2007/02/12 - 2007/02/12
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井上@打浦橋@上海さん
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911路2階建てオープントップ・バスの走行道路は90%以上が淮海中路です。
淮海中路のほぼ東端から出発しまして、西へ向かい、淮海中路の95%以上を走行し、華山路を越えて、淮海西路と名を変えた道をチョイ走って、西の終点となります。
この西の終点の番禺路バス停から、また淮海中路の東端まで戻る911路2階建てオープントップ・バスの2階からの眺めをお伝えします。
ハイライトと言えるかどうか、あえてハイライトと言わせてもらいますと、それは迫り来る軍艦ビルでしょう。
また、旧フランス租界時代の淮海中路の様子もアップしました。
Avenue Joffre(霞飛路)と呼ばれていた頃の様子です。
当時の淮海中路の写真は「百年淮海路回顧」と言うサイト
http://bnhhl.luwan.sh.cn/default.htm
からお借りをしました。
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911路バスは、グルーッと回って、東方向を目指します。
まずは淮海西路を更にチョイ西へ行き、番禺路に入り、南に向かいます。
ただ今、番禺路に頭を突っ込みました。
ただ今10時18分です。 -
番禺路はもうすぐ終わります。
次は虹橋路に入ります。 -
虹橋路に入り、また西へ行きます。
チョイ行ったところのバス停で止まり、ここで運転手、車掌が休憩しました。
その間に、脇を通り抜ける26路トロリーバスです。 -
5分ほど休憩しました、また出発。
虹橋路をさらに西へ行きます。
いつ、右に曲がって方向転換するのだろうと思っていましたら、どうやら淮海西路まで来てしまいました。 -
やはり淮海西路に入りましたね。
ここが淮海西路の西端です。
左方向遠くには軌道交通の明珠線(3号線)の高架が見えます。 -
淮海西路を東に行きます。
このあたりは旧フランス租界地域ではありません。
当時はイギリスが管轄していた地域のようです。
従いまして、当時のこの道の名はRockhill Avenueです。
漢字表記は陸家路です。 -
ここで、雨が降ったときの2階の床の排水状況がどうなってるかをチェック。
やはり、排水口がありますね。 -
まもなく華山路を越えます。
超えますと淮海中路となります。 -
華山路を越えますと、遠くに軍艦ビルが見えてきました。
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軍艦ビルが近づいてきました。
こうなりましたら、体を外に出し撮って行くしかありません。 -
真っ直ぐ行く道が淮海中路で、軍艦ビルの左の小道が武康路で、左へ行く道が興国路です。
淮海中路と武康路とが鋭角に交わることが良く分かります。 -
迫ってきました。
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ココで昔の軍艦ビルを挟みます。
諾曼第公寓(ノルマンディー・アパートメント)と言われていた頃の写真です。
1924年に建てられたものですから、30年代か40年代の写真なんでしょう。
百年淮海路回顧によりますと・・・古典立面外廊式公寓・・・となっています。
外廊式とは1階部分のアーケードのことを言うのかもしれません。 -
エアコンの室外機が、雰囲気を壊していますが、しょうがないでしょう。
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右には上海図書館が、左には高級マンション・鴻藝豪苑が見えてきました。
http://www.shproperty.com/japan/intro.asp?id=27
を見ますと日本人入居率25%となっていますね。
家賃は2LDKが1500〜3000ドルになっています。 -
まもなく、常熟路と宝慶路と交わる交差点に入ります。
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宝慶路です。
衡山路に繋がり、衡山路の終わりが徐家匯となります。 -
淮海中路と常熟路の北東角にあるデパート兼アパートです。
