1999/02 - 1999/02
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worldspanさん
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私が初めて訪れたイスラームの国はアゼルバイジャン、見るもの全てが新鮮だった。列車でグルジアの首都トビリシからバクーに到着すると、大音響で流れるアザーンで私を迎えてくれ、大音響に驚かされた。そして旧ソ連とは思えぬ美しいイスラーム建築には目を魅かれた。
当時アゼルバイジャンはアルメニアに事実上敗戦し、ナゴルノ・カラバフとその周辺を失っていたが、悲嘆に暮れているとは思えぬ程活気があった。ニューリッチや外国人たちはアルメニアでは見たこともない豪華な外車を乗り回し、アルメニアとの圧倒的な経済力の差すら感じた。このアゼルバイジャンの繁栄は莫大な埋蔵量を誇るバクー油田と共にある。その油田も1980年代、採掘量が落ち込み、近い将来枯渇すると言われ、経済が落ち込んだこともあったが、その後世界最大級のカスピ海油田の発見により、バクーは再び息を吹き返した。
街はそのカスピ海に面しており、海岸の公園はバクー市民の憩いの場ともなっている。公園には小さな遊園地があり、子連れ家族の遊び場にもなり、また男性達は公園にいくつも置かれたプール台でビリヤードに興じている。市民の憩いの場ともなっている海岸公園にはカスピ海のほうから強烈な風が吹き付けてくる。ベンチに腰掛けていると髪の毛がメディウサのように荒れ狂う。バクーは「風の街」と言われているが、公園に座っているとそれも納得する。
当時バクーはアリエフ大統領の独裁政権の絶頂期、どこを歩いてもまるでお札のように町のいたるところにアリエフ大統領の顔写真が張られていた。こうした政情の中、オープンカフェに座り旅のエッセイや、友人への手紙を書いていると店の主人は怪訝な顔をしながら私をチラチラ見ていた。最初のうちは日本人の私が珍しいんだろうなと思い気に止めず、ノートや絵葉書に書き続けていると、驚いたことに2人の警察が突然やって来た。
パスポートコントロールから始まり、彼らは私が日本人だとわかると、多少態度も和らいだが、自分が書いているのは一体何なのかとその場で詰問を受けた。絵葉書を見て、彼らは私が旅行者であることに理解し引き上げたが、それにしてもお茶をしている時にピンポイントで私をめがけて警察が来たことには大変驚いた。恐らくカフェの主人が、怪しげなアジア人が何かメモをしている、スパイではないかと警察に通報したのだろう。確かにベンチやオープンカフェに座って本を読んでいる人はいるが、何かをメモする人を見かけることは全くなかった。この国では外でメモをしていることは非常に稀な行為で、スパイ行為と思われるのだろうか?そもそもスパイがこんな目立つ場所でメモなどしていたら失格だ。それにこんな街中でメモる程の国家重要機密などはっきり言って何もない。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー ヒッチハイク
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
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バクー駅周辺。私が訪れた初めてのイスラム教国でした。
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バクー駅のチャイ屋さん。親子で営んでいるそうです。
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チャイ屋でくつろぐアゼルバイジャン人。角砂糖を五つも入れてかなり甘くして飲んでいます
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バクーのお菓子屋さん。甘党が多いのかどれも甘い味付けでした。
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一方こちらはケーキ屋さんのケーキ。色からして体に悪そうです。
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バクーのサンドイッチ、カバブ。カバブに思いっきり苦手パクチーとトマトが入っており、それさえなければ・・・
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カスピ海。アゼルバイジャンは枯れたと思われたバクー油田で新油田が発見され、その埋蔵量は世界最大級と言われ
ています。 -
トイレの番人
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乙女の塔
