2006/12/16 - 2006/12/16
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井上@打浦橋@上海さん
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1ヶ月くらい続きました雨模様の天気がやっと終わり、太陽がチラッと顔を出してきました。
でも、風が冷たくなりましたね。キッパリと冬が来たという感じです。
そんな木枯らしがチラッと吹いてきた午後、陝西南路を散歩してきました。
久方ぶりの太陽ですから、道のりの小区の中では洗濯物が舞っていました。
この散歩のハイライトは、長楽邨という小区です。
花園飯店の西側に広がる小区でして銀杏の木が印象的でした。
1925年にサッスーン財閥系の開発会社が建設したスペイン風の住宅街区です。当時の名は凡爾登(ベルダン)花園です。
表紙の写真は紹興路という洒落た道の手前の陝西南路の風景です。
プラタナスの落ち葉は、この時期毎日落ちてきます。集めても集めても落ちてきます。道路掃除のおばさん、一休みと言うところです。このおばさんは、陝西南路のこの辺りが、仕事の範囲なんでしょう。道路清掃の人たちは、朝6時には、仕事を始めますね。
-
ここが陝西南路の南端です。
陝西南路の散歩はここから、はじめます。
ココから北側が旧フランス租界ということになります。
向こう側(西側に見えますのが、新加坡美術館と言うマンションです。シンガポール美術館ということなんですが、なんでこういう名なんでしょうか・・・ -
さて、陝西南路を真っ直ぐ北へ向かいます。
この道の左側(西側)が徐匯区で、右側(東側)が盧湾区です。
この道、旧フランス租界地域にありましたので、当時はフランス語の名が付いていました。「Avenue de Roi Albert」という名です。凄い名ですね。アルベール通り、と言ったところでしょうか。当時の漢字表記は亜爾培路です。発音は「アアールベイ」と言う感じでしょう。
まもなく右側には歩高苑というマンションが見えてきます。 -
これが歩高苑です。
この「歩高」という名は、この近くにあります有名な石庫門住宅の「歩高里」から取ったものなんでしょう。 -
建国西路です。
向こうに見えますのが歩高里と言う石庫門住宅です。 -
はい、これが石庫門住宅・歩高里の門ですね。
このゲート部分、2・3年前は、もっと古ぼけていて、イイ感じ出していたんですが、やけに綺麗になってしまいました。
ゲートの上部には「AD 1930 CITE BOURGOGNE」と書かれています。
ブルゴーニュと言う発音が漢字の歩高里(ブゥガオリ)になってるんでしょう。
両脇の煉瓦も、昔は良かったんですが、今はペンキで塗ってしまいました。そして、目地も白いペンキでなぞっています。まあ、これでも、また20年経てば、それなりに古っぽくなって、イイ感じ出してくるのかもしれませんが・・・。 -
中をチラッと覗いてみました。
久しぶりの太陽ですから、洗濯物がタクサン。
「鑲牙」と言う看板は歯医者なんでしょう。
あと牛乳箱などもありますね。牛乳の配達があるんでしょう。
右に建物の煉瓦壁をご覧ください。下半分がペンキで最近塗り替えた部分です、上半分が昔の地肌のままの煉瓦壁です。 -
歩高里をあとにして、陝西南路を更に北へ行きますと、東に伸びる道、紹興路に行き会います。この道、瑞金ニ路が東端になる短い道ですが、なかなか洒落た道でして、漢源書店という喫茶店があったり、出版社、画廊などもあります。私のお気に入りの新吉訶徳創意菜と言うレストランもここにあります。
旧フランス租界時代のフランス名は「Avenue Victor Emmanuel ?」だそうです。ヴィクター・エマニュエル3世路というところでしょうか。漢字表記は愛麦虞限路です。 -
永嘉路手前辺りです。
なかなか洒落た道並みです。
右にはホテルがあるようです。漢庭酒店と言うらしいです。
どうもチェーン店展開をしてるホテルのようです。
http://www.zs-hotel.cn/hotel/hotelinfozs.asp?hotelid=6070
を見ますと、320元からあるようです。
