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リマ・動物園→パチャカマ遺跡へ<br /><br />5月30日(月)曇り<br /><br />この時期のリマは毎日がこんな天気なのだそうだ。空は高いがどんよりとしている。晴れ晴れの山から来たからなんか妙な感じだ。夕べは久しぶりにぐっすりと眠った。うちに帰ってきたような安心感がある。<br /><br />8時朝食を頂いた。毎朝、ご飯と味噌汁と漬物とホウレンソウのおひたしを頂く。日常にはないことだ。ご主人が納豆を練ってくれた。これも自家製かな。Papasanは大喜び。<br /><br />カンツータから歩いて15分くらいのところにある動物園に行く。メイン道路に面しているので歩いていても排気ガスがのどを襲う。うん、都会だなぁ、これには参った。動物園に着くと、9時開園だと言ってまだ門が閉まっている。私が時計を見せ、9時だというと開けてくれた。待っている人たち、みんなが喜んだ。私の時計は進んでいたかもしれないのだが。<br /><br />入場券を買うと、29,30,31日は割引で2ソルだった。一人2ソルかと思ったら二人で2ソルだった。そのせいか入園者が多い。子ども連れあり、学生たちあり、大人同士連れ立って、といろんな人が入っていて面白かった。SELVA、SIERRA、COSTAと分かれているので、まずはSELVAから。案内板に従って歩いていくと、SELVAがあった。オセロットがいる。きれいだ。動物園なんて何年ぶりだろう、いや何十年ぶりと言った方がいい。園内を鼻歌を歌いながら見て回っている。猛禽類もかなりいる。これはたのしい。<br /><br />ただ朝、水撒きをするらしく、その水が乾いていなかったので、どろどろの土が靴底にべとべとについてしまった。他の人の靴も見ると、みんなべたべたに土がついている。石や草に擦り付けて泥を落とした。檻の中の動物もたのしいが、檻の外の動物たちもまたたのしい。野鳥もいっぱいいる。インコの仲間がうるさいくらいに大騒ぎをしながら、木から木に飛んでいく。リスも二種類いるのだろうか。これがまたかわいかった。<br /><br />11時半、カンツータに戻ると、ミゲルが迎えに来ていた。一緒にATMに行き、お金をドルで下ろし、スーパーをのぞいた。大きなスーパーだ。さすがリマは都会だ。食料品の値段も安い。食料品の値段を見る限りは、暮らしやすそうだ。午後から遺跡に行くので、飲むヨーグルトやビール、清涼飲料水などを買った。<br />それを持ったまま、ヒカリというレストランへ行った。ここは肉料理が専門だとか。丸焼きチキンを4分の1、牛肉の炒め物、心臓の串焼き、サラダなどを頼んだ。これは美味しい。肉料理を食べたかったあの若者に悪いことをしたなぁ。Papasanはビール、私はレモネード。このレモンはここでしか食べられないから、とたくさん飲んだ。ミゲルに言わせれば、日本でもペルー料理店へ行けばこのレモンは手に入る、空輸しているから、ということだった。<br /><br />ミゲルは高校を出てから日本に11年いたという。「日本で何をしていたの?」「初めは横浜埠頭で荷捌きの仕事をしていました。塗装もやったし、大工の仕事もしました。初めのころは言葉が分からなかったので、とても大変でしたが、いまでは日本は大好きです」「日本を好きでありがとう。苦労したのね。だから日本語が上手いのね。」「もっと日本にいようと思ったのですが、父が病気で帰ってきたのです。母の死に目には会えませんでしたから。父も私が帰ってまもなくなくなりました」「それはいいことをしたね」私の予備知識ではペルーの人たちは家族・親族を大事にするようだ。話を聞いても、することを見ていても、ミゲルは誠実な人間だ。<br /><br />「ところで運転手さんの収入はどれくらいなの?」「300ドルぐらいでしょうか。それでも定収入があるからいい方だと思います。」「でも物価が安いから、いいのかな」「いえ、いくら物価がやすくても300ドルではきついと思います。リマの家賃は高いです。もちろん場所にもよりますが」「どのくらい?」「100ドルぐらいします。」「収入の3分の1かぁ、それはきついね」公立の学校は無料だが、私立の月謝はピンからキリまであると、いろいろ教えてもらった。スーパーの近くの室内トレーニングセンターで運動している大勢の若い人たちを見たが、あれは月々50ドルかかると言った。ここもご多分にもれず所得の格差はかなりあるようだ。<br /><br />ストリートチルドレンではないかもしれないが、街中で働く子どもたちを大勢見た。物売りはもちろん、信号で止まっている間に窓を拭く子ども、靴磨き、それも靴をはいている人を探しての靴磨きだ。しかし、たくましい。<br /><br />パチャカマ(pachacamac)遺跡はリマから高速道路を走って30分ぐらいのところにある。海辺の遺跡だ。広大な遺跡なので、車で周り、時折下りて学芸員の説明を聞く。学芸員がかならず説明につく。<br />西暦600年頃に栄えた神殿だそうだ。パンチャは大地、カマックは作ると言う意味。要は天地創造の神と言うのだろうか、宗教的にとても大きな力を持っていたので、近在近郷をはじめ遠くからも人々がお参りに訪れていたと言う。神殿はピラミッド式で基礎部分は石、その上は日干し煉瓦で出来ている。