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ニューヨークでの暮らしを求めて、1ヶ月のショートステイをしました。短い期間でしたが、最初の1週間はトラブルの連続で、その1週間だけはとても長かったように感じます。<br /> まずは、行きの飛行機のトラブル。チケットの安さから、経由の多いルートを選びました。中部→成田→トロント→NYというルートなのですが、1日目中部を発つまでは順調だったのですが、成田周辺は大寒波。着いたはいいが、成田からトロント行きの飛行機が遅延のまた遅延。結局、その日に飛び立つことなく、毛布を借り、成田空港のロビーで一泊しました。そのとき、これからカナダでワーホリをするという一人の女性と一晩、過ごしました・・・(←なんだか、意味ありげ・・・)。<br /> 翌日、成田からのトロント行きの飛行機に無事乗ることができました。ただし、それでも夕方の出発となってしまったため、カナダに着いたのは、夜の9時を過ぎていました。「こんな夜からNY行きの飛行機なんかでるのか・・・。」そんな不安が的中しました。「NY行き方は、明日の朝までお待ちください。」だって。「あ〜、また空港に一晩か〜」って思いつつ、ワーホリへ行くという女性を見送りました。<br /> その後、空港をさまよいながら、翌日のチケットをもらうため、カウンターまで行きました。そこには、同じ境遇でトロントで一泊するはめになってしまった日本人数人が並んでいたので、声をかけました。同じ運命を背負っていただけあって打ち解けるのは早かったです。5人いたなかで2人はNYへ行くということが判りました。5人でソファに座り、しゃべりながら、一晩、過ごしました。<br /> 翌日、無事、NYの飛行機出発の時間を迎えるまで、それぞれの行き先に旅立つ昨日からの友人らを見送りました。前日までは他人でありながらも、それぞれに、旅行がエンジョイできることを純粋に心から願ってました。その後、無事に僕ら3人もNY行きの飛行機に乗ることができました。みなさん、元気かな??<br /> とまあ、NYに着いたのは、本来の予定の2日後であったのですが、その間に人との出会いがあり、とても充実していたので、想定外に満足感がありました。<br /><br />念願のNY到着!<br /><br />到着後、3人でイエローキャブに乗りました。それぞれ行き先が異なり、最初に降りたのは僕でした。2人に、「また会いましょう!」と告げタクシーを降りました。降りたのは、49丁目の辺。そして、ネットで探した1ヶ月滞在させてもらうアパートに向かいました。<br /> そのアパートは、NYではミッドタウンウェストサイドと呼ばれる場所。タイムズスクエアからは歩いて5分とかからない場所でした。その立地で、1ヶ月700ドルと超格安だったため、選んだのですが、あまり治安は良いとはいえない場所のようでした。NY初心者だった僕はそんなことはつゆしらず、立地、安いと平和ボケ日本人観点で決断してしまったのでした。<br /> アパートに着いて、大家に電話をし、正門を開けてもらいました。部屋の外もロックされているというのはやはりNYではあたりまえのようです。正門を入ると、狭い廊下を抜け、一番奥にある階段をこつこつのぼっていったのですが、とても狭く、一段のぼる度にぎしぎしと鳴っていました。「大丈夫か、ここ」と思いながら、4階の大家の部屋の前に到着しました。「プー」とブザーを鳴らすと、出てきたのはかなりガタイの良いロシア人でした。軽く自己紹介し、1ヶ月世話になるという旨を伝えた後、「入れ、入れ」と気のいい言葉を返してくれたものの、顔がなぜかキレぎみ。おかしな雰囲気だと感じながら、彼の横を通り過ぎたとき、かなりの酒臭さが鼻を刺激しました。そのとき、「こいつ、アル中だな」と感づいたものの、そこから出るわけにもいかず、自分が借りる部屋を案内してもらいました。部屋に入る手前には、やたらめったら、ボディビルダーの写真が貼ってありました。「は〜、このロシア人の趣味は、ボディビルディングだ。だから、こんなんも体格が良いのか。」と気づきました。部屋を見せてもらい、4畳半とかなり狭いのですが、片付いていて汚い印象はありませんでした。持ってきたPCもインターネットもつなげるとのことだったので、総合的には悪くありませんでした。アル中のロシア人を除き。。。<br /> ロシア人が出て行ったので、カバンから荷物を出していると、すぐにそのロシア人は戻ってきました。そのとき、彼は手にウォッカを持っていました。「もしや・・・」とその勘は的中しました。グラスを持たされ、ウォッカをなみなみ注がれ、「じゃあ、乾杯するぞ!」と言われました。