる日本の中で、仮名文字という日本特有
のものを発明してくれた人には個人的に感謝したく
なる。ちなみに平仮名は片仮名が変形したもの
だそうだ。順番は逆かと思ってた。 -
いろいろ収穫のあった大相国寺を出て、徒歩で
前日屋台を見た南書店町を抜け、この渋い
眼鏡屋さんのある十字路で左折して進むと、
2つ目のスポットに到着。
※ちなみに今回の回り方は中国のガイド本
「中国自助遊2007」を参考。 -
ここです、山陝甘会館!(20元)
品と華やかさがあるという印象。
清の時代(1700年代)に山西省、陝西省、
甘粛省の商人が資金を出し合って作ったとのこと。 -
うーん、確かに「贅を尽くして作られた」という
感じ。すばらしい! -
上のほうにあるたくさんの彫刻。もっと近くで
じっくり見たい!!
奥の建物の中は小さな博物館になっていて、
開封の歴史が簡単に説明されており、ちょっと
した知識が得られる。
ここを出て中山路北段を少し歩けば、宋都御街へ
出られる。この辺りは乗り物に乗る必要なし。
?に続く…。
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