日干し煉瓦を触ってみたが、固い。その上にさらにドロを塗り、漆喰のように化粧をしていたらしい。その方が強度もつく。石積みが1cmほどあけてつまれている。それは地震の際の揺れを計算していたようだという。えらいもんだ。古代の人は自然をよく知っているからこその智恵だろう。ここの遺跡はいわゆるプレインカ文化である。やがてインカが来たが、インカはパチャカマ信仰を否定はしなかった。しかしインカは太陽神を信じていたので、さらに上の方に太陽神殿をつくった。これもピラミッド形式の神殿である。ふ〜ふ〜言いながら、ピラミッドの最上部に登ると、西に海が開けている。神殿から夕日を拝んだのだそうだ。<br /><br />海岸近くに2つの小島が見える。学芸員がその島にまつわる伝説を話してくれた。<br />「むかし、ぼろぼろの貧しい身なりをして、神様がこの地方を回っていた。そして神様はこの国の王女が気に入った。王女が木陰で眠っているとき、鳥の姿になった神様は木の上から木の実を落とした。それを王女が食べた。すると王女は妊娠して子どもが生まれた。やがて子どもがある程度大きくなったとき、父親はだれか 知りたがり、父親がほしいと言った。王宮に近在の王子や身分の高い人たちが集められた。その中にぼろを着た神様も混じっていた。王女は神さまが自分を妊娠させたのはわかっていたが、誰が神さまだかは知らない。そこで子どもを居並ぶ人々の前に出した。血が血を呼ぶと言われていたからである。すぐに子どもはきらびやかな貴族たちのなかから、ぼろを身にまとった神様を捜し当てた。それを見て、王女はびっくりしてしまい、海に子どもをつれて飛び込んでしまった。二人は泳げなかったので溺れ死に、二つの島になった。」<br /><br />「ふ〜ん、ペルー人は悲劇が好きなんだね。私だったらハッピーエンドにするなぁ。ぼろを着ていた神さまが、子どもが傍によると、いきなりすばらしい貴公子になって、王女ともども仲良く暮らした、とか、ぼろを着ていても、神さまは神さま、それがわかってみんなの尊敬を集めたとか、そっちの方にするけどねぇ。二つの島は、ある日、神様は王女と子どもをつれて海岸に出た。王女の耳かざりをとって海に投げると小さな島ができた。子どもの耳かざりを投げるとすぐ傍にもっと小さな島ができた。大きい方の島には王女を妊娠させた幸せな木の実がいまでもなっている、なんて。どうこんなの?」<br /><br />一番下に、復元した女たちの家が作られていた。これはインカの形式で、二階建て。5つのグループの女性たちがここで暮らしていた。だれもがも選ばれるのをのぞんでいたそうだ。第一のグループは王の妻になったり、いけにえになったりするための女性たち、2番目のグループは 貴族たちの妻になる女性たち、3番目は踊りや音楽をする女性たち・・その女性たちのために働く女性たち、等々。警備もすべて女性たちで、大体200人くらいが外に出ることを禁じられて、暮らしていたらしい。<br />「ハーレム見たいなもんだね、女性としてはかなわんね」というと、通訳してもらって学芸員も笑っている。そうだよね。<br />この神殿も1563年にスペインが侵入、金銀を奪い、火を放ち、プレインカの文化はここでも砂漠の中に埋没してしまった。<br /><br />明日は最終日だ。天野博物館の予約が3時半にとってある。明日はお昼に来るから、荷造りをしておいてくださいと言ってミゲルが引き上げた。じゃぁ、お土産を買ってしまおう。アルパカのスウェーターが気に入ったのでもう一枚買ってこうと思ったのだが、気に入った柄がない。こういうのは出会いだからね。アルパカって、人間の髪の毛と同じように直毛なので、洗っても縮む心配がないんだって。無精者にはこれはなにより。<br />(家に帰って、アルパカのスウェーターをシャンプーとリンスを使って洗ってみた。大丈夫縮まなかった。脱水機をかけても乾燥機をかけてもいいとは教えてもらったが、気に入ったスウェーターなので、それまではちょっと出来なかった。)<br /><br />香苗さんが細めの帯紐のような織物をたくさん見せてくれた。どれもびっくりするような斬新なデザインで、しかもきっちりと織られている。「私が買ってあげなくては、この織は廃れてしまいそうなので」と買いあげているのだという。<br />太いのは両面織だ。「もともと何に使っていたのですか」と聞くと、帯だと言う。だからこれほどしっかりと織られているんだ。石垣島の女たちが織る帯を思い出した。細いもので、めがね入れをつくってはどうかと提案した。ウズベキスタンで買った首からつるすめがね入れ袋は重宝している。帰りに、この帯を一本分けてもらって、自分でめがね入れを仕立ててみようと思っていたが、これまた忘れてしまった。あの織で、あの三つ編のひもをつけて、つくってみたかった。結構おしゃれだと思うんだけど。<br /><br />今日の夕食は魚と野菜の旨煮。それに自家製の焼きたての餃子。ウニの酒蒸、もちろん漬物も味噌汁もある。今夜が最後というと、渡辺さんがスーパーで買ったというシャンパン(発泡ワイン)をご馳走してくれた。私たちもイカの赤ワインを買ってきたので、飲み比べている。<br /><br />食事をしていると団体さんが買い物に来ていた。気がついたのが遅かったからだが、手伝えばよかった。私は調子がいいから売り子にはむいているんだが。<br /><br />

