2005/11 - 2005/11
1612位(同エリア1839件中)
漣さん
西洋世界に開かれた未開の世界、ロシア。東へとその影響が広まるにつれ地方ごとの解釈が加えられ、更なる発展を遂げる。ここモスクワにおいても独自の発展を遂げた建築様式が存在する。
「モスクワ・バロック」、そう呼ばれる建築様式の白眉、クレムリンの歴史を補完する歴史性にも満ちた修道院。
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修道院は歴史的に見れば、1524年にヴァシーリー大公がスモレンスク奪回を記念して建てられたのが始まりだが、歴史的建造物がいまいち修復されていないロシアにおいてこれ程の美観を現在まで残しているのはこの女子修道院の修道女の多くに歴代の皇族・貴族の才女がいたからであった。
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惜しみなく注がれた財源により創設以来発展が続いたノヴォデヴィチ修道院は複数の聖堂の他、様々な付属施設が築かれた。
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後に強固な防御壁や衛兵の詰め所といった軍事的設備も加えられ、16世紀後半にはクレムリンの出城としての役割も担うようになった。
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当時勢いを増していたポーランド軍にモスクワを占領されていた時代も、この修道院を舞台に激戦が繰り広げられた。
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修道院が繁栄の絶頂を迎えたのは17世紀後半、皇女ソフィアの時代であった。この頃に建造された建築がモスクワ・バロックと呼ばれ、赤煉瓦とのコントラストが一際美しく、訪問者を魅了し続けている。
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修道院脇には緑溢れる池があり、モスクワ市民の散歩コースになっている。
この池に想を得たチャイコフスキーは名曲「白鳥の湖」を作曲したとの事。 -
修道院入り口にて発見した世界遺産の碑。モスクワ・クレムリンと密接な繋がりを持ち、ロシア史の重要な舞台であり続けたノヴォデヴィチ修道院は以下の基準で世界遺産に登録されている。
()ノヴォデヴィチ修道院はモスクワ周辺地域で流行した「モスクワバロック」と呼ばれる建築様式の優れた例である。
その見事な建築や精細な装飾もさることながら、ノヴォデヴィチ修道院は都市計画的価値基準により特徴付けられるものである。
()ノヴォデヴィチ修道院は17世紀後期の建築の特に「モスクワバロック」様式を表す飛び抜けて良好に保存された修道院の顕著な例である。
()ノヴォデヴィチ修道院の建造物群は既に世界遺産となっているモスクワクレムリンの政治的・文化的本質を集約している。
修道院自体はロシア正教及び特に16〜17世紀のロシア史に密接に関係している。
※ユネスコのHPに記載されているものの私訳です。 -
周囲と隔絶された世界、皇族・貴族の才女達、大奥張りの世界が展開されたのではと予想される、めくるめく妖艶な世界ノヴォデヴィチ女子修道院・・・まさかね。
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