1995/05 - 1995/05
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buchijoyceさん
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朝、部屋を出ると、ホテルの従業員たちがもう掃除をしている。
夫が「Good morning」と言っても知らん顔。私がにゃっと笑って
「ヨ レッゲルト」というと「ヨ レッゲルト」と明るい挨拶が返ってきた。「ね」と言って笑う。
ハンガリー語はマジャール語ともいう。ドイツ語、スラブ語、トルコ語の語彙が多くとりこまれてはいるが、語源としてはシベリアの何とか語に近い、ウラル・アルタイ語族だと読んだことがある。ハンガリーはマジャール人の国、遠く、アジアに起源を持つとむかし教わった。
今日はペスト地区をトラムとバス、そして歩きでまわる。
昨日うんざりするくらい見たくせに、また博物館や美術館をそれでも見て歩く。だからほとんど印象に残っていない。大平原の生活を題材にした、何枚かの絵だけが記憶に残っているくらい。
印象に残っているのは、ユダヤ博物館。風変わりなシナゴーク(ユダヤ教会)の建物に付随している。チケット売り場でカメラは持って行ってはいいが、手荷物は持ってはいけないと言われた。カメラバッグも持ち込んではいけないという。バッグにはカメラ用品しか入っていないと言って見せたのだが、カメラはいいが、バッグはだめだという。いささかムっとして、カメラは持たずにバッグごと預ける。
古い宗教的な用具には興味がないので、足早に見てあるく。最上階に人間と同寸のモノクロの人物写真がいくつも立っている。ゲットーや収容所でのユダヤ人の姿だ。まわりには収容所で描いた日記のような絵がずらっと並べられている。言葉は分からないが、丁寧に見ていく。絞首刑の台も階段を少しおりたところに備え付けられている。
夫がフラッシュをたいてカメラのシャッターを切った。
後で見ると、モノクロの世界に、真っ赤なスウェーターを着た私が写っている。赤い色だけが、過去から現実に生きていることを表した、一風変わった、映像としてはおもしろい写真となった
市場にも行った。ここも屋内だ。体育館のような広い会場に品物がふんだんに並んでいる。ちょうど東欧の経済についての本を読んでいったので、東欧諸国の中でのハンガリーの優等生ぶりがうかがい知れるようだった。中二階は食べ物屋がならんでいる。
ソーセージだったか、なにかおつまみになるものと赤ワインを頼んだ。ワインはなんとコップになみなみと注がれて出てきた。こんなに、多すぎるよ、と言いながら、結局は飲んでしまった。
下で、袋詰めの粉パプリカや 乾燥した紅花を買った。キャビアが安い。モスクワで買うよりはるかに安い。そこで試しに買ってみた。概してハンガリーの物価は安い。ハンガリーはトカイ・ワインが有名だ。そこでおすすめのを1本買った。値段はそこにあるものでは高いものだった。
今回は大平原やトカイには行かないから、と、ホテルにかえって冷やしてみたが、キャビアもトカイ・ワインも私にはいまいちだった。
民芸品店で、カローチャ刺繍や民族衣装のブラウスや人形をお土産に買った。
夕食を生演奏があるというのでホテルで食べてみた。料理の味はまったく覚えていないが演奏はいただけなかった。耳直しに昨日のあのレストランへ行こうよ。
夜なので、タクシーを頼むと「なんていう店か」と聞かれた。
そこではじめて、二人ともレストランの名前を聞いて来なかったことに気がついた。
「王宮の近くまで行ってくれればわかるから」と行ってもらう。
見覚えのある石畳の道。そこで下ろしてもらい、勘を頼りにレストランを探す。でもすぐには見つからなかった。昨日歩いた道を復習して歩く。ようやく見つけた。中に入ると、二人の楽士は私たちを認めて、抱きついてきた。
ワインを頼み、席につく。あたりを見回すと、黒いカラスの絵。
この絵で気がついた。フェケテ・ホロー(黒いカラス)。
ガイドブックにグヤーシュの美味しいビストロと載っているのがここだったのだ。二人は昨日のリクエストで私たちがクラシック・ファンであることを知ったらしく、演奏はブラームスやリストなどクラッシクばかり。耳直しが出来てご機嫌でホテルに戻る。
次の晩もここへ行った。食事をしワインを飲みながら、生演奏をすぐそばで聴けるのはうれしいことだ。帰ろうとすると、ヴァイオリニストが「明日は?」というので、「明日はショプロンへ発つ。」と答える。すると「もう少し待って。他のお客さんが帰ったら、消音機をはずして弾くから」
最後のお客が出て行くと、そのとおり、消音機をはずして、まずはチゴイネルワイゼン。チゴイネルワイゼンはハイフェッツをはじめとして、いろんな演奏家のレコードやCDを持っている。この人は正規なヴァイオリン教育を受けているようだ。抒情にながされないのがいい。
チゴイネルとはジプシーの意味だ。ジプシーという言葉が差別用語であることは知っている。ロマ族とかロマの人びとというのが正しい。ロマとはロマの言葉で「人間」という意味だ。ハンガリーの東部にはロマの人々が多く住んでいる。このツィンバロもジプシー音楽の楽器のひとつ。
さぁ、もうそろそろ帰らなければ。
ツインバロがなり始めた。
思わず「インベンション」と口に出すと、ツィンバロ奏者がにっこりとした。ヴァイオリンが奏でたのはアヴェ・マリア。そうだった。グノーは伴奏にインヴェンションをそのままつけたのだった。ブラボー。抱き合って別れを惜しんだ。
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