実はそのときは真昼でした。「昼からかよ!」と思いながらも、ここで1ヶ月世話になる大家の誘いを断るわけにもいかないと思い、ぐびぐび飲みました。そこで、「俺は酒弱い。」と見せれば後々、楽だったと思うのですが、いかんせん酒はまあまあ強いので、グビっといってしまったら、また1杯注がれました。その後、15分くらい、ウォッカを互いに飲みながら、会話してました。そのロシア人にはどうやら奥さんがいるようで、その奥さんは日本人ということが分かりました。<br /> そうこうしている間に、次の約束の時間になりつつありました。それは、トロントで出会った友人とご飯へいく約束でした。それを軽く説明し、そのロシア人をとりあえずは追い出したのですが、少し名残惜しそうな雰囲気を出していました。ただ、「まあいいか」と僕は、「2時間くらい出かける」といって外へ出ました。<br /> まだ使い慣れていない携帯で友人に連絡を取り、通り名を共有しながら、なんとか友人と出会うことできました。何を食べるかという話になり、僕の要望で、タイ料理の店に決めました。そして、パッタイを食べ、コロナビールを飲み、友人との会話を楽しみました。そうこうしている間に時間が経ち、お互いまた会うことを約束し、別れ、僕はアパートに帰りました。<br /> アパートのドアは閉まっていたので、ブザーを鳴らしあけてもらいました。もちろんそのドアを開けたのは例のロシア人です。しかし、ロシア人の様子が前にも増しておかしい。いきなり「ファッキン!!!!」と叫ばれ、なぜキレているのか意味不明で、正直、戸惑いました。そのまま、肩をグイっと掴まれながら、部屋に強引に引き入れられ、そっから怒号の嵐です。何を言っているのか少しづつ理解できてきました。どうやら来て15分ほどで出て行ってしまったことに相当、腹を立てているらしかったのでした。今になって思えば、そんなの勝手じゃんって話ですが、そのときは強烈な怒りの沈める意味で、「ちょっと失礼だった」と軽く誤りました。<br /> ただ、怒りはいっこうに静まりませんでした。その怒りを理解しようにも理解できないので、僕がそういう態度をあらわにしていると、そのロシア人はどうやら英語を理解できないと思ったらしく、突然電話をかけ出しました。かかったとたん、「お〜、○○。ヘイ。ブラザー!」なんて、ラフな感じでしゃべりだしました(○○は日本人の名前でした)。その後、自分の文句から始まり、その後、「変われ」といわれ、受話器を渡されました。<br /> 電話の相手はなにやら、様子が変で、薬でもやっているんじゃないかというくらい、呂律が回っていない口調でした。渋谷に住む27歳のヒップホップダンサーで、今は自営業をしているといっていましたが、会っていないので素性はわかりません。どうやら、この部屋の前の住人らしく、3ヶ月滞在していたとのことでした。彼はロシア人が彼に話していたことをすべて教えてくれいました。「ロシア人が、きみがすぐに部屋を出て行ってしまったことにとても怒っている。それをすぐに謝りな。それと、毎日、おれはしていたけど、彼にウォッカを買い与えてあげな。」<br />「・・・・・・ハッ???なんで家賃を払っているのにそんなことまでしないといけないか、わからない。」といった僕に彼は、「俺のほうが年上なんだから、タメ口でしゃべるな。それと、毎日、5ドルの酒を与えて、英語を教えてもらうんなら、安いもんだろ。そのロシアンガイとうまくやっていきたいならね。」<br />心の中で、「全然安くね〜し・・・」って思ったけど、彼は続けて言いました。「そのロシアンガイは、いろいろ教えてくれるよ!音楽もよく知ってるし、クラブとかつれってくれて、ジムの会員だから、そこにも連れてってくれるよ。仲良くすれば、いろいろ経験できるし、英語の上達も早いよ・・・、また、他、悪さも教えてくれるよ・・・(その先は、あまり公開できるような内容で無いのであえて省略・・・」<br />それは彼の言うとおりかもしれないと思い、ひとまずなだめて酒を買いに行くと、そのダンサーに告げ、電話を切りました。その後、言葉通り、ロシア人を連れ出し、酒を買いに行きました。そのとき、すでにそのロシア人は、ご機嫌でした。アパート近くの酒屋でウォッカを買い、アパートまで帰る道すがら、彼はずっとさきの電話の相手である渋谷のラリ男の話をずっとしていました。相当お気に入りのようでした。最後に、「お前も彼のように、おれのブラザーになりな!」といい、急に叫びだしました。その言葉を今ではよく覚えていませんが、マザーファッカーに近い粗末な言葉でした。お前も叫べ!と言われ、いいたくなかったものの仕方なく、その酔っ払いのノリに合わせてやりました。<br /> 帰ってから、ロシアンガイはまた、ウォッカを片手に、自分の部屋に入ってきました。