アンデスへ12

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2005/05/30 - 2005/05/30

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buchijoyce

buchijoyceさん

リマ・動物園→パチャカマ遺跡へ

5月30日(月)曇り

この時期のリマは毎日がこんな天気なのだそうだ。空は高いがどんよりとしている。晴れ晴れの山から来たからなんか妙な感じだ。夕べは久しぶりにぐっすりと眠った。うちに帰ってきたような安心感がある。

8時朝食を頂いた。毎朝、ご飯と味噌汁と漬物とホウレンソウのおひたしを頂く。日常にはないことだ。ご主人が納豆を練ってくれた。これも自家製かな。Papasanは大喜び。

カンツータから歩いて15分くらいのところにある動物園に行く。メイン道路に面しているので歩いていても排気ガスがのどを襲う。うん、都会だなぁ、これには参った。動物園に着くと、9時開園だと言ってまだ門が閉まっている。私が時計を見せ、9時だというと開けてくれた。待っている人たち、みんなが喜んだ。私の時計は進んでいたかもしれないのだが。

入場券を買うと、29,30,31日は割引で2ソルだった。一人2ソルかと思ったら二人で2ソルだった。そのせいか入園者が多い。子ども連れあり、学生たちあり、大人同士連れ立って、といろんな人が入っていて面白かった。SELVA、SIERRA、COSTAと分かれているので、まずはSELVAから。案内板に従って歩いていくと、SELVAがあった。オセロットがいる。きれいだ。動物園なんて何年ぶりだろう、いや何十年ぶりと言った方がいい。園内を鼻歌を歌いながら見て回っている。猛禽類もかなりいる。これはたのしい。

ただ朝、水撒きをするらしく、その水が乾いていなかったので、どろどろの土が靴底にべとべとについてしまった。他の人の靴も見ると、みんなべたべたに土がついている。石や草に擦り付けて泥を落とした。檻の中の動物もたのしいが、檻の外の動物たちもまたたのしい。野鳥もいっぱいいる。インコの仲間がうるさいくらいに大騒ぎをしながら、木から木に飛んでいく。リスも二種類いるのだろうか。これがまたかわいかった。