ロケーションは、イイですよ、ここでしたら。地下鉄1号線・陝西南路站や淮海中路まで歩いて15分で行けますから。ココは、お勧めですね。 -
永嘉路を超えます。
前の建物の後ろに、花市場がありました。大昔はドッグレース場だったらしいですが、そのレース場を利用した花市場だったんです。でも、去年初めに取り壊されました。 -
永嘉路を超えて、陝西南路を更に北へ行きます。
冬景色と言う感じです。 -
この壁の内側が花市場があったところです。
将来、何が出来るのか・・・・
その向こうに古そうな5階建てのアパートが見えます。 -
近付いて見ました。
アパートのてっ辺には「1924」と言う浮き出し文字が確認できます。 -
アパートの前の庭に入り込みました。
にわかに吹いてきました木枯らしに洗濯物が、舞い踊っています。 -
陝西南路に出まして、また北に行きましたら、こんな店が・・・・
「日子」と書かれています。喫茶店なんでしょうか・・・・
調べましたら、下記が出てきました。
http://www.joyshanghai.com/chwl/wzsh/xxyl/200606/20060607140334.html
コレを見ますと、喫茶店は喫茶店なんでしょうが、なんか変わった喫茶店のようです。 -
このあたりは、花市場があったせいか花屋が多かったんです。
まだ、その名残の花屋がいくつか店を広げています。 -
復興中路まで来ました。
右前に見えますのは陝南邨と言うアパートです。
4階建てのアパートが10棟くらい並ぶ住宅空間です。
1921年に出来たものでして、当時は亜爾培公寓(アルベール・マンション)と言っていたようです。 -
左前に見えます薬屋の看板が掛かった建物も、もとは亜爾培公寓だったようです。しかし、右の建物とは様式が違いますね。
向こうの高層マンションは東方巴黎というマンションです。 -
復興中路を超えました。
これが陝南邨の出入り口です。 -
西側の店の前には焼きいも屋が、商売していました。
リヤカーにドラム缶を乗せ、ドラム缶の中には赤々とした炭が入ってるんでしょう。芋のほかに、トウモロコシも焼いていました。 -
陝西南路を更に北に行きます。
もうスグ南昌路です。 -
南昌路まで来ました。
北西角には、つい最近更地になった一帯が現れます。
ここには、今年の6月まで、ニセモノ市場として有名だった襄陽服飾礼品市場がありました。
この横断幕を見ますと龍華寺2465号に移ったようです。 -
南昌路を超えました。
私が良く利用するバス停です。
私が住む打浦橋へは、ここから146路バスか、41路バスに乗れば行けます。 -
襄陽服飾礼品市場跡地の瓦礫の山と、隣り合うバス停。
瓦礫の山の向こうは淮海中路です。
右の高層ビルはパークソン(PARKSON・・・百盛)が入ってるビルです。 -
もう目の前が淮海中路です。
右は巴黎春天(プランタン)のビルです。
地下鉄1号線・陝西南路站の1番出口が見えます。 -
淮海中路(Avenue Joffre・・・霞飛路)を渡りました。
目の前に建物はパークソン(PARKSON・・・百盛)です。
土曜日の午後ですから、この人出です。
この中に日本人もいるでしょう。
ここは、待ち合わせ場所に最適なところです。 -
早いとこ、この雑踏を抜けるために人を掻き分けていきます。
-
雑踏を抜けて、また陝西南路を北へ行きます。
-
歩道には自転車がビッシリ並んでおいてあり、歩きにくいのなんのって・・・
左の洋館が、なかなか素敵です。
道路沿いの塀は、昔は煉瓦塀かなんかで、中が見えなかったんですが、ここ4・5年はドンドン、こういった中が見渡せるタイプに変わってきています。 -
こんなところにカレー屋があります。
咖ロ厘工房・・・CURRY HOUSE・・・となってますね。
明治カレー館とかハウスのカレー屋が出始めたのが7・8年前、今ではCOCO一番なども、上海にはありますが、コレは日系とは違うようです。地元、上海の店でしょう。
いまや、カレーライスは結構、上海人に受け入れられて来たんでしょう。
スーパーなどでもハウスのカレー・ルーが積んであり、買って行く人が多いです。 -
