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1993年の8月に東京の柴又を訪問した。<br />「男はつらいよ」は、渥美清(1928−1996)主演・山田洋次監督の喜劇映画シリーズで1969年から1995年の間に48作製作され、世界最長の映画シリーズとしてギネスブック国際版にも認定されている日本を代表する映画だ。1993年8月に柴又にいったころは松坂慶子がマドンナ役の『男はつらいよ 寅次郎の縁談』 の製作が進んでいた頃。寅さんは日本中を旅しながら、いつも恋をするけれども実ることは無い。失恋をしても冗談を言って強がるけれども寂しさがにじむ。曲がったことは大嫌いな頑固者、それでも困っている人がいればほっておけない人情家。出世欲も金欲も無く、誰が何を言おうが人に媚びること無く、体面を気にすることも無く、自分の思ったとおりに行動する。そんな寅さんに共感する人が多かったから48作も続いたのだろう。私も寅さんが好きでいつも映画に登場する柴又を訪問した。<br />商店街のだんご屋、帝釈天など歩いた。<br />伊藤左千夫(1864−1913)の15歳の政夫17歳の民子の悲恋を描いた小説「野菊の墓」の舞台にもなった場所としても有名な渡し舟、矢切の渡しなど見て歩いた。<br />柴又を訪問した3年後に渥美清さんが亡くなりシリーズは終わってしまったが、寅さんは私の心に生き続けている。<br /><br />1993年の秋には東京大学の三四郎池を見に行った。<br />夏目 漱石(1867-1916年)の「三四郎」は美禰子に恋をするが、美禰子は三四郎を「迷える子羊」(ストレイシープ)と呼び結局兄の友人と結婚する。失恋のストーリーは「寅さん」と同じだ。<br />「三四郎池」の正式名は「育徳園心字池」。江戸時代に加賀藩邸の庭園にあった心の字形の池で「三四郎」に登場してから「三四郎池」と呼ばれるようになった。漱石の前任教官で怪談、雪女などの創作で知られる小泉八雲(ラフカディオハーン)も「三四郎池」が気に入っていたとのこと。池の周りには恋に悩む「迷える羊」(ストレイシープ)かも知れない若者がたたずむ姿が見られた。<br />(写真は柴又帝釈天前の参道と商店街)<br />

日本の旅 1993年の東京・柴又に寅さんを訪ねる

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1993/08/10 - 1993/08/10

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さすらいおじさん

さすらいおじさんさん

1993年の8月に東京の柴又を訪問した。
「男はつらいよ」は、渥美清(1928−1996)主演・山田洋次監督の喜劇映画シリーズで1969年から1995年の間に48作製作され、世界最長の映画シリーズとしてギネスブック国際版にも認定されている日本を代表する映画だ。1993年8月に柴又にいったころは松坂慶子がマドンナ役の『男はつらいよ 寅次郎の縁談』 の製作が進んでいた頃。寅さんは日本中を旅しながら、いつも恋をするけれども実ることは無い。失恋をしても冗談を言って強がるけれども寂しさがにじむ。曲がったことは大嫌いな頑固者、それでも困っている人がいればほっておけない人情家。出世欲も金欲も無く、誰が何を言おうが人に媚びること無く、体面を気にすることも無く、自分の思ったとおりに行動する。そんな寅さんに共感する人が多かったから48作も続いたのだろう。私も寅さんが好きでいつも映画に登場する柴又を訪問した。
商店街のだんご屋、帝釈天など歩いた。
伊藤左千夫(1864−1913)の15歳の政夫17歳の民子の悲恋を描いた小説「野菊の墓」の舞台にもなった場所としても有名な渡し舟、矢切の渡しなど見て歩いた。
柴又を訪問した3年後に渥美清さんが亡くなりシリーズは終わってしまったが、寅さんは私の心に生き続けている。

1993年の秋には東京大学の三四郎池を見に行った。
夏目 漱石(1867-1916年)の「三四郎」は美禰子に恋をするが、美禰子は三四郎を「迷える子羊」(ストレイシープ)と呼び結局兄の友人と結婚する。失恋のストーリーは「寅さん」と同じだ。
「三四郎池」の正式名は「育徳園心字池」。江戸時代に加賀藩邸の庭園にあった心の字形の池で「三四郎」に登場してから「三四郎池」と呼ばれるようになった。漱石の前任教官で怪談、雪女などの創作で知られる小泉八雲(ラフカディオハーン)も「三四郎池」が気に入っていたとのこと。池の周りには恋に悩む「迷える羊」(ストレイシープ)かも知れない若者がたたずむ姿が見られた。
(写真は柴又帝釈天前の参道と商店街)