11時半、カンツータに戻ると、ミゲルが迎えに来ていた。一緒にATMに行き、お金をドルで下ろし、スーパーをのぞいた。大きなスーパーだ。さすがリマは都会だ。食料品の値段も安い。食料品の値段を見る限りは、暮らしやすそうだ。午後から遺跡に行くので、飲むヨーグルトやビール、清涼飲料水などを買った。
それを持ったまま、ヒカリというレストランへ行った。ここは肉料理が専門だとか。丸焼きチキンを4分の1、牛肉の炒め物、心臓の串焼き、サラダなどを頼んだ。これは美味しい。肉料理を食べたかったあの若者に悪いことをしたなぁ。Papasanはビール、私はレモネード。このレモンはここでしか食べられないから、とたくさん飲んだ。ミゲルに言わせれば、日本でもペルー料理店へ行けばこのレモンは手に入る、空輸しているから、ということだった。

ミゲルは高校を出てから日本に11年いたという。「日本で何をしていたの?」「初めは横浜埠頭で荷捌きの仕事をしていました。塗装もやったし、大工の仕事もしました。初めのころは言葉が分からなかったので、とても大変でしたが、いまでは日本は大好きです」「日本を好きでありがとう。苦労したのね。だから日本語が上手いのね。」「もっと日本にいようと思ったのですが、父が病気で帰ってきたのです。母の死に目には会えませんでしたから。父も私が帰ってまもなくなくなりました」「それはいいことをしたね」私の予備知識ではペルーの人たちは家族・親族を大事にするようだ。話を聞いても、することを見ていても、ミゲルは誠実な人間だ。

「ところで運転手さんの収入はどれくらいなの?」「300ドルぐらいでしょうか。それでも定収入があるからいい方だと思います。」「でも物価が安いから、いいのかな」「いえ、いくら物価がやすくても300ドルではきついと思います。リマの家賃は高いです。もちろん場所にもよりますが」「どのくらい?」「100ドルぐらいします。」「収入の3分の1かぁ、それはきついね」公立の学校は無料だが、私立の月謝はピンからキリまであると、いろいろ教えてもらった。スーパーの近くの室内トレーニングセンターで運動している大勢の若い人たちを見たが、あれは月々50ドルかかると言った。ここもご多分にもれず所得の格差はかなりあるようだ。

ストリートチルドレンではないかもしれないが、街中で働く子どもたちを大勢見た。物売りはもちろん、信号で止まっている間に窓を拭く子ども、靴磨き、それも靴をはいている人を探しての靴磨きだ。しかし、たくましい。

パチャカマ(pachacamac)遺跡はリマから高速道路を走って30分ぐらいのところにある。海辺の遺跡だ。広大な遺跡なので、車で周り、時折下りて学芸員の説明を聞く。学芸員がかならず説明につく。
西暦600年頃に栄えた神殿だそうだ。パンチャは大地、カマックは作ると言う意味。要は天地創造の神と言うのだろうか、宗教的にとても大きな力を持っていたので、近在近郷をはじめ遠くからも人々がお参りに訪れていたと言う。神殿はピラミッド式で基礎部分は石、その上は日干し煉瓦で出来ている。日干し煉瓦を触ってみたが、固い。その上にさらにドロを塗り、漆喰のように化粧をしていたらしい。その方が強度もつく。石積みが1cmほどあけてつまれている。それは地震の際の揺れを計算していたようだという。えらいもんだ。古代の人は自然をよく知っているからこその智恵だろう。ここの遺跡はいわゆるプレインカ文化である。やがてインカが来たが、インカはパチャカマ信仰を否定はしなかった。しかしインカは太陽神を信じていたので、さらに上の方に太陽神殿をつくった。これもピラミッド形式の神殿である。ふ〜ふ〜言いながら、ピラミッドの最上部に登ると、西に海が開けている。神殿から夕日を拝んだのだそうだ。

