1976/03 - 1976/03
40位(同エリア85件中)
ソフィさん
1976年3月00日
前任者が日本に帰った翌日から出勤したOEBKでは、ザイール政府の任命なしに勝手にポストに座った私を見て、これからどうなるのか、好奇の目が光っているようだった。
OEBKなる組織は、ザイール政府の一部で、運輸省の監督下にある。
その長の任命は、ザイール運輸大臣の仕事なのだ。
しかし私の到着に先立って外務大臣から日本大使宛「新たな後任の日本人は、前任者と同じポストにつけない」むねの手紙が届いており、私のザイール政府内の立場は固まっていない。
日本政府は、私をOEBKの長として派遣しているので、日本の思惑通りにザイールが動いていないことになっている。
OEBKは、直訳すればバナナ・キンシャサ間施設組織(私は単純に建設公団と訳している)だが、始まりは二年少し前と、生まれて間もない若い組織である。
1971年以来日本よりの借款話が進み、1973年に出来た。
組織が生まれた直後は、たまたまザイールにいたフランス人が、仮に長のポストを占めた。
その後関係各国から候補者を推薦させ、初代の長に選ばれたのが私の前任の日本人である。
フランスが、日本人の次はフラン人であるべきと主張しているのも、一応の理由がある。
仕事の中身も、日本が担当している鉄道建設と、フランス・ベルギーが担当している港湾建設とがあり、部内組織も両者に分かれている。
私が赴任したときには、ザイール人からなる総務部門が20名ほど、日本人主体の鉄道部門が10名強、ヨーロッパ人主体の港湾部門が10人弱のメンバーだった。
前任者は、この3部門40名強の国際組織を統括していた。
私がそのあとの椅子に座ったとき、ヨーロッパ人が納得しないとはわかっていたが、問題は総務部門のザイール人が、どちらを向くかだった。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
キンシャサ(コンゴ民主共和国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
キンシャサ(コンゴ民主共和国) の人気ホテル
コンゴ民主共和国で使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
コンゴ民主共和国最安
1,566円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
0