2004/12/06 - 2004/12/07
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ぼすとんばっぐさん
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歴史の舞台にも登場する『長江第一湾』がある石鼓の町。
こういうところに行って見たい...!と普段思い描いていた素朴な景色に思わず出会えました。町というよりは村。長江だけを見るつもりが、すっかりこの土地の虜に...!
《アクセス》
12/7(火)麗江バスターミナル 15:00発→石鼓 17時頃着
※中甸(←現在はシャングリラに名称変更)行きの高速バスに乗車。料金片道 10元。
※石鼓は高倉健主演の映画「千里走単騎」の舞台になっている。町並みに興味を持った方は是非映画を見て下さい。
※数年後、三峡ダムの影響でこの町は沈むと言われているらしい。もったいなすぎる。それが本当なら誰か止めて〜!!
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
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昨日、大理から麗江へデラックスバスで快適移動。
翌日、麗江旧市街を散策した後、周辺を観光してみたくなり、歴史の舞台にもなった『長江第一湾』へと向かう。(麗江については別の旅行記で)
麗江からデコボコ山道をバスで走ること約2時間、『石鼓』に到着。途中の田舎景色は最高!しかし、崖っぷちギリギリの道を走ったり、カーブも非常に多く、車内で軽くジャンプをしたりで(デコボコ道の為)、決して快適な道ではなかった。車酔いしやすい人はちょっとご用心。 -
石鼓は山の中に囲まれている天然自然の素朴な町。360度自然万歳!麗江の旧市街の賑やかさにちょっとだけ食傷気味になっていたけれど、この町へ来て感動!そう、私が訪ねてみたかったのはこんな所だったのよ〜!あ〜、来てヨカッタ☆
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日本の田舎景色と決定的に違うのは山の色。
日本の山は木がフサフサして、木の色が山の色を作っているのに対して、この地方は赤土の山肌が剥き出しになっている。清涼感溢れる景色というより、ワイルドな印象。 -
どうやら、この中央左にある木がバス停みたい?(この木の前でバスを降りた)。かな〜りアバウト。ここから写真の坂道を下り長江を目指して歩く。
木の左奥にあるのは民家。夜になると、電気ではなくランプが灯っていた。この時何にも考えていなかったけれど、後でこの民家の人に大変お世話になることに...。そしてトキメキもあり...! -
観光施設も何もない、本当の田舎町。麗江とは比べものにならないくらい地味で、見所は長江や記念碑などの数箇所、後は町並みと自然だけ。
(現地で知り合った日本人同行者がいたのだけれど、公衆トイレに入った途端、あまりにも原始的過ぎたらしく、中から悲鳴が聞こえてきました)
楽しくハジケたい人にとっては、きっと退屈なところ。しかし、手垢の付いていない町を訪れたい人にとっては、きっと血が騒ぐところ。 -
石鼓に着いた時点で既に夕方だったので、あまり長く滞在出来ないのが残念。
こんなに素敵なところだと知っていれば、もっと早くに来れば良かった〜! -
坂道を下っていくと、地元の人と遭遇。石鼓も麗江と同じくナシ族の町。素朴で優しくて人懐っこい...この旅で感じたナシ族の印象。1人と話をすると周りから人が集まって会話に乗っかってきてくれるという、とても親しみやすい人たちだった。
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目指す長江はまだまだこの先。石鼓の町を見学しながら進んでいく。
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味わい深い道を更に下っていく。
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家がね〜、本当に良い味が出ている!