そこから、昼の宴の続きが始まりました。ウォッカのアルコールの強さを忘れ、ガバガバ飲んでいました。そしたら、やっぱりきました。。「う、、、吐き気が・・」<br /> その後、トイレで閉じこもりた。そのまま、気づかないうちにトイレで寝てしまっていたようで、朝起きて、ドアを開けるとロシアンガイはカンカンでした。「お前が閉じこもっていたから、奥さんがトイレに入れなかったじゃないか!」と言われ、「え、奥さんいるの?」そっちのほうが気になってしまいました。「奥さんはどこにいるの??謝ってくるから」というと、ロシアンガイは、奥の部屋に通してくれました。部屋はカーテンでしきられており、そのカーテンを開けると、日本人女性が座っていました。とても真面目そうな、見た目はオタク系とでもいうのでしょうか。。なんだか内気な感じに見えました。<br /> 早速謝ろうとおもい、「はじめまして、、、というか、すみません。トイレに閉じこもってしまって。」というと、「ぜんぜんかまいませんよ。気持ち悪かったのでしょ。」と、簡単に許してくれました。不満は多少あるが、部屋を貸しているのでしょうがない。。みたいな雰囲気でしたが・。。<br /> 「これから1ヶ月間、よろしくお願いします。」といい残し、部屋に戻りました。二日酔いぎみで、部屋でぐったりしていると、ノックの音が。「う・・・、またか」とやな予感がしましたが、あけてみると、例の奥さんでした。「少しはなしをさせてください。」と意味ありげにいうので、部屋にいれてあげました。<br /> 奥さんいわく、「実は、夫は以前、語学学校で講師をしていました。当時は、ちゃんとした先生をやっていたんです。ただ、昔からお酒が好きでしたが、それが徐々にエスカレートし、昼間から酒を飲むようになってしまい、それが学校にばれ、仕事をやめさせられたんです。その後は、ずっと家にひきこもり、酒を飲んでは暴れています。昔は、小心でシャイだったので、ルームメイトには話しかけもしないくらいだったのに、酒を飲むと強気になり、ルームメイトにちょっかいばかり出してしまうのです。ただ、あなたにはあなたの都合があると思います。だから、相手にしなくても結構です。ニューヨークを楽しんでください。」とのこと。それを聞いて、「うまく付き合っていきます。」と僕は言いました。ただ、正直なところ、できるかどうかは不安でした。<br /> 奥さんが部屋をでて行ったあと、ぐったりしたまま、ベッドに横たわっていたら、いつの間にか、寝てしまいました。<br /> 翌日、早朝4時半のことです。ドアの外でなにやら、物音がしたため起きてしまいました。音とついでに、匂いまでへやにはいってきました。ドアを軽く開け、覗いてみるとキッチンで、ロシアン人がなにやら料理をしていました。「なんで、こんな朝から料理してるんだよ!」と思いながら、再び寝ました。6時半に再び目が覚め、ドアを開けると、まだロシア人が料理を作っていました。「おはよう。何してるの?」と聞くと、「お前のために朝飯を作った!」と言いました。「何、食べさせてくれるの?」と聞くと、ロシアンガイはオーブンを開けて見せてくれました。驚くことに、BBQです。「なんで、朝からBBQだよ!嫌がらせとしか思えない。」と心で思いましたが、ロシアンガイは、真剣にBBQを作ってくれていたようでした。じゃあ、食うぞと、また、部屋に入り込んできました。ものすごい肉厚の骨付き牛肉を朝から食べさせられました。ま、まあ、意外とおいしかったのですが。。。<br /> その日は、現地で探した語学学校を初授業でした。そんな過剰な腹ごしらえをした後、学校に向かいました。学校は、今では名前も忘れてしまいましたが、18番街あたりの日本人の少なめな語学学校でした。学校の中に入ると、4部屋あり、受付の韓国人に案内され、テストとして、ペーパー30分、会話テスト20分をさせられました。レベルは4段階あるうちの3という判定を受けました。「僭越なレベルだな〜。」と思いつつも、その後、続けて、初めての授業を受けました。中には、生徒が8人程度、全員じぶんより年上の方々ばかりで、スウェーデン人、イタリア人、トルコ人、中国人、韓国人、日本人といったばらばらの組あわせでした。自己紹介もないまま、授業が始まりました。そこで、気づきました。「レベルが高すぎる・・・。」自分以外の人は、英語べらべら。その授業で自分が発した言葉は「YES,I DO」のみ。レベルが高い授業を受けたほうが身の為というのの度を越していたので、その授業のあと、レベルを下げてほしいと伝え、その後から2のレベルの受領を受ける了承を得ました。<br /> その後、午後いちで、学校から帰りました。<br /> つづく。