陝西南路を更に北に行きますと、右側に長楽邨という集合住宅が集まる小区が見えてきます。丁度、花園飯店の西側の一帯ですね。
この前を通ったのは、今までに100回くらいあるかも知れませんが、中に入るのはこの日が初めてです。 -
中に入って目に付いたのが、この銀杏の木です。
銀杏の木は上海ではあまり見かけませんね。
もう葉は黄色を通り越して茶色っぽく、落ちかけていました。翌日が寒風が吹きすさぶ日でしたので、もう殆ど落ちてしまったでしょうね。
向こうに見える建物が花園飯店ですね。
この長楽邨は、1925年にサッスーン財閥系の開発会社が建設したスペイン風の住宅街区でして、当時の名は凡爾登(ベルダン)花園ということらしいです。 -
私の前を、金髪の女性と中国人2人が行きました。
ああ、一目見て、これは仲介業者が部屋を案内してるんだな、とピンときました。
案の定、部屋に向かって行きました。
欧米人は、結構、こういうところに住むのが好きですね。
ココでしたら、淮海中路は近い、地下鉄の駅も近いし、最高ですね。
そして、こんな一等地に庭らしきものもあるんですから。
家賃がどのくらいなのか・・
http://www.okfang.com/Provide/158262.aspx
を見ますと50?、1LDKで5500元のようです。 -
銀杏の木と洗濯物です。
銀杏の葉が庭先に落ちています。
洗濯物は電線だか電話線にぶら下がっています。
どうぞ洗濯物を干してくださいという高さにあるから、利用されるんでしょう。 -
こちら側からの花園飯店の写真は、なかなか無いでしょう。
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ここは長楽路側の出入り口です。
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また陝西南路に戻ってきました。
長楽邨は陝西南路の東側にありますが、こちらは西側にあります小区です。
その小区の中で、南側にあるのがこの3階建ての長屋アパート。
紀家花園と言うようです。1927年に出来たもののようです。 -
こちらは紀家花園に対面して北側に並ぶ3階建て長屋アパートです。
こちらは培福里というようです。やはり1927年らしいです。
こんな住空間が上海の銀座通りといわれてます淮海中路の裏手にあるなんて、面白いですね。 -
培福里の建物です。
なかなか味わい深いです。
大窓やゲート部は半円形になっています。 -
奥に入り、東側を見渡しました。
遠くに花園飯店と、その右に新錦江飯店が見えます。 -
陝西南路に向いた培福里と紀家花園の出入り口部です。
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また陝西南路を北へ行きます。
こんな面白い絵を売る店も並んでいます。 -
こちらは長楽邨側です。
ここからは出入りできません。
銀杏の木と、花園飯店と手前の「赤」がポイントですね。 -
なんの店だか・・・・・
クリスマス用品が並んでます。
赤がシックリはまってるように思えましたのでパチリ!! -
長楽路手前まで来ました。
この店は、店じまいなんでしょう。
在庫品一掃セールをやっていました。 -
長楽路まで来ました。
向こうの建物も趣きあります。 -
長楽路を越え、進賢路を超え、更に北に行きます。
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ここは巨鹿路です。
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巨鹿路を超えて、更に陝西南路を行きますと左側に、こんな煉瓦塀が現れます。
なかなか感じのイイ、煉瓦塀です。
この中におとぎの国のお城のようなホテル・馬勒別墅飯店があるんです。 -
もうスグ陝西南路は終わりです。
その東側に並ぶレストランです。
東北人は、その名の通り東北料理屋です。
ココで何度か、オフ会をやりました。 -
もう、このあたりで陝西南路は終わりです。
向こうの高架は延安高速道路です。
その下を走るのが延安中路です。
それを渡る歩道橋の手前の道端ではチベット人が店を広げてます。