あー、もっと町を見学したかった。しかし、日が暮れるまでに長江を見学しなければ。う〜ん、残念。 -
坂道を下りきり出会ったビューティフル・ワールド。この小川は、写真奥、山の手前を流れる長江へと流れ込む。長江は近い。
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小川には吊橋がかかっていた。普通の吊橋とは違い、両端に門がある。
この吊橋は『鉄虹橋』という名称で、有名な「長征」の際、紅軍(中国共産党)がこの吊橋を渡って北上をしていったらしい。石鼓は現在のんびりとした田舎だけれど、その昔は色々な戦に関わった場所だった。
現在は天秤を肩にかけた人が、のどかに吊橋を渡っている。 -
長江第一湾は、V字に湾曲していることで有名。川辺に行く前に、このV字を見てみようと、高台にある『紅軍長征渡江記念碑』を目指すことに。階段を何段も上ってようやく到着すると、陽に輝く記念像があった。
この記念像は「長征」を記念して造られた銅像で、左は紅軍兵士、右側で手を握っているのがこの石鼓鎮の住人。長征の際、少数民族の中には軍を拒絶する者もあったが、協力的な者もいたらしい。石鼓鎮の住人は後者であったよう。 -
高台から左側を見渡すと、段々畑の田舎景色が広がっている。
のどかだなぁ〜、旅をしてこの土地の空気を吸っているんだなぁ〜。 -
右側には、長江第一湾が出現!かろうじてV字に曲がっているのが見えた。
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長江第一湾のクローズアップ。
三国志の諸葛孔明も、元のフビライ・ハーンも、毛沢東も渡ったと言われるこの第一湾。きっとこの景色は、遥か昔からそんなに変わっていないはず...。
そう思うと、胸の鼓動が少し早くなる。 -
それでは、川辺へ行ってみよう。
川辺周辺は整備されていて、門をくぐって中へ入る。
写真奥にあるのはフェリーターミナルで、ここから船が出ているみたい。 -
この道を真っすぐに進むと、長江はもう目の前。
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ようやく、川辺に到着ー!しかし、近づき過ぎて、どれがV字湾曲なのかさっぱりわからなくなってしまった。
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北西から流れてきた長江は、ちょうどこの辺りで山に阻まれ東北に向きを変える。その為、ここだけ流れが一瞬緩やかになり対岸に渡りやすくなるので、渡河する為の重要ポイントだったらしい。
生活にも利用し易くなり、町も出来た。 -
ちょうど夕暮れ時で、写真ではわかりにくいけれど、辺りは綺麗なピンク色。
昔、沢山の兵士が渡った河は、現在カルガモ親子が泳いでいる平和な河になっていた。やっぱり平和が一番! -
そろそろ日も暮れかかってきたし、周囲には電灯も無さそうなので、麗江へ帰ろうかとバス停に戻る。さて、次のバスは何時だろう。バス停付近にあった民家(上の方にある写真の家)で訪ねて見ると、「バス、もう無いよ」。え〜!?って何で帰りのバスの時刻を調べておかなかったんやろか、私たち。
状況を察してくれた民家のおじさんが、「よっしゃ、ワシにまかしとけ」と突然、麗江行きのヒッチハイクを開始。早速車がやってきた...、しかし通り過ぎてしまった。「アハハハー、今のはパトカーだったか。」あ、本当だ制服を着ていた。しかしそれからしばらく全然車が来ない。ようやく、向こうからまた車が...おじさんが「ヘーイ!」と止めに入ると、またもや同じパトカー。「ワハハハー!違うかった」と陽気なテンションでヒッチハイクを続けるが、この後、周囲を巡回しているこのパトカーを2回止めに入り、車内にいる人から、イイ加減車を覚えろ、と言いたげに睨まれる。つまり、どうやら一般車も全く通らず、通るのはパトロールカーのみ。
ヒッチハイクを諦めこの状況に同情してくれたおじさんが、100元支払う代わりにおじさんの自家用車で麗江へ送ると提案をしてくれたので、この際、料金交渉もせず即快諾。
「運転はワシの息子にさせる。お〜い!」と呼ばれて出てきたのが、速水もこみち似の超ハンサムな息子!
英語も堪能で、本当におじさんの息子なのか...?と口をあ〜んぐり。彼の名前は‘ヤンツァン’。硬派だけれど優しげな雰囲気で、こんな出会いがあるならバスなんかいらない!(彼には迷惑をかけてますが...)。ヤンツァンに安全運転をしてもらって2時間後、無事に麗江へ到着。石鼓は、景色も何もかもひっくるめて忘れられない土地になったなぁ〜。帰国後、友人に一番力を入れて語った旅の話題はヤンツァンと石鼓の町だった。
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