海岸近くに2つの小島が見える。学芸員がその島にまつわる伝説を話してくれた。
「むかし、ぼろぼろの貧しい身なりをして、神様がこの地方を回っていた。そして神様はこの国の王女が気に入った。王女が木陰で眠っているとき、鳥の姿になった神様は木の上から木の実を落とした。それを王女が食べた。すると王女は妊娠して子どもが生まれた。やがて子どもがある程度大きくなったとき、父親はだれか 知りたがり、父親がほしいと言った。王宮に近在の王子や身分の高い人たちが集められた。その中にぼろを着た神様も混じっていた。王女は神さまが自分を妊娠させたのはわかっていたが、誰が神さまだかは知らない。そこで子どもを居並ぶ人々の前に出した。血が血を呼ぶと言われていたからである。すぐに子どもはきらびやかな貴族たちのなかから、ぼろを身にまとった神様を捜し当てた。それを見て、王女はびっくりしてしまい、海に子どもをつれて飛び込んでしまった。二人は泳げなかったので溺れ死に、二つの島になった。」

「ふ〜ん、ペルー人は悲劇が好きなんだね。私だったらハッピーエンドにするなぁ。ぼろを着ていた神さまが、子どもが傍によると、いきなりすばらしい貴公子になって、王女ともども仲良く暮らした、とか、ぼろを着ていても、神さまは神さま、それがわかってみんなの尊敬を集めたとか、そっちの方にするけどねぇ。二つの島は、ある日、神様は王女と子どもをつれて海岸に出た。王女の耳かざりをとって海に投げると小さな島ができた。子どもの耳かざりを投げるとすぐ傍にもっと小さな島ができた。大きい方の島には王女を妊娠させた幸せな木の実がいまでもなっている、なんて。どうこんなの?」

一番下に、復元した女たちの家が作られていた。これはインカの形式で、二階建て。5つのグループの女性たちがここで暮らしていた。だれもがも選ばれるのをのぞんでいたそうだ。第一のグループは王の妻になったり、いけにえになったりするための女性たち、2番目のグループは 貴族たちの妻になる女性たち、3番目は踊りや音楽をする女性たち・・その女性たちのために働く女性たち、等々。警備もすべて女性たちで、大体200人くらいが外に出ることを禁じられて、暮らしていたらしい。
「ハーレム見たいなもんだね、女性としてはかなわんね」というと、通訳してもらって学芸員も笑っている。そうだよね。
この神殿も1563年にスペインが侵入、金銀を奪い、火を放ち、プレインカの文化はここでも砂漠の中に埋没してしまった。

明日は最終日だ。天野博物館の予約が3時半にとってある。明日はお昼に来るから、荷造りをしておいてくださいと言ってミゲルが引き上げた。じゃぁ、お土産を買ってしまおう。アルパカのスウェーターが気に入ったのでもう一枚買ってこうと思ったのだが、気に入った柄がない。こういうのは出会いだからね。アルパカって、人間の髪の毛と同じように直毛なので、洗っても縮む心配がないんだって。無精者にはこれはなにより。
(家に帰って、アルパカのスウェーターをシャンプーとリンスを使って洗ってみた。大丈夫縮まなかった。脱水機をかけても乾燥機をかけてもいいとは教えてもらったが、気に入ったスウェーターなので、それまではちょっと出来なかった。)

香苗さんが細めの帯紐のような織物をたくさん見せてくれた。どれもびっくりするような斬新なデザインで、しかもきっちりと織られている。「私が買ってあげなくては、この織は廃れてしまいそうなので」と買いあげているのだという。
太いのは両面織だ。「もともと何に使っていたのですか」と聞くと、帯だと言う。だからこれほどしっかりと織られているんだ。石垣島の女たちが織る帯を思い出した。細いもので、めがね入れをつくってはどうかと提案した。ウズベキスタンで買った首からつるすめがね入れ袋は重宝している。帰りに、この帯を一本分けてもらって、自分でめがね入れを仕立ててみようと思っていたが、これまた忘れてしまった。あの織で、あの三つ編のひもをつけて、つくってみたかった。結構おしゃれだと思うんだけど。

今日の夕食は魚と野菜の旨煮。それに自家製の焼きたての餃子。ウニの酒蒸、もちろん漬物も味噌汁もある。今夜が最後というと、渡辺さんがスーパーで買ったというシャンパン(発泡ワイン)をご馳走してくれた。私たちもイカの赤ワインを買ってきたので、飲み比べている。

食事をしていると団体さんが買い物に来ていた。気がついたのが遅かったからだが、手伝えばよかった。私は調子がいいから売り子にはむいているんだが。

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