チベット人に対しては警察も取り締まらないらしいですね。
チベット人に対して、なんらかの気遣いがあるからでしょう。
手前のおばさん2人は、地元の上海人のようです。
チベット人に紛れ込んで商売しようと言うわけです。 -
歩道橋の上でも店を広げています。
-
歩道橋から陝西南路の北端を振り返りました。
右向こうに馬勒別墅飯店がチラッと見えます。 -
最後に、これが馬勒別墅飯店です。
3・4年前にホテルになりました。それまでは馬勒公館と言っていました。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・・・
競馬会の大株主ミューラーMullerの邸宅。ミューラーはイギリス籍のユダヤ人で、1917年イギリスから上海に渡り一匹の馬を手始めに競馬会に入り込み、ついに巨万の富を得る。ヴィクトリアン・ゴシック様式を基調に、ノルウェイ風のとんがり屋根や変化に富んだ窓のデザインなど、おとぎの国に入り込んだような印象を与える。内部も不規則な壁で仕切られた合計106室が、迷宮のような構造をなす一風変わった屋敷。・・・・・となっています。
向こうに並びますのは四方新城というマンション群ですが、その屋根も馬勒公館風になっています。
これで「木枯らしチラッと陝西南路」は終わりです。
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この旅行記へのコメント (7)
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- c.makotoさん 2011/02/21 04:42:41
- こんばんわ、
- こんばんわ
2006年の上海の街を見に来ました
現在は2011年だから、今の上海と
この旅行記の上海では、大きく変わっているんだろうなァ〜
と思いながら見ていました。
木枯らしを見ると、寒さを感じてきますよ。
それではまた、見にきます。
c.makoto
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2011/02/21 15:05:39
- RE: こんばんわ、
- c.makotoさん、どうも。
> 2006年の上海の街を見に来ました
> 現在は2011年だから、今の上海と
> この旅行記の上海では、大きく変わっているんだろうなァ〜
> と思いながら見ていました。
街並みに関しては、そう変わっていないかも・・・
と言っても、それは、上海に居て変化に慣れてしまった、
私が見るからかもしれません。
変わったのはですね、花市場のあったところに、
まもなく文化センターが完成することと、
ニセモノ市場の跡地に、まもなく、どでかいビルが完成することでしょうね。
それに反して、咖ロ厘工房というカレーハウスがいまだにあることが、
不思議ですねえ。
いや、そこそこ人気があると言うことなのかもしれません。
上海ではこういった店は、短いと、3ヶ月で代替わりしてしまいます。
せいぜい、もって1年ですね。
あと、変わってしまったといえるのは・・・
マンション価格の高騰でしょう。
最初のほうに出てきます歩高苑などは、2006年当時は、
せいぜい、平米辺り、2万元くらいだったんですが、
今や、4万元くらい行ってるのかもしれません。
http://shanghai.anjuke.com/v2/prop/view/58950327
を見ますと、そうなっていますね。
しかし、現在は、最近になって施行された価格高騰を抑える政策のため、
いくらか下がり気味にありますが・・・。
-
- ばりかんさん 2008/12/03 10:01:55
- なつかしいな〜
- 謹啓 先日貴誌の05年11月13日のB級グルメの集いを見ていましたら、ナント小生も写っていました!びっくりしました。03年の11月頃から上海駐在事務所設立準備を始め、04年6月1日にファイハイ路伊勢丹の裏側の事務棟でスタートしました。05年11月30日に帰国するまで右往左往、七転八倒、今流行の表現ですと未曾有(みぞうゆう)の体験でした。現在62歳の老兵ですがいつの日か波濤を越えて、愛しの上海へ再上陸したいものです。シャンヤン南路と建国西路の交差点のアパートから伊勢丹裏の事務所までぶらぶら歩いて通いましたが、途中の花市場で安い花を選び事務所に飾りました。菊もバラもユリもナントモ生き生きして長持ちしました。惜しいかな夏の終わり頃に花市場は閉鎖になりましたね。葱油ソバは美味かったですね。またお便りします。 草草
