2007/02/25 - 2007/03/01
43202位(同エリア85220件中)
maywayさん
- maywayさんTOP
- 旅行記42冊
- クチコミ0件
- Q&A回答2件
- 143,562アクセス
- フォロワー3人
あのクリント イーストウッドの「硫黄島」手前200km、竹芝桟橋から約1,000km、おがさわら丸の船旅で 約26時間。 この移動を、なんにもすることのない時間と捉えるか、思いを巡らす機会と捉えるか、はたまた〜〜〜、と様々かな??
確かにガラパゴスを思わせる隔離された場所の、特異な生物の様子や、澄明でブルーの穢れのない海、他方で未だ戦争の痕跡しっかりの場面がありなど等でした。
この「26時間」×2は、いよいよ地球に残る最後の楽園なのかもしれない?? 小笠原島を味わう、貴重な体験でした。
-
いよいよ乗船、「おがさわら丸」は6,700屯、l=
131m、船速22.5knot、旅客1,100人弱。
期待に昂ぶる心が有る。
出帆時には、昔ながらの「銅鑼の音(ネ)」が。 ン十年前の青函連絡船に乗船時の思いが甦る。
懐かしい!! -
都会の真っ只中、ビルの中の竹芝桟橋。 マストの向こうに飛行機雲が....。
-
東京湾では、沢山の首長竜が、お見送りしてくれました。
-
空青く見えますが、ややぼんやりの天気。
救助ブイの向こうに「富士山」が見える。 -
野島崎を越えるとやはり外洋。 揺れる。
この日冬型の気圧配置、波高く荒れる。 いくら新鋭の装備が付いているとはいえ、突然の予測もしない時の、ヌルットした横滑り的な揺れ動きは、いやなものです。 -
やや揺れ? けっこう揺れ?
30分遅れで父島二見港着。 すぐ母島に向かう。
向こうは、今下りたおがさわら丸、手前はこれから乗る母島丸。 見た目で舟の大きさが違うので、この空模様の下、どうなのかな?? -
ははじま丸は、490屯。
母島が見えてきた。約2時間だったが、よく揺れる。
遠く離れているが、鯨の潮を吹くのが散見できる。 誰かが、見えるよーと叫ぶと、揺れなんて気にしない。風強い甲板で、ジーと探す。 -
母島沖港に接岸まじかです。 港事務所には、チケット売り場や観光協会などがあり、働く皆さんは、とても親切、愛嬌たっぷり。 この写真の後背に、コンパクトな町並みが見えてきた。 向こう側にある堤では、アジを釣り、それを餌にさらに大きな魚を釣るなんて事を、この日夕方していました。
-
港事務所の横に、ジャンピングホエールが!
-
歩道の足元に、村のシンボルの木、鳥、花や魚などが出迎えてくれる。
-
この他に、村の鳥はハハジマメグロ、花はムニンヒメツバキ。 それぞれ固有種です。 ちなみに「ムニン」とは、その昔に、日本語の無人島の「無人」の訛ったものと言われている。
-
着いてすぐ、歴史散歩にでる。 主に 村の中の歴史遺産を見て歩く。 役場前にこの島への、昭和天皇が昭和初期に行幸された記念碑があった。
これは母島小中学校入り口の焼き物、島の植生が取り囲んでいる。 反対方向には、動物をオブジェした同様焼き物が対になってある。 天水を地下に貯留して中水として利用、屋上には太陽光発電パネルが沢山など、先を見越した設備化がなされていました。 -
ローズ記念館前の、ロスラルフ(:本来は漢字表記の日本名)像。 江戸末、フレデリック ロルフスラルク(独)他は、母島に移住、開拓し、日本に帰化した開拓の祖. ローズ石の発見、加工技術を伝授した。
-
ローズ石でできているローズ記念館。 島の伝統・歴史が展示・説明されている。 屋根はオガサワラビロウで葺いてある。
-
ローズ記念館のたこの木。
-
島に1台の救急車。 重篤者は、この後ヘリで硫黄島、更にそこから本土に飛行機でとなり、自衛隊が担当しています。
-
オガサワラビロウで葺いた屋根。民家としては、この一軒のみになたそうです。
-
小笠原諸島の最高峰は乳房山。その登山口。
-
歩き始めて30分後、爆弾の跡。(拡大して読んでください)
-
爆弾遺棄の跡の大きな穴に生える、固有種の木性シダ「マル八チ」。 葉痕が丸に逆さ八の字から付いた。
-
爆弾痕のマルハチと青々とした大きなシダ。
-
歩き始めて35分、やっと海が見えました。
-
40分後、タコのトンネル
-
45分後 竹のトンネル
-
港側を望むと、弧を描いて伸びている。 その先端部に小富士が見える。」
-
1.5時間後頂上到達。 乳房山(463m)の山頂表示杭。 ここで山頂銘板を写し取り港の観光協会に示すと、登頂記念証がもらえる(要 事前申し込み、有料)。 海抜0mからの登山なので、けっこうキツイ。
-
波は荒いが、水はとても綺麗。
-
北東風が強い。 尾根筋の歩行では吹き飛ばされそうになった。
-
沖港と集落が見える。小富士も。
そして海には沢山の無人島が浮かぶ。姉島、妹、姪、双子、向、鰹鳥島などだ。 -
板根
-
塹壕跡。 私たちの今あるのも、こうした先人の努力のお陰と、つくづく感じ入ります。
-
港側から、役場、農協などのある中心地を見る。
大剣先山や、手前のピーク・小剣先山が見えている。
小剣先山には、翌朝 ははじま丸出航前のひと登りをする人たくさん。たいしたもんだ!! -
0時の母島出航に合わせて、10:30分に乳房山から下りてきた。 3.5時間の歩程でした。
ところが、北東風が強くて出航不可となった。 よもやの足留めで、今後のスケジュール、宿泊など、大童で折衝手配。 それが一段落すると、じゃあ昼飯ダーとゆっくりする。
しかし 昼からどうしょう??
乳房山から岬の突端に見えた「小富士」に行くことにする。 この絵は小富士に向かう舗装道路をテクテク、そして後ろを見ると、先ほど登った乳房山が見える。
-
「ここは都道最南端」の看板。
エッ 小笠原って東京なの?? 陸運事務所は品川のようです(ナンバープレートは品川でした) -
小富士への途上にみた、ムラサキオモト(だと思う??)の群落。
-
小富士はまだなのーと弱音が聞こえる。
-
島の南端、小富士から西の向島。
-
小富士の頂の三角点。 すぐ脇に塹壕跡と赤く錆びた機銃があった(拡大して見てください)。
-
空は青いが、風は強く波が荒い。海も澄んで青い。
-
南崎の湾から見る小富士。遠目で見ると、小さいけれど もっと富士山です。 この南崎も波高しです。
テーブル珊瑚などがあり、シュノケリングに良いそうです。 -
波の砕ける小富士と鰹鳥島。
-
母島は、すべて民宿。 1日目は「あさかぜ」、足留めにより変更となり、2日目は「クラフトイン・ラ・メーフ」となる。 この絵は3日目の朝の入り口部。
-
ラ・メーフの吹き抜け部。 前日の「あさかぜと」は打って変わった雰囲気だった。 ママは、ここの経営に、色々工夫をしているようです。離れもありました。
-
素敵な写真がありましたので追加します(4/18)。
-
-
-
夕食のメニュー
-
夕食の前に、生ビールを一杯。(いっぱーい??)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
48