2004/02 - 2004/02
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漣さん
欧州随一として知られるバックパッカーの沈没地、プラハ。沈没地の条件、それは物価の安さ、安宿の多さ、決して飽きさせない観光資源の豊富さ、政情の安定。これら全てを余す事無く満たした都市であるプラハ。
世界中からあらゆる目的を持って訪れる訪問客でごった返すこの街で、夜の散策に出かけてみた。
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ゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、アールヌーヴォーと数々の建築様式の野外博物館と化しているプラハの建築はどれも気品を感じさせる。
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1490年造、時計職人ミクラーシュ=カダニュの手による天文時計。
欧州中にある、時計の出来栄えに感動した君主が職人が二度と作れないように目を潰したという伝説の本場。 -
欧州の歴史を語る上で欠かすことの出来ない重要な歴史都市プラハは以下の基準で世界遺産に登録されている。
()プラハ歴史地区は中世から現代に至るまでの継続的な都市発展の過程を見事に例証している。
14世紀以降の中欧の政治的・経済的・社会的・文化的発展の重要な役割と建築的・芸術的伝統はプラハが中・東欧の大部分の都市発展の重要な見本とされたことを意味している。
()プラハは個々の記念碑や町並みにおいて顕著な価値が見られる都市建築物群であり、世界中に知られている。
()中欧での中世のキリスト教の発展及び都市の発展・形成への影響におけるプラハが果たした役割は顕著である。
中世後期及びそれ以降の政治的重要性により、このことはプラハの建築的・芸術的至宝の富裕さに貢献したヨーロッパ全土の建築家・芸術家を引き寄せた。
15世紀のカレル大学の創設によりプラハは良く知られた学問の中心地となり、その評判は現在まで響いている。
カール4世の治世以降プラハはその地域の知的・文化的中心地となり、またウォルフガング=アマデウス=モーツァルトやフランツ=カフカといった世界的な著名人との永久的な関係性を有している。
※ユネスコのHPに記載されているものの私訳です。 -
カレル橋にて訪問者を迎える聖人達。
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キリストの磔刑を見る。輝く闇に包まれて神秘性に満ちている。
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橋を越えて心臓破りの坂を越えて、漸く城の入り口に到着。辺りはすっかり暗くなっている。
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大聖堂は黄金と化し、眩いばかりの光を放っている。
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百塔の街と称される黄金都市プラハ。闇に包まれてなお輝き続ける欧州随一の沈没地は妖しく旅行者を誘う。
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