2006/11 - 2006/11
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Weiwojingさん
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福岡小倉と長崎を結ぶ長崎街道は江戸時代の「文明ロード」でした。別名「シュガ―ロード」と言われています。山陽道につながる脇街道でしたが、江戸時代にこの街道を通って、オランダ出島館長やシーボルト、ドイツ人医師ケンペル、オランダ商館医師ツュべリーも江戸へ向かいました。ツュべりーはこの時の体験をつづり、『江戸参府随行記』を著しています。
全長57里(224km)で、宿場が25ありました。今回はちょうど中間あたりの佐賀を訪れ、昔そのままの長崎街道を歩いてみました。曲がりくねった道がそのまま残され、街道のあちこちに昔の面影が残されています。
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佐賀市内の長崎街道入口には「ながさきへ」と書き記された石碑が残されています。その隣に溝口番所跡と書かれた文字も見え、ここが人の通行を取り締まる番所があったところだったのですね。
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昔の商家がそのまま残されています。
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昔の古い倉がそのまま今に至るまで使われています。
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街道のあちこちにこのような恵比寿像が置かれています。佐賀市内の長崎街道には10体ほどの恵比寿像があります。100年以上も前から置かれているのもあるようです。
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この建物は旧古賀銀行で、現在、「佐賀市歴史民俗館」とななっています。大正時代の洋風建築様式を今に残している建物ます。この建物を含めて街道沿いにあるいくつかの旧家を合わせて、歴史的建造物として指定されています。
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この日はちょうど休館日で中に入ることが出来ず、残念でした。
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かつての佐賀銀行本店の建物ですが(今もそのまま佐賀銀行の看板はでています)、今は何になっているのでしょうか。
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旧牛島家の建物です。
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白壁と板塀の建物が美しいですね。
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この蔵も相当古そうですね。
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あちこちに堀割りが残されています。
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大正7年建築の旧福田家住宅。明治末年から大正、昭和期の佐賀を代表する実業家福田慶四郎が建てた居宅です。
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旧三省銀行の建物です。
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恵比寿像があちこちに置かれています。にこやかな顔付きがほほえましいですね。
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