2005/09 - 2005/09
237位(同エリア506件中)
風神さん
中国シルクロードに行きました。
玉門関・陽関・漢の長城は、長い中国の歴史を実感させるに十分なインパクトがありました。
また、遺跡が「土に還る」過程と安らぎを感じさせるものでもありました。
本を調べると「漢の武帝は紀元前2世紀末、蘭州の北方から西方玉門関にまで長城を構築した。」「敦厚からゴビ砂漠を西へ80kmほど行くと方形の土塁が残っている。これは東西24m、南北26m高さ9.7mの関所跡である。漢の武帝は、匈奴の侵入を防ぐため、シルクロード北路に玉門関、南路に陽関を設け、約50km離れた両者の間に点々と狼煙台を構築した。」とあります。
「万里の長城」や「長城」が位置的にまた時代的に必ずしも明確に定義されていない事も知りました。
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玉門関は変化とアクセントに乏しい構築物です。
写真を撮るなら、フェンスの間から広角レンズを突っ込み、ハイライトとシャドウの対比が半々になるぐらいのフレームで立体感を出し、同時に質感も描写すると何とかなるようです。
日干し煉瓦の質感が多少とも出ていないと、とても平板な画面になってしまいます。
画面に玉門関全体をおさめる事にこだわらず、遠景側もフェンスが写らないようにした方がよいと思います。 -
玉門関の壁にはこんな穴が開いています。
たぶん入り口だったのが壊れて余計大きくなったのだろうと思います。
中に入れますが、入っても青天井で方形の雑草の生えた空間があるだけです。 -
長城の痕跡です。土に還る途中です。
土と藁を何段にも突き固めながら積み重ねています。
現在残っているものが紀元前に造られた最初のものであるかどうかは分かりませんが、また乾燥地帯であることも寄与しているとは思いますが、非常に丈夫であることは間違いありません。 -
私にはあの立派な「万里の長城」よりもこの長城の方が、長い時間と人の営みを実感させてくれます。
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これは長城の一部ではなく、狼煙台だと思います。
むしろ遠景を見てください。文字通り地平線の彼方まで続いています。 -
この場所では殆んど土に還っています。
それでも西に向かって延々と続いていました。 -
陽関です。盛期は一帯が砦であったと思われますが、今はもっとも高い所に狼煙台が残っているだけです。
しかしここはタクラマカン砂漠を西方彼方まで見渡せる場所で軍事的要衝となったことは頷けます。
現在一帯が公園のように設えられています。
「砂漠の中の砦跡」の雰囲気を大変害しています。 -
これも陽関です。
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この旅行記へのコメント (1)
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- よっしーさん 2007/04/13 00:56:57
- 玉門関
- 風神さん、はじめまして。
漢詩や中国の歴史が好きな私にとって、玉門関は一度は行ってみたい憧れの土地です。砂漠の中に設けられた関ということですが、なんとなく幻想的なものというか、美的なものも感じますね。
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