1994/02 - 1994/02
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buchijoyceさん
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Johor Baharu
マレー半島の最南端にある町。ジョホール水道を挟んでシンガポール島とは橋と鉄道でつながっている。ホテルでマップを貰って、まずは国立博物館へ行った。
坂を上って丘の上にある。もと王宮で、内部には
王宮当時の収集品がたくさん飾ってあった。陶磁器もずいぶんあった。
一番奥の部屋にピン札の旧日本軍の軍票が数枚飾ってあった。なんと金額は1000円。占領した各地で旧日本軍が軍票を発行したことは知っているし、実際に見たことはある。しかし1000円の軍票ははじめて見た。軍票とは物資調達のため、現地で発行した紙幣のことである。日本銀行が兌換券として保証していたにもかかわらず、敗戦と同時にただに紙切れになってしまったものだ。おそらくサルタンにこの軍票で物資を調達させたのだろう。
サルタンは大金持ちだから、そのまま保存しておいたのかもしれない。当時の千円の価値はすごいものだから、とても庶民レベルでは扱える額ではなかったろう。
シンガポールから日本人ツアーがやってきた。奥の部屋にきたらこの軍票の説明をしてやろうと思って待っていたが、一行は途中で引き返して誰も奥には来なかった。この奥ゆかしさは、「Look east」と日本をお手本にというマハティール首相(当時)の影響なのかもしれない。
動物園にも寄った。丘の上で海を眺めていると、若い日本人女性が虫に刺されたと騒いでいた。そこで清涼油を渡した。女性は人差し指で薬をすくった。思わず余計なことを言ってしまった。「薬はね、薬指ですくうものなのよ」「えっ、そうなんですか?」「薬指は、例えばお料理するとき、他の指より影響がないでしょう。そういう意味もあって、薬指は薬を塗るときや、口紅をつけるときに使ったのよ。昔の人はかなり合理的でしょう」と言って笑った。
町に戻ってやたらとトロピカル・ルーツを食べまくった。
スコールが来た。あわててホテルに戻った。部屋から外を見ていると、激しい雨が叩きつけるようにして通っていく。通り過ぎれば、また青い空だ。
シンガポールへはまた鉄道を使った。
ジョホール・バールの駅にイミグレがあり、そこで出国手続きをして、ホームに行った。
列車が来た。橋を渡って、30分ほどでシンガポールに着いた。
これで旅は振り出しに戻った。
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