交通手段
私鉄
  • 柴又帝釈天。<br />

    柴又帝釈天。

  • 柴又帝釈天の精巧な彫刻。<br />

    柴又帝釈天の精巧な彫刻。

  • 「男はつらいよ」に登場する柴又商店街。<br />

    「男はつらいよ」に登場する柴又商店街。

  • 矢切の渡し。<br />

    矢切の渡し。

  • 東京大学の赤門。<br />

    東京大学の赤門。

  • 「三四郎池」。<br /><br />〔三四郎本文〕<br />小泉(こいずみ)八雲(やくも)先生は教員控室へはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あたかも小泉先生に教わったようなことを言った。---<br /><br />小泉八雲もこの池が気に入っていたようだ。「迷える子羊」(ストレイシープ)かも知れない若者がたたずんでいた。<br />

    「三四郎池」。

    〔三四郎本文〕
    小泉(こいずみ)八雲(やくも)先生は教員控室へはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あたかも小泉先生に教わったようなことを言った。---

    小泉八雲もこの池が気に入っていたようだ。「迷える子羊」(ストレイシープ)かも知れない若者がたたずんでいた。

  • 「三四郎池」。<br /><br />〔三四郎本文〕<br />三四郎がじっとして池の面を見つめていると、大きな木が幾本となく水の底に映って、そのまた底に青い空が見える。---<br /><br />確かに大きな木がたくさん水面に写っている。<br />

    「三四郎池」。

    〔三四郎本文〕
    三四郎がじっとして池の面を見つめていると、大きな木が幾本となく水の底に映って、そのまた底に青い空が見える。---

    確かに大きな木がたくさん水面に写っている。

  • 東大構内。<br />

    東大構内。

  • 東大構内。<br />

    東大構内。

  • 上野のシンボル、西郷隆盛像。<br />

    上野のシンボル、西郷隆盛像。

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この旅行記へのコメント (3)

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  • コクリコさん 2007/02/18 22:38:28
    寅さん、三四郎、西郷どん。
    さすらいおじさんさん、こんばんは。

    早速拝見しに来ました。

    ヨーロッパ旅行記が終了したらもう国内旅行記が始りましたね。

    東大や上野は実家から近いので、懐かしいというよりお馴染みの風景です!
    でも、最近はお隣の県に住んでいるので観光客のような気分で写真を撮ったり観光しています。

    柴又もいらしたのですね。私も4年前に同じようなコース、「野菊の墓」〜「矢切りの渡」を渡って柴又に行きました。
    参道は短くてあっという間でしたが映画の場面を思い出しながら楽しかったです。
    寅さんは最後の方は元気がなく見ていて可哀想なくらいでしたが、初めの頃の元気いっぱいの寅さん良かったですね!志村喬も出演していて・・・
    そうそう、寅さんのそっくりさんも歩いていました。見かけましたか?
    帝釈天の彫刻も精密で美しく意外でした。庭園も思っていた以上に立派でしたね。
    もちろん、おだんごを買って帰りました。さすらいおじさんの写真を見ていたらまた行ってみたくなりました。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2007/02/19 11:09:11
    RE: 寅さん、三四郎、西郷どん。
    コクリコさん

    コクリコさんの東京旅行記を拝見して、東京は見所が多いなあ、と感じています。
    私も上野、浅草、など何度も行っているのに知らないところがたくさんあります。

    柴又ではロケに使われていただんご屋さんに入ると映画のロケ風景がいっぱい張ってありました。
    だんごもおいしかったです。

    >そうそう、寅さんのそっくりさんも歩いていました。見かけましたか?

    見かけなかったです。1993年当時もいたのしょうか。気がつかなかったかも知れません。当時は渥美さんがまだ元気だったと思います。
    男はつらいよシリーズはまだまだ続くと思っていました。
    神戸の震災のときに、渥美さんの体調が悪かったのに神戸でロケして被災者を力づけてくださったこと、ありがたく思いました。

    いつも国民を勇気づけるいい映画でした。

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2007/02/19 18:36:32
    RE: 私の失敗、そうですよね。
    さすらいおじさん、こんにちは。
    すみませんでした。さすらいおじさんが柴又にいらした頃は渥美清さん生きていましたものね。寅さんのそっくりさんや、柴又駅前の寅さんの像はまだなかったでしょうね。

    私は柴又ハイキングは千葉県松戸市にある戸定邸という徳川昭武(徳川慶喜の弟でパリ万博に行った方)が住んでいたお屋敷から出発しました。
    その戸定邸では軽い食事ができるのですが、そのお食事処にニセ寅さんが4人位のお客さんと来ていました。
    そして私はバスに乗り、また歩いて「野菊の墓」の記念館や「矢切りの渡」を渡り、帝釈天に行ったら、そこにも寅さんそっくりさんが歩いていました。
    何人もそっくりさんがいるんだなぁと可笑しくなりました。

    渥美さんは既にご病気だったのに神戸で皆さんを励ましたり、元気づけたりしていたのですね。
    渥美さんのような俳優や寅さんのような映画にはもう出会えないでしょうね。
    長くなってすみませんでした。

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