ニューヨーク滞在記

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2006/01/10 - 2006/02/09

8667位(同エリア9036件中)

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5

feroz

ferozさん

ニューヨークでの暮らしを求めて、1ヶ月のショートステイをしました。短い期間でしたが、最初の1週間はトラブルの連続で、その1週間だけはとても長かったように感じます。
 まずは、行きの飛行機のトラブル。チケットの安さから、経由の多いルートを選びました。中部→成田→トロント→NYというルートなのですが、1日目中部を発つまでは順調だったのですが、成田周辺は大寒波。着いたはいいが、成田からトロント行きの飛行機が遅延のまた遅延。結局、その日に飛び立つことなく、毛布を借り、成田空港のロビーで一泊しました。そのとき、これからカナダでワーホリをするという一人の女性と一晩、過ごしました・・・(←なんだか、意味ありげ・・・)。
 翌日、成田からのトロント行きの飛行機に無事乗ることができました。ただし、それでも夕方の出発となってしまったため、カナダに着いたのは、夜の9時を過ぎていました。「こんな夜からNY行きの飛行機なんかでるのか・・・。」そんな不安が的中しました。「NY行き方は、明日の朝までお待ちください。」だって。「あ〜、また空港に一晩か〜」って思いつつ、ワーホリへ行くという女性を見送りました。
 その後、空港をさまよいながら、翌日のチケットをもらうため、カウンターまで行きました。そこには、同じ境遇でトロントで一泊するはめになってしまった日本人数人が並んでいたので、声をかけました。同じ運命を背負っていただけあって打ち解けるのは早かったです。5人いたなかで2人はNYへ行くということが判りました。5人でソファに座り、しゃべりながら、一晩、過ごしました。
 翌日、無事、NYの飛行機出発の時間を迎えるまで、それぞれの行き先に旅立つ昨日からの友人らを見送りました。前日までは他人でありながらも、それぞれに、旅行がエンジョイできることを純粋に心から願ってました。その後、無事に僕ら3人もNY行きの飛行機に乗ることができました。みなさん、元気かな??
 とまあ、NYに着いたのは、本来の予定の2日後であったのですが、その間に人との出会いがあり、とても充実していたので、想定外に満足感がありました。

念願のNY到着!