美美百貨です。
1931年に建てられたもので、当時は恩派亜公寓といったらしいです。
エンパイア・アパートメントということなんでしょう。 -
地下鉄1号線・常熟路駅の出入り口と、その後ろに並ぶ同じ形をした洋館3棟です。
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左の緑の中は東湖賓館の庭園です。
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襄陽路を超えるところです。
左に見えるのは襄陽公園です。 -
右にはニセモノ品市場として名を馳せた襄陽服飾礼品市場の跡地が見えてきました。
つわものどもが夢のあと・・と言う感じですね。
ココで、買う人と、売る人の戦いは毎日一千万回以上あったでしょう。
どっちが勝つか、負けるか・・・・・・日本人は100%負けたでしょう。 -
陝西南路を超えるところです。
右には巴黎春天が見えます。
年末年始セールで、200元消費すると50元バックしてくれる、となっています。 -
左にはPARKSON(百盛)が見えます。
こちらもデパートです。 -
左前方には錦江飯店・中楼(グローブナー・ハウス)が見えてきました。
その後ろの高層ビルは新錦江飯店です。
緑に囲まれたところは花園飯店の庭園です。 -
茂名南路を超えるところです。
左には国泰電影院が見えてきます。
CATHAYの文字が刻まれています。
上海歴史ガイドマップには・・・
1932年元旦オープン。大光明と並ぶ当時屈指の豪華映画館。MGM、ワーナーの封切館だった。・・・とあります。
日本では戦後(1950年代)公開された「風とともに去りぬ」も1930年代にココで上映されたでしょう。 -
瑞金路を過ぎて降りるバス停が近づいてきました。
前へ進み、座席を振り返りました。
結局、最初から最後まで乗客はわずかでしたね。 -
思南路を超えたところにある思南路・バス停で降りました。
降りて乗降口を写しました。
一般のバスより、乗降ステップが低くて乗り降りしやすいです。 -
911路2階建てオープントップ・バスを前から写しました。
-
後ろからも写しました。
服務熱線(サービス・ホットライン):66529096
ですね。
「南京金陵客車」となっており、EURO3とも書かれています。
南京の金陵汽車製なんでしょう。
ということは中国国産なんでしょうか・・・
ではEURO3とは、なんなんでしょうか。 -
さて、コレはスカイバス・TOKYOと言う観光バスの仕様図です。
http://www.skybus.jp/home/index.html
から引っ張って来ました。
皇居・銀座・丸の内を巡る日本初の2階建てオープンバスだとか。
仕様は下記のようになっています。
■SKY BUS TOKYO 車両概要
ドイツネオプラン製 2階建てオープンバス
乗車定員:70人(1階席16名・2階席52名・乗務員席2名)
全 長:12m
全 高:3.8m
全 幅:2.5m
総 重 量:18,320kg
エンジン:メルセデスベンツ OM401 10,000cc 313馬力
外観は似てますが、全く同じではないんでしょう。
このスカイバス・TOKYOも1時間に1本で運行されてるそうです。
料金は1200円らしいです。 -
思南路のバス停を降りて、南北高速の下の歩道橋まで来ました。
この歩道橋の上から、淮海中路を行く911路2階建てオープントップバスを撮るためにです。
7・8分待ちましたら来ました。これが4巡目ということでしょう。
ただ今11時14分です。
私が乗った3巡目がココを通ったのが、9時55分でしたので、一回りに要する時間は80分ですね。
となりますと1時間に1本と言うわけには行かないかもしれません。 -
歩道橋の下を通り抜け、911路2階建てオープントップバスは西へ向かいます。
-
さて、昼飯を、どこで食おう・・ということになりました。
あっ、そうだ、あの阿娘面館へ行こう。
この店は、もう人気の店でして、昼は11時を過ぎますと行列が出来る店です。
既に、3・4年前からこの店のことは知ってるんですが、いつも時間がずれていたり、行列が強烈で諦めたりして、食ったことはなかったんです。しかし、今日は覚悟を決めました。行列が出来ていても、我慢して待って食おう。
そう決めて、行ってみたら・・・ジャジャーン!!
春節のため休業中ですって・・・アチョー!!!!!
