2006/09/08 - 2006/09/08
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ぼすとんばっぐさん
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1516年10月頃、レオナルド・ダ・ヴィンチはローマを出発。お気に入りの3枚の絵画をラバの背に乗せて、アルプス山脈を越え、弟子のメルツィ、使用人のバティスタと共にフランスのこの『クロ・リュセ』の館へやってきました。生涯最後まで手放さなかった3枚の絵画は『モナ・リザ』・『聖アンナと聖母子』・『洗礼者聖ヨハネ』。権力者であるパトロンの失脚によりフィレンツェ、ミラノ、ローマを行き来していた画家は、このアンボワーズで自宅を持ち、亡くなるまでの3年間、フランソワ1世の庇護のもとにここで暮らします。レオナルド64歳、フランソワ1世22歳。年の離れた2人は親子のような友達のような温かい関係で結ばれていたと言われています。
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アンボワーズ城からクロリュセに向かって歩いていると不思議な家を発見。城壁に家が埋もれている..?ベランダにはしっかり衛星アンテナがあり、生活が営まれている模様。城主ルイ・フィリップが周囲の家を大量に壊して城壁を広げたそうだが、その時の影響なんだろうか?
家主「ワシは死んでも立ち退き嫌じゃ」
王室「どうしても退かぬというなら、あー、結構。アカンベー。」上から強引に石をババババ―っと...イヤ、重みに耐えれるわけがないか。
なら、「土地代高いから、ここ、掘らしてもらいまひょ。バレへん、バレへん。」...?
う〜ん、真相はいかに..。 -
お城から可愛い街灯が続く道を歩くこと約10分、『クロ・リュセ』に到着。興奮気味に門をくぐり、いよいよお屋敷へ。
★クロ・リュセ入場料:12ユーロ -
レオナルド・ダ・ヴィンチの家登場―!
この『クロ・リュセ』はルイ11世の時代に建てられ、ルイ11世のお気に入りの臣下の家だったものを、シャルル8世が買取り、王室の第二の居城として使われました。フランソワ1世も幼少時代の大半をここで過ごしています。
ミラノにある『最後の晩餐』を見て熱烈なレオナルドファンになった先代ルイ12世に引き続き、フランソワ1世もレオナルドに対して猛烈なアプローチをかけ、約1年かかってフランス行きを承諾させます。年金として700エキュ金貨が支払われ、レオナルドは王の庇護のもと、高待遇のもてなしで出迎えられました。フランスに来てからも、あれをしろ、これをしろといった命令的要求は一切なく、ただレオナルドと話をするだけで満足していたそうです。 -
屋根の方を見ると猿のようなものがおりました。これもガーゴイル?
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最初に入った部屋はレオナルドの寝室。
1519年4月23日、人生の終焉を感じたレオナルドは、ここで弟子のメルツィ宛てに遺言を書きます。そして5月2日、この寝室で67歳の生涯を終えました。遺骨は遺言に書かれた希望どおり、アンボワーズ城のサン・フロランタン参次会教会へ埋葬。この教会が壊された後、サン・テュベール礼拝堂へ移されました。
この寝室はアングルの絵画『レオナルド・ダ・ヴィンチの死』にも登場します。
(館内は写真撮影禁止の為、ポストカードを購入。ポストカードを自分で撮影して載せています。いけなかったかな〜?^-^;) -
寝室から見えるアンボワーズ城(グレーの屋根の向こう)。レオナルドはこの窓から友人フランソワがいるアンボワーズ城を時おり眺めていたそうです。ここからの風景をスケッチした作品は(レナルドの弟子という説もあるが)、現在ウィンザー宮殿のコレクションの1つになっています。
グレーの屋根の建物は、売店兼レストラン。各自でペットボトル飲料を買って中庭で飲むことが出来ます。 -
〜勉強&仕事部屋〜
クロ・リュセではレオナルド主催の多くの祝宴が開かれました。この祝宴の模様は、彼のアトランティコ手稿に1517年以降、取り上げられるようになります。アンボワーズの宮廷では『主席画家兼技師ならびに建築家』と呼ばれていましたが、レオナルドの右手には既に麻痺がきていた為、画家としての活動をほとんどせず、弟子メルツィを鍛えて描かせていました。主には宴のプロデューサーとして自ら衣装をデザインし、機械仕掛けの舞台装置を作りました。フランソワ1世の親愛に応える為、プラネタリウムのような特殊な舞台装置を作り、大掛かりな祝宴もここで開いています(ミラノでの再演)。