到着後、3人でイエローキャブに乗りました。それぞれ行き先が異なり、最初に降りたのは僕でした。2人に、「また会いましょう!」と告げタクシーを降りました。降りたのは、49丁目の辺。そして、ネットで探した1ヶ月滞在させてもらうアパートに向かいました。
 そのアパートは、NYではミッドタウンウェストサイドと呼ばれる場所。タイムズスクエアからは歩いて5分とかからない場所でした。その立地で、1ヶ月700ドルと超格安だったため、選んだのですが、あまり治安は良いとはいえない場所のようでした。NY初心者だった僕はそんなことはつゆしらず、立地、安いと平和ボケ日本人観点で決断してしまったのでした。
 アパートに着いて、大家に電話をし、正門を開けてもらいました。部屋の外もロックされているというのはやはりNYではあたりまえのようです。正門を入ると、狭い廊下を抜け、一番奥にある階段をこつこつのぼっていったのですが、とても狭く、一段のぼる度にぎしぎしと鳴っていました。「大丈夫か、ここ」と思いながら、4階の大家の部屋の前に到着しました。「プー」とブザーを鳴らすと、出てきたのはかなりガタイの良いロシア人でした。軽く自己紹介し、1ヶ月世話になるという旨を伝えた後、「入れ、入れ」と気のいい言葉を返してくれたものの、顔がなぜかキレぎみ。おかしな雰囲気だと感じながら、彼の横を通り過ぎたとき、かなりの酒臭さが鼻を刺激しました。そのとき、「こいつ、アル中だな」と感づいたものの、そこから出るわけにもいかず、自分が借りる部屋を案内してもらいました。部屋に入る手前には、やたらめったら、ボディビルダーの写真が貼ってありました。「は〜、このロシア人の趣味は、ボディビルディングだ。だから、こんなんも体格が良いのか。」と気づきました。部屋を見せてもらい、4畳半とかなり狭いのですが、片付いていて汚い印象はありませんでした。持ってきたPCもインターネットもつなげるとのことだったので、総合的には悪くありませんでした。アル中のロシア人を除き。。。
 ロシア人が出て行ったので、カバンから荷物を出していると、すぐにそのロシア人は戻ってきました。そのとき、彼は手にウォッカを持っていました。「もしや・・・」とその勘は的中しました。グラスを持たされ、ウォッカをなみなみ注がれ、「じゃあ、乾杯するぞ!」と言われました。実はそのときは真昼でした。「昼からかよ!」と思いながらも、ここで1ヶ月世話になる大家の誘いを断るわけにもいかないと思い、ぐびぐび飲みました。そこで、「俺は酒弱い。」と見せれば後々、楽だったと思うのですが、いかんせん酒はまあまあ強いので、グビっといってしまったら、また1杯注がれました。その後、15分くらい、ウォッカを互いに飲みながら、会話してました。そのロシア人にはどうやら奥さんがいるようで、その奥さんは日本人ということが分かりました。
 そうこうしている間に、次の約束の時間になりつつありました。それは、トロントで出会った友人とご飯へいく約束でした。それを軽く説明し、そのロシア人をとりあえずは追い出したのですが、少し名残惜しそうな雰囲気を出していました。ただ、「まあいいか」と僕は、「2時間くらい出かける」といって外へ出ました。
 まだ使い慣れていない携帯で友人に連絡を取り、通り名を共有しながら、なんとか友人と出会うことできました。何を食べるかという話になり、僕の要望で、タイ料理の店に決めました。そして、パッタイを食べ、コロナビールを飲み、友人との会話を楽しみました。そうこうしている間に時間が経ち、お互いまた会うことを約束し、別れ、僕はアパートに帰りました。
 アパートのドアは閉まっていたので、ブザーを鳴らしあけてもらいました。もちろんそのドアを開けたのは例のロシア人です。しかし、ロシア人の様子が前にも増しておかしい。いきなり「ファッキン!!!!」と叫ばれ、なぜキレているのか意味不明で、正直、戸惑いました。そのまま、肩をグイっと掴まれながら、部屋に強引に引き入れられ、そっから怒号の嵐です。何を言っているのか少しづつ理解できてきました。どうやら来て15分ほどで出て行ってしまったことに相当、腹を立てているらしかったのでした。今になって思えば、そんなの勝手じゃんって話ですが、そのときは強烈な怒りの沈める意味で、「ちょっと失礼だった」と軽く誤りました。