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2008/12/03 13:16:30
- RE: なつかしいな〜
- バリカンさん、ニィハオ。
そうですか、じゃあ、あの時のB級グルメ会で、
ご一緒させていただいていたんですか・・・・
> 03年の11月頃から上海駐在事務所設立準備を始め、
> 04年6月1日にファイハイ路伊勢丹の裏側の事務棟でスタートしました。
> 05年11月30日に帰国するまで右往左往、
> 七転八倒、今流行の表現ですと未曾有(みぞうゆう)の体験でした。
いやあ、大変だったでしょうね。
私は上海では、もう、10年以上ブラブラしてるだけで、
直接そういう体験は、上海ではしていませんが、
その前、北京で1年、大昔、天津で3年、中国人と一緒に仕事をしていますので、
その辺の苦労は、大いに、想像できます。
> 現在62歳の老兵ですがいつの日か波濤を越えて、愛しの上海へ再上陸したいものです。
是非、また上海に来られてください。
私は来年、60歳です。
> シャンヤン南路と建国西路の交差点のアパートから伊勢丹裏の
> 事務所までぶらぶら歩いて通いましたが・・・
と言うことは、イロイロ経路を変えながら、歩かれたのかと思いますが、
どうだったんでしょうか・・・??
> 惜しいかな夏の終わり頃に花市場は閉鎖になりましたね。
最近工事が始まりましたが、
何が出来るのか・・・
あそこは、ご存知かもしれませんが、
大昔ドッグレース場だったんですよね。
> 葱油ソバは美味かったですね。またお便りします。
私も、葱油拌麺は大好き。
-
- aiannseさん 2007/01/26 01:53:57
- ウルムチ料理?
- はじめまして☆
2005年の上海旅行の際に、この建物の横のウルムチ料理店?モンゴル?で、
友人と食事をしました。
懐かしくてコメント書いてしまいました。
ちなみに、宿泊先は、その向かいのホテルでした。←建物素敵ですよね〜♪
またお邪魔します☆
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2007/01/26 09:09:03
- RE: ウルムチ料理?
- aiannseさん、どうも。
私もあの維吾尓餐庁では一度だけ食ったこと有ります。
でも、宜山路の新疆維吾尓餐庁のほうが上でしたね。
ところで、aiannseさんの上海旅行記を拝見しましたが、
馬勒別墅飯店が出てきましたね。
横浜も見ましたが
ホテル・ニューグランドが出てきましたね。
私の高校の卒業パーティーは毎年、
ここで行われました。
いまでも、そうなのかどうか・・・
もう、40年前の話ですけど。
その後、全く、このホテルは縁はないです。
1回だけ食事をした記憶がありますが・・・。
あなたの書き込み読み直しましたら・・
ああ、そうかあそこに泊まったんだ・・フムフム
- aiannseさん からの返信 2007/01/26 19:44:18
- RE: ウルムチ料理?
- お返事ありがとうございます。
お店の名前は、ほとんど忘れていましたが、お店の看板と店内で踊らされたのは
未だにしっかり覚えています。
そう、そのお店のお向かいに上海在住の友人に頼んで宿を取ってもらいました。
1泊だけして、その後は、友人宅に泊まりました。
横浜のニューグランドの雰囲気もどこか上海の古い建物と同様、しっくり来る
ので好きな場所です。
多分、1900年代初期の建物が好きなんだと思います。
現在は、気づくと200〜300年の建物に囲まれていますが。。。汗
旬の上海情報 これからも楽しみに覗きに参ります☆
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