その他、エンジニア、建築家として王の力になり、ロモランタンの都市設計にも加わりました。(しかし、ロモランタンで疫病が発生した為、シャンボール城の設計に変更になった)
(写真は購入したポストカードを撮影) -
18世紀のダンボワーズ家のサロンを復元。
クロ・リュセは18世紀になると、ダンボワーズ家のものになり、彼らはフランス革命の破壊と略奪からこの家を守り抜いたそうです。
レオナルドが持ってきた3枚の絵画の内、『聖アンナと聖母子』・『洗礼者聖ヨハネ』は未完成で、『洗礼者聖ヨハネ』はこの館で仕上げられました。この部屋は十分な光に満たされるため、この絵を仕上げるのに利用されたのではないか、とも言われています。
(写真は購入したポストカードを撮影) -
〜応接室〜
フランソワ1世や重要な客人をもてなした部屋です。この部屋に関しては15世紀からの装飾が無傷だとのこと。ゴシック様式のイスやチェスト、タペストリーは復元ではなく、ルネッサンス時代からの本物だそうです。壁にはモナリザの複製がかけられていましたが、当時はこんな感じだったのかな?ルーブルより断然マッチしていましたよ!レオナルドは客人に3枚の絵画をよく見せていたそうです。
この部屋からキッチンへ向かう手前にはシャルル8世が1490年7月2日に3500エキュ金貨でこのクロリュセを購入した際の売渡証が飾られていました。
(写真は購入したポストカードを撮影) -
〜キッチン〜
レオナルドは自ら料理を作り、客人をもてなしたそうです。
※タペストリーは『ローランドの詩』の1つで15世紀のもの。
(写真は購入したポストカードを撮影) -
そして館の最後に登場するのが、私も夢中になったこの地下道。
この地下道は、クロ・リュセとアンボワーズ城を結んでいる秘密の通路です。フランソワ1世は公式にクロリュセを訪ねることもありましたが、毎日のようにこの秘密の通路を通ってお忍びでレオナルドに会いに来ていたのではないか、と云われています。
フランソワ1世はレオナルドをとても尊敬し、一緒に話をすることを楽しみにしていたそうです。この道がいつ出来たかは不明。シャルル8世以降、王室の第二の居城となった為、城の抜け穴として作られたのか...?現在は道がもろくなっている為、通行禁止になっています。
(写真は購入したポストカードを撮影) -
地下室にある沢山の発明品模型を見学して中庭へ。2階の左側の窓が寝室。中庭にはバラが沢山植えられていました。売店のイスに座って水を飲みながら休憩。いい雰囲気で落ち着きました〜。
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次は庭にあるレオナルド・ダ・ヴィンチ・パークへ。
広い緑の敷地内には、館内にある発明品の模型を実物大にして展示していました。IBM社により当時の材料を使って作られています。実際に触れて動かすことができます。手前の花の盛上りを墓だと勝手に思い込み1人でジィ〜ンしていた私。しかし、墓はここではなくアンボワーズ城敷地内のサン・テュベール礼拝堂にあった!帰国してから事実を知り、パンフレットに「ちゃんとわかるように書けよ」と八つ当たり、その後冷静になって読むとわかりやすく書いてました。(では、これは何なのさ―)。うっかりものの話はさておき、天才の発明品を幾つかご紹介。森林浴をしながら散策スタート。 -
最初に登場したのが、有名な『ヘリコプターの前身 A forerunner of the helicopter』。
ヘリコプター(プロペラ)の原型とも言われている、エアスクリュー。レオナルドはこの空気ネジを高速回転させることによって、空気の波を下に押し出し、機体を上昇させることが可能だと考えました。空気にネジで穴をあけて進ませていく発想です。鳥が羽ばたく様子を観察する中、空気を単に透明なものと考えず、流体として認識していたんですね。実際、この空気ネジでは必要なエネルギー不足で飛ぶことは出来なかったのですが、この原理に基づくプロペラが開発されたのは20世紀に入ってから。400年という技術の積み重ねをすっ飛ばして、彼はひらめいたんですね〜。 -
『戦車 The tank(手前の茶色)』
4つの車がついていて、中にある運転ハンドルを操作して動かします。最下段には銃撃口が戦車の周りにぐるりと沢山ついていて、最上段の見張り塔からの発砲方向の指示を受け、発射する仕組みになっています。
『大砲 Cannon(奥)』
高さ調整ができ、素早く、正確に撃てる大砲。
