1996/05 - 1996/05
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buchijoyceさん
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トレドへは電車で行った。
電車の外に温度計がついていたような気がする。
途中アランフェスを通る。ロドリゴのアランフェス協奏曲はギターをやるものには憧れである。若かりし日、私もなんとか第二楽章はひきたいと練習に励んでいたのだが。ハンドメイドのそのギターも娘にやってしまっっていまはもうない。アランフェスに寄ろうかと思ったが、その気になれず、窓から眺めている。
トレドの駅からバスに乗れなかったので門まで歩いていった。
日差しが暑く、カメラという重い荷物を持っているので、かなりこたえた。
門を入って、正確には覚えていないが、修道院のようなところに行った。ガイドブックを持っている連れ合いが、ここにグレコがあるというので。ご存知のようにグレコとはエル・グレコ ギリシャ人という意味の愛称である。
数人集まると、案内がつき、中に入れてくれた。中に、日本人のような背の高い若者がいた。声をかけようと思ったら、英語のガイドブックを持っているので、声をかけるのをやめた。
グレコのマリアの絵が一点、目を惹いた。10号か15号くらいだっただろうか。若いマリアの伏目がちな姿を描いたものだ。清純さがにじみでている。彼独特の赤と青が使われている。
絵葉書を買って、二人でF4のスケッチブックにパステルで模写した。私のマリアは元気はちきれんばかりの田舎娘に。
連れ合いのはいまにも消えてしまいそうなはかないマリアになってしまった。それぞれの女性観の現れ。 でも、記念して二枚並べて額に入れてある。
カテドラルへ向かって歩くと、公園のベンチで先ほどの青年がパンを食べていた。会釈して通り過ぎると、ほどなく彼が追いついてきた。彼は韓国人で、ロンドンに留学しているのだが、休みを利用してマドリッドへ来たら、着いたその日、数人に襲われ、持ち物はもちろん上着まで脱がされ、盗られてしまった。大使館でお金を借りて旅をしているのだと言った。
この不運を誰かに話たかったらしく、私たちに話したことでだいぶ気持ちがらくになったようだ。「一緒にカテドラルまで行っていいか」、と聞くので「もちろん」と話をしながら登っていく。
ソウル育ちで、兄弟は何人など、家庭のことまで話してくれた。
カテドラルに着き、ギャラリーに一緒に行こうというと、自分はいいと言って、戻っていってしまった。負担をかけたくなかったのだろう。いっしょにまわって、お茶でも飲んで、お小遣いでもと思っていたのだが。儒教の国の子だなぁ。
ギャラリーのグレコはすばらしかった。聖職者の肖像なんてどうでもいいのだけど、どれも精神性の高い絵だ。うん、いい。
これをゴヤに描かせたらどう描くだろうか。
想像して、クスリと笑った。
グレコの家だとか、あちこち歩き、一日グレコを堪能する。
トレドで困ったのはシエスタ。あっちこっち見ていたらシエスタの時間にかかってしまった。スペインにまだなれていなかった故の失敗だ。レストランもバールもみんな閉まっている。
連れ合いがトイレに行きたいと言い出した。しかしトイレがどこにあるかわからない。どこか店に入りたくてもどこも閉まっているし、人も通らない。「男性なんだから」といっては見たものの、道も壁も石、あたりに木陰もない。とても無理。
冷や汗をかきながら探し回ると、1軒レストランが開いていた。
ラッキー、連れ合いは席にもつかずに、そのままトイレにとびこんだ。やっと落ち着いて、ゆっくりとサングリアを飲み、料理を食べた。何を食べたかは忘れてしまった。
みやげ物屋で象嵌したはさみを買った。ちょっと重いが、よく切れるハサミでいまだに愛用している。
帰りは駅までバスに乗った。電車は行ってしまった後で、次までずいぶん時間があった。ベンチでひとねむり、ちょっと遅いけど私のシエスタ。
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