12世紀に建てられました。ハーンに言い寄られた娘がここから身を投げた為伝説にちなんでそう呼ばれています。 -
バクーの旧市街の城壁 -
バクーの旧市街趣のある旧市街はカフカスの三国の中で最も美しいです。 -
昔ながらの建物。お土産店になっています
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旧市街で遊んでいた子供達。
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バクーで知り合った若者達。真ん中の女性はロシア人とアゼルバイジャン人のハーフ、本当に綺麗な人でした。左側の男性は何と正道館の元ヨーロッパチャンピオン、賞状を見せてくれました。こんな所で空手チャンピオンに遭遇するとはビックリしました。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- sunnyさん 2008/02/13 18:10:04
- バクー旧市街
- shijoさん、こんにちは。
バクー旧市街の街並み、いいですね。トビリシ往復の航空券を予約してましたが、せっかくなのでアゼルバイジャンもとバクーin、トビリシoutに航空券を変更しました。
アザーンが流れてくるのが何よりも嬉しいです。変更して正解でした。
しかしMemoしてるだけでスパイ容疑をかけられるなんて!今はそんなことが無いと思いますが。
中欧と東欧ご専門なんですね。あの地域が専門だった大学の先生の講義がとっても興味深かったのを覚えてます。10年ほど前にタジクで亡くなりましたが。
他の地域の旅行記も楽しみに読ませていただきます。
sunny321
- worldspanさん からの返信 2008/02/13 23:58:09
- RE: バクー旧市街
- sunny321さん
はじめまして。
お立ち寄りいただきましてありがとうございます。
カフカス三国はざっと流れるようにしか旅をしていないので、もう一度ゆっくりと旅をしたい場所の地域です。当時グルジアやアゼルバイジャンでは、警察と出会う度にパスポートコントロールが行われたり、賄賂を強要されたりと辟易することが多かったので、自分も億劫になってしまいました。アルメニアでとても親切にされたので、そのギャップも余計に自分をネガティブにさせたんだと思います。だから本当に次回リベンジしたいですね。アゼルバイジャンもグルジアも今では旅行人やロンプラからガイドブックも出ているので旅行もしやすいでしょうね。。今では地元の人たちも旅行客慣れしたかもしれませんね(笑)。
私は学生時代研究していたのがユーゴとハンガリーの関係史だったので、余計のこの地域に愛着があり、文化や政治、歴史をどこの国よりも良くわかっているので西側を旅するよりも自分にとっては旅しやすかったので、中東欧圏ばかり、一時は自分の縄張りのようにグルグル回っていました。
sunny321さんが仰られる先生とは筑大の秋野助教授のことでしょうか?私は残念ながら直接面識はなく、新聞であの事件のことを知り、秋野先生の事を知りましたが、もし生前に秋野先生を知っていれば、その後の人生も変わっていたのかもしれません。タジクでは先生の銃撃されたところに行きたかったのです。。。私もチェチェンで死んでいたかもしれないので・・・。
shijo
- sunnyさん からの返信 2008/02/14 22:39:11
- RE: バクー旧市街
- shijoさん、
とても丁寧にお返事ありがとうございます。
秋野先生をご存知でしたか。個性的な授業とゼミで人気がありました。ですので卒業後に訃報を知りかなりショックでした。
今年の夏、卒業生が中心となりメモリアルコンサートをするみたいです。
旅行記からそれてしまいましたが、あの地域での先生の活動が実を結べばなと願うばかりです。
ところでチェチェンの研究をされる予定だったのでしょうか。
- worldspanさん からの返信 2008/02/15 22:44:32
- RE: RE: バクー旧市街
- 返事が遅れ申し訳ございません。
そうですね。タジクでの平和を願った秋野先生の活動が実り、派閥闘争もなくなり、本当の平和が訪れると良いですね。
チェチェンに関しては研究していたわけではないので、表面的且つ客観的なことしかわかりませんが、チェチェン独立強硬派がもっとロシアの恐ろしさを熟知していれば、多くの犠牲者を出さず、そして人道的な政策が打てたと思うと、残念でなりませんね・・・。
チェチェンに対するロシアの強硬な態度には強いメッセージが込められており、まさにロシア伝統の「ツァーの見せしめ」でしょうから。そしてチェチェンに拘わる金に巣食う人たちの食いものにされてしまった気がしてなりません。もちろんロシアのやり方は許されざる行為ですが、チェチェンの強硬派の無謀な独立宣言の罪も大きいように感じます。。。
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