レオナルド・ダ・ヴィンチはその他マシンガンやクラスター爆弾など兵器の開発を沢山していて、権力者の下で軍事技師にもなっています。しかし、発案された兵器は、当時エンジン開発がまだで動力不足であったということと、発案を実行する前に平和が来たということで一度も実戦では使用されていないそう。(良かったよ―) -
『旋回橋 Swivel bridge』
端1箇所を支点とし、水平に放物線を描いて対岸へスライドする橋。回転して川が開くことにより、大型帆船を通らすことでき、また、戦火によって燃やされる心配がなくなる利点がある。レオナルドはいくつか橋の設計をしていますが軽い橋の模型の1つ。この発明が世に実行されるのはずっと後の19世紀になってから。日本にも天橋立などに旋回橋があります。 -
『Device for drawing up water and emptying water from ship'sholds』
てこの原理で水を引き上げて、船倉の水を空にする装置。この原理で作られた装置が現在まだ北アフリカで使われているらしい。 -
『パドルボート』
オールよりスピードUPを目的に考え出されたボート。
その他、館内模型には忍者ハットリ君も使っていた水面を歩く円い板のようなものもあり、真剣な図面に笑いを誘われてしまいました。そうか、忍者よりここでもレオナルドが先か。うむむ、凄いヤツ。 -
水車のようなものにパドルがついています。
水車をパワーアップさせるものかしら?目立ったんだけれど目的がイマイチわかりませんでした―。 -
『飛行機の原型』
大空への憧れを持ったレオナルド。これは鳥の群れを観察して考案された飛行機。ベダルと滑車ロープを使って足で漕いで翼を動かすシステムです。飛行機のない時代、夢はとてつもなく膨らんだんだろうなぁ。 -
『パラシュート』
ロンバルディアの湖の上を飛行する計画を立てた際、墜落のことを考え、パラシュートを考案。パラシュート自体は実用可能な大きさらしい。しかし、体を支えるハーネスはないので、かなり危険ではあります。
レオナルドの発明品は、図面を超えて実行されることはありませんでした。もし、彼が内然機関、蒸気機関、電気といったエンジンを知っていたなら、世界は400年早く科学技術が進展したのではと言われています。まだまだ科学が妖術扱いされた未踏の時代に、自らの観察眼でこれらを設計したのは相当凄いことなんだと改めて思いました。周りに流されない目を持っていたんですね。 -
パーク内にはレオナルドの描いた素描32枚が大きな布のキャンバスに再現して展示されていました。敷地内はかなり広いので、館とパークをじっくり見学するとなると、2時間では物足りないと思います。緑の公園に来た気分で、レオナルドと同じようにゆっくりと散策してみることをオススメ致します。彼はこの自然の中で、様々な事象を観察していたんですね〜。
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この『クロ・リュセ』は1955年に一般開放されることになりました。開放に向けて、15〜16世紀時代と同じ方法で、木材・石・ステンドグラスを用いて復元作業が成されたそうです。この作業にはボザール美術学校も参加しています。
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ローマにおけるパトロン、ジュリアーノ・デ・メディチが亡くなり、フランス王の熱いエールのもと異国フランスへやってきたレオナルド・ダ・ヴィンチ。ここでの3年間、どういうことを考えていたのでしょう。
購入したパンフレットには、フランソワ1世から大切にされ、平和と落ち着きを手に入れ、幸せな時間を過ごしたと記載されていましたが、そうであったと思いたい。しかし、好奇心旺盛な天才のこと。生涯最後まで、自分の才能を活かした大きな仕事を成し遂げたいという気持ちを強く持ち、優しさ溢れる現状に納得しきれていなかったのでは〜?とも憶測してしまいました(今まで大きな仕事が入っても諸事情により途中で断念することが多かった)。
日々書いた手稿や絵画、そして自分自身が後の時代に絶賛され、有名になるとまでは思っていなかったでしょうね。彼が最後まで大切にしていた3枚の絵画は様々な経緯の説がありますが、現在ルーブル美術館の所蔵作品となっています。
《クロ・リュセの歴史については購入パンフレット&HPを参照》
クロ・リュセHP
http://www.vinci-closluce.com/index.asp?lg=en
レオナルド・ダ・ヴィンチの発明品(ナショナル・ミュージアム)
http://www.museoscienza.org/english/Default.asp
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