 ただ、怒りはいっこうに静まりませんでした。その怒りを理解しようにも理解できないので、僕がそういう態度をあらわにしていると、そのロシア人はどうやら英語を理解できないと思ったらしく、突然電話をかけ出しました。かかったとたん、「お〜、○○。ヘイ。ブラザー!」なんて、ラフな感じでしゃべりだしました(○○は日本人の名前でした)。その後、自分の文句から始まり、その後、「変われ」といわれ、受話器を渡されました。
電話の相手はなにやら、様子が変で、薬でもやっているんじゃないかというくらい、呂律が回っていない口調でした。渋谷に住む27歳のヒップホップダンサーで、今は自営業をしているといっていましたが、会っていないので素性はわかりません。どうやら、この部屋の前の住人らしく、3ヶ月滞在していたとのことでした。彼はロシア人が彼に話していたことをすべて教えてくれいました。「ロシア人が、きみがすぐに部屋を出て行ってしまったことにとても怒っている。それをすぐに謝りな。それと、毎日、おれはしていたけど、彼にウォッカを買い与えてあげな。」
「・・・・・・ハッ???なんで家賃を払っているのにそんなことまでしないといけないか、わからない。」といった僕に彼は、「俺のほうが年上なんだから、タメ口でしゃべるな。それと、毎日、5ドルの酒を与えて、英語を教えてもらうんなら、安いもんだろ。そのロシアンガイとうまくやっていきたいならね。」
心の中で、「全然安くね〜し・・・」って思ったけど、彼は続けて言いました。「そのロシアンガイは、いろいろ教えてくれるよ!音楽もよく知ってるし、クラブとかつれってくれて、ジムの会員だから、そこにも連れてってくれるよ。仲良くすれば、いろいろ経験できるし、英語の上達も早いよ・・・、また、他、悪さも教えてくれるよ・・・(その先は、あまり公開できるような内容で無いのであえて省略・・・」
それは彼の言うとおりかもしれないと思い、ひとまずなだめて酒を買いに行くと、そのダンサーに告げ、電話を切りました。その後、言葉通り、ロシア人を連れ出し、酒を買いに行きました。そのとき、すでにそのロシア人は、ご機嫌でした。アパート近くの酒屋でウォッカを買い、アパートまで帰る道すがら、彼はずっとさきの電話の相手である渋谷のラリ男の話をずっとしていました。相当お気に入りのようでした。最後に、「お前も彼のように、おれのブラザーになりな!」といい、急に叫びだしました。その言葉を今ではよく覚えていませんが、マザーファッカーに近い粗末な言葉でした。お前も叫べ!と言われ、いいたくなかったものの仕方なく、その酔っ払いのノリに合わせてやりました。
 帰ってから、ロシアンガイはまた、ウォッカを片手に、自分の部屋に入ってきました。そこから、昼の宴の続きが始まりました。ウォッカのアルコールの強さを忘れ、ガバガバ飲んでいました。そしたら、やっぱりきました。。「う、、、吐き気が・・」
 その後、トイレで閉じこもりた。そのまま、気づかないうちにトイレで寝てしまっていたようで、朝起きて、ドアを開けるとロシアンガイはカンカンでした。「お前が閉じこもっていたから、奥さんがトイレに入れなかったじゃないか!」と言われ、「え、奥さんいるの?」そっちのほうが気になってしまいました。「奥さんはどこにいるの??謝ってくるから」というと、ロシアンガイは、奥の部屋に通してくれました。部屋はカーテンでしきられており、そのカーテンを開けると、日本人女性が座っていました。とても真面目そうな、見た目はオタク系とでもいうのでしょうか。。なんだか内気な感じに見えました。
 早速謝ろうとおもい、「はじめまして、、、というか、すみません。トイレに閉じこもってしまって。」というと、「ぜんぜんかまいませんよ。気持ち悪かったのでしょ。」と、簡単に許してくれました。不満は多少あるが、部屋を貸しているのでしょうがない。。みたいな雰囲気でしたが・。。
 「これから1ヶ月間、よろしくお願いします。」といい残し、部屋に戻りました。二日酔いぎみで、部屋でぐったりしていると、ノックの音が。「う・・・、またか」とやな予感がしましたが、あけてみると、例の奥さんでした。「少しはなしをさせてください。」と意味ありげにいうので、部屋にいれてあげました。