2月6日から27日まで休むようです。なんか潔いですね。
まあ、ですがこういった店は、春節に儲ける必要が無いし、従業員も地方からの出稼ぎ者ですし、客筋も付近の勤め人ばかりですので、思い切って休みにしたんでしょうね。
でも、それにしても20日以上休むとは・・・やはり気持ちイイくらい潔いです。
この店、こんなに小さいですが、従業員はメチャメチャ多いんです。皆さん、今は、故郷で春節を楽しんでんでしょう。そして27日には確実に、この店に戻ってくるんでしょう。この店、繁盛してますから、給料も待遇もいい筈です。
阿娘面館は思南路19号にあります。 -
休みじゃ、しょうがない・・・
じゃあ、カレーライスにするか、ということで行ったのが、このCoCo壱番屋です。
思南路を淮海中路まで行った突き当たりにある華獅大厦の2階に有ります。 -
私が食べたのはカツカレーです。
辛さは5段階のうち、4番目です。5番目が最辛です。
チョイ大盛り追加料金5元を加えて33元です。
テーブルには福神漬けがタップリ入った容器も置いてあります。
お水も氷入り・・・上海では珍しいです。
客層は若いカップル、若い男性グループ・・・・もう上海ではカレーライス確実に受け入れられて来ていますね。
ハウスのレトルトカレー(中国製)も売られていますし、カレールー(中国製)も売られています。
我が家でもしょっちゅう作りますが、いまや、義父母も旨い旨いと言って食ってます。
7・8年前は、毛嫌いしていたんですが・・・。
店は上海のレストランとしては相当小振りですが、窓の下は淮海中路と言う場所柄もよく、客の入りは良いようです。
窓の向こうには南へ伸びる道・思南路が見えます。 -
腹一杯になり、淮海中路に出て、散歩して新華書店で本を買い、瑞金ニ路まで来ました。
ここで、帰ってくる911路2階建てオープントップバスを待ちました。
やっと来ました。ただ今12時13分です。
私が先ほど、コレに乗ってココを通ったのが、10時54分ですので、やはり一回りに80分掛かっていますね。 -
ココからは昔の淮海中路の姿を・・・・
霞飛路・・・Avenue Joffre・・・と呼ばれていた頃の様子です。
まずは、コレです。
ドイツ語、ロシア語の看板がありますが、面白いのは【FUJI SUKIYAKI】という看板です。
道を闊歩してるのは欧米人女性の2人連れ。 -
喫茶店のようです。
上の看板の文字は・・・・・
「F」で始まり、
そのあとはRussian Bakery
なのかもしれません。 -
コレはフランス公董局立学校ですね。当初は学校でしたが、のちのちは公董局そのもになったようです。
Avenue Paul Brunatとなってますが、当時は、このあたりの道、そう呼ばれていたのかもしれません。 -
国泰公寓とありますから、CATHAY THEATRE(国泰電影院)の並びの4階建のアパートです。
勿論、今でもあります。1階部分は商店になってます。 -
これは絵葉書でしょうか。
淮海中路が重慶南路と交差するところです。
今の、南北高速があるところです。
重慶南路は、今は広い道ですが、当時はこの狭さだったようです。
向こうの建物が上海婦女用品店ですが、手前の建物は今は消えたなくなったのかと思います。
重慶南路拡幅工事で壊されたんでしょう。
今は、道路に削られて残った部分が、小さな公園になっています。 -
コレは本屋でしょうか。
ロシア語の表示が確認できます。
574号というんですから、成都南路がぶつかるあたりでしょう。
道の名は変わってしまいましたが住所番号は当時と一致しています。 -
SHOHORS PHARMACY(招和拉大薬房)となっています。
孝好大薬房という名も付いています。
635号ですから、思南路とぶつかるあたりですね。 -
さて、コレは今の淮海中路のどのあたりでしょうか・・・
霞飛路の落日となっていますから、向こうが西なんでしょう。
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この旅行記へのコメント (3)
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- カザMAXさん 2007/02/25 10:16:50
- オープントップバスの旅を満喫
- オープントップバスの旅完成ですね。
写真にどんな文章が付くのか毎日楽しみに見てみました。
国泰電影院や軍艦ビルなど見てみてたい建物が多いです。
【FUJI SUKIYAKI】は何年頃の写真でしょうか?
旧フランス租界時代から上海にはすき焼きのお店があったんですね。
井上さんの写真をみていると、ますます上海が好きになります。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2007/02/26 06:36:46
- RE: オープントップバスの旅を満喫
- カザMAXさん、どうも。
当時のフランス租界に、一番多く住んで外国人は、
フランス人でなくて、白系ロシア人らしいんですね。
ですから、フランス租界のロシア人相手の店が多かったのかと
思っています。
ロシア正教会も2つありますし、
ロシア人に敬愛されてましたプーシキンの銅像なんかもあります。
この白系ロシア人は、革命があったときに、
逃れてきた人たちなんでしょう。
最後の霞飛路の落日の絵葉書が、いまのどこなのかを、
今週中に、探って来たいと思います。
まず、左の煉瓦壁の3階建てのアパートは残ってるはずですから。
- カザMAXさん からの返信 2007/02/26 11:31:15
- RE: オープントップバスの旅を満喫
- 最後の絵葉書の風景気になります。
本当に綺麗ですよね。
結果を楽しみにしています。
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