 奥さんいわく、「実は、夫は以前、語学学校で講師をしていました。当時は、ちゃんとした先生をやっていたんです。ただ、昔からお酒が好きでしたが、それが徐々にエスカレートし、昼間から酒を飲むようになってしまい、それが学校にばれ、仕事をやめさせられたんです。その後は、ずっと家にひきこもり、酒を飲んでは暴れています。昔は、小心でシャイだったので、ルームメイトには話しかけもしないくらいだったのに、酒を飲むと強気になり、ルームメイトにちょっかいばかり出してしまうのです。ただ、あなたにはあなたの都合があると思います。だから、相手にしなくても結構です。ニューヨークを楽しんでください。」とのこと。それを聞いて、「うまく付き合っていきます。」と僕は言いました。ただ、正直なところ、できるかどうかは不安でした。
 奥さんが部屋をでて行ったあと、ぐったりしたまま、ベッドに横たわっていたら、いつの間にか、寝てしまいました。
 翌日、早朝4時半のことです。ドアの外でなにやら、物音がしたため起きてしまいました。音とついでに、匂いまでへやにはいってきました。ドアを軽く開け、覗いてみるとキッチンで、ロシアン人がなにやら料理をしていました。「なんで、こんな朝から料理してるんだよ!」と思いながら、再び寝ました。6時半に再び目が覚め、ドアを開けると、まだロシア人が料理を作っていました。「おはよう。何してるの?」と聞くと、「お前のために朝飯を作った!」と言いました。「何、食べさせてくれるの?」と聞くと、ロシアンガイはオーブンを開けて見せてくれました。驚くことに、BBQです。「なんで、朝からBBQだよ!嫌がらせとしか思えない。」と心で思いましたが、ロシアンガイは、真剣にBBQを作ってくれていたようでした。じゃあ、食うぞと、また、部屋に入り込んできました。ものすごい肉厚の骨付き牛肉を朝から食べさせられました。ま、まあ、意外とおいしかったのですが。。。
 その日は、現地で探した語学学校を初授業でした。そんな過剰な腹ごしらえをした後、学校に向かいました。学校は、今では名前も忘れてしまいましたが、18番街あたりの日本人の少なめな語学学校でした。学校の中に入ると、4部屋あり、受付の韓国人に案内され、テストとして、ペーパー30分、会話テスト20分をさせられました。レベルは4段階あるうちの3という判定を受けました。「僭越なレベルだな〜。」と思いつつも、その後、続けて、初めての授業を受けました。中には、生徒が8人程度、全員じぶんより年上の方々ばかりで、スウェーデン人、イタリア人、トルコ人、中国人、韓国人、日本人といったばらばらの組あわせでした。自己紹介もないまま、授業が始まりました。そこで、気づきました。「レベルが高すぎる・・・。」自分以外の人は、英語べらべら。その授業で自分が発した言葉は「YES,I DO」のみ。レベルが高い授業を受けたほうが身の為というのの度を越していたので、その授業のあと、レベルを下げてほしいと伝え、その後から2のレベルの受領を受ける了承を得ました。
 その後、午後いちで、学校から帰りました。
 つづく。

同行者
一人旅
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
鉄道
航空会社
エアカナダ
  • 成田空港での一泊。

    成田空港での一泊。

  • 世界最先端ファッション街、SOHO。

    世界最先端ファッション街、SOHO。

  • 自称:「アメリカのオタクたち」です。日本にとても興味を持っていました。

    自称:「アメリカのオタクたち」です。日本にとても興味を持っていました。

  • サウスポイントパークから見たマンハッタン。

    サウスポイントパークから見たマンハッタン。

  • 図書館で出会った韓国人の「あんちゃん」。

    図書館で出会った韓国人の「あんちゃん」。

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この旅行記へのコメント (1)

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  • nanttiさん 2007/04/11 01:25:50
    ども〜
    NYの体験談おもしろいですね!
    つづく の後がとても気になっています。
    後編楽しみにしてます

    ちなみに、私も昔ロス1ヶ月滞在しましたが、その時もはちゃめちゃでおもしろかったな